21.お誕生日に父が願うこと
両親のお誕生日に父がどうしてもやりたいことがあった。
それはふーちゃんもお茶会に参加させることだった。
父はふーちゃんをとても可愛がっていて、移動のときには必ず抱っこしてお膝の上に乗せているし、母よりも父の方が抱っこしている時間が長い気がするほどだ。
「フランツは将来ディッペル家を継ぐんだ。フランツにも誕生日のお茶会に出て欲しい」
「あなた、フランツはまだ一歳にもなっていないのですよ。早すぎませんか?」
「フランツの可愛さをみんなに見せつけたいのだ」
父の気持ちがわたくしにはよく分かった。
ふーちゃんはとてもいい子で可愛い。可愛いと言うと自分のことだと分かるようでにこにこと笑うのがまた可愛い。
わたくしとクリスタちゃんと両親で、「可愛い」といいまくって育ててしまったので、ふーちゃんは「可愛い」が自分の名前ではないかと思っているくらいだった。
こんなにも可愛いふーちゃんを父がみんなに見てもらいたいと思うのは当然のことだった。
「お父様、わたくしフランツにおもちゃを見せて泣かないようにしますわ」
「わたくしもフランツが靴下を脱いでしまっても、はかせてあげます」
協力を申し出るわたくしとクリスタちゃんに、母は仕方なく折れたようだった。
「本来ならば、一歳にもならない子を公の場に出すのは、公爵位の継承式や大事な場面でなければ反対なのですよ。どこから病気をもらって来るか分からないのですからね」
それでも父がどうしてもふーちゃんを見せたいと思っているのであれば、これ以上反対はしないと母は言ってくれた。
お誕生日パーティーの席にはふーちゃんのお座りできる椅子とベビーベッドが用意されることになった。
ふーちゃんは掴まり立ちができるようになっている。掴まり立ちをして、横にずりずりと移動していくことができるし、はいはいでボールを追い駆けて捕まえて、お座りしてしっかりと持つこともできる。
お気に入りのおもちゃは叩いて音を出すタンバリンのような太鼓と、ボールだ。
手に持って振って音を出すおもちゃも以前は大好きだったのだが、活動的になってから音の出るおもちゃやボールが好きになった。
どちらもお誕生日のお茶会には持って来られないので、違うおもちゃを勧めるしかないだろう。
父が取り出したのはレールと列車のおもちゃだった。
レールは木でできていて、山になっていて、そこから列車を走らせると、ふーちゃんを取り巻く小さな輪になったレールをその勢いで一回りしてしまうのだ。
「うお! おぉ!」
「気に入ったようだね、フランツ。椅子に座らせて、目の前の机にこのレールと列車を置いておくのはどうだろう」
「わたくしが列車を動かしてあげますわ!」
くるくると自分の周りを回る列車を目で追って捕まえようとして楽しんでいるふーちゃんに、クリスタちゃんが何度でも山になっている場所から列車を走らせる。
ふーちゃんは水色のお目目を丸くして大興奮していた。
「ねぇ! ねぇ!」
「はい、もう一回ですね」
「ねぇ!」
クリスタちゃんを呼んでは列車を動かしてもらうふーちゃんはとても賢い。列車が動き出すと捕まえようとするのだが、列車の動きの方が早くて、止まってからしか捕まえられない。
「うあー! ねぇ!」
「はい、もう一回」
「あぶー!」
完全に列車のおもちゃを気に入ってしまったふーちゃんはやはり乗り物が好きなのかもしれない。わたくしも初めて列車に乗ったときにはわくわくしたものだ。
クリスタちゃんもふーちゃんを遊んであげているという名目で楽しんでいるように見える。
こうやっておもちゃを持ち込んで遊べるのならばふーちゃんはお茶会に出ても平気だろう。
「誕生日のお茶会で皆様にはお伝えするつもりでしたが、エリザベートとクリスタには先に言っておきますね」
母が微笑みながらわたくしとクリスタちゃんに言うのに、わたくしもクリスタちゃんも期待していた。母が着ているワンピースがウエストを締めたものではなくなっていることには気付いていたのだ。
「わたくし、赤ちゃんができましたの。まだ安定期に入っていないので油断は禁物ですが、パウリーネ先生の指導の下、健康な赤ちゃんを産めるように努力しますわ」
ふーちゃんが生まれただけでもうれしいのに、母にまた赤ちゃんができたということはわたくしとクリスタちゃんを大喜びさせた。
「フランツ、おめでとう、お兄様になるのよ」
「わたくしたちにも新しい家族が増えるのですね」
クリスタちゃんはふーちゃんに一番にお祝いを言っているが、ふーちゃんはよく分からずに列車をクリスタちゃんに見せて、走らせてほしいとお願いしている。
わたくしは次の赤ちゃんが弟か妹か気になっていた。
クリスタちゃんという妹とふーちゃんという弟がいるので、次は妹でも弟でも構わない。母が無事に赤ちゃんを産めればそれが一番だ。
「お母様、体を大事にしてくださいね」
「えぇ、赤ちゃんのためにしっかりと栄養を取って、しっかりと動いて、しっかりと休みます」
悪阻が来ている時期で苦しいはずなのに母は明るく笑っていた。
母の妊娠に伴って、わたくしとクリスタちゃんはリップマン先生にお願いして、パウリーネ先生を呼んで赤ちゃんの学習をさせてもらうことにした。
リップマン先生も未婚の若い先生なので、赤ちゃんに関して知っていることは少ないようで、パウリーネ先生に教えてもらう立場のようだった。
「前回教えてもらいましたが、妊娠の安定期とは五か月くらいなのですよね」
「正確には医学用語として安定期というものはないのですが、一般的に初期流産の可能性が低くなり、悪阻が治まるのがその時期だと言われています」
「妊娠には初期、中期、後期があるというのも教えてもらったわ」
「初期は四週から七週のことですね。前の生理から数えるので、妊娠一週とか二週とかはないのです」
「前の生理? 生理ってなぁに?」
まだ七歳のクリスタちゃんには早いかもしれないが、クリスタちゃんは今疑問を持っている。リップマン先生は隠さずに生理について答えてくれた。
「女性はお腹の中に赤ちゃんを育てる子宮という臓器があります。妊娠したときのために、女性は体が大人になると、そこに血のベッドができるのです。血のベッドは、妊娠しなかった場合には毎月剥がれて出血します」
「え!? 世の中の大人の女性はみんな、毎月出血しているの!?」
「出血しない女性もごく稀にいますが、ほとんどの女性が出血しているのです」
「でも、デボラもマルレーンも、そんなこと一度も言ったことないわ。お仕事をお休みしたこともない」
「出血しても脱脂綿や紙を挟んで仕事をする女性はたくさんいるのです。出血には痛みを伴う場合もありますが、痛み止めを飲んで働く女性がほとんどです」
生理について教えてもらってクリスタちゃんはショックを受けている。
わたくしも前世の記憶が朧気にあるからショックは受けていないが、前世の知識がなければ驚いていただろう。
「わたくしも出血するようになるのですか?」
「クリスタお嬢様も、学園に入学するようになるころには体が成熟して生理が来るようになりますよ。初めての生理を初潮といいます。それが来たら、奥様やわたくしに相談してください」
脱脂綿や紙を挟んで出血を抑えていると聞いたが、この世界に十分な生理用品などないのだろう。生理自体を隠すような風習があるようなので、生理用品の開発に期待が持てるわけがない。
わたくしは生理が来る年齢になるのが少し憂鬱だった。
「赤ちゃんが生まれるのは三十七週から三十九週でしたか?」
「大体六割の女性がその期間に赤ん坊を産みますね。早産するものもいれば、すぎるものもいるのは当然ですが」
はっきりと授業として習うと頭の中が整理される。
母は今何週目なのだろう。
「お母様は今、何週目なのですか?」
「十週目ですね。安定期が十六週頃なので、まだ安定期には入っていません」
母はまだ妊娠十週目だった。
「どうすれば妊娠が分かるのですか?」
「妊娠すると生理が止まります。それで分かるのですよ」
クリスタちゃんの質問にもわたくしの質問にもパウリーネ先生は真剣に答えてくれる。
母の出産までにはまだまだ時間がある。
わたくしもクリスタちゃんもパウリーネ先生に聞きたいことはたくさんあった。
「また授業をしてくれますか?」
「いつでもお呼びください。エリザベートお嬢様とクリスタお嬢様にとっても大事なお話だと思っております」
お願いすればパウリーネ先生は快く答えてくれた。
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