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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
一章 クリスタ嬢との出会い
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12.両親の不在

 クリスタ嬢の専属のメイドは、デボラという若いメイドだった。年の頃はエクムント様と変わらないくらいではないだろうか。十代の後半で、そばかすの散った顔でほっそりと痩せている。


「クリスタお嬢様、髪を結いましょうね。どんな結い方がよろしいですか?」

「みちゅあみにちて」

「三つ編みですね」


 朝にはデボラはクリスタ嬢の身支度を整えて鏡の前でクリスタ嬢のふわふわの長い金髪を結っていく。三つ編みにしてもらったクリスタ嬢は私に髪を見せるためにベッドに登っていた。


「おねえたま、みて。わたち、かーいー?」

「とてもかわいいですよ。きょうはみつあみにしてもらったのですね」

「おねえたまも、かーいー!」

「ありがとうございます。きょうはマルレーンにハーフアップにしてもらいました」


 自分でもできるように練習はしているが、六歳の手ではまだきちんと髪が結べない。私も毎朝マルレーンに髪を整えてもらっていた。


「デボラたん、おくつのひもがむつべないの」

「結んで差し上げましょうね」

「デボラたん、おせなかのチャックがあげられないの」

「お手伝いいたしますよ」


 身支度もできるところはクリスタ嬢にさせて、デボラはクリスタ嬢が助けを求めるまでは手を出さないでいてくれているようだ。部屋が繋がっている窓からデボラとクリスタ嬢のやり取りが聞こえて、私はクリスタ嬢がデボラとうまくやっていけそうだと安心する。


「エリザベートお嬢様、靴紐は自分で結んでみますか」

「よこでみていてくれる、マルレーン?」

「はい、おそばにいますよ」


 元気なクリスタ嬢の声を聞きながら私も靴紐を結んで身支度をする。靴紐はどうしても綺麗な蝶々結びにならずに縦結びになって、緩んで解けてしまうのを、マルレーンが丁寧にやり直してくれた。


「うまくできなかったわ……」

「もう少しでできそうですよ。練習していきましょうね」

「はい」


 身支度を終えて朝食の席に着くと、両親が朝食を食べながら話しかけて来る。


「今日は私は政務に行くからね」

「わたくしは、家庭教師の面接に行ってまいります。今日一日はクリスタ嬢と大人しくお留守番をしていてくれますか、エリザベート?」

「はい、おるすばんをしています」

「おねえたまには、わたちがいるわ! だいじょうぶ!」

「クリスタじょうもこういってくれています。いちにち、ふたりですごせます」


 ピアノのレッスンの日でもなかったし、両親が忙しいのならば今日は昼食もお茶の時間もクリスタ嬢と二人きりのようだ。こういう日がクリスタ嬢が来る前にもあったので、私はそれほど寂しくもなかった。

 父も母も用事が終われば私の元に帰って来てくれる。絶対の信頼が私と両親の間にはあった。


「おとうさま、おしごとがんばってください。おかあさま、きをつけていってらっしゃいませ」

「いってらったいまて」

「ありがとう、エリザベート」

「気を付けて行ってきますね」


 公爵家の家庭教師となると身柄を調べて相応しいものを選ばなければならない。家庭教師になりたいひともたくさんいるので、その中で適当な人物を探さないといけない。一日がかりになってしまうのも仕方がないだろう。


 朝食を食べ終わると、私はクリスタ嬢と一緒に部屋を抜け出した。


「このじかん、エクムントさまはにわのけいごについているはずだわ。クリスタじょう、にわをあるきませんか?」

「おにわ! おさんぽ、つる!」


 エクムント様の配置は私がこれまで育ってきたお屋敷なので、何となく頭に入っている。私の部屋の護衛をする時間もあるが、エクムント様は私の専属の護衛ではなくて、このお屋敷に雇われている騎士なので、屋敷中どこでも守りについていた。

 庭に出ようとするとマルレーンが私とクリスタ嬢のために上着を持ってきてくれて、ショールも首に巻く。コートとマフラーよりも上着が薄くショールも軽くなったのは、春が近付いているからだ。


「クリスタじょうははるうまれとききました。おたんじょうびがきますね」

「わたち、はるにうまれたの?」

「そうですよ。わたしはあきうまれであきのおわりにおたんじょうびがきます」


 クリスタ嬢と私の年齢差は一歳半。クリスタ嬢はもうすぐ5歳のお誕生日を迎える時期になっていた。


「おたんどうび、なぁに?」

「うまれたひをおいわいするのですよ。ケーキをたべて、プレゼントをよういします」

「ぷででんと! わたち、ぷででんとがもらえうの?」

「わたしはまだプレゼントをかえませんが、おとうさまとおかあさまはプレゼントをよういしてくださるとおもいます」

「わたち、ほちいものがあるの」

「なんですか? それはぜひきかせてください」


 迷路のようになっている茂みを抜けて、もうすっかりと散ってしまった椿の茂みの横を通り過ぎて、春薔薇の庭園の近くのベンチに私とクリスタ嬢は座った。つないでいた手が汗をかいて少ししっとりとしている。


「おねえたま、わたち、かみにおはなをちゅけたいの」

「ぞうかですか? いいですね。とてもかわいいとおもいますよ」

「おねえたまもいっちょにつけてほちいの」

「わたしもおそろいにするのですか? たんじょうびでもないのにもらっていいのでしょうか」


 クリスタ嬢は私とのお揃いを望んでいる。父と母が帰ってきたらクリスタ嬢のお誕生日のプレゼントについても話し合わなければいけなかった。

 ベンチに座ってクリスタ嬢と話していると、遠くにエクムント様が見える。

 エクムント様は庭の警護に当たるときには門を中心に見回っているので、春薔薇の庭園の前のベンチからはよく見えるのだ。


「エクムントさま、かっこういい……」


 腰に大振りの剣を下げて警護に当たっているエクムント様は格好いい。私が見惚れていると、クリスタ嬢は首を傾げていた。


「おねえたま、どうちたの?」

「わたしはしばらくここにすわっていたいのですが、クリスタじょうはどこかいきたいところがありますか?」

「おねえたまといっとがいい! わたちもすわってう」


 クリスタ嬢には退屈かもしれないと、どこか行きたいところがあるのならばデボラを呼ぼうと思ったのだが、クリスタ嬢は私と一緒にいることを希望した。ベンチから飛び降りて、周囲に生えている草を摘んで遊んでいる。


「おねえたま、こえ、タンポポじゃなぁい?」

「よくしっていますね。これはタンポポのつぼみですね」

「タンポポ、ちいろいおはな、みたことある」


 タンポポの蕾を摘まないように気をつけながら、クリスタ嬢が指さして示してくる。部屋から出されることがなかったのにタンポポを知っていることに私は驚いていた。


「だれがタンポポをおしえてくれたのですか?」

「ぱちんされて、おへやからにげたら、おにわにさいてたの」

「ノメンゼンししゃくけでみたのですね」

「ちかくにいたひとにきいたら、タンポポっておちえてくれた」


 近くにいたひととはノメンゼン子爵家の護衛の騎士だろうか。恐らくクリスタ嬢を子爵令嬢とは気付かずに話しかけてくれたのだろう。

 クリスタ嬢にもノメンゼン子爵家で忘れられない思い出があった。


「タンポポがさいたら、たくさんおさんぽにでましょうね。タンポポだけでなく、バラもみせたいですね」

「バラ? きれー?」

「わがやのはるばらのていえんはとてもうつくしいのですよ」


 春薔薇が咲くころにはクリスタ嬢は五歳になっている。

 クリスタ嬢にプレゼントする造花は薔薇がいいのではないだろうかと私は考え始めていた。


「おへやにかえったら、バラのはなののっているほんをみせてさしあげますよ」

「たのちみ」

「もうすこしだけ、ここにいさせてくださいね」


 エクムント様のそばにいたい。

 エクムント様に全然相手にされていないのは分かっているけれど、私はエクムント様が大好きだった。

 小さな頃から私を抱っこして庭を見せて歩いてくれて、私が母の厳しさに泣いてしまったときには迎えに来てくれて、クリスタ嬢と絵本を読んでいると絵本を読もうと申し出てくれて、クリスタ嬢が別々の部屋になることにショックを受けていると窓を作ることを提案してくれたエクムント様。

 エクムント様への気持ちは毎日募るばかりだが、私がまだ六歳でエクムント様の恋愛対象に入っていないのが悲しい。


 他の騎士がやって来て交代するエクムント様を見届けて、私は部屋に戻った。

読んでいただきありがとうございました。

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