「世界の名付け親になった日」――――夜ノ文化祭、誕生
「世界の名付け親になった日」――――夜ノ文化祭、誕生
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誰かが作った。
誰かが見つけた。
誰かが「ここにありますよ」の立て看板を立てた。
誰かが「全体チャット」で知らせた。
翌年には、ただの「ゲームデータ」の時価総額が億の桁に達する。
それぞれが、いったい「誰」なのかは解らない。
でも、「見つけた誰か」は、小学生の頃の俺たちだ。
・・・・・・
スウェーデンの天才ゲームクリエイター。
と、その仲間達によって開発された「ゲーム史に残る伝説のタイトル」
四角いブロックを自由に組み合わせて世界そのものを作る「ブロッククラフトゲーム」の最初のタイトル。
・・・・・・・そのヒットを受けて数多製作された、亜種ソフトの中の一つ。アプリ・ランキングにいくつか出るものと同じニセモノ。
そのはずだった。
人気タイトルとのコラボレーションでもない。
メジャーなスタジオの商品でもない。
ただ、クオリティのわりに無料な事が評価されて、最大サーバーに常時100人程度がいるくらいの、「ゆるい世界」のはずだった。
そのゲームを最初に見つけたのは、クラスで二番目にゲームに熱中してる男子だった。一番のゲーマーは親のクレカで課金できるから、有料の「本家」を遊んでいた。
クラスで流行ったこの「亜種」が他と違ったのは、ブロックの大きさを自由に変えて、ブロックを作れて、他人に配布できる事。
それによって、より微細な表現が可能になる点が珍しかった。
とはいえ、それだけならCGの劣化版。電脳に美しい世界を作りたいなら、既存のCG技術を習得すればいい。
それだけのはずだった。
きっかけは、「森の奥」にあった。
木材を採取するために、手つかずのエリアを探索していたユーザーが、山のような大きさの「一枚岩」の入り口に建てられた「ラピスラズリのドア」を見つけた。
「ラピスラズリ・ブロック」は、ダイヤのように強力な道具に精製できるわけでもない、単なる飾り用のブロックのはずだった。
しかし、その奥にあった作品の影響で、今では「ダイヤ・ブロック」の一兆倍の価値で取引されている。
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木曜の夜は、一番みんながログインする時間。サッカークラブのやつらも練習がないし、女子グループのリーダー格のキョウコが片思い中のソウタが来る。それで芋づる式にみんな来る。
僕の学校は1学年60人程度だけど、10人くらいがその放課後に来ていた。
最初に異変に気づいたのは、「四つ葉森」の方に住んでいる、スクールバスが同じ「青バス組」の3人だった。
「あれ、四つ葉森っぽくね?」
言われてみると、確かに似ている。
「近所の誰かつくったの?」
「でも俺たちじゃねえよな。あんなにでかいの、作れっこないし」
「大人、だよなぁ」
山に入れば入るほど、その大きさと精巧さに驚かされた。
町にある「四つ葉森」そっくりだ。
関係のないユーザーには、ただの森林エリアにしか見えないだろう。しかし、課外授業の度に行く僕らには「四つ葉森」にしか見えなかった。
その奥に、森にはない巨大な「一枚岩」があった。
岩の下部に「ラピスラズリ・ゲート」があったのである。
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岩の中にあった作品の名は「ラピスラズリ色の戻れない旅」。
超科学文明の滅亡後、何億年も経ち、自然が再生しているような世界――それが、圧倒的な美しさで再現されていた。
僕達は、岩石の中を一通り散策した後、外に出て、涙を流した。
「なんか、すごかったね」
ボイスチャットで、女子の誰かが最初に言葉を出した。
僕も泣いていた。
でも、なぜ泣ける?
ストーリーもない。
キャラクターもいない。
いくら細かいとはいえ、ブロックに過ぎない――CGの映画や他の高予算ゲームの世界の方がリアルなのに。
永遠の夏の恋を終えたような、心地の良い切なさで心がいっぱいだった。
その日は、感無量のままいつの間にか解散になり、子供だから泣いて疲れて寝た。
次の日もログインすると、「立て看板」ができていて、行列ができていた。
誰かが、学校外のフレンドに教えて広まったのだろう。
まあ別に、隠すことでもない。
その時は、そう思っていた。しかし今考えれば、あのとき秘密にして守れていたら、僕たちの運命は大きく違っていたのかもしれない。
噂に引かれたユーザー達が、同じように「ラピスラズリ色の戻れない旅」を歩いた。
そして、皆、心に美しさを抱えた。
「これはいったい、なんなのだろう?」
皆が理解しようとした。チャット欄で様々な議論がなされた。
ムービーがSNSに出回り、ユーザーも増えていった。
「いったい、誰が作ったのか?」
ネットのトレンドに乗るようになった。
有名な配信者も訪れた。
僕たちが見つけた美しい小世界は、そうやってすぐに僕たちの手を離れてしまった。
――――人が増えれば、秩序の維持にコストがかかる。
元々、少ないユーザーのマナーの良さで成立していた世界。
一枚岩の中の世界「ラピスラズリ色の戻れない旅」は、名も無き動画投稿者によって破壊された。
大空から投下された一万個の「爆弾・ブロック」によって、辺り一面は焦土と化した。
犯人は、注目を集めたかっただけかもしれない。
あるいは――――人々の賞賛を集める作品に、“ありがちな燻り“を抱き、それを幼稚に発散しただけなのかもしれない。
後者の動機ならば、犯人の裏目に出る結果となった――――「ラピスラズリ色の戻れない旅」が潜在的に抱えていた「魔法」を解き放つことになった。
爆発の直後、「配布ブロック」に「ラピスラズリ色の戻れない旅」と題された「構成ブロック」が配布されたのだ。
それがきっかけで、人々は必然的にあの作品を構成ブロックの名で呼ぶようになった。
すぐに各ユーザーが保有していた画像・動画から、元の場所に再建された。
それだけはない。同じ犯行を防ぐため、有志によって「防衛隊」が組織され、周囲・空・地底すべての角度に検問が敷かれた。
「聖地」に入るには画面の生配信が強制され、爆弾ブロックを持ち込むことができなくなった。
拒否する者がいればその場で全体チャットの通報が響き、かけつけた防衛隊の剣による攻撃で、HPをゼロに――スタート地点への強制送還が執行。
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「防衛」と同時に行われたのは「考察」だった。
あの作品は、誰が作ったのか?
あの作品は、なぜ感動するのか?
僕達が初めて入ったとき、たしかに「入り口」の完成度の高さには圧倒された。「滅びから自然が再生しつつある古代文明」という複雑な世界を、四角いブロックだけでよく表している。まるで本当に実在するかのように、水道と家の位置関係や、奥の高所にそびえる「宮殿」、天井の岩肌に様々な青いブロックを重ねた「青空」は、時間の経過と共に絡繰り時計として回転し、美しい星空を映す。
限られたスペースに再現されているからこそ、ギャップで実在感を覚えるのかもしれない。
だが、入り口に入ったときに感じたのはそうした「感心」程度で、涙を流すほどではなかった。
他のユーザーの反応も同じ。
一通り岩石の中を回って、外に出たとき、なぜか心を強く打つ感情が湧き出てくる。
鑑賞時間は、平均30分。地方の中規模の美術館を、美術に専門的な関心のない家族連れがゆっくりと回った程度。
しかし出てきたときには、タイトルに「旅」とあるように、大切な出会いと経験を得て、そして何かを喪失したような気分になっている。
心地良い名作映画を見た感覚に近いが、ブロックが置かれているだけなので「ストーリー」も「キャラクター」もいない。
わずかに物語性を感じるのは、宮殿の横の「ほら穴」の奥だろうか。
騎士が一人倒れていて、その奥に「箱庭」がある。いや、墓というべきだろう。
王子様と、粗雑な布をまとった少女が、キスをして眠っている。 騎士は、その二人を守っているのだろう。
この二人の遺体に、もっとも多くの「極小ブロック」が使われていた。
ユーザー達が使う「一般アバター」のシンプルな姿形とは180度異なる、「生前の形のまま保存された木乃伊」のような残酷な表現に、背筋に緊張が走ったことを覚えている。
「宮殿」は所々に争いの形跡が見られ、華美な装飾の施された王座の間の床には、絶命したまま放置されたらしい為政者が横たわっていた。
しかし、植物の生え具合を見るに、数千年以上の時間は経過しているはず。
この矛盾に考察班が出した解答は「王家の加護のある遺体のみ、時間の経過から守られている」というものだった。
その時点で、「作品」から見いだせるシナリオはそのくらいだった。




