あの夏の感覚と、
ラピスラズリの魔力に感応できるあなたへ
ラピスラズリ色の戻れない旅
一度旅立てばもう戻れない。その意味だけではない。
スタート地点に行ってみたところで、戻れるわけではない。そんな意味もある。
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おそらくこの投稿で20万字を超える。ちょうど良いので、1話目に置く文章を改めて書いてみようと思いこれを書いている。
このノートを初めてから、正直なところ人に見られる感覚が怖く、PV数を確認していない時期が長かった。
しかし、自分以外の場所に文章を出すことは、私にとって必要なことでもあった。
まとまりのないメモばかりで、読む人などいない・・・・・・というのもまた極論で、確認してみると、投稿の度に誰かが読んでいる。
面白いことに、1話目を読んでいる人が少ない。
現在は変えているが、1話だけ「1」というタイトルだったかただろうか。
私の閲覧が反映されているのでは?とも思ったが、アプリ版のPVもあるし、皆さん好きなページにアクセスしてくれたのだろうと思う。
「ラピスラズリ色の戻れない旅」という言葉には、書いている作品を一言に凝縮して表したような、シンボリックで、迷ったときに立ち戻りたい精神性を感じている。
今、社会的な出来事としての詳細を詰めている。理詰めで考えている中に、「ラピスラズリ」な感覚を盛り込もうと頭がヤカンになっている。
これの1話目にしようと思ったが、眠い。
なので、かけがえのないイメージを載せようと思う。
夏イメージ
小学5年生だった。席替えした初日におれは辻澤琴音に恋をした。(恋されたのほうがいい?
( 筆箱の中の蛍光ペンの色を数えている琴音を見て好きになった。)が(だいじ)理由は分からない。ふと、この女の子の事を好きでいたいと思った。
理由も分からないものでいっぱいの毎日だった。
机にこぼれた牛乳のにおいや、下駄箱前にある『ペガサス』と題された謎の石像(伏線)。校長室前に飾られた零戦のプロペラ――戦争中に訓練機が校庭の沼に落ちたものを記念にもらったという伝説がある――そうだ、沼と山と広大な校庭があった。裏山と校庭がそのまま繋がっていて、山の一部は子どもが遊べるように整備されていた。たった25分間の行間休みでは冒険しきれないくらい、広い世界がおれたちには与えられていた。
夏も涼しい東北の田舎にある学校だった。
男女それぞれ30人ずつしかいない。
おれはその席替えの日まで琴音のことを全く意識していなかった。というか、サッカーに夢中で異性を意識した事が全くなかったのだ。
だから彼女と出会ったその日から、おれの思春期らしいものが始まったといえる。
辻澤琴音は成績が良くてピアノをやっている女の子だった。大学で長距離走を教える父を持ち、長い坂道の途中にある緑色の屋根の家に住んでいた。
おれが彼女と仲良くなれたのは夏休みだった。
同学年の友達の家がその辺りにたくさんあって、公園で遊んでいると、同じように同学年の女子達も遊びに来たのである。
今考えると誰かがいつの間にか約束し合っていたような気がする。既に携帯電話を与えられた子どもも結構いたのだ。
「おれたち今から中道公園行くけど」みたいなメールを誰かが誰かに送って、半ば暗黙の了解的に我々は集まっていたのだと思う。そうして計6人から7人ほど集まって、毎日鬼ごっこの派生形遊びをしていた。
誰かが、誰かの事を好きだった。
『けいどろ』(うちの地域ではこの名前なのだ)で遊んでいたときである。
その日はおれが最初の逮捕者となり、琴音は見張り役だった。
ブランコが刑務所に定められた。捕まったらそこに座っているルールだ。
おれは握りしめたブランコと一緒にゆらゆら揺れて、逃げる友達を見ている。
隣に、琴音が座ってきた。
「来週ね、ピアノの発表会があるの。見に来る?」
膝の上で架空の鍵盤を叩きながら琴音は言った。 「来週?サッカーの試合があったと思う」と俺は言ってしまった。
本当に試合があったのかは覚えていない。彼女にそう言った事だけが記憶に残っている。
試合の有無ではなく、はなから当時のおれには『行く』という選択肢はなかったように思える。
第一に、当時のおれはあまりにも愚かで想像力と配慮の意識に欠けていたので、好きな女の子がピアノの発表会に誘ってくれているという状況の意味を理解していなかった。来週ピアノの発表会があるんだ、へえ。くらいにしか思っていなかった。
第二に、まだ小学生なのでいざ行くとなったら親に告げる必要がある。田舎なので車でしか行けない会場だろう。「クラスの女子に誘われているから車出して」なんて恥ずかしくて言えるわけがない。また、「ピアノに興味があって、その見学のために発表会見てみたいんだよ」という適切な嘘を思いつけるほどの知能もない。
第三に、ピアノの発表会自体に本当に行きたくなかった可能性がある。妹がピアノをやっていて、一度その発表会に付き合わされた事があるのだが、そのとき心底退屈だったことを覚えている。当時のおれにはまだ好きなミュージシャンがおらず、音楽自体に興味がなかった。走り回るのが好きだったおれにとって、発表会などただ拘束されるための時間でしかなかった。
それらの理由から、おれは辻澤琴音の発表会に行かなかった。
そんな具合に人生で初めてもらったデートの誘いは『ピアノの発表会デート』であり、おれは無自覚に断ってしまったのである。
家に帰ると母親が「来週、琴音ちゃんの発表会があるんだってね、行く?」となぜか聞いてきたが、そこには現在のおれの想像をも超える畏るべき繋がりがあったのだと推察する。
とはいえ、その夏の間におれと琴音はすっかり仲良くなった。
国道と田んぼの間の長い道を自転車で漕いでいるとき、今日は琴音と会えるかどうかずっとドキドキしていた。そして、だいたい会えた。
琴音と偶然会う事を目的に友達の家に遊びに行っていたと思う。特に会える可能性が高いのはプールだ。
夏休みの間、田舎の子どもはゲームをするかプールに行くかしかやる事が無い。友達の家に朝からいてもだんだん飽きてくる。
サッカーの練習だって毎日あるわけじゃないので、とにかく『行ける所があったら、行く』しかないのである。それは男女共通なようであった。
だからプールではよく琴音に会えた。
その頃にはもう仲の良さが周知されていたので、人前で話すには恥ずかしさがあった。それでも、水に潜っている瞬間だけは二人になれた。上から見ればバレバレだったはずだが、おれたちは、何度も水中で見つめ合った。
東北の冬は長い。秋なんて一瞬で終わり、すぐ雪が積もる。
快晴の日は外で遊んでいいから楽しい。広大な校庭がふかふかの雪でいっぱいになっている。そこに寝転んで、青空を眺めるのは最高の気分だ。あの瞬間以上に空を広く高く感じた事はないかもしれない。 学校がはじまると、女子と男子が一緒に遊ぶ事はほとんどなくなる。
しかし幸運な事に、おれには毎日15分間だけ琴音と二人きりになれる時間があった。
帰りのスクールバスである。田舎だから学校の数が少くて、広い地域から子どもたちがやって来る。その子たちのためのスクールバスだ。
おれは帰りのバスだけ琴音と一緒だった。登校は父親の出勤時に送ってもらっているので、みんなとは違う。
バスが琴音の家につく約15分間だけ、おれは彼女と二人で話すことができた。
隣には座れない。同じバスに乗っている同級生の目があるし、発車するときに外から見えてしまう。
だから前後に座って、窓と席の間の隙間から顔を出して話した。たまに前後になれない時は本当に残念な気持ちになった。
ある日、バスの中で琴音がおれに言った。
「ねえ、わたしのこと、好きなの?わたしは、別にいいけど」
彼女は外の景色を見ていた。真っ白な世界の先にぼんやりと山の輪郭が見える。
その言葉が告白であるとおれは気づかなかった。
国語のテストでは測れない読解力が圧倒的に不足していた。
「嫌われてはないんだ。よかった」くらいにしか思っていなかった。
だから同じ事しか言えなかった。
「琴音がそうなら、おれも、べつにいいよ」
田舎の小学生でしかないおれには、付き合うとか、両思いになった後どうするのかとか、そういうテーマを持っていなかった。ただ好きなだけだった。
琴音はどうだったのだろう?
たぶん、何かしたい事があったのだと思う。
休みの日にピアノの発表会に来てほしかったのかもしれないし、その頃には他の事に関心が移っていたのかもしれない。
そして小学生のおれたちは、その日以上に仲良くなる事はなかった。クラスが変わると話さなくなった。
掃除の時間のとき、琴音が他の女子と好きな男子について話している声が聞こえてきた。そこで挙げられた名前は、おれじゃなかった。




