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元の元の元の元のアイデアだった頃


 世界観を100億円で売る方法



 1


 可能性というのは、ちょっとした事で潰れてしまう事がある。

 例えば幼少期に絵を描いたとする。それを親に書き直されて、『自分は絵が下手な人間なんだ』と認識してしまうと、絵を描く楽しみもなくなり、様々な技法を開拓する事もなくなってしまう。

 可能性が奥に引っ込んでしまう。

 また、そういった事は他の分野にも及んでしまうかもしれない。

 想像した世界やキャラクターを絵に描いていたのだとしたら、その『想像』の所にも価値を感じなくなって、それ以降頭の中に世界を浮かべるのを辞めてしまうかもしれない。

 そういう事が続いて、自己肯定感が非常に低くなったりしてしまい、その後の人生でも『どうせだめだから』とただ疲れない方に流れてゆくだけになってしまったりするのではないだろうか。


 この物語では、読んだ人に自分や他人の可能性についてもう一度思いを巡らせてもらえるような話を書く。


 そのためにも、具体的で説得力のある話にしたいと思う。

 説得力とは、つまり聞く気になってそれを信じたいと思わせる力だ。


 それをどうするかについても検討しながら、構成していきたい。


 過去に自分の奥へ封印してしまった可能性の実在・価値の証明。

 これに対する基本的な考えはこうだ。


 まず、作品つくるために必要なものが、単純に大きく分けて二つある。


 『イメージ』と『技術』だ。


 いざ道具を手にとって創作をはじめた人には、漠然とでも『イメージ』が頭にある事になる。

 しかし『技術』がなければ、前述の幼児の絵のように他人に伝わらない。

 学生時代から温めてきたイメージを大人になってから作品にするクリエイターがいるが、その中には『技術』が追いついたからという人もいるだろう。

 その事が証明しているのは、『技術』のレベルが低いからと言って、別に『イメージ』そのものの価値までなくなるわけではない事だ。


 『イメージ』と『技術』。異なる物なのだから、それぞれ片方が得意という人も存在するはずだ。


 せっかく『イメージ』が得意なのに、『技術』の方がないからと『ものつくり』を諦めてしまうのは、もったいない。


 しかも、現代なら『技術』の方は機械でサポートする事ができる。


 例えば音楽。

 DAWという作曲ソフトを使えば、トランペットの吹き方が分からない人でもデータとして自曲に盛り込む事が出来る。

 音の強弱や残響なども、パラメーターに数値を入力すれば、イメージ通りの音に近づける事ができる。

 楽器を買いそろえたり、練習をするコストを要しないのだ。

 DAWによって、曲の『イメージ』や『理論』があるのに『演奏技術』に欠ける人や、また社交性に欠ける人の才能も引き出す事ができるようになった。音楽界に莫大な影響を与えている事は確かだ。


 今有名な作曲家も、DAWのない時代に生まれていたら音楽をやっていなかったかもしれない。


 また、優れた作品をつくる事と、それが社会に受け入れられるかどうかは別の問題である。 『作品』と『コンテンツ』もまた、似て非なるものだからだ。


 純文学の作品が芥川賞をとった途端にセールス面でも広がりを見せる事などがあるが、それは『作品』の魅力を『芥川賞というセールスポイント』が広告してくれたから発生した現象だ。

 純文学の魅力というのは、エンターテイメント作品に比べるとすぐには伝わり辛いものである。しかしそこに『芥川賞』が付くと『なんかスゴいらしい作品』という分かりやすさが付くし、様々な場所で色んな人が内容を説明してくれる。

 そうする事によって魅力に触れる切り口が増えて、深い需要に届くのだ。


 これは、『作品つくりの才能(その中には、イメージと技術がある)』と『社会に広める才能』が別の問題である事を示している。

 賞という権威を支えている人材には、その後者の『広める才能』が絡んでいる。受賞した作品が広く認知される事によって、賞の権威も保たれるからだ。


 作品を表紙で飾り帯をつける。それが『コンテンツ』となる。


 『イメージ』×『技術』×『社会性』=『コンテンツ』

 この公式が、本作を支える基本的な柱である。


 では、本作における『作品』とは何か。


 それは『サンドボックスゲーム』である。


 人生で育んできた『イメージ』を、『サンドボックスゲームの技術』で形にし、『社会性』を持ったコンテンツとして成立させる。


 それが、『世界観を一〇〇億円で売る方法』である。


 100億円という所は、いわば『かけ声』みたいな物だ。

 お金を稼ぐ。それ以上に受け入れやすい大義名分はない。


 他人の『自己満足』をくだらないものと言う空気?のようなものがあり、それによって自分の趣味的な試みを気軽に他人に言えない風潮があるが、『お金になっている』という傘があれば、正当性を示しやすいと思う。


 みんなで楽しく遊ぶ。夢を見る。


 そういう場を、単に『恥ずかしいもの』にせずに実現させる。


 作中でのその現象を、具体的にざっくり述べてみる。


 まず、登場人物Aが寝る前にイメージし続けた『世界観』がある。妄想だけなら、他人はくだらないものだと思う。しかしBは違った。Aの世界観を理解し、惚れ込み、『サンドボックスゲーム』で形にした。

 そしてCが、その作品に社会性を持たせる。

 Cの立場は、ゲーム会社に近いかもしれない。

 サンドボックスゲーム内の作品の魅力を知って、『DLランキング』を開設したり、『制作参加』が出来るようにしたり。

 世界中のみんなが同じデータ内で『作品つくり』に参加したら、それは祭りだ。

 さらに、『イメージ』の特性を上手く反映したら、オンラインゲームよりもさらにリアルにキャラクターになりきる事もできる。

 作品をつくる上では役割分担が必要だし、対立による競争が全体の結果を良くしたりする。 しかもそれが『有料DLの配当金』に関わってくるのなら、必至で『キャラクターの設定通りに動く理由』にもなる。

 また、Aのイメージを共有したりBの技術力から落とさずに『作品』をつくるためにどうしたらいいのか?についても作品内で議論がある。

 アイディアとしては、『ブロック』を積み上げていくのがサンドボックスゲームなので、そこに注目する。

 Bが作った『竜』があるとする。それを『首』『翼』『尻尾』などのパーツで切り分けたものを、『1つのブロック』として扱えるようにする。

 これによって『スタンプ』のように、ディティールのレベルを保った広大な作品を大人数で作れるようになる。

 この『スタンプ』をゲームユーザー間で売買できるようにするなど、そこでも『社会性』の拡張がある。


 さらに、これは小説なので、物語を付与する。


 『A』のイメージをみんなで共有する。これは、宗教に近くなる。しかも虚構が現実の経済活動とまでなってしまうので、影響力は大きい。


 それが、事件となる。





 


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