凝縮といってもマジで2者の恋愛部分だけで10万字ある娯楽小説なんかないわよ
現状の答え:長編小説4つ分のストーリーを凝縮する
なんの伝手もない私が、長編小説を書き、多くの人に楽しんでもらおうとしている。
無理があるだろう。
しかし、創作面ではその実現に向けた最大限のことをする。とにかくそれをする。
で、それが端的にいうと「長編小説4つ分の話を凝縮する」だ。
今までのメモに書いてきた「軸」のこと。
「ブロック社会軸」「神話軸」「主人公の青春軸」「創作軸」である。
『漫画のアニメ化で、監督が個性を出そうとしてそれが批判される』というくだりがよく見られる。
しかし、成功しているアニメ化も、原作そのまま、というわけではない。
例えば漫画の中で1ページで行われる動作やセリフを「現実の時間」でやると「間延びしてだるい」。
漫画だと一目みれば分かることが、わざわざ着席するまで待たないといけない。その「だるさ」を中和するために演出が上手くはまったとき、アニメでも見やすくなる。
漫画のリズム(感)を再現するためにカットを割ってとんとん進むだけだったりたたみかけるようにやっていく方式でやれるのは原作の特徴にもよるし。
書き込みなど、情報量を増やすことでその間をもたせたり、声優さんの演技力でなんとかしてもらったり。カッコいい止め絵にしてそれを画面に映す順番の工夫で持たせるのを同時にやったり・・・・・・・
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ネット小説で、集中力を必要とする文章を読んでもらえるとはとても思えない。「暑さ」の描写とかを40字とかやって読んでもらうにはどうすりゃいいんだと。
そこの問題をクリアするのがこの「凝縮」だった。
このメモの1話部分にも書いてあるが、長編小説分の話を短編に凝縮したのが世界観を999~だった。
むろん、あれも凝縮したとはいえ読者に負担を強いている。それらを他の「凝縮ストーリー」で補いながら進む。
なんというか、全体の起承転結はウィキの「あらすじ」で把握できる。つまり、本文を読んだときにはウィキ以上の労力を使って、ウィキよりも多くの情報量を読者は得るわけだが、それは費用対効果的に釣り合っていないから、読者は本を読まないのだ。
でも、そのあらすじを何作分も読み続けたら、文字数的にはいつか長編小説に達する。
むろん、それを私個人が1つの作品ページでやって、かつ1つの作品としてまとめるのは、非常に難しい。単に100本分のあらすじを順番に乗せればいいというわけではない。そもそも、10万字分もウィキのあらすじを続けて読み続ける人がいるか?それは創作物の好きな人が何気なく日常の気分でやって一年かかる。
1つの作品として、補い合える4つのシナリオを凝縮することで、なんとかそのメリットを使いたいという試み。
と、いうより、今なんのガイドラインもない小説を面白いものとして読めるとしたら、自分でイメージしてそれだなという、逆にそれでないと面白くないなと思いながら書くわけなので、それが一番無理、自分で興味を失う。




