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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
一章 クリスタ嬢との出会い
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13.続・両親の不在

 部屋に戻ると私は本棚から植物図鑑を取り出した。これは私が植物に興味を持ち出した三歳のお誕生日に両親が買ってくれたものだ。製本技術が確立はしているが、本はこの世界ではかなり高価なものだ。

 子ども用の絵本も私の部屋にはかなりの数本棚に置いてあるけれど、これは私が公爵家の娘で、両親が私の教育のためにお金を惜しまずに本を揃えてくれたおかげなのだ。

 前世から本好きだった私は、今世でも本が大好きだった。


 私が好きだったのはロマンス小説を呼ばれるジャンルの本だった。

 『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』もロマンス小説の一つで、クリスタ嬢が学園に入学してから皇太子であるハインリヒ殿下と婚約するまでの日々を描いたものだった。


 物語の始まりがクリスタ嬢が貴族の子女のためのサロン的な学園に入学するところから始まっているので、それ以前のストーリーは私は全く知らない。

 まさかクリスタ嬢が継母のノメンゼン子爵夫人に虐待されていて、食事も碌に与えられず、お風呂にも入れてもらっていなかったうえ、何かすれば叩かれるような状態だったなんて考えもしなかった。

 そうでなければ私はクリスタ嬢を苛めて最後には辺境に追放されて爵位を奪われる悪役だったので、クリスタ嬢に近付こうとは思わなかった。私がクリスタ嬢とこんなにも深く関わってしまったのは全部ノメンゼン子爵夫人と、彼女を野放しにしているノメンゼン子爵が悪いのだ。


「おねえたま、これがバラ?」

「そうですよ。はなびらがいくえにもかさなっていて、とてもきれいでしょう?」

「いろんないろがあるのね。おねえたまのすちな、そらいろはないの?」

「そらいろのバラはずかんにものっていませんね」


 胸の奥にノメンゼン子爵夫人とノメンゼン子爵への怒りを燃やしながらも、私はクリスタ嬢には笑顔で対応する。クリスタ嬢が虐待されていたのはクリスタ嬢のせいではないのだから。

 四歳の何も分からない子を大人の勝手な理屈で虐待するだなんて許されるわけがない。

 フェアレディとなるように私を大事に育ててくれた両親の教えと、前世の感覚がそう言っている。


「そらいろのバラ、ないねー……おねえたまのかみかじゃり……」

「ないのならば、つくってしまえばいいのですよ。じっさいにないいろのバラでも、しょくにんさんならつくれます」


 私のために空色の薔薇の髪飾りを作れないか、一生懸命図鑑のページを捲って空色の薔薇を探すクリスタ嬢に、私は語り掛ける。クリスタ嬢は頷いて紙とクレヨンを持ってきた。

 クレヨンは私が母から勉強を教えてもらっている間に、クリスタ嬢が教本を読めなくて退屈しないように母がクリスタ嬢にあげたものだ。

 紙にぐりぐりと空色の丸を描いて、その横にオールドローズ色の丸も描いて、クリスタ嬢は私に手渡した。


「おねえたま、こんなバラがほちいの」

「おとうさまとおかあさまにこのえをわたしておはなししましょうね」

「はい!」


 クリスタ嬢のお誕生日なのに私の分も入っているなんてクリスタ嬢はどれだけ私のことを慕ってくれているのだろう。お揃いの薔薇の髪飾りを着けたらクリスタ嬢はきっととても可愛いだろう。

 受け取った紙を丁寧に折り畳んで私はワンピースのスカートのポケットに入れた。


 昼食もお茶の時間もクリスタ嬢と二人きりだったが、私は全然寂しくなかった。

 両親が忙しいときにはこれまでも一人で昼食やお茶の時間を過ごすことがなかったわけではない。両親はできる限り私と食事を共にしてくれるように心がけていたが、父には統治の仕事があるし、母も社交界に出なければいけないことがある。

 残された私は寂しくなかったわけではなかった。


 こういうときにエクムント様が一緒に食事をしてくれればいいのにとどれだけ考えただろう。

 エクムント様は侯爵家の三男なので、ディッペル公爵家の騎士になっていなければ、私と食事を一緒にすることもできないわけではなかった。ディッペル家の騎士になってしまったので、エクムント様を私が呼んでお茶に付き合わせることもできないのだ。


 身分とは六歳の私には理解できないほど複雑で、難しいものだった。


「おねえたま、このくっちー、さくさくでとってもおいちい!」

「おかわりがありますよ。もういちまいもらいますか?」

「いいの!?」

「デボラ、クリスタじょうにこのクッキーをもういちまいおねがいします」


 デボラに言えばすぐにクリスタ嬢のお皿の上にクッキーが乗せられる。あまり食べ過ぎると夕飯が食べられなくなるのでいけないが、クッキーの一枚くらいはお代わりしてもいいだろう。


「おいちい。たべおわるの、もっちゃいない」


 クリスタ嬢はクッキーをちびちびと齧って食べていた。


 お茶の時間が終わると私とクリスタ嬢は順番にお風呂に入る。今日は夕飯も両親とは一緒に食べられないので、私とクリスタ嬢だけで早い時間に食べるのだ。そのために、眠る準備をしておかなければいけなかった。


 クリスタ嬢がお風呂に入っている間に、私は自分の部屋で本を読んでいた。クリスタ嬢と一緒に読む簡単な絵本ではなくて、しっかりと分厚い挿絵の少ない児童書だ。

 童話の書かれたそれは、怖い話もあって、ドキドキしながらページを捲る。


「おねえたま、わたち、おふろでたの」

「クリスタじょう、おしえにきてくれたのですね。かみをしっかりとかわかしてくださいね。かぜをひかないように」

「わたち、デボラたんにかみかわかちてもらう!」


 元気よく隣りの部屋に行ったクリスタ嬢を見送って、私はバスルームに移動した。バスルームではバスタブにたっぷりとお湯が張られている。

 シャワーで体を流して、一人では髪が上手に洗えないのでマルレーンに手伝ってもらって髪を洗って、バスタブの中に浸かる。体を洗うのも、髪を洗うのもバスタブの中で行うので、バスタブには泡が浮いていた。


 前世では信じられないのだが、このままかかり湯もせずにバスタオルで拭くだけでお風呂は終わりなのだ。これがこの世界の常識なのだから仕方がない。

 お風呂には前世のように洗い場はなく、バスタブの中で洗うしかないのだ。


「明日は奥様がシャンプーを使っていいと仰っていましたよ」

「ほんとう? クリスタじょうもつかっていいのかしら?」

「奥様に聞いてみてくださいませ」


 普段は私は子ども用の石鹸とシャンプーで体と髪を洗っているが、月に一度だけ母の使っているいい香りのするシャンプーを使っていいことになっていた。それは私が母のいい香りに憧れて、母におねだりした結果だった。

 その月に一度の日が明日はやってくる。

 母のシャンプーを使うと髪がいい香りで、とても艶々になるので今日から楽しみだった。


 お風呂から出ると、クリスタ嬢が私の部屋で絵本を読んでいた。私の絵本の棚から自分の好きな絵本を選んで取ったようだ。


「おねえたま、えほん、かりてるの」

「クリスタじょうはそのえほんがだいすきですね」

「うえでんぐどれつと、あたまのおはながきれーなの」


 まだ文字を読むことができないクリスタ嬢は、絵本の最後のページの主人公が王子様と結婚式を挙げるページの挿絵をずっと見ていたようだ。主人公の頭には白い薔薇の造花が飾ってあって、そこからベールが垂れていた。


「クリスタじょうがおはながほしいといったのは、これだったのですね」

「そうなの! わたち、あたまにおはな、ちゅけたかったの」


 造花など知らないであろうクリスタ嬢の口から頭に付ける花の話が出たのはおかしいと思っていたのだが、クリスタ嬢はこの絵本の挿絵に憧れていたようだ。


「しろいおはなではなくていいのですか?」

「おねえたまがそらいろ、わたちはピンク。おとろいがいーの」

「いろちがいというのですよ」

「いろちがいのおとろい?」

「いろちがいのおそろいですね」


 説明すると私はワンピースのスカートのポケットにクリスタ嬢から預かった紙を入れっぱなしだということを思い出した。


「マルレーン、わたしのワンピースはまだせんたくにだしていませんよね?」

「今から持って行くところでしたよ」

「ポケットをみてくれますか?」

「あぁ、紙が入っていますね。これを洗濯してしまわなくてよかったです」


 何とかギリギリのところでクリスタ嬢の書いた紙は守られた。マルレーンから紙を受け取って、私は自分の机の上にそれを置いておいた。風で飛ばないように上に重し代わりにお風呂に入るまで読んでいた本を置いておく。


「おねえたま、おかあたまとおとうたまがかえってくるのは、あちた?」

「クリスタじょうのおかあさまとおとうさまではないのですよ」

「それじゃあ、なぁに?」


 問いかけられて私は考えてしまう。

 クリスタ嬢のお母上と私の母は姉妹だ。クリスタ嬢のお母上が私の母の妹なので、クリスタ嬢にとって私の母は伯母にあたるだろう。そうなると母の伴侶の父は伯父にあたる。


「クリスタじょうは、おかあさまのいもうとのむすめさんなので、わたしのおかあさまはおばうえ、おとうさまはおじうえにあたります」

「おばーえと、おじーえ! おねえたまとわたちは?」

「いとこになります」

「おねえたまとわたち、いとこ!」


 人間関係は難しいがクリスタ嬢は何度も呟いて覚えようとしている。

 私とクリスタ嬢は従姉妹であるのだから、私がクリスタ嬢を妹のように可愛がっていてもおかしくはないのだと私は思っていた。


読んでいただきありがとうございました。

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