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字コンテて書いてたやつ


「あったで。国道のオアシス」

 先輩が急にハンドルを切ったので、助手席の後輩は胃の底を揺さぶられたような吐き気を催した。2時間前から既に気分は悪い。野球で脂肪を筋肉に変えた19歳の体に、最強設定のエアコンは効き過ぎる。そこに、急ハンドルの追撃である。胃の内容物は既に惨劇のクライマックスを迎え、新章の舞台を体外に求めている。限界が近い。

 だが、後輩は運転してもらっている身なので、文句など言えるはずもない。今回は、研修と荷物搬入のために呼ばれたのだった。ほぼ座っているだけのうまい仕事だと思ったが、これがキツい。エアコンもそうだが、40代のどうでもいい話に付き合うのが、何より疲れる。 その先輩――ビール腹の40代にとっては、この温度設定でもまだ暑いようである。額いっぱいに蛙の卵のような汗をかいている。

 「ラーメン、食うか? おごおらないけど」と、先輩は言った。

 先輩の言う『国道のオアシス』とは、道路脇に時折現れるラーメン屋とコンビニがセットになった駐車スペースの事である。長距離トラックの運転手向けの商売だ。ここにも既に、4台の大型トラックが駐まっている。

「いや、自分はいいっす。コンビニでなんか買って、外の空気吸ってます」

「ったく。野球やってたって言うから体力には期待してたんだがな。乗ってるだけでバテやがって。うまいのになあ、ここの背脂ラーメン」

 うっ、と後輩は思わず口を押さえた。今は、胃的に重い言葉すら聞きたくない。

 「受け取り場所も、この辺りだったか。ちょうどいいや。1時間休憩って事で」

 先輩は慣れた手つきでトラックを細いスペースに駐車すると、ドアを開け、そそくさと飛び降りた。

 「ロックするから、早く降りろ」

 後輩も、慌てて飛び降りる。大型トラックゆえの座席の高さを忘れていたので、着地の瞬間に足をくじいてしまった。

 「わははは」と笑う先輩が腹立たしい。だが、これで1時間はこのオッサンの無駄話に付き合わずに済みそうだ、後輩は安堵した。ラーメン屋に吸い込まれてゆく先輩の背に向かって、心の中で「もう来んな」と吐き捨てる。

 何はともあれ、ようやく一人である。

 深呼吸し、辺りを見渡す。

 トラックの行き交う国道を囲むのは、稲、稲、稲、稲、稲。青い稲の奥には、山。空気がうまい。太陽光も優しい。降りる前は、冷房と外気とのギャップを覚悟していたが、7月だというのにまるで春のように快適な風が吹いている。

 「で、ここはどこだっけ」

 後輩は、久方ぶりにポケットからスマートフォンを出した。

 そして現在位置の確認という目的を反射的に忘れ、SNSを一通り確認した後、ようやっと目的を思いだし、地図アプリで現在位置を見た。

 ――宮城県大崎市。

 仙台よりも北。石巻より南。確かに、出発の時に聞いた目的地の地名だ。

 東北は初めてのはずなのに、不思議とこの田園風景を、後輩は懐かしく感じていた。

 のどかだ。遠くを見てると、吐き気も引いてくる。食欲も少し戻った。 

 後輩は、コンビニでスポーツドリンクと紅鮭おにぎりを買い、店頭のベンチに腰掛け、それを食った。

 夏。蝉の声。高い日差し。ひたすら続く田んぼと国道。行き交う長距離トラック・・・・・・。

 時間の流れが、東京都は違うなぁ・・・・・・と、海苔をスポーツドリンクで流そうとしたその時、このほのぼのとした景色には不釣り合いな、異質とも言える物体が後輩の目に映った。

 自衛隊車の列である。後ろの方に、パトカーと消防車も混じっている。それらは国道を右折すると、田んぼを横断する細い道へ入っていった。

 なんだ、あれ?

 見たところ、その細い道を進んでも森に行き当たるだけのようである。山火事、というわけでもない。どこにも煙は見えない。物々しい車列が、優しい夏の小道を埋める光景は実に奇妙だ。

 後輩が興味深くその行く末を眺めていると、

「ああ、あれね」と、コンビニから出てきた白髪の農夫が、いきなり声をかけてきた。ヨレヨレすぎるランニングシャツを着ている。

 農夫は「あれね」ともう一度言葉を発したが、しかし右手のレジ袋からワンカップを出して一口飲み、首のタオルで額を拭いてから、またワンカップを口にし、「ふう」と息を吐いて空を見上げ、そのまま数秒、魂を解き放った後、「あれね、亜炭採掘跡が地盤沈下のおそれがあるってんで、自衛隊が処理しにいくらしいよ」と、ようやく告げた。 

 「あたん?」

 「なるほど亜炭か」

 いつの間にかラーメンを食べ終えていた先輩が、話に加わってきた。まだ15分も経っていない。

 にんにくの臭いを吐きながら、先輩は続ける。

 「少し先に、道の駅があるんだがな、そこに亜炭記念館ってのが隣接してんだ。俺昔、ちょっと寄った事があるよ。確か、石炭が少ない頃に家庭で使われてた燃料だとか」

 農夫がうなずいた。 

 「そう。亜炭は、わしの親の世代が使ってた。燃やすと煙がすごい出て、臭いも強いからすぐ使われなくなったんよの。昔の話だが、採掘跡の地盤沈下は、今でも危ないらしいんね。そこらじゅう穴ぼこだらけ。わしの親父も、昔地下で掘ってんじゃけんど、それで肺悪くしてなぁ」それだけ言うと、しゃべる気をなくしたのか農夫は田んぼに戻っていった。興味の対象が、亜炭の説明から、急に田んぼに変わったらしい。

 「はぁ」

 後輩は、先輩が早く戻ってきた時点で、亜炭云々の話はどうでもよくなっていた。先輩の姿が見えた瞬間から、話は頭に入ってこなかった。

 実質、休憩時間15分じゃん・・・・・・。

 その時、 

 「おいあれ、ベンツのSクラスか!?」

 突然、興奮した先輩が叫んだ。いちいち声が大きくて、それが鬱陶しい。

 叫ばなくても、自分も見ているんだから分かる。

 自衛隊車が入って行った細道を、車に興味のない後輩の目にも高級と分かる外車が逆走して来ているのだ。

 国道には入らず左折したかと思うと、目の前に駐車してきた。

 ピタリ、と彼らから20センチほどしかスペースがない。

 鼻の先で、車窓が開いてゆく。

 「あー、もしかして、スエドウ運輸さん?」

 現れたのは、トレンディドラマに出てきそうな、仕事ができるけれど根が軟派なサラリーマン風の男。日に焼けながらも髪を短く整え、白く並びの良い歯を覗かせている。30台半ばといった所か。くしゃっとした笑顔をこちらに向けている。ただの真っ白なシャツも、女を落とすための身なりなのだろう、と後輩は生理的に忌避したくなった。どこかで見たことがあるような気がするが、こういう一見真面目そうで底が軟派な男は、どこにでもいるような気もする。

 「え、ええそうです! そうです」と、先輩が対応した。客のようだ。受け取り場所がこの辺りと言っていたので、半ば必然的に鉢合わせたのだろう。

 「そこのトラックに『スエドウ運輸』って書いてあったから。やっぱり」男がドアを開けて出てきた。立ち上がると、伸びる伸びる。185センチはあろうかという巨体だが、シュッとしている。車もそうだが、この男の容姿もまた、景色に合っていない。席料だけで10万円取るクラブの奥で一人黄昏たふりをする自分に酔っている方が似合っている、という感想を後輩は抱いた。

 「ちょうどいいや。荷物、ここで受け取ってもらえますかね?」

 男は車の中を指した。助手席と2列組みの後部座席が、大量の段ボールで埋まっている。

 「バッグシートにもあるんですよ」と男は言う。

 すごい量だが、トラックには十分詰める。

 「へ、へえ!おい、やるぞ」

 「は、はい!」

 急に仕事が始まった。二人は、荷積みを始めた。全ての段ボールが同じくらいの大きさと重さだ。中に何が入ってるのか、後輩は気になった。どの段ボールにも、郵送先や中身は書いていない。いっぱいに詰まっているようで、中で何かが擦れるような音はするが、大きく動いている感じはしない。今までの少ない経験からすると、紙の束か? と後輩は推理した。 しかし考えてみれば、不思議だ。あの客はなぜ、わざわざ東京の運送会社に『宮城で荷物を受け取り、そのまま横浜に運べ』という依頼をしたのだろう? 大手の運輸ルートを使いたくないのはまだ分かるが、仙台あたりの会社に頼んだ方が、安上がりなのでは?

 だとすると、やはり荷物に秘密がありそうだ。と、後輩が荷台の奥で、段ボールの隙間から細やかな情報を得ようとした時。

 「おい」いつの間にか背後にいた先輩が、耳元で囁いた。

 「今回は、社長直々に俺が任命された。特別にボーナスも出る。もちろんお前にもな。だから今日の事は忘れろ。この中身も、気にするな。こういう仕事がある事を、おまえにも覚えておいてほしくて、今日は連れてきた」

 後輩は、路地裏で胸ぐらをつかまれたような気分になった。

 うちの会社がヤバい物を運んでいるなんて、ただの噂と思っていた。しかし確かに今日、自分は共犯にされるために、連れてこられたらしい。

 「気負うな。黙ってればいいだけだ。うちの会社じゃ、みんなやることなんだからな」

 と言って、先輩が離れる。

 後輩は、心拍数の跳ね上がりを、強く自覚した。トマトを潰したような不快な汗が背中を濡らす。

 逃げたい。後輩は思った。だが、高校時代に野球部の後輩をいじめて、失明させ、前科を持った自分を雇ってくれたのはこの会社だけだ。今思えば、そういう事だったのか。

 しかし、辞めるわけにはいかない。

 「おお、君」

 ビクン! と背中が飛び跳ねた。

 振り向くと、依頼主の男がいた。男の背丈にこの荷台の天井は低いらしく、窮屈そうに身を屈めている。その前傾姿勢が、後輩に目には、獲物を狙う獣のように恐ろしく映った。

 「もう一人の方にも渡したんだが、君も受け取ってくれ。チップだよ。たいした額じゃないがね」

 男は、飾り気のない茶封筒を差し出した。どの角度で床に置いても立ちそうな厚みがある。 「また、仕事を頼むかもしれない。そのときは、よろしくな」

 笑った口と、笑ってない目。他人を屈服させる目だ。

 後輩は、何もできないまま、(されるがまま)に封筒を受け取っていた。


 2   


 「じゃ、よろしくお願いします」

 トラックが来た道を戻って行った事を確認すると、男もまたベンツに乗り込み、来た道――軍用車が入っていった道へ戻った。

 乗用車が二台通るのがやっとなほどの細い一本道だ。普段の車の通りは少ない。

 田んぼを横にしたエリアを抜けると、森の中同然の道になり、さらにその奥に設置された警察と自衛隊の検問を抜けると、見渡しの良い広い空き地に出る。運動会が開けそうなほど広い空き地だ。枯れた雑草が低く生い茂っている。

 現在の様子を一般市民が目撃したら、騒動になるだろう。しかし幸い、深く生い茂った森が、一帯を隠してくれている。

 ただの空き地を、100人規模の自衛隊が包囲しているのだ。いくつもの軍用車に、パトカーが4台、消防車も2台。

 男も、ベンツをその一角に駐めた。

 公用車と制服ばかりの中で、ビジネスシャツ姿は目立つ。

 男の到着を待っていたのか、自衛隊員が数名、駆け寄ってきた。

 「準備は、どうですか?」と男が訊く。

 「完了です。ご命令があれば、いつでも爆破できます」

 彼らの目線が、包囲網の中心――森に隠された空き地のただ一つの建築物に向けられた。西欧風の平屋だ。都心の一等地なら、土地を合わせて10億円は掛かりそうだが、この土地ならせいぜい1千万くらいだろう、と男は目算した。

 「もったいないな。僕は子供の頃、あんな風なレンガの家に住みたいと思ってたよ」

 「あれは、実はレンガではありません。セメントの壁にレンガ風の張り紙をしてあるのです。本物のレンガを使うよりは、安上がりですから」

 じゃ、900万かなと男は計算を変えた。

 「詳しいね。そうか、確か君は、最近家を建てようとしてるんだっけ、関根一尉」

 「よくご存じで――富田議員」

 男――富田岳は、横浜の市議会議員である。その優れた容姿からファンに『トミガク』という愛称を付けられているが、こうして自衛隊、警察、消防を顎で使えるほどの権力を有している。35歳という若輩でありながら、市議会のドンの地位を奪ったという噂がある。

 トミガクは、政治家に必要な『他人を覚える』才能を持っている。顔と名前はもちろん、家族構成、弱み、今必要としている物まで、一度耳に入れたら忘れない。さらに、その才能を使う事に躊躇いがない。それでいながら、肩書きは一介の市議会議員という必要最低限に抑えている。

 ゆえに、畏れられる。関根一尉の脳裏には、50代になってできた一人息子の顔が浮かんでいた。屈強な自衛隊員であるはずの彼の指は、今わずかに震えている。そのことに気づいているのは、トミガクだけである。

「亜炭の採掘跡の処理という嘘は、しっかりと信じられているようです。警察と通行止めをしていますが、誰も来ていません」

「嘘じゃないよ。この空き地の地下で、昔本当に亜炭を掘っていたらしい。僕は生まれてこの方嘘なんかついた事ない。ただ真実の見方を、工夫しようとしているだけだ」

 トミガクの言葉の半分は、関根一尉に向けられた物ではない。自分自身か、あるいは彼にとってもっと重要な何かに向けられているような、そんな得体不明の語気を帯びている。

「また少し、様子を見てくる。悪いが待っててくれ」

「了解」

 トミガクは、一人で自衛隊員達の包囲網から抜け出た。その光景は、さながら敵陣に一騎で挑発に出る武将のようである。

「横浜のボンボンが、なんでこんなところまで」

 威風堂々としたトミガクを見ながら、どうせ聞こえないだろうとふんだ隊員の一人が呟いた。それに呼応して、隣の隊員が答える。

 「さぁな。35でこれほどの公僕を使う人間の事なんて、分からないね」

 「同感だな。あんな家を消すのに、そもそも例の新装備を使う必要もないだろう。爆薬を仕掛けりゃ済む話だし、その方が安い」

 「誰もあの家に近づけたくないらしい。命令主の市議様が入ってくんだから、中に何かあるんだろうよ」

 トミガクは、地獄耳である。家に向かって歩きながら、その言葉を一字一句覚えていた。

 そして玄関に着く。表札に「スタジオ・アルベール」とある。空き地が広すぎて遠目には小さく見えるが、この家もなかなか大きい。

 ドアに鍵はかかっていない。

 堂々と入ると、まず大きすぎる靴箱が目に入った。だが、靴は女物の革靴が一対あるだけである。

 トミガクは土足で中に踏み入り、さらに奥の部屋を開けた。

 この家のほとんどを占めているであろう広い空間。アニメーター用の机が10台ほど並んでいるが、誰もいない。

 否、一人いる。最奥の、唯一光が射している机に、ウエディングドレス姿の女が突っ伏している。

 トミガクはそれに近寄った。この部屋を象徴するような、静寂さと美しさを持つ女だ。まるで、レオナルド・ダヴィンチが日本の女神を描いたような神秘すら感じさせる。

 女は頬の片面を机に押しつけ、薄く目を開いている。透き通って綺麗な黒目。人工的なまでに白い頬。長い黒髪の先が、唇に挟まっている。その唇の端には、血が溜まっている。足下には、血溜まりができている。

 死後、まだ間もない。

 トミガクは、これを見に来たのだ。数時間前にも見たが、状態に大きな変化はない。

 彼は、最後に女のまぶたを閉じてやると言葉を残した。「あなたの計画を、僕が果たしてあげます」


 ポケットに手をつっこんで出てきたトミガクを、自衛隊員達は固唾を飲んで見ていた。

 離れていても分かる、断固たる意思を秘めた男の足取りには、迫力がある。

 何者をも近寄せない雰囲気が、かえって注目を集めた。

 「済みましたか?」と、関根一尉がトミガクに言った。

 トミガクはそれを無視し、

「では、お願いします」とだけ告げた。

 関根一尉が目配せすると、仮設の机にノートPCを広げていた隊員の一人が操作を始めた。 

 「行動開始」

 「行動開始」

 トミガクの横で、ドローンが浮上する。

 ドローンは、家の直上まで飛ぶと、その場でホバリングした。

 「ポイント到達」

 「投下せよ」と、トミガク。

 「投下せよ」と関根一尉。

 「了解。投下」

 ドローンから四角い陰のような物が落とされる。

 その小ささの割に、爆発は大きかった。瓦礫が包囲網の200メートル前まで飛び散った。家は激しく炎上し、骨格だけが、黒々く炎の中から輪郭を覗かせている。

 トミガクは、その様子を無感動に眺めていた。

 「経過は?」

 「鉄骨を残して全焼。死体も残りません」

 トミガクは、ノートPCを覗いた。

 「紙類などは、塵すら残らないでしょう」と、関根一尉が補足する。

 「ちょっと借りるよ」と、トミガクはノートPCの操作を半ば強引に奪った。

 見るのは、ドローンによるカメラ映像ではない。

 カメラ映像にアクセスした者のログである。

 「やはり、見てるな」

 トミガクの口角が、わずかに上がった。そして意識的に笑みを真顔に固めると、関根一尉に命令した。

 「上には何も問題ないと報告しておいてください。後始末はお任せします」

 「了解」

 振り向かず現場を後にし、ベンツに乗り込む。

 そしてエンジンをかけた瞬間、彼のその整った顔が台無しなほど、にちゃりとした醜い笑みが滲み出てきた。

 「そりゃ、紙なんか残ってないでしょ。前もって逃がしたんだから」



 まとめ


 字コンテの段階から、約4倍の文章量に膨れ上がった。 

 字コンテ・演出考の段階だと、全体的に殺伐としているが、本文では雰囲気が多様になる。 この制作過程は優れているが、全体の箱書きが完成していない以上、そちらの充実に取り組む。今後も、ノッて書ける方法を考えたい。箱書きをノって書くために、気に入ったシーンの羅列から始めるのもいい。


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