箱庭創世
箱庭創世
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総理大臣はVRゴーグルの中で涙を浮かべた。幕張メッセが沈黙した。1万人のニッコリ動画ユーザーすべての視線は大型モニターに吸い込まれていた。足音すらなかった。会場BGMとして歌うボーカロイドがスピーカーの音量以上に響き渡ったその1秒間――2015年3月12日午後1時47分8秒から同9秒までの1秒間には、後に名前が付けられる。
『沈黙の1秒間』である。
俺もその時、幕張メッセにいたが、体験できなかった。
別室にいたのだ。運営側の記者として、関係者用エントランスで著名人にインタビューをしていたのである。すぐ横を有名実況者や歌い手が行き交い、ステージに向けて慌ただしく動いていた。
ニッコリ大会議は今年も大人気で、『沈黙の1秒間』以前には、壁越しの俺も人々の熱狂を聞き取る事ができた。動画サイト上のコンテンツをリアルに再現する事を目的としたこのイベントでは、ゲーム実況の実演はもちろん、相撲やプロ棋士による将棋大会、果てには『政治ジャンル』の再現として党首討論会が開かれる事もあり、それに総理大臣も登壇する。 まさにごちゃまぜのカオス。皆、それを楽しんでいた。
俺も手元のメモ帳に書き込みながら、音だけでも雰囲気を楽しんでいた。
そして、分厚い壁の向こうから響く声が、いっそう大きな地響きを鳴らし、それが静まったかと思いきや今度は「えーうおおお??!」と、どよめきの波が訪れたとき、運営側である俺は、サプライズの『総理大臣によるゲーム実況!』が始まったのだと気づいた。
その時の観客の感情の動きは手に取るように理解できる。人気ゲーム『箱庭創世』のステージが始まった高揚から、そのプレイヤーがまさかの存在であることが発表された驚愕へと、観客の感情が動いたのだろう。
その瞬間俺の目の前には、皮肉にも、『沈黙の1秒間』を齎した二人の天才のうちの一人、ゲームクリエイターの太田光子監督がいた。
世界的人気ゲームをほぼ一人で作り上げた天才はまだ若く、24歳であった。
「監督。『箱庭創世』の大型アップデートの発表は、今年の近未来ゲームフェスティバルの目玉イベントですね。夏のオリンピックに向けた宣伝にも一役買っています。総理大臣まで出てきました。なぜ、これほどの人気が出たと思いますか?」
何度もされたはずの質問を、中島監督は腕を組んで数秒考えた。内心で俺は、目の前の女の子がゲーム監督であると信じられずにいた。10代後半にしか見えない。小柄な体に纏う黒色の革ジャンパーと女子高生向けファッション誌風のメイクのギャップが余計に幼く見える。遊びに来た観客に紛れていそうだ。大学を出ているらしいが、制服を着せれば、あるいは中学生にすら見えるかもしれない。
「そうですね。『箱庭創世』は、ジャンルで言うと『サンドボックス』タイプのゲームです。簡単に言えばブロック遊び・・・・・・」
細い声で、監督は言葉を紡ぎ始める。
「私には絵が描けません、と、絵の上手な人に言うと・・・・・・」
ん?なんだ、話が変わったぞ。
中島監督は、顔を伏せたまま一息で喋った。
「そんなことない絵は誰にでもかける! と言ってくるでしょう。ここで、言葉の摩擦が生まれるわけです。絵の上手な人からすれば、どんなに稚拙な絵も、絵である。しかし下手な人にはそうじゃない。上手い絵以外は、絵ではない。だから、私には絵が描けませんなんて言う。『箱庭創世』は、その摩擦を減らしてあげる事ができます。センスがなくても、技術がなくても、それなりの作品を簡単に創れる。多くの人が自己表現したい時代です。需要に応えられたのだと思います」
言い終わると顔を上げた。まっすぐに俺の目を見つめている。俺は、緊張してきた。
「えっと、それは『サンドボックス』ジャンル、つまり無限に広がる世界でブロックを自由に組み合わせて、自宅から魔法の城までなんでも創れるゲームは、同じようなのが他にも色々あるけれど、結局すごい作品を創れるのはその中でも一部のセンスある人たちだけ。しかし『箱庭創世』はユーザーインタフェースや制作補助機能を充実させる事で、どんな風に遊んでもそれなりに優れた作品ができるのが評判ですよね。その手軽に高クオリティの作品をつくれる事が、SNSで自己表現したい人たちの心に響いたという事を、監督はおっしゃりたいのですね?」




