2 .あれは3ヶ月前のことです
さかのぼること3ヶ月前─
「エルレナーーー!!!!!」
お父様の大きな声が城中に響き渡る。
私は先日タウンハウスの執事に送ってもらった、礼作法の一人者シェイントン子爵夫人の最新著書『優雅なる貴婦人』を自室で読んでいたところだった。
残念ながらアリーも近くにいないので、私が答えるしかないだろう。
その本に栞を挟み、廊下に顔を出した。
「お父様、どうかしましたー?」
はしたないが、大きな声で答えた。
我が家は礼儀作法にきっちりこだわる家ではない。
こんな辺鄙な場所にあるお城で、他の貴族の噂にもなることはまずありえない。そして城壁に現れる魔物を共に退治する仲間!この城の者はみんな仲間だ。堅苦しいのは抜きだ!
それがお父様の考えらしく、結構みんなラフに過ごしている。
「至急、ワシの執務室まで来てくれ!!」
お父様は焦った声が応えた。
どうしたのかしら?
城壁に魔物が大発生した?
でも魔物なら執務室より城壁に来いっていうはずだし。
お母様と喧嘩した?
それなら私は介入的したくない。
ユージンお兄様が王都で何かやらかした?
それは最悪だ。
先に色々と想定しながら廊下を走り抜け、お父様の執務室に着いた。
ノックをしてドアを開けると、難しい顔をしたお父様とニコニコ顔をしたお母様が2人で紙をのぞき込んでいた。
「エルレナちゃん、おめでとう!」
「何がですか?」
「クロード殿下の妃候補の内定通知がきたわよ」
金色の封筒に王家の紋章が印されている紙をお母様が見せてきた。
クロード殿下とはこの帝国の皇太子殿下のことだ。
つまり私は皇太子妃候補になれたということだ。
「本当に!?やったー!」
「嬉しいわ、エルレナちゃん。この1年本当に頑張ってたもの。王城に出入りしているファッジ伯爵婦人が推薦して下さったらしいのよ」
お母様と私は飛び跳ねて喜んだ。
「登城が3ヶ月後なんて急過ぎる」
しかしお母様の隣にいるお父様は難しい顔をしたままだ。
登城するのは3ヶ月後の春の季節のようだ。
確かにこのバルディリス領から王都まで片道3週間がかかる。今からドレスの用意や淑女教育の仕上げ、それからしばらく留守にするなら城壁を守る魔法石に魔力を溜め込まなければならない。
ユージンお兄様もいない今、戦う者が少しでも楽になるようにしなければならないからね。
そう思うとあまり時間がないな。
本当はもっと早くこの書状が送られていたのかもしれ
ないが、なにせこの豪雪地帯だ。冬は荷物や手紙届くのに数カ月の遅延は当たり前なのだ。
「しかもランカスターにどう報告するんだ」
「あら、この年頃まで待たせたのはあちらよ。しかもちゃんと了承まで取っているのだから」
ゴリゴリマッチョのお父様を、大丈夫でしょとスレンダーで歳のわりに可憐なお母様が諌める。
「でもなあ、クラウスは今はエルレナとの「僕も王城に行くべきだと思いますよ」
私が開けっ放しにしていた執務室のドアをノックしながらお父様の話を遮ったのは、長兄のヴィルヘルム兄様だった。
「父上。エルレナはこの1年、皇太子妃になるために努力してきたんですから、力試しだと思って行かせても良いのではないですか」
お兄様のナイスアシストで風向きが変わった。
ヴィルヘルムお兄様はお母様似の顔立ちと水色の髪を持ち、お父様の紫色の瞳を受け継いでおり、社交界では氷の貴公子と呼ばれている。クールで冷たいところが良いんだとか。
戦いの場では魔法も剣術もすごいが、社交界のご令嬢達はこんな僻地に来ることはないだろうから、城壁での戦いぶりをお見せできなくて残念だ。
ちなみに性格も素直な性質のお父様のとは違い、兄様はかなりの腹黒で要注意だ。お父様を影でコントロールしているお母様にそっくり……ゲホンゲホン、
まあ時期辺境伯当主だし、しっかりしていないといけないよね。うん。
ちなみにユージンお兄様はあきらかにお父様似のゴリゴリマッチョ。茶色の髪や紫色の瞳までお父様と同じだ。ユージンお兄様も魔法も剣術もどちらもそつなくこなすタイプだ。考えなしで突入していくところが怖いけど。
そして私、エルレナ・バルディリスはお母様の若い頃にそっくりとよくいわれるが、髪や瞳はお父様の茶色い髪と紫色の瞳だ。魔力はたんまりあるが、運動オンチなのか剣術はからしきダメだ。
「クラウスだって好き放題にしてきたんだし、次はエルレナの番だよ。
それと父上、エルレナとクラウスは1度本人同士で話し合う必要があります。王都に行けば会う機会はいくらでもあります。良い機会なのでは?」
「確かに、思い違いもあるかもしれないしな。それに何人もいる候補の中の1人だ。選ばれる可能性の方が低いな!」
「失礼ね!エルレナちゃんなら選ばれるに決まっているでしょ!」
思い違いなんて全くないけどね。
ヴィルお兄様に説き伏せられて、お父様は前向きに考え出したようだ。
お父様はランカスター公爵と仲良しなのは分かるが、これ以上私を関わせないでいただきたい。もう私とクラウスの縁は完全に切れたのだ。
「あとエルレナ」
「はい?」
「王都のタウンハウスではこの城の中みたいに大声で応えたり、ドスドス歩いたらダメだからね」
皇太子妃になりたいんでしょ、とヴィルお兄様が絶対零度の笑みで言った。
怖っ。
ご覧いただきありがとうございます。
1日おきに1話ずつ投稿できれば良いなと思っています。バタバタしているとお休みさせていただく日もあると思います。