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25.薄紫のダリアの花

 前世でわたくしは死んでこの世界に生まれ変わったのだろうが、前世での死について記憶はないに等しい。わたくし自身が前世の記憶が強く出たわけではなく、今世のエリザベートに前世の記憶が朧気に生まれた程度なので、わたくしはエリザベートとしての要素が強いのだ。


 だからこそ分からない死というものを闇雲に怖がってしまう。

 エクムント様の話がなければわたくしはずっと死を怖がって夜もよく眠れないままだっただろう。


 夜によく眠って、朝になると不安は薄れているような気がする。夜の闇がわたくしに不安を持ってくるのかもしれない。


 リップマン先生と母の授業は易しいものではなかった。


「エリザベート、発音が違いますよ。それでは聞き取れません」

「クリスタお嬢様、もっと口を動かして発音するのです。赤ちゃん言葉に聞こえてしまいます」


 母と向き合うわたくしと、リップマン先生と向き合うクリスタちゃん。

 二人とも何度もやり直しをさせられて発音を練習していた。


『おはちゅにおめにかかります、じょうおうでんか』

「『お初にお目にかかります、女王殿下』ですよ」

『おはちゅ、おは、お初に……』


 隣国の言葉は文法が若干この国のものと似ているので読むのはそれほど難しさを感じなかったのだが、とにかく発音が難しい。元は同じ言語を使っているというのに何でこんなにも難解になってしまったのだろう。

 頭を抱えるわたくしに、クリスタちゃんは目が死んだ魚のようになっていた。


「わたくし、休憩したい。何度喋ってもうまくいかないんですもの」


 半泣きになっているクリスタちゃんに母とリップマン先生は休憩時間を上げていた。七歳のクリスタちゃんには限界だったのだろう、水色のお目目に涙を浮かべてミルクティーを飲んで休んでいる。


「お母様、もっと分かりやすく発音を覚えられないでしょうか。歌にするとか」

「そういえば隣国の歌がありますわ」


 午後はピアノの時間だったので母はそれまでに楽譜を揃えておいてくれるということだった。

 午前中の勉強の時間が終わってもクリスタちゃんのご機嫌は斜めだった。いつも以上にわたくしにくっ付いて来て、それでいて何も言わない。


「クリスタちゃん、できなくても仕方ありませんわ。隣国の言葉はとても難しいのですからね」

「それでもできるようになりたいの……」


 国王陛下のお誕生日に会う隣国の王女殿下のことを楽しみにしているのは、クリスタちゃんだった。クリスタちゃんは難解な王女殿下の詩もとても喜んで聞いていた。

 なんとかクリスタちゃんがこの苦手意識を払拭できる何かがないものかわたくしは悩んでいた。


 昼食を挟んでクリスタちゃんとわたくしは午後はピアノの練習をした。そのときに母が隣国の歌を声楽で歌ってくれた。わたくしもクリスタちゃんも楽譜を渡されて、歌詞を読んでいたが、歌に乗せて歌詞が流れると覚えられる気がする。


「お母様、わたくしもこれを歌いたいです!」

「クリスタ、一緒に歌いましょう。エリザベートはどうしますか?」

「わたくしも歌います」


 三人で発音を確認しながら歌うと上手に歌えた気がする。


「クリスタ、発音ができていましたよ。エリザベートも上手でした」

「本当ですか、お母様?」

「コツが掴めたかもしれません」


 歌を歌うことによってクリスタちゃんは自信を取り戻したようだった。


 それからの学習は上手くいかなくなると歌を歌って行われた。

 リップマン先生も授業の途中にクリスタちゃんが歌を歌い出しても、発音を確認しているのだと分かってくれて咎めることはなかった。


「『おはつにおめにかかります、じょうおうでんか。わたくしはクリスタ・ディッペルです。よろしくおねがいいたします』どうですか、リップマン先生?」

「発音が少し拙いですが、通じるようになってきたと思いますよ」

「よかった。わたくし、女王殿下にご挨拶できなかったらショックで寝込んでしまったかもしれないわ」


 なんとか隣国のご挨拶ができるようになったクリスタちゃんに、わたくしは拍手をして讃えていた。


 国王陛下の生誕の式典のためには荷物の用意がいる。

 ドレスを準備してから、わたくしはクリスタちゃんと髪飾りについて話し合った。


「クリスタちゃんはどの髪飾りを付けるつもりですか?」

「わたくしは、ハインリヒ殿下にもらった牡丹の髪飾りにしようかと思います」

「それでは、わたくしは薔薇の髪飾りにしましょうか」

「お姉様、お揃いにできなくてごめんなさい」

「謝らなくていいのですよ、クリスタちゃん。王都での国王陛下の生誕の式典ですもの、ハインリヒ殿下にいただいたものを着けていきたいのは分かります」


 それで話はまとまったと思っていたのだが、荷物を纏めていると部屋がノックされた。ドアを開けるとエクムント様がリボンのかかった箱を持って立っている。


「カサンドラ様から手紙で注意を受けました。ハインリヒ殿下はクリスタお嬢様のために髪飾りを幾つも贈っているのに、私は婚約者となったのにエリザベート嬢に何も贈っていないと。よろしければ受け取ってくださいますか?」

「わたくしに、髪飾りを!?」

「カサンドラ様から言われるまで気付かない、気の利かない男で申し訳ない」


 差し出された箱を受け取ってリボンを解いて中身を見ると、見事なダリアの花の髪飾りが入っている。


「辺境伯家のご用達の職人に作らせました」

「とても嬉しいです。ありがとうございます!」

「色はエリザベート嬢の髪が濃い色なので、淡い紫にしてみました」

「大事にします」


 気が利かないどころか、エクムント様は細々と気付いてくれていつもわたくしを助けてくれるのに、髪飾りまでいただいてしまった。


「わたくし、これを付けて国王陛下の生誕の式典に出席します」

「光栄です、エリザベート嬢」


 クリスタちゃんが羨ましくないと言えば嘘になる。わたくしはハインリヒ殿下から髪飾りをもらっていたクリスタちゃんがずっと羨ましかったのだ。

 それにカサンドラ様は気付いてくださって、エクムント様に一言注意を入れてくださった。


 きらきらと輝く薄紫のサテンの布でできたダリヤの花をわたくしはずっと箱の中に入れて大事に胸に抱いていた。


 荷物ができると王都に出かける準備をする。

 わたくしとクリスタちゃんも連れて行くので、両親はふーちゃんのことも連れて行く決断をしたようだった。

 ふーちゃんは王宮でずっと客間で待っていることになるけれど、ディッペル家の一歳にもならない後継者を一人でこのお屋敷で待たせておくことは危険すぎると両親は判断したのだ。


 落ち着いているように見えるが、辺境伯領には独立派がいるのだ。ディッペル家のわたくしは辺境伯家の後継者の婚約者なので、ディッペル家にいつ飛び火してきてもおかしくはない。


 両親の判断にわたくしは賛成だった。

 物語の中でわたくしが公爵家を継いでいたということは、両親のみならずふーちゃんにも何かあった可能性があると今更ながらに気付いてしまったのだ。

 可愛いわたくしの弟ふーちゃんに何かあればわたくしは生きてはいけない気がする。


「ふーちゃん、列車に乗れるのよ。大好きな馬車にも乗れるわ」

「うー! ねぇ!」

「ねぇねも一緒ですよ。ふーちゃんは列車が大好きですものね」


 クリスタちゃんは嬉しそうにふーちゃんに話しかけているが、わたくしの胸の中はそんな気分ではとてもなかった。

 ふーちゃんも守らねばならない。


「フランツ様を『ふーちゃん』と呼んでいるのですか?」

「きゃっ! エクムント様、聞かなかったことにしてください!」

「可愛いですね。内緒にしておきますよ」


 荷物を馬車に積む込むために受け取りに来たエクムント様に声をかけられてクリスタちゃんは慌てている。エクムント様は悪戯っぽく笑ってクリスタちゃんを咎めたりしなかった。

読んでいただきありがとうございました。

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