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14.ふーちゃんの靴下

 今回は海で遊ぶ余裕もなく、辺境伯領からディッペル家のお屋敷に帰ることになった。

 秋まで続く暑さの中でもふーちゃんは元気いっぱいで、部屋でお留守番をしている間もよく飲んで、よく眠って、汗びっしょりになってお風呂に入れてもらって、さっぱりとしていた。


「そろそろフランツ様の離乳食を始めなければいけませんね」

「パウリーネ先生とよく話し合って、厨房の料理長にお願いしてください」


 さすが弟妹で慣れているというヘルマンさんはふーちゃんの離乳食開始時期まで見極めていた。

 お屋敷に帰ったらふーちゃんは離乳食を食べるようになる。

 パウリーネ先生がどれくらい赤ちゃんに詳しいのかを知るいい契機になるかもしれない。お産には詳しいが赤ちゃんにどこまで詳しいかは分からないパウリーネ先生。

 母はパウリーネ先生に全幅の信頼を寄せているので、ディッペル家のお屋敷ではふーちゃんのことにかんしては、パウリーネ先生の指導の下に育成が行われている。


「フランツ、また列車に乗れますよ」

「馬車も楽しみですね」


 ふーちゃんがもう少し大きくなれば、ポニーのエラにも乗れるのではないだろうか。わたくしは楽しみにしていた。


 そのポニーのエラなのだが、同じ厩舎に暮らしている雄のポニーと仲良くなって、今は妊娠中なので乗ることができない。エラの妊娠を聞いたときには驚いたが、新しい赤ちゃんポニーが生まれてくることにわたくしもクリスタちゃんも期待していた。


「エラの出産のときには見に行きたいのですが」

「ポニーの出産を見るのも勉強になるかもしれませんね」

「その時期には泊まり込みで牧場にいさせてもらうのもありだね」

「ポニーの妊娠期間はどれくらいなのですか?」


 わたくしが問いかけると、両親はそれに答えられなかった。

 エクムント様が呼ばれて問いかけに答えてくれる。


「ポニーの妊娠期間は十一か月です。初夏のころには妊娠していたと思われるので、来年の春に生まれて来るものと思われます」


 春にはふーちゃんのお誕生日もあるし、クリスタちゃんのお誕生日もある。そこにポニーの赤ちゃんも生まれてくるとなると、わたくしは期待で胸がわくわくとした。


 列車に乗っている間もふーちゃんは大人しかった。

 窓ガラスに触りたがって、父の腕から逃れようとするくらい外の景色には見惚れていたし、大きな声で泣いたり、ぐずったりすることもなかった。

 やはり乗り物が好きなようだ。


「フランツは列車も馬車も大好きですね」

「移動を嫌がらなくてよかったです」


 わたくしがふーちゃんのことについて話せば、母は胸を撫で下ろしていた。

 最近はふーちゃんは母のお乳は飲んでいない。完全にミルクだけに移行したのだ。母はふーちゃんにお乳をあげることを止めて、何か考えているようだった。


「パウリーネ先生がいれば、わたくし、もう一人くらい子どもが産めるのではないでしょうか」

「お母様、もう一人赤ちゃんを産むのですか?」

「フランツに弟か妹ができるのですか?」


 身を乗り出したわたくしとクリスタちゃんに母は穏やかに微笑んでいる。


「赤ちゃんは授かりものです。いつ授かるかは分かりません。ですが、授かったらわたくしは産みたいと思っているのです」


 母は兄と妹がいる三人兄弟だったから、子どもも三人欲しいのだろう。わたくしとクリスタちゃんとふーちゃんで三人だが、自分で産んだ子どもは別なのかもしれない。


「テレーゼ、くれぐれも無理をしないで欲しい」

「分かっていますわ。子どもを授かったらの話です。授かれるかは分かっていないのですから」


 母も今年で二十八歳になる。子どもを産むのに遅すぎる年齢ではない。

 ふーちゃんと年が近すぎるかもしれないが、それもパウリーネ先生がいれば安心して産めそうな気がしている。


「お姉様、次は弟かしら、妹かしら?」

「どちらでも元気に産まれて来てくれればそれでいいですわ」

「そうね。お母様も赤ちゃんも元気だったらいいわ」


 まだ母は妊娠してもいないのに、わたくしとクリスタちゃんは気が早くその話をしていた。


 ディッペル家に帰ると、辺境伯領と違って肌寒い風が吹いていた。真夏に着るワンピースからもう少し厚手のものに着替えて、わたくしはクリスタちゃんと刺繍の先生のところに行った。

 刺繍の先生の授業もしばらくは忙しくて休んでいたので久しぶりだった。


「わたくし、編み物もできるのです。お教えしましょうか?」

「編み物ですか!?」

「どんなものを編むのですか?」


 冬に向けて刺繍の先生が考えていた授業は編み物をして、そこにワンポイントで刺繍をすることだった。


「最初は小さなものがいいでしょう。フランツ様の靴下を編んでみませんか?」

「フランツの靴下!」

「それに刺繍を入れるのね」


 ふーちゃんの靴下を編む提案にわたくしは喜んで乗ることにする。クリスタちゃんも嬉しそうにしている。

 編み棒を刺繍の先生が渡してくれて、細い糸を編み棒に絡めて、輪を通して後ろから糸をまた編み棒に絡めていく。

 最初はするすると編み棒から糸が解けてしまって、上手く編めなかった。


「先生、できません……」

「また解けてしまったわ」

「辛抱強く続けるのです。ひと編みでも多くできれば、いつかは完成します」


 小さな手は編み棒を器用には使えなくてかなり苦労したけれど、少しずつわたくしもクリスタちゃんも編み棒に慣れて来た。

 何より、ふーちゃんに上げるものを作るという目標がわたくしとクリスタちゃんを突き動かしていた。


 数センチしか進まなかったが、その日の刺繍の授業はお終いになった。後は自分たちの使える時間に編んでおくというのが宿題だった。

 部屋に帰ってわたくしもクリスタちゃんも必死に編んでいたが、そのうちに疲れてしまって休憩した。


 クリスタちゃんは七歳なのによく頑張っていたし、わたくしももうすぐ九歳になるが、まだまだ手は小さくて難しかったが頑張っていた。

 普段からクリスタちゃんは自分の部屋はあるが、ほとんどの時間をわたくしと一緒に過ごす。わたくしもまだ自分の時間が欲しいというような年頃ではなかったので、クリスタちゃんが一緒にいることに何の疑問も抱いていなかった。


「クリスタお嬢様、髪が乱れておりますよ。お部屋で一度整えましょう」

「わたくしったら、上手くできなくて苛々して頭を掻いてしまったのだわ。デボラ、お願いー!」


 クリスタちゃんがいるということはデボラもわたくしの部屋にいるということになる。デボラに呼ばれてクリスタちゃんは乱れた三つ編みを編み直しに部屋に戻って行った。


 部屋に一人になると何となく寂しいような気分になる。

 わたくしはクリスタちゃんがいないとやはり寂しいのだ。


 髪を編み直してもらったクリスタちゃんが布を被ってやってくる。

 何かと思えば、クリスタちゃんは横を編み込みの三つ編みにしてもらっていて、後ろをシニヨンに纏めてもらっていたのだ。


「お姉様、花嫁さんごっこをしましょう! デボラが髪を纏めてくれたのよ」

「その布はベールのつもりですか?」

「そうよ。わたくしは花嫁さんなの。でも花婿さんがいないわ」

「花婿さんをやってくれそうな方……エクムント様はダメですよ」

「分かってますわ、お姉様」


 こういう遊びに付き合ってくれそうな男性といえばすぐに浮かんだのはエクムント様だが、エクムント様はいけないとわたくしはクリスタちゃんに断る。

 遊びでもエクムント様の隣りに誰か立つなんて胸がもやもやして、嫌だった。


「お姉様が花婿さんになって!」

「え? わたくしが?」

「いいでしょう?」


 上目づかいで見られるとわたくしも弱い。

 クリスタちゃんのお願いでわたくしはエクムント様を見習って、クリスタちゃんに片手を差し出した。

 クリスタちゃんの小さな手がわたくしの手に重なる。

 部屋の中を歩いて、窓際の明るい場所でわたくしとクリスタちゃんは誓いの言葉を言う。


「わたくし……ではなくて、私は、クリスタ嬢を妻として、生涯愛することを誓います」

「わたくしは、お姉様……ではなくて、お兄様? を夫として、生涯愛することを誓います」


 誓いの言葉を言ってからあまりにも似合わなくてわたくしとクリスタちゃんは声を上げて笑ってしまう。


「もう、クリスタちゃんったら。わたくしに花婿なんて無理ですわ」

「ごめんなさい、お姉様。わたくし、花嫁をやりたかったんですもの」


 秋の夕暮れの日差しが窓から差し込む中、わたくしとクリスタちゃんは声を上げて笑い合っていた。


読んでいただきありがとうございました。

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