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岩石の奥の洞窟

キスをしたまま白骨化した子供がふたり、4千年ぶりに光をあびた。


 1945年、中国。

 雨雲に触れた山脈。

 獣道の間を流れる川の頂。

 女は、辿り付いた。

 いくつもの木枝を潜り抜け、眼前に現れたのは、まるで西遊記序盤の孫悟空のように断崖絶壁の下に挟まる『封印岩』であった。その灰色の球体は、卵のまま死んで冷たくなった首長竜を思わせる。その表面を、雨粒が垂れ下っている。対照的に、岩を下腹に収めた崖の表面は、雨を吸って柔らかそうになっている。

 岩と崖とで、質が違う。

 女は、それらの間の僅かな隙間に、耳をつけた。

 雨と泥。

 異なる冷たさに目を細めた瞬間、割れ目の奥に聴こえたのは、亡霊のような風の音だった。

 びゅうううびゅるるるるうるるるぅ・・・・・・


 女は、バックパックから岩砕用のハンマーを取り出した。

 小さな『ツルハシ』のようなその先端を使って、岩と崖の間の輪郭をなぞるようにしてコツコツ削り、スペースを拡大してゆく。

 そうして膨らんだ隙間に両腕を挿し込むと、女は深呼吸の後、力を振り絞って岩を転がし退けた。

 岩は、自らの重みで女の背後の坂をゴロゴロと転がり下ると、最後には川の浅瀬に着地して砕けた。

 見届けた女は、顔を振り戻し、再び正面を見据える。

 岩に隠されていた裏側のスペースが、露わになっている。

 暗く、細長い洞窟が広がっている。

 天井から、水が「ポタピチャ」と垂れている。

 冷たさが、全てを覆っている。

 女は、意を決して、奥へと踏み入った。

 進めば進むほど、洞窟の道は捻れてゆく。

 模範囚の精神世界を想起させるほど、複雑すぎる入り組み方だ。

 『敵の侵入を遅らせるためにここを選んだのかもしれない』という女の考察は、その身を以て信憑性を高めていった。

 道中には、いくつもの武器や人骨が転がっていた。剣で刺し合ったまま果てた骸もあった。 進むほどに風が身を冷やし、空気が乾燥してゆく。周囲の岩肌からも、水分が損なわれてゆく。

 そして、3時間かけて辿り着いた最深部。

 開けたホール型の空間に、『簡易宮殿』はあった。

 ――そぎ取られたように折れた柱のついた『寝台』と、鈍く輝く『黄金の椅子』だけが、そこに置かれていたのである。

 静止した時間、と題された陰鬱画のような二物の佇まいは、女に、こんな想像を促した。


 「敗者が、最後のプライドでここまで持ってきたのだろうか?」


 女は、調査を開始した。

 寝台の下に、木箱が隠されていた。日曜大工で父親が作ったような、歪で大きな木箱だ。 大きさは、ちょうど思春期の子供が二人分入りそうなくらい。

 その表面には《《ニス》》のように透明な塗料が塗られていて、光沢がある。おそらくその防腐効果と周囲の乾燥のお陰で、木箱は今日まで形を保っていたのだろう。

 そして、女がそっと上蓋を持ち上げると、中には白骨化した子供が二人詰まっていた。

 男の子と、女の子だ。

 背丈から見て、どちらも、13歳程度といったところだろう。

 男の子の頭蓋骨は翡翠のあしらわれた王冠を被り、女の子の骨は、ただ粗雑な布を纏っている。左右二人の骨の姿勢は、陰陽の対局図のように内向きに丸まり重なり合っている。

 わずかに離れた顎と顎の間のスペースとその角度が、そこに肉があった頃の姿をイメージさせた。

 あたかも最後の力で接吻をし、そのまま果てたかのようだ。

 発見した女は、興奮する心を胸に馴らした後、頬に涙の生ぬるさを感じた。

 感動の理由は、ライトの光に当てられた二人の骨の姿が、悲壮な愛の形に見えたからである。

 語られてもいない物語を、想像しないわけにはいかなかった。

 戦いに敗れ、歴史から名前すら抹消された敗北者の一団が、最後のプライドでそこに『仮設の王宮』を築き上げ、そして、愛し合う二人の形を残し、滅びた。

 この木箱もきっと、そんな地球上で何度も繰り返された悲劇の一つなのだろう。


 しかし、自分がパンドラの箱を開けてしまったことに、女は気付いていなかった。 

 無理もない。

 誰が見たってその光景は、残酷で美しいのだから。

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