宇宙天狗の最初のやつ
宇宙天狗
人間は、たまに、わたしを流星と見紛う。
宙から地面を見下ろすとき、わたしに祈りを捧げる人間を見つける事がある。
可愛らしいと思う。わたしもあなたも生き物という存在なのに。空を飛ぶ手段があっても、宇宙を駆ける術を開発しても――文明を有するほど知性を得た生命体はわたしを拝みたくなるらしい。
何を願うのですか?
聞いてみたくなる。でも近づくと、いつも逃げられてしまう。
わたしの顔は怖いのだ。それとも、わたしの使命が恐ろしいのだろうか?
あるいは――わたしの種そのものが怖いのかもしれない。
わたしは地球で誕生した地球外生命体・巨神天狗である。
他の姉弟と同じように先代天狗の亡骸から滲み出るように生まれ、棺を突き破った勢いそのままに大宇宙を駆け巡り、星の支配者を殺して回っている。
わたしは人間の数十倍大きな体を持ち、胸の翡翠玉が生み出すエネルギーを操って奇跡を起こす事ができる。
しかし流星というのも案外間違いではないのかもしれない。流星とわたしの何が違うのだろう?
流星も宇宙を駆けるし、生命を終わらせるし、奇跡を起こすこともある。
わたしの数ある名前の一つとして流星という名を認識しておいても良いだろう。そもそも、巨神天狗という言葉からして人間がわたしを呼ぶための種名の1つだ。天狗であり大きいから、という単純な由来だった。それはわたしの母星である地球や、地球と同じような生物史を辿った星の民がつけがちな名前だ。
そんな具合に外堀の由来が他者にあるので、わたしはわたしが何者なのか、本当の所分からない。
ヒントならある。
死の記憶だ。先代天狗が死ぬときの記憶が脳の底にあるのである。
記憶があれば前世なのだろうか?――わたしは、先代の遺伝子と記憶の一部を持っている。
先代の天狗は、地球で古の山脈を支配した巨大生物だった。人間に名前も付けられている。『巨神天狗・厳藻ノ神(げんものかみ』。
やはり人間の数十倍の体躯と、超常の力を齎す翡翠玉を胸に持った天狗であった。
子であるわたしのように――夜空からやってきたといわれる父・厳藻ノ神は、地球上の他の生物を蹂躙する力を持ちながらも、なぜか山の中から出なかった(・・・・・・)。
山に入って来た敵と壮絶な戦いを繰り広げ、最も大きな戦いで死んだ。
先代とその宿敵の血が染みこんだことから紅き霊峰とも呼ばれている。
最初は、人間が作った木箱だけが棺となるはずだった。
鎮魂のため建立された寺の地下の巨大な木箱に先代の亡骸は納められていた。
だが、体は収まっても、魂は封じきれなかった。
紅き霊峰の異名は、まさにその箱からにじみ出ていると言っても過言ではない。
巨大な木箱だったが全てが血によって赤く染まって、やがて箱を飛び出て山だけでなく山脈そのものまでもを染めていたのだ。
しかもその血は、前述のように厳藻ノ神のものだけではない。
神話は、そこに宿っている。
厳藻ノ神を殺した超常的能力を駆使する人間――東醤国の帝とその配下65名のものが混じっていた。彼ら討伐隊の慰霊のため、帝の正妻であった魔女により、その血が塗りたくられたのだ。その血塗り作業は木箱の巨大さゆえ、30年間に及んだという。
また、山脈の各地に、戦いの跡と血塗りのための施設が残っている。
しかしなぜ『正妻の魔女』はそんな事をしたのか?その後死体に起きた反応から、理由を推察できる。
棺の木箱が、子宮の役割を果たしていたのである。
討伐隊の血は『厳藻ノ神』の遺体に入り込んだ。その腐肉が死後千年経ち、厳藻ノ神の体は膨れ上がった。
死後のガス膨張によるものであるがその実態は通常の人間のものとは大きく異なる。
ガスは単なる気体ではなく『厳藻ノ神』の身体そのものであった。
生前その巨体を動かしていた動力源――胸の翡翠玉。つまり、生命核が分解されたガスである。
それは肉体の膨らみが限界に達すると細胞と融合し、ザクロの実のように握り揉み出る種となった。厳藻ノ神の張り付いた怪しげな笑みをそのまま子どもにしたような顔面が浮かぶ不気味な種であり、体の各部に浮かび上がったその数は数万に及ぶ。
やはり種は噴出し、山を破壊し地面を貫通し空の分厚い台風を粉々にしながら生命世界のあらゆるところ――宇宙へと飛び立った。
その中の一粒がわたしである。
わたしは宇宙空間を飛びながら、その形を何度も変え、徐々に厳藻ノ神とうり二つの巨神に近づいていった。
さらに自我が芽生え立ててきたわたしに、厳藻ノ神から引き継いだ細胞が命令を下した。
『星の支配者を殺戮せよ』。
脳内の座標感覚が目的の場所を体に教える。わたしは暗い宙を駆けながらその地を目指す。 そして親譲りの圧倒的な力を行使して、簡単に任務を遂行した。どんな生命体もわたしを止めることはできなかった。
そんな日々を過ごしているうちに、わたしの自我の部分も成長していった。わたしはただ目的のために動く傀儡ではなかった。意思を持つ知的生命体であった。
その頃になってある事に気づいた。私の細胞に刻まれた任務『星の支配者の殺戮』は、ある立場の知的生命体からすれば大きな期待と喜びをもたらすのだと。
例えば、ある星で最も象徴的な生物――私と同じ大きさの象を殺したときには、小人たちから祝福を受けた。紫色の薔薇の冠、黄金色のマント、命を救える力を持ち小人から神聖視されている希少な金属をただ装飾のために使った人差し指の指輪。別れ際にそれらの装飾を施された。はじめは、着飾った厳藻ノ神の子種など、私の他に存在するのだろうかと思うほどそれは奇妙な現象に思えた。
しかしある程度の文明を獲得する知的生命体の条件なのか、私の行為が利益となった立場の生命体の多くが、私に感謝し、できる限りの祝福を尽くした。私はその行為の意味と動機を推理しながら感謝を全て受けた。
そのうちに私は私の母星にいた帝たちと同じような言語体系を持つ流浪の星の民から
『天翔護臣』と呼ばれるようになった。自分の名をそれまで考えたことのない私は、救った星の民から名を問われたとき便宜的にそれを名乗った。
その名は、一度星を救うと数珠つなぎのように他の星へ広まり、私が初めて訪れた星ですらそう呼ばれる事も多々あるほどであった。
同時期に、私は名をもう一つ獲得する。『夢』である。『天翔護臣』が善の見方をされる存在なら、『夢』は邪悪の存在である。
私の細胞に刻まれた目的『星の支配者の殺戮』が害になる存在にとって、私の存在は夢幻と思いたくなるほどの恐怖であった。『夢』の情報が噂として他の星から伝来した当初は、弱者が弱者を騙すための嘘とも思われていたようだが、私が訪れずともその恐怖の傷の証拠が流れ着き、真実と認識されるようになる。
私は、このように私がもたらす現象を観察している。
その意味を考えるのは、血の命令ではないと思われる。考える時間と同じくらい、こんな事を考える必要はないのではないかと思うときもあるのだ。
血にこそ刻まれていないが、おそらく他の場所で使命を果たしているであろう同胞たちも、同じ考えを持っているはずである。他に考えることがないからだ。
そのうちに、わたしの中で星々の文化を観察することは楽しみになっていった。
どの知的生命も、稲作よりも早くに壁画などの芸術文化に出会っている。この宇宙で知性を持つということは、芸術心を芽生えさせることなのかもしれない。わたしによって環境に巨大な変化を齎された彼らは、そのギャップを埋めるかのように精力的に文化を生み出していく。歌、演劇、建築、道具、装飾、玩具・・・・・・・。
わたしへの感謝の気持ち以上に、出来事を目の当たりにした事で何かを表現したいという気持ちが大きくなったのだろう。わたしは時間の許す限りそれらの文化を鑑賞してから次の目的地へ向かった。
・・・・・・わたしに課せられている使命は、運命を大規模に変える使命だが、そんな心の余暇を保てるほど、私は私の血の使命を果たす実力を持っていた。
どの星の支配者も、それが単一の生命体であれ群体であれ、文明の力を持った存在であれ、私の肉体一つで蹂躙するのは容易かった。それだけでなく、善なる存在『天翔護臣』への感謝の品の中には、私の武器となる物が提供される事も多かった。ただでさえ世界の機能のように間違いなく使命を果たせる私がより多様な強さを獲得するのだから、もはや誰も止められるものはいないかに見えた。
記憶に残っている戦いは一つだけあった。一見すると下等な水準の生物しかいない星であったが、微生物に近い大きさの極小生命体がその細胞をつなぎ合わせることで高度な思考を可能にする環境が整っていた。おそらく過去に私が滅ぼした高度科学文明が残した忘れ形見であろう。その微生物は素粒子を操作する事でミクロ以下の研究機関を有していた。そこで過去他の星を訪れていた私の同胞が残した破壊光線の残滓を採取しそこからいくつかの兵器を生み出し、私に使った。その種類も数も多様なものであったが私の敵ではなかった。私の細胞に刻まれた学習反射能力にとって、元が私である武器の攻撃をかわすことは最も容易なことであった。彼らにとっては皮肉なことだが。
最後にやってきた武器こそが、私の記憶に残る戦いである。精巧な私のクローン。形だけではない。私の細胞に刻まれた学習反射能力すら有していて、私に元から備わる能力とのぶつかりでは競合し合い、お互いを潰し合うだけだった。
私に勝利をもたらしたのは、私が今までの旅の中で祝福の品として提供されてきた装飾品だった。この僅かな違いが私に勝利をもたらした。
その星での戦いを戦いの記憶とすらなら、その後の出来事は完全敗北――否、戦いにもならなかった。唯一断言できるのは、前述の戦いが出来事のはじまりだった事である。
私がまたある星の王を滅ぼし、次の星の支配者を感知した星間飛行の最中、それはあった。
惑星のような大きさの有機物。
巨大な茨が互いに絡み合ったような姿をしていて、まさに宙にかかる森の根のようであった。
それほどのサイズの宇宙植物は初めてであった。だが私は、私の進行を妨げるものではないと思っていた。取るに足らない、直線のまま壊し突き抜ける事ができると思っていた。この根は星と呼べるかもしれないがわたしの本能が支配者を感知しない。これまでの旅の中でわたしは血に刻まれた支配者の最も根本の基準を『意思を持った知的生命体』としていると推理しているが、本能の指令が脳内で発せられないという事はそれも存在しないという事だ。
その宇宙の根は、私が近づくと動き出して形を変えた。全体的には箱のような形――わたしの母体とでも呼ぶべき巨神・厳藻ノ神の棺のような箱の形をしている。
そしてその一部、わたしの真正面にあたる場所が、まるでわたしを迎え入れるかのように丸い穴となって開いた。
宇宙植物はわたしの直線上にあり、わたしは進路を変えるつもりもないので、必然としてわたしはその穴に『吸い込まれた』。
吸い込まれた。そう。『入った』のではない。吸い込まれたのだ。わたしはただ通り過ぎるつもりだったが、その根の持ち主の計画に完全にはまった形であると、後に理解する。
そして箱の中には、まるで人間の記憶を抽象化したかのような箱庭の景色が広まっていた。太陽があり、月があり、まるでわたしのために宛がわれたかのようなサイズの城に、町に、湖・・・・・・わたしをドールハウスの人形扱いするような、そんな奇妙な空間があった。わたしはそれらに気を止めず、突き抜けようとした。だが不可能であった。中に発生していた重力に体を奪われ、わたしは城の頭頂部に墜落した。
これはわたしにとって初めての墜落体験であった。星を駆け巡るわたしは自らの体から出力するエネルギーによって重力に打ち勝つことができる。これまでどんな星の重力もわたしを縛ることはできなかった。だからそのとき、わたしは初めて完全に重力に敗北したのだ。
自分とは異なる存在に力で屈せられる。わたしにとって初めてのその出来事が、思考を一瞬だけ停滞させた。
そしてその一瞬が過ぎ去ったとたん、これまでは星の支配者の位置と殺害任務だけを告げていたわたしの細胞が、かつてない信号を発する。
『逃げろ』
わたしは立ち上がった。飛ぶには力の全力を費やす必要がありそうだが、人間のように二本の足で地に立つ事は可能であった。
わたしははじめて力を節約することを考えた。この重力下ではむやみやたらに力を消耗するわけにはいかない。
わたしは走った。脚力だけを使って移動するのもまた初めての事であった。今まではそうする必要がなかった。
根の変色と形態変化によって創られた偽の空を見る。わたしが入ってきた穴はもう既に塞がっていた。わたしはせめてそこに近づこうと試みた。
進路であった直線上の先では何があるかわからない。だからせめて情報のある辿ってきた道を戻ろうとしたのだ。
わたしは自分がそんな思考をしている事に戸惑っていた。そんな弱者の思考をするのも初めての事であった。細胞の危険信号と適応性によって無理やり可能とされているだけで、わたしの自由意思の部分ができる思考ではない。
その自由意志の部分だが、初めて生まれた恐怖に対してただどうしたらいいのか分からなくなっていた。
評価ができないのだ。このまま無事に逃げ切れるのでは?という考えも拭えない。
また、この状況がそれほど重要ではないとさえも思っている節があった。
そのとき、空間の中に声が響いた。
「試遊を開始します」
どこだ。
どこからこの声は聞こえる?
わたしは周囲を見渡した。空間のあらゆる方向からきこえる。しかし生物の気配はない。城や町に誰かが住んでいる様子もない。
わたしは足下を見た。城下。石造りの道のように見えるそれは、注視すると木の皮が変色しているだけであった。
城も同じである。レンガや石つくりの部分も全て根の変色だ。建物だけでなく月も、太陽も、そして湖の水面の輝きでさせ根の変色によって再現されている。
声はそれらの年輪のような刻みの隙間から聞こえてくる。
わたしが血の使命のために遺体を飛び出してから既に悠久といえる時が流れている。
かつて訪れた星々のどんな場所に近いものはある。例えば獲物に擬態する食人植物によって征服された星や、宇宙開発技術を獲得した文明によって観光目的に開発された星などは、このように奇妙な形状をしていた。
しかし、わたしを力で圧倒したまま、わざわざ同時に戦闘に役に立つわけではない形状をする空間はかつてなかった。
誰が、なぜ、こんな事をしているのか?
「試験用端末、上昇」
根の間からそんな声が鳴り響くと、湖の水面が揺れた。その揺れも変色した根の動きによって演出されている。水面の揺れは徐々に強くなり、本当に水が暴れているような音が響いた。
音はそれだけではない。
音楽だ。
恐怖と破壊を表現したような曲が鳴り響いた。わたしは、祝福の祭りの様々な音楽を聞かされてきた。その中には、わたしがその星を訪れる前の恐怖の日々から救われたあとの喜びを物語の形式で再現した交響曲もあり、その恐怖の部分のような音が根の星に響き渡った。それらの表現はわたしが使命がどのような意味を持つのかを考えるときにしばしば思い出したものだ。その経験から、この音楽が何を演出しているのかがわたしにはわかった。
湖の下から浮かび上がろうとしている、何か。
この曲には、その出現を演出する意図がある。
『恐怖と破壊の曲』がそのクライマックスに達したとき、湖を割って、それは現れた。
わたしと全く同じ姿形をしている。
以前のような模造品ではない。正真正銘、わたしの同胞だ。胸の赤い翡翠玉にわたしと同じエネルギーを感じる。
わたしと同質・同源の存在。厳藻ノ神の子種にして、星の支配者を滅ぼしていく使命のために破壊の神となるはずの存在。あれは正真正銘、同じ細胞を有する『巨神・厳藻ノ神』の子種だ。
わたしとは異なる道を通ったからか、頭部がわたしとは違っている。まるで鶏冠のように鋭利な刃が乗っかっている。
最も異なるのは、まるで鎖のように体の各部が数十本の根によってつながれている点だ。
熱量は感じるが生気のようなものをまったく感じられない。瞳も開き、口も笑みを浮かべているが、そこから言葉が発せられる気配はまったくない。
ここがドールハウスなら、その姿はまるで人形劇の人形だ。
「生きているのか?」
問い掛ける。母星の言語なので、届いていれば確実に理解できるはず。
「・・・・・・」
反応ナシ。翡翠玉がエネルギーを生産してはいるが、これが生きていると言えるのだろうか?
同胞はこちらに向かって湖を歩いてくる――つながれた鎖の根にひっぱられる事で動作している。 わたし以上に自分の意思では動いていない。わたしはただその鎖のずっと元から、明確な意思を感じ取るばかりであった。
わたしを、攻撃してくる。そう確信した。
「・・・・・・」
わたしは全身に力を入れた。胸の翡翠玉のエネルギーを単純な身体の力に変化させる。
全身が赤色に染まる。肉弾戦に特化の姿・『マガグルーゼ』である。翡翠玉エネルギーを変換する装置を祝福で与えられた事があり、それを使ったのだ。
名の由来も、やはり関わった星に由来する。全身が鉱石で覆われた支配者・マガグを殴り倒したときに、星の弱者の間で「マガグを砕く善なる石の者がいつか現れる」という伝承があり、その伝承に当て嵌められて『マガグルーゼ(マガグを砕く者)』という名前を付けられたのだ。
わたしはどんな攻撃が来ても耐えられるようにこのフォームに変化した。
対して敵は、根の鎖をぴんと張り詰めた。同胞の筋肉に圧力が加わえられていく。同胞の肉が裂けてしまうのではないかと思うほどねじれていく。
そして、鎖が大きく動いた。
同胞の手が頭部に伸ばされ、ゆっくりと指の一本一本を動かしながら刃をつかみ、取り外した。
根が同胞の全身をギチギチと音を立てながら捻り、刃を私に向かって投げさせた。
空間が削り取られるかのような轟音が響く。わたしは身を大きく捻った。次の瞬間には既に足下に薄い刃の穴が空いていた。一歩遅れたら、両断されていただろう。
間髪を入れずに第二撃が来る。
地を蹴り上げた(ように動かされた)同胞はわたしの反応が遅れるほどの速度で迫り、胴体をわたしにぶつけた。それは技と呼べる代物ではなく、子どもが人形を戦いのごっこ遊びに使うときのようにただ乱暴にぶつけただけだ。しかしその技をわたしはまともに受けることができなかった。粗雑な攻撃だが、その力がすさまじい。わたしは遙か後方に吹き飛び背をぶつけた。一瞬意識が消えかけるが寸前の所で持ちこたえる。目を開く。押しつけられた壁は青空の色をしている。どうやら、この根の星が擬態した地平線にまでふきとばされたようだ。よく見ると限りあるスペースの中で惑星上の一部として見せるために、建物や道路がわずかに歪曲している。 明らかに、わたしと同胞以外の第三者が客観する事を前提にした空間だ。しかも軍事のための研究ではなく、娯楽のための空間。同胞の生命活動を維持したまま捉え、わたしを力で圧倒し、さらには弄ぶことのできる力。
わたしの力を圧倒的に上回っている。
この根の空間を突き破ることも不可能なようだ。最大まで硬化したわたしの体をぶつけられても、わたしの体だけが傷ついている。
わたしは改めて確信した。『敵』は、わたしの力では逃げることも、倒すことも不可能。
なら、どうするか?
わたしは立ち上がり、今度は胸に力を込めた。胸以外の場所からエネルギーが消えていく。生産されるエネルギーが胸だけに溜まっていく。頭部からつま先にかけて、まるで血が反転したかのように全身が青色に変わってゆく。最低限の身体機能だけが残り、胸は熱くなり、翡翠玉が湯気を立てながらほんの少しだけ溶け始めた。
この姿にはまだ名前をつけていない。しかし使い道は決めてある。
今までに一度も試したことがない使い方だ。 「命を使う時がきた」わたしは不意にそう思った。残された最後の筋力をふりしぼって胸を掴む。その奥底から湧き上がってくるものを感じる。今までに見てきた物語と交響曲と色と宇宙のすべてが複雑に絡まりあって自分の力を引き出そうとする感覚。自分の心にかつてない色めきを感じる。絵の具を全て出したような心だ。眼前には同胞が高速で迫ってきている。生命を脅かされる極限状態で意識が刺激されたようで、なぜかこの世界は素晴らしいという気持ちで胸がいっぱいだ。わたしは自分が宇宙にひとりぼっちのちっぽけな存在だと理解した。今までに見てきた生き物たちと同じ存在なのだと理解した。豊かな心を持たなければ、どんなに多様で広い世界を駆け巡ったところで何も変わらない。むしろ私を最も脅かしたのはごく小さな世界で生きる極小生物だった。
翡翠玉が気持ちを表現するかのように虹色に輝いた。わたしはその感覚を握りしめた手のひらを、この瞬間にもわたしに接触しようとする同胞の目の一寸先で解き放った。目の前が灼熱の虹でいっぱいになる。同胞の体が溶けてゆく。しかしその身を拘束する根だけは形を残す。
わたしは倒れた。
そして、根が同胞の代わりにわたしの体に突き刺さってきた。
力を使い果たしたわたしには、肉体を動かして行動すること事もできない。しかし意識だけは残っている。自分の行く末を自分の力で決める能力はないので、主観だけが残されたことで自分自身をただ鑑賞しなければなない。
わたしはその場に繋がれたまま、わずかな情報を元に、自分の置かれた情報を改めて考えてみた。
本能の指令が下っていないということは、この辺りには知的生命体がいない事を示している。もしくは網をかいくぐって隠れているのかもしれない。どちらにせよ、何らかの意思を持った他者がこの状態を作り出した。宇宙空間の中で突発的に誕生した根がこの状況を作り出したとはとても考えられない。建物の歪曲具合や偽物の地平線などが、明らかに決められた視点から鑑賞することを目的に作られている。知的生命体の意図や影響を受けていることは確かだ。ヒントになりそうなのは、この根の変色・変態が、わたしが翡翠玉を用いて行う形態変化に近いという点だろうか。わたしも元はといえば有機生命体の骸から生まれたのだ。ここに来る前に訪れた星のように何らかの知性がわたしの同胞か、あるいは母体の情報を採取して作り出したと考えられる。
それ以外に考えられるなら――わたしは細胞の記憶を辿る。こういう事ができて、それを主体的な自意識で考える材料にできることも、わたしに課せられた目的をただ遂行するだけなら不要なはずであるが、わたしはそれができる。過去、わたしが滅ぼした破壊生命体にはシンプルな行動原理ゆえの強さを誇る怪物が多かった。
わたしにそれがない理由を遡って考える。
最も古い記憶は、母体・厳藻ノ神の死の記憶だ。超越的な力を持った人間の戦士の一団の放った最後の矢に倒された瞬間。そして亡骸が納められた箱に体がひっつき、人間の形をした何か――天より出でし者ソナチネとそれは呼ばれていた――が戦士達の血を箱に塗り、そこに込められた腐肉の香りでわたしだった種が育ったことだ。
帝の正妻――魔女。
その言葉を思考に思い浮かべたときだった。
「フ、フ、フ、フ、フ、フ、フ、フ」
眼前。ようやく戻った視力の先に、人間大の何かがいる。
女のようだ。人間の少女の姿をしている。長い黒髪にやや日焼けした肌。白いワンピースを着て麦わら帽子を被っている。
その顔には見覚えがある。
帝の正妻だ。
「やったぞ・・・・・・上手くいった。これは商品価値がある。直前で模造品と戦わせたのが良かった・・・・・・」
見かけとは違う男性の声。
その声は口から発せられてはいない。微笑みを浮かべたまま、唇は一切動いていない。音は周囲の根の空間から発せられている。
「ドウダネ?この姿は。君が今までに見てきた創作物にも何度か同じような姿の者が現れたカネ。君のルートには同じような環境の星が多かった。文化にも共通項が見られたはずだ・・・・・・。オスが記憶の中で欲する形をしているだろう」
わたしの眼前の高さで浮遊したまま、顔を一切動かさず得意げな声で語りかけてくる。
「僕は『メラルデフ星人の宇宙玩具プロデューサー。『シトオ』という個体名を持つ。『天狗の王・厳藻ノ神』と『東醤国王家』の血の子種よ。君は僕の意思によって生み出された玩具商品だ。それは事実だ。だが君を見下しているわけではない。しかし僕は君をビジネスパートナーだと思っている・・・・・・・」
何を言っている?どういうことだ。
「何を言っているか?そうか、すまない。もっと根本のところから話すべきだったネ」
根を通じて思考を読み取られているようだ。
「僕は、天蓋外人と――宇宙の外にいる神々と交信することができる。君が下等生物から神と呼ばれる事があるように、この宇宙の外にも超常的な生命が存在するのだよ。僕の種族は、そんな天蓋の外にいる人たちと取引をしているのだよ。それぞれが各分野でビジネスをしているが、そのほとんどは、天蓋外人の子ども相手だ。もっとも、大人の趣味としても嗜まれている」
そんな超常的な存在が、なぜわたしに関心を持っている?
「君は、より力のある存在は崇高な精神を持ち合わせるものだと思っているのか?君はどうなんだ。確かにふつうの人間から見れば神のような力を持っているが、その精神は人間を凌駕しているのか?むしろ、人間以下だとは、考えないのかね。自分より小さな存在の狭い領域の中には、高尚なものは存在しないと思っているのか?君は知的生命の文化を楽しみながら、それを楽しめる心を持っていることに誇りさえ感じながら、しかし無自覚に何のテーマを持たずに加害者として生きていた――フ、フ、フ。責めているわけではない・・・・・・そこが良いのだ・・・・・・僕がそうなるように仕組んだのだからネ・・・・・・。君のように天蓋外人と同じ精神性は、売り物になる。彼らだって人形に自己投影したいからだ。見下すわりには自分より弱い存在に自分を映す。君は、子どもがカブトムシでどう遊ぶかを知っているか?虫かごの中にオスを二匹、メスを一匹いれる。すると、メスを取り合って二匹は戦いを始める。これが最上の遊び方だ。ただ闇雲にぶつけ合うよりもずっと楽しい。そこに切実さが見えるからだ。切実さを感じる他人の戦いに自己投影するのは本当に気持ちが良い。その点で僕らは天蓋外人と通じ合える。だからビジネスができる。もう自分がどんな商品なのか分かったダロウ」
わたしは天を翔る巨神だった。そう思っていた。しかしその翼は最初から鎖で繋がれていたらしい。
「君たちがカブトムシなら、ここは虫かご。僕はそれを見世物として販売する。7日に1度、君の同胞がここを訪れ、君と戦う・・・・・・そんな商品を僕たちはたくさん販売してきた。
しかも自分の思い通りに動かせるカブトムシだ。根の先は顧客の手がある。彼らは絶対的な安全の中で戦いのスリルを楽しんでいる。君はそのためのカブトムシだ。君の母体となった厳藻ノ神と東醤国の王家も同じだ。彼らはどこかの星で君と同じように出発し、異なる変化を遂げ、囚われ、戦わせた。オリジナルに近い厳藻ノ神と、小さく群体化しながらも動力源の力を最大化する事に成功した東醤国の戦士たち。彼らも最初は、僕が天蓋外人を模して作った人形を起源としているんだ。商品として売り、戦わせたが、しかしそのまま死んでしまうのは発展の情報がもったいない。商品の進化は受け継がれるべきだ。彼らは神話の果てに融合し、また君という新たな商品を作り出した。君はよく頑張ってくれたよ。だから今度は僕の番だ。また同じような商品を売るだけでは、僕は商売敵に勝てない。だから僕は異なる売り方をする事にした」




