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22.ふーちゃんのお茶会参加

 ふーちゃんが両親のお誕生日のお茶会に参加するにあたって、パウリーネ先生から厨房に指令が出された。


「今回のお茶会では蜂蜜を使ったケーキ、飲み物は一切出さないこと!」


 蜂蜜の話でわたくしは前世の記憶を辿っていた。従姉の子どもが小さな頃に話を聞いたことがある。

 蜂蜜にはボツリヌス菌という菌がいて、一歳未満の乳児はそれを食べると病気になってしまって、最悪命を落とすということだった。


 パウリーネ先生がきちんとそういう知識を持っていて安心しているわたくしと対照的に、クリスタちゃんは水色のお目目をくりくりとさせてパウリーネ先生に聞いている。


「どうして蜂蜜を使ったケーキや飲み物は駄目なのですか? わたくし、蜂蜜大好きよ?」

「乳幼児に蜂蜜を与えるとかなりの確率で病気になって、最悪死に至ることが分かっているのですよ」

「えぇ!? フランツはまだ小さいのよ!?」

「ですから、気を付けさせています」


 その他にも、生の食材は出さないようにと言いつけがあって、厨房は大忙しだった。


 結果として蜂蜜の入ったケーキや飲み物は作られず、ケーキの上の果物も全部コンポートされたものになったし、牛乳は一度煮沸したものを出すことになったが、それはそれで美味しそうなのでわたくしは全然構わなかった。


 お誕生日のお茶会の当日、ふーちゃんはご機嫌で椅子に座って目の前のテーブルに置かれたレールをクリスタちゃんが走らせる列車に見入っていた。


「なんて可愛いのでしょう。公爵夫人にそっくりですね」

「いやいや、顔立ちは凛々しく、公爵にそっくりではないですか」


 キルヒマン侯爵夫妻が遊んでいるふーちゃんを覗き込んで目を細めている。


「わたくしも夫もフランツが可愛くて堪らないのですよ。夫は絶対にフランツを今日のお茶会に参加させると言い張って大変でした」

「フランツの可愛さを皆様に見ていただかないといけないですからね」

「もう、あなたったら」


 仲睦まじく話している両親の姿を見るのもわたくしは嬉しい。

 国王陛下も王妃殿下と共にいらしていた。

 王妃殿下はウエストのゆったりとしたドレスを着て、お腹も大きくなっているようだった。


「国王陛下、王妃殿下のご懐妊おめでとうございます」

「ありがとう。王妃が次の子を望んでくれて私もとても嬉しく思っている」

「王妃殿下、お体を大切になさってくださいね」

「ディッペル公爵家には辺境伯家から素晴らしい医者が来ていると聞きました。その方とわたくしを会わせていただけませんか?」

「もちろんです。パウリーネ先生をすぐに呼んで来ましょう」


 王妃殿下の要請にパウリーネ先生が呼ばれて、書き上がったばかりの論文を国王陛下と王妃殿下に差し出していた。


「これがわたくしが生涯をかけて研究した成果です。王宮の医者にも読ませてください」

「ありがとうございます、パウリーネ殿。この論文を印刷させて国中で読めるようにしましょう」

「光栄です、王妃殿下」


 王妃殿下のおかげでパウリーネ先生の知識が国中に広まるようになる。これはわたくしにとっても嬉しいことだった。


「お姉様、フランツはわたくしが見ています! お姉様はエクムント様とお茶をしてきてください!」


 クリスタちゃんに言われてわたくしはエクムント様の方を見る。エクムント様とお茶ができるのはこのような機会しかない。


「エクムント様、よろしいでしょうか?」

「光栄です。喜んで」


 エクムント様と空いているテーブルのところに行って、ケーキのお皿やカップを置きながら立ってお茶をする。ミルクティーを飲んでいると、エクムント様がわたくしに聞いてくる。


「奥様と旦那様へのお誕生日プレゼントは今年は無事に用意できたのですか?」

「あ! それどころじゃなかったから、忘れていました」


 母の懐妊を聞かされた喜びや、お金を来年の秋のために貯めておくことなどで、わたくしは両親へのお誕生日プレゼントを完全に忘れていた。

 クリスタちゃんはふーちゃんの面倒を見ることでお誕生日プレゼントになっているかもしれないが、わたくしは何も用意していない。


「プレゼントになるかどうかは分かりませんが、お教えしましょうか?」

「エクムント様、何をですか?」

「ちょっとした、嬉しくなるものを」


 言いながらエクムント様がナプキンを手に取って折っていく。薔薇の花のように折られたナプキンは崩すのがもったいないくらいだった。


「夕食のときにでも、奥様と旦那様のナプキンを折って差し上げたらどうですか?」

「素敵な考えですわ! ありがとうございます」


 わたくしができることをエクムント様は考えてくださる。それが嬉しくてわたくしはにこにこしてしまった。

 何度もナプキンを折って、教えてもらって、形よく折れるようになると、エクムント様はわたくしに合格点をくれた。


「とてもお上手だと思います」

「エクムント様は色んなことを知っていますね。誰から習ったのですか?」

「私が子どもの頃やんちゃで食事の席に着きたがらなかったときに、乳母がナプキンを毎日違う形に折ってくれて、それが楽しみで食事の席に着くようになったのです」

「エクムント様の乳母はとても素敵な方なのですね」


 折り紙を教えてくれたり、ナプキンの折り方を教えてくれたり、エクムント様の乳母はエクムント様が男性だからといって差別したりすることなく、自分のできる楽しみを分け与えていたようだ。


「その方は今どうされているのですか?」

「私が士官学校に入学した後、キルヒマン侯爵家を辞めてお嫁に行ったと聞いています。結婚式に出たかったのですが、士官学校で忙しくてそれどころではなかったですね」

「いつか、その乳母さんとも会えるでしょうか?」

「会いに行こうと考えたことがありませんでした。エリザベート嬢が一緒なら、いつか会いに行きたいですね。私の婚約者だと紹介しなければ」


 乳母といえば育ててくれた母親のような存在である。その方に婚約者と紹介していただけると考えるだけでわたくしの頭に血が上って、頬が熱くなってくる。

 真っ赤になっているわたくしにエクムント様は穏やかに微笑んでいた。


 わたくしが生まれた頃から男性なのにわたくしを抱っこすることに夢中になったり、わたくしがもう少し大きくなってからも抱っこを強請ると抱っこしてくれたり、エクムント様は昔から穏やかで優しかった。

 そんなエクムント様だからわたくしは好きになったのだ。


 初恋のエクムント様が今は婚約者になっているだなんて、改めて考えると夢のようである。


 原作の『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』ではわたくしは最終的に公爵位を奪われて、辺境に追放されてしまうのだが、今のままだとわたくしは公爵位の継承権をふーちゃんに譲って、辺境伯領に歓迎されて嫁いでいく未来が見える。


 物語は確かに変わっている。


「お姉様、わたくしもご一緒してもいいですか?」

「クリスタ、ぜひどうぞ」

「私もご一緒してもいいでしょうか?」

「僕も」


 クリスタちゃんが来るとハインリヒ殿下とノルベルト殿下もやってくる。

 ノルベルト殿下は大事そうに胸ポケットから折り畳まれた紙を取り出した。


「僕の婚約者の王女殿下が僕のために詩を書いてくれたのです。嬉しくて、書き写して持ち歩いているのですよ」

「ノルベルト兄上はまたそのお話をされる」

「嬉しいのだから仕方ないだろう?」


 ノルベルト殿下も婚約者の隣国の王女殿下と仲睦まじく文通をしているようだ。

 興味はなかったが、ノルベルト殿下が見せて来るのでその詩を拝見する。


『あぁ、ノルベルト殿下。わたくしは恋の妖精さんに翻弄されています。次いつあなたに会えるのか。花びらを千切る占いをしても、答えてはくれません。わたくしの胸に咲いた一輪の恋の薔薇。それを手折るのを許されているのはあなただけなのです』


 よく意味が分からない。

 恋の妖精さんとは何なのだろう。

 胸に薔薇が咲くのだろうか。


 首を傾げているわたくしに、ハインリヒ殿下も苦笑している。

 クリスタちゃんだけが水色のお目目を輝かせていた。


「なんてロマンチックな素敵な詩でしょう! わたくしも分かりますわ。恋の妖精さんは毎朝薔薇の蕾から生まれて飛び立つのですね」

「分かりますか、クリスタ嬢! 王女殿下は素晴らしい詩人なのですよ」


 ノルベルト殿下がそれでいいならいいとしよう。

 エクムント様も微妙な顔をしていたが、エクムント様がそんな顔をするのは貴重なのでしっかりと見ておく。


「いけないわ、フランツが起きてしまったみたいです。わたくしは戻らなくては」

「クリスタ、わたくしが行きますから、あなたはハインリヒ殿下とノルベルト殿下とお茶をご一緒していてください」

「ありがとうございます、お姉様」


 クリスタちゃんだけに任せていてはいけないと、わたくしはエクムント様に目礼してベビーベッドで目覚めて泣いているふーちゃんのところに足早に駆けて行った。

読んでいただきありがとうございました。

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