11.オウムの助け
前世で小さい子がお使いに行く番組をみたことがある。
その子たちは今のわたくしよりもずっと小さくて、そのお使いの様子を番組のスタッフが撮影しながら見守るという番組の作りだったから、あんな小さな子をお使いに出せるのだろう。
わたくしはその年よりもずっと大きかったけれど、両親と護衛付きでなければ買い物にも行けない身分だった。前世と比べると不便は感じるけれど、それだけわたくしが国の重要人物だということで我慢する。
クリスタちゃんは両親と護衛付きでも市に行けることを楽しみにしているようだった。
刺繍の先生が作ってくれた小さなお財布にパンパンになるくらいのお金を入れて、わたくしとクリスタちゃんは市に行く馬車に乗った。
今回はふーちゃんとまーちゃんはお留守番である。外は暑いし、ふーちゃんは一歳を越したがすぐに疲れてしまう。まーちゃんはまだまだ小さいので外に連れ出すことができない。
お留守番も二人で、カサンドラ様のお屋敷ならば安心だろうとわたくしは思っていた。
カサンドラ様とエクムント様も市について来てくださるようだ。
カサンドラ様とエクムント様が市に着くと、護衛の兵士たちが一般の客を市から出してしまった。
「どういうことですか!?」
「エリザベート嬢とクリスタ嬢が心置きなく買い物ができるようにしようと思ってね」
「お店のひと以外誰もいなくなってしまいました」
「最近辺境伯領の情勢も落ち着いてはいないんだ。安全に買い物をするためにこの市は一時的に領主、カサンドラ・ヒンケルが制限を課す」
カサンドラ様の宣言に逆らえるものはいなかった。
わたくしとクリスタちゃんは人通りのなくなった市の中を歩いて回る。わたくしとクリスタちゃんは手を繋いでいて、その後ろからエクムント様と両親とカサンドラ様がついて来てくれていた。
「お姉様、ちょっと止まって! あそこに紙が売っています」
「見に行きましょう。エクムント様、お父様、お母様、カサンドラ様、あちらに少し入ります」
「ご一緒致します」
「私も一緒に行こう」
「わたくしも参りますわ」
「店の外はしっかり見張らせる。ゆっくり見て来るといい」
わたくしとクリスタちゃんとエクムント様と両親で露店の中に入ると、ぎゅうぎゅうで身動きが取れなくなる。カサンドラ様は露店の前で護衛の兵士に声をかけてきっちりと守るように言っている。
クリスタちゃんはお店の中を見てお目目を輝かせていた。
リボン模様、花模様、紋章のような模様、格子模様、葉っぱ模様……様々な模様が印刷された紙が売っている。クリスタちゃんはお財布の中身を見せて店主に相談している。
「これだけあれば、どれだけ紙が買えますか? わたくし、折り紙を作るのです。いっぱい紙が欲しいのです」
「これ一枚で、店中の紙を買い占められますよ、お嬢さん」
「本当に! でもそれでは贅沢すぎないかしら。こんなに素敵な紙を全部買い占めてしまうなんて」
金貨一枚を手に取って説明する店主に、悩ましい悲鳴を上げているクリスタちゃんに両親が微笑んで言葉を添える。
「買ったものはディッペル家のお屋敷に送ればいいからね」
「クリスタの欲しいだけ買っていいのですよ」
悩んでいたようだがクリスタちゃんは金貨一枚を店主に払うことにしたようだ。
「お願いします。これを全部ディッペル領のディッペル家のお屋敷に送ってください」
「ディッペル家だって!? この国唯一の公爵様の家じゃないか!? お嬢様、失礼を致しました」
「いえ、いいのです。これだけ素敵な紙を買えるのだもの。わたくし、来年もこのお店に来ます。また綺麗な紙を仕入れておいてください」
「もちろんですよ、お嬢様。ぜひうちを御贔屓にお願いします」
店にある紙を全て箱詰めしてディッペル家に送っても、金貨一枚でおつりがくるようだったが、クリスタちゃんはお釣りを受け取らず、来年にいいものを仕入れる資金としてお釣りを上げてしまった。
それでもクリスタちゃんのお財布にはたくさんのお金が残っていた。
もしかするとわたくしとクリスタちゃんは相当の大金を持っているのではないだろうか。物価を全く知らなかったわたくしとクリスタちゃんは両親がくれるお小遣いをコツコツと貯めていたけれど、そのお小遣いはものすごい大金だった。
財布を握る手に力を込めてわたくしは自分の欲しいものを探していた。
市の端に猫や犬を入れた檻を並べた場所がある。天幕すら張っていないそこはとても暑そうで、猫も犬もぐったりとしていた。猫や犬の檻の後ろには他の大きな檻もあってそこには布がかけてある。
「その布がかかっている檻には何が入っているのですか?」
「この檻は空なのですよ、お嬢さん。何も入っていません」
「猫も犬も暑くて苦しそうです。涼しい場所に移動するか、日陰を作ってあげた方がいいのではないですか?」
「そうですね。でも、今はここから動けませんので」
のらりくらりとかわされているようでわたくしは店主の張り付いた笑顔が気にかかる。店主は何かを隠していそうだ。
「市に制限がかかっているので、移動ができないのですよ。移動するとなるとものすごい労力がかかるし」
「猫と犬が死んでしまいますよ。それでは商売にならないのではないですか?」
「いやぁ、困りましたねぇ」
全然困っているようには見えない。
わたくしにはこの店主は動物を虐待しているようにしか見えなかった。
わたくしは下の方ばかり見ていたが上から声が聞こえてくる。
『……ケテ、……スケテ』
「この声は……?」
「珍しいオウムという鳥です。人間の言葉を覚えて喋ります。こいつは隣国の言葉を喋っているので、俺にはなんて喋っているか全然分からないんですけどね」
見上げると真っ白なオウムが狭い鳥かごに閉じ込められている。オウムはかなり大型の鳥なので、小さな鳥かごではとても自由には過ごせていないだろう。
「あなた、なんて言っているの?」
『タスケテ……タスケテ……』
「え!?」
爪で檻にしがみ付きながら、オウムは必死に助けを求めていた。これはただ事ではないかもしれない。
カサンドラ様を見ると、カサンドラ様が店主に言っている。
「犬や猫や鳥を暑い場所で売るのは商品を殺すようなものだぞ? せめて天幕を張って日陰を作ってやらねば」
「申し訳ありません。それだけの時間がなくて」
「今からでも天幕を張るがいい」
「人手が足りていないんですよ。俺以外のものは追い出されちまって」
「追い出された? 何故だ?」
「一般人と間違われたんでしょうね」
どうあろうと猫や犬や鳥を守らない店主にわたくしは怒りを覚えていた。檻の中で猫はぐったりと倒れているし、犬は舌を出してはぁはぁと息をしている。オウムに至っては隣国の言葉で『タスケテ』と言っている。
「カサンドラ様、この店を取り締まることができませんか?」
「怪しい店であるのは確かだが、現状では注意をするくらいしかできないな」
カサンドラ様もこの状況を見捨ててはおけないけれど、助けることができずに歯がゆい思いをされているようだった。
わたくしは握ったお財布を見る。
ここで猫と犬とオウムを買ったところで、この店主はまた酷い商売をするのだろう。根底からこの店主を変えさせる何かがないといけない。
考えていると、オウムが丸い目でわたくしを見て言う。
『アノコヲ、タスケテ。タスケテ……カミーユヲ……アノコ……』
「あの子!? カミーユ!?」
隣国の言葉は勉強しているのでわたくしにははっきりと聞き取れた。オウムがタスケテと言っているのは自分のことではない。何か他の生き物のことなのだ。
猫だろうか、犬だろうか。
考えていると、クリスタちゃんが動いた。
「せめて、布で隠すとかしたらいいんじゃないかしら。この檻は空なんでしょう?」
空と言われている檻からクリスタちゃんが布を外して猫と犬の檻にかけようとする。そのときにわたくしははっきりと見てしまった。
小さな檻の中に足を折り畳むようにして蹲っている子どもの姿。
「お嬢さん、これに触ってはいけない!」
「待ちなさい! カサンドラ様、ここに子どもがいます!」
大急ぎで布を戻そうとする店主を止めてわたくしが叫ぶと、カサンドラ様は他の檻の布も外してしまった。檻の中には痩せて落ち窪んだ目の子どもが膝を折り畳んで小さくなって蹲っていた。
その人数、三人。
「人身売買だ! その男を捕らえろ!」
「ち、違うのです! この子どもたちは、売ろうとしていたわけではなく、その、うちの下働きとして雇おうと連れてきただけで……」
「見え見えの嘘を吐くな! 辺境伯領で人身売買が行われているという噂があった。噂だと思っていたが、お前だったのか!」
「俺じゃないです! これは偉い方に言われてしたこと」
「その偉い方というものの名前も聞かせてもらうとしよう」
男は引っ立てられて行って犬と猫とオウムと子ども三人が解放された。
リードを付けられて解放された犬は子どもの一人に尻尾を振って駆け寄っている。猫は子どもの一人に大事に抱かれている。
最後の子どもが手を伸ばすのはオウムだ。
カサンドラ様がオウムの鳥かごを子どもに取って上げていた。
『助けてくれてありがとう、シリル』
『シリル、イイコ。シリル、カミーユ、スキ』
髪を短く切った褐色肌に黒髪黒い目の男の子が、声変わりしていない声でオウムに話しかけている。
オウムはシリルという名前で、子どもはカミーユという名前のようだ。
子どもたちと犬と猫とオウムはカサンドラ様のところに一時的に保護されることになった。
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