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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
一章 クリスタ嬢との出会い
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11.二つの部屋を繋ぐ窓

 両親は私とクリスタ嬢のために慎重に家庭教師を探してくれていた。

 その間にも、クリスタ嬢の部屋が用意されて、それまで私の部屋に寝泊まりしていたクリスタ嬢が自分の部屋に移ることになった。


「クリスタ嬢のお部屋はエリザベートのお部屋の隣りにしましたよ。ベッドカバーも枕カバーも、カーテンも、小花柄で揃えさせましたわ」


 クリスタ嬢が喜ぶと思って母が私の隣りの部屋にクリスタ嬢を連れて行くと、水色の目がうるうると潤んで大粒の涙が浮かんでくる。震えながら泣き出しそうになっているクリスタ嬢の様子に気付いて、私はクリスタ嬢の手を取った。


「わたしのおへやのおとなりですから、いつでもよんでいいのですよ」

「いーやー! おねえたまと、いっと、いーの!」


 手を握ってもクリスタ嬢は大声を上げて泣き出してしまった。ぽろぽろと零れる大粒の涙を見ていると私も胸を内側から掴まれたかのように苦しくなってしまう。


「おねえたま、わたち、わりゅいこだった? おねえたま、わたちのこと、やーになったの?」


 縋り付かれて問いかけられて私はクリスタ嬢を抱き返す。


「いやになるはずがありません。わたしはクリスタじょうがだいすきですよ」

「どうちて、おへや、べちゅべちゅ?」

「クリスタじょうにもおへやがひつようなのです。クリスタじょうづきのメイドさんもきまりますし」

「マルレーンたん、ちやうの!?」

「マルレーンはわたしのメイドさんです」

「いーやー!」


 別の部屋になる上に新しいメイドさんも来るとなって、クリスタ嬢の感情はいよいよ爆発してしまっていた。大声で泣いているクリスタ嬢に母もどうすればいいのか分からないでいるようだ。


「恐れながら、奥様、エリザベートお嬢様、部屋に窓をつけるというのはどうですか?」


 ちょうどそのときに護衛だったエクムント様がそっと母と私に耳打ちしてくれる。

 部屋と部屋を繋ぐ窓。それは素敵ではないか。


「窓でお部屋を繋ぐのですね。いい考えではないですか、エクムント。ありがとうございます」

「エクムント、ありがとうございます」


 母と私はエクムント様にお礼を言って、クリスタ嬢の手を取り水色の目を覗き込んだ。クリスタ嬢はひっくひっくとしゃくり上げている。


「クリスタじょう、おへやにまどをつけるのはどうでしょう?」

「まど?」

「わたしのおへやと、クリスタじょうのおへやをまどでつなぐのです」

「おねえたまのおへやと、わたちのおへや、べちゅべちゅじゃない?」

「まどでつながっていますからね」


 窓を作る提案をするとクリスタ嬢は涙を拭いて少し落ち着いたようだ。すぐに工事の業者が入って、二つの部屋を仕切る壁に穴を開けて、顔が見える出窓を作っていった。

 出窓の横に椅子を置いて、クリスタ嬢が隣りの部屋にいる私を呼ぶ。


「おねえたま! おねえたま!」

「はい、なんでしょう、クリスタじょう」

「ベッドをここにちて? ねるまでおねえたまのおこえをききたいの」


 クリスタ嬢の願いによって、ベッドの位置が変えられて、出窓の横にベッドが置かれた。私の部屋のベッドも出窓の横に置かれた。

 これでクリスタ嬢は安心して過ごせるようになったようだ。


「おへやのなかにまどとはかんがえられませんでした。さすがエクムント」

「兄と部屋が別々になったときに、私も相当抵抗したのです。そのときに、部屋に窓があれば兄と話せるのにとずっと思っておりました」


 エクムント様は兄上の部屋との間に窓を作ることができなかったが、そのときの発想が私とクリスタ嬢の役に立っている。

 さすがエクムント様だと私はうっとりとエクムント様を見上げた。


 エクムント様は背が高くて、褐色の肌に黒髪に金色の目で、辺境伯領の血を引いている。彫りの深い美しい顔立ちも私の憧れるところだったが、何よりもこんな風に子どもの私やクリスタ嬢のために心を砕いてくれて、発言してくれるところが大好きだった。


 エクムント様をうっとりと見上げていると、クリスタ嬢がそんな私をじっと見ている気がする。クリスタ嬢は将来皇太子のハインリヒ殿下と婚約をするのだから問題はないはずなのだが、水色の大きな目と金色のふわふわの髪が可愛いので、間違ってもエクムント様を好きになってもらっては困ると胸の中に嫉妬心が沸き起こる。


 エクムント様も母もいなくなってから、私はクリスタ嬢を部屋に呼んで真剣に語り掛けていた。


「わたし、エクムントさまがすきなのです」

「おねえたま、わたちより?」

「え? クリスタじょうのことはだいすきですが、エクムントさまとはべつですよ」

「おねえたま、わたち、すち?」

「はい、すきです」

「エクムントたま、すち?」

「ないしょにしてくださいね。としもはなれているし、あいてにされていないことはわかっているのです」


 そっと打ち明けると、クリスタ嬢はこっくりと頷いてくれた。


「おねえたまのないちょ、ぜったいいわない。わたち、おねえたま、すち」

「クリスタじょうは、ハインリヒでんかをどうおもいましたか?」

「ハインリヒでんか、だぁれ?」

「おうきゅうのおちゃかいで、ごいっしょしたくろかみにくろいめのわたしとおなじとしのおとこのこです」


 将来ハインリヒ殿下の婚約者となるはずなのに、クリスタ嬢はハインリヒ殿下を認識していなかった。

 まだ四歳なので仕方がないが、これでは将来が心配だ。

 クリスタ嬢を私が両親にお願いして公爵家に引き取ってしまったことで、『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』のストーリーが変わってしまったのではないだろうか。

 私はそのことを心配していた。

 『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』のストーリーは覚え込むほど読み込んでいたが、クリスタ嬢は私、エリザベート・ディッペルに恥をかかされそうになって、機転でやり過ごし、最終的には私を辺境に追放して公爵位を奪うのだ。


 こんな可愛いクリスタ嬢に将来追放されて公爵位を奪われるだなんて考えたくなかったが、物語が順調に進めばそうならざるを得ない。

 そのときにエクムント様はついて来てくれるだろうか。

 エクムント様とならばどんな場所でも生きて行けるだろうが、一人きりというのはとても無理だ。


 考えていると、お茶の時間になっていた。

 天気がよかったので今日は庭でお茶をすることになった。

 冬の寒さも少し和らいできていて、お日様の光が暖かい。


 庭に出されたテーブルセットに座っていると、父が給仕を受けながら私とクリスタ嬢を見た。


「ディッペル家主催で宿泊型のパーティーを春に開くことになったよ。ノメンゼン子爵も子爵夫人もローザ嬢も招かなければいけないが、ノメンゼン子爵家の跡継ぎはクリスタ嬢だ。これは国王陛下から文章でもしっかりと宣言していただいている。胸を張って参加しなさい」

「ノメンゼン子爵夫人がクリスタ嬢に手を出せないようにわたくしも目を配ります。クリスタ嬢も何かあったらすぐにわたくしか旦那様か、エリザベートに言うのですよ」

「はい。わたち、おねえたまのおそばをはなれまてん」


 ノメンゼン子爵夫人と会うことを怖がるかと思っていたが、クリスタ嬢は私の顔を見てしっかりと返事をしていた。あれだけ怖い目に遭わされたのに、クリスタ嬢は勇敢だ。それに、クリスタ嬢は完全に私のことを信頼している。

 クリスタ嬢の信頼に答えられるように私もしっかりとしなければと強く思った。


 庭の春薔薇の蕾も膨らみ始めている。

 春まではもう少し。


「今回の宿泊型のパーティーには、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下も参加を希望している」

「ハインリヒでんかと、ノルベルトでんかが!?」

「お茶会でエリザベートとクリスタ嬢と話したのが忘れられないようです。また話したいとのご要望です」


 クリスタ嬢はハインリヒ殿下を認識していなかったが、ハインリヒ殿下の方はクリスタ嬢を意識しているように思える。このままならば『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』のストーリー通りになるのではないかと、私は安心が半分、不安が半分の複雑な気持ちだった。

読んでいただきありがとうございました。

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