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15.四葉のクローバーとタンポポの刺繍

 わたくしのお誕生日までにふーちゃんの靴下は編み終えた。網目がきつく締まっているところや緩々なところがあって、形が悪いのを刺繍の先生が解いて整えてくれる。

 可愛い靴下が出来上がると、そこにわたくしとクリスタちゃんで刺繍を入れて行った。わたくしは四葉のクローバーの刺繍、クリスタちゃんはタンポポの刺繍だ。

 四葉のクローバーは幸運を運ぶというし、ふーちゃんの靴下にぴったりだった。クリスタちゃんは両親のハンカチに刺繍をしたときと同じタンポポの刺繍で、以前よりも上手に刺繍できるようになっていた。


 刺繍が出来上がると、針がないことを何度も確かめて、刺繍の先生が靴下に綺麗にアイロンをかけてくれる。アイロンがかかると靴下はとても格好よく見えた。


 ふーちゃんに渡しに行くと両親もふーちゃんの部屋に来ていた。


「わたくしたちとフランツとエリザベートとクリスタで、肖像画を描いてもらおうかと話していたのですよ」

「フランツがこんなに可愛い時期は今だけ……いや、ずっと可愛いだろうか」

「あなたったら、フランツのことが大好きなんですから」


 くすくすと母が笑う。

 移動のときには父は必ずふーちゃんのことを抱っこしていたがったし、普段からふーちゃんをたくさん抱っこしている姿が見られる。


「お母様、お父様はわたくしもたくさん抱っこしてくださったの?」

「そうですよ。初めて生まれたエリザベートが可愛くて可愛くて仕方がなかったのですよ」


 笑いながら言う母に、父が顔を赤くしている。

 娘も息子も溺愛する両親というのは素晴らしいと思うのだが、父は少し恥ずかしかったようだった。


「エリザベートのときには、お父様はエリザベートをベビーバスに入れて、お風呂に入れてくださっていたんですよ」

「本当、お父様?」

「小さい頃なら覚えていないだろうと思ったのに。テレーゼったら」

「あのときのあなたは素敵でしたわ。エリザベートのためにシャツの袖を捲って、服が濡れながらもエリザベートをお風呂に入れてあげて」


 父はわたくしが赤ん坊のころにお風呂に入れてくれていた。

 赤ん坊のころからわたくしは両親に愛されていたのだと思うと感動してしまう。

 わたくしが喜んでいると、クリスタちゃんが羨ましそうな顔をしていた。


「わたくしもフランツをお風呂に入れたい!」


 あ、そっち?

 てっきりわたくしが父にお風呂に入れてもらっていたことで無邪気に喜んでしまって、クリスタちゃんを悲しませたかと反省したのだが、クリスタちゃんはそうではなくて、ふーちゃんを自分もお風呂に入れたいと羨ましがっていた。


「今日のお風呂はフランツ様と一緒に入りましょうか?」

「いいの、デボラ? ヘルマンさん?」

「フランツ様も一緒に湯船に入れる月齢になりました。クリスタお嬢様と一緒に入るとご機嫌もいいでしょう」

「やったー! ありがとう、デボラ、ヘルマンさん!」


 クリスタちゃんの世話をするデボラと、ふーちゃんの世話をするヘルマンさんに言われてクリスタちゃんは飛び跳ねて喜んでいる。

 わたくしもクリスタちゃんが少し羨ましくなってしまった。


「わたくしもフランツとお風呂に入りたいわ」

「クリスタお嬢様と順番にしましょうね。お風呂は毎日入りますからね」


 本来の近世ヨーロッパでは毎日お風呂に入らなかったのかもしれないが、『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』の物語は日本人が書いたので、毎日お風呂に入る習慣ができているようだ。

 それは毎日汗をかくし、お風呂に入りたい気持ちになるわたくしには助かる設定だった。


「エリザベートとクリスタは靴下が出来上がったのかな?」

「あ、そうなのです。フランツの靴下です。わたくしが作ったのが、四葉のクローバーの刺繍が入っています」

「わたくしが、タンポポの刺繍よ」

「どちらも可愛いですね」

「これから冬になるからフランツもお散歩のときにはいていける靴下ができてよかったね」


 ふーちゃんはヘルマンさんに乳母車に乗せられて庭をお散歩している。乳母車を止めて抱っこされるときもあるのだが、これから冬になるとお散歩にも防寒具が必要だった。

 春に生まれたふーちゃんにとっては初めての冬である。

 暖かく過ごして欲しい。


「フランツが歩き出すのはいつ頃でしょうか? お靴は必要ないの?」


 クリスタちゃんの問いかけに、ヘルマンさんが答える。


「靴を履いて外を歩けるのは一歳を超えるくらいですね。春にお誕生日が来たら靴を履いて歩けると思いますよ」


 順調に成長しているふーちゃんは、離乳食を食べ始めていた。パン粥やどろどろのスープなどを食べているが、食欲は旺盛な方だ。

 まだ一日に一回だけだが、食べ足りないようで、食べ終わりそうになると泣き出してしまうことがある。


 人見知りも始まっているが、わたくしやクリスタちゃん、両親にヘルマンさんにマルレーンにデボラにエクムント様の顔はしっかりと覚えていて、抱っこされても泣いたりしない。


「人見知りするなんてフランツは賢いのですね。もう大事なひとかそうでないひとか分かるようになったのですよ」


 わたくしが言えばヘルマンさんも微笑んでいる。


「エリザベートお嬢様のように考えれば、難しい人見知りもあって当然と思えますね」


 寝返りも打てるようになってきたし、行動範囲の広がったふーちゃんを起きている間、ヘルマンさんは大きな敷物を敷いて、床の上に玩具を置いて、転がらせて遊ばせていた。

 自由に動けるのが嬉しいのか、ふーちゃんは何度も寝返りをしてオモチャのところに辿り着いて、おもちゃを掴んで遊んで、また寝返りを打って転がって、楽しそうに過ごしていた。


「これから冬になりますが、ますますフランツ様の行動範囲は広がります。暖炉とストーブに囲いをつけて頂けますか?」


 ヘルマンさんはこれから来る冬のことに関しても考えていた。

 ふーちゃんが火傷をしないように暖炉にもストーブにも囲いを付けて触れないようにしようというのだ。


「わたくしの家でも弟妹が小さな頃はそうしていました」

「すぐに囲いを作らせよう。他に気付いたことがあったら何でも言ってくれ」

「部屋の絨毯を取り換えて、フランツ様のお部屋はルームシューズで入るようにして下さったら助かります。フランツ様がはいはいを始めますと、部屋中を動き回りますので」


 室内でも基本的に靴を履いているこの国だが、ヘルマンさんはふーちゃんのために外の土や汚れを持ち込まない部屋を作ろうとしていた。それはわたくしも大賛成だった。


「お父様、お母様、わたくしにもルームシューズを買ってください」

「わたくしもフランツのお部屋に入りたいわ」

「分かった。フランツの部屋はルームシューズで入るようにしよう」

「掃除も今まで以上にしっかりとさせましょうね」


 両親もヘルマンさんの申し出を受けてくれるようだった。


 ふーちゃんの部屋の大改造が始まると、わたくしとクリスタちゃんのためにルームシューズが選ばれた。ルームシューズは布の柔らかなもので、それを見ているとわたくしは手を入れたい気持ちが抑えきれない。


「これに刺繍ができないでしょうか」

「お姉様、素敵だわ! わたくしも刺繍をしたい」


 シンプルな布のルームシューズを持って刺繍の先生のところに行くと、刺繍の先生は難しい表情になっていた。


「ルームシューズは凹凸があるので刺繍は難しいですよ」

「タンポポの花を刺繍したいの」

「わたくしは四葉のクローバーを」

「クリスタお嬢様とエリザベートお嬢様がやる気ならば、やってみましょう」


 絶対に無理とは言わないで挑戦させてくれるところが刺繍の先生のいいところだ。

 指を刺したり、針が靴底に刺さったりして大変だったけれど、わたくしとクリスタちゃんは一針一針刺繍を仕上げて行った。

 出来上がったルームシューズにはクリスタちゃんが大きめのタンポポ、わたくしが大きめの四葉のクローバーが刺繍されたものになった。


 出来上がったルームシューズを両親に見せに行くと、母も自分と父のルームシューズに刺繍を入れていた。


 母のルームシューズには薔薇の刺繍、父のルームシューズには青い星の刺繍がされていた。


「お母様、とても綺麗」

「お母様みたいに上手になりたいわ」


 褒められて母はわたくしとクリスタちゃんの髪を撫でる。


「エリザベートとクリスタもきっとできるようになりますよ」

「今から努力します」

「頑張ります」


 決意を新たにするわたくしとクリスタちゃんに、両親は優しく微笑んでいた。


読んでいただきありがとうございました。

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