卵型の中に宮殿の天狗……ブロック世界で超越した精神の人として
プロローグ・ルポ
西暦2000年
たまご形の岩石に内包された王宮が、5万年の眠りから覚めた。
パプアニューギニア南西部。地学的研究のための採掘時、地下に想定外の硬度を有する岩盤に突き当たって早速調査した結果、丘の中心――核にあたる部分に巨大な岩石がある事が判明。
今まではただの丘と思われ、人の住む村までもが営われていたそれは、巨大な卵形の岩の周りに土が積もってなだらかな斜面を形成していただけに過ぎなかったのである。
地下岩石の大きさは、7階建てのビルに匹敵するものであった。さらに当時最新のレーザー解析で岩石を調べた所、内部に自然の物とは思えない(・・・・・・・・・・)複雑な形の空間がある事が判明。
パプアニューギニアの穏やかな村に、世界中の知識人が集まることとなった。考古学者や地質学者はもちろん、近隣の住民への対処のための政府特使や、地価の変動を確信した不動産会社も集まった。
誰もが優秀な人材であったが、しかし弁護士だけは仕事を果たせなかった。村の女老長がかなりのやり手で、遺跡に関する利権のほとんどを村に占有されてしまったのである。
女老長は遺跡についても何か知っているようだったが、学者陣には頑なに口を割らなかったし、村人は何も聞かされていない様子だった。
しかし、法外な各種料金を村に払う代わりに、かなり自由な調査が許された。すぐに世界各国から選りすぐりを集めた調査チームが結成される。
計画は西暦2000年に始まり、最初の5年は、外側から赤外線・音響・レーザーなど多種多様な装置を使って中身の見当をつけると同時に、調査機を直接侵入させるための政治的・物質的準備が行われた。
その間に、女老長の手腕によって村は南半球でも有数の観光スポットと化した。村はもちろんその隣の村や、またその隣の街の人間まで暮らしが贅沢になっていった。おかげで大所帯の調査チームと現地人との関係は極めて良好。出身を隔てず結婚する者も多くいたため、辺り一帯は人種のるつぼになった。
全ての準備が整い、いざ無人機を中に入れる時には、国中がお祭り騒ぎ。世界中の関心がたった一つの村に集まる興奮に、皆が酔った。
調査チームは、地上の丘から地下深くへの作業用エレベーターを整備し、無人機を岩石最下部から進入させる計画を採用していた。最下部内の空間だけは砂で満たされており、壁面にそれなりの強度があることが分かっていたため、そこからなら岩盤を突き破って入っても内容物を傷をつける心配が薄かったからである。
5年の歳月をかけて作られた無人探査機には、火星の地中を調査するための技術が応用された。開発者は皆一様に「クール」と口を揃えるが、一般には、その形状は滑稽な動物のような愛嬌があるとの支持を得ている。探査機は、モグラの鼻先にドリルをつけたような形をしているのである。『子供向けアニメじゃないんだから』と、その分かり易すぎる形状は嘲笑と共に愛された。しかしその性能は目を見張る物であった。全ての作業を予定時間の5秒以内の誤差でこなしてゆく。
探索機の後部には長い尾のようなチューブが伸びており、それは地上まで繋がっていて、吸収した砂をそこから出すようになっている。そのチューブからまず遺跡最下部の砂を全て排出。全ての作業を蟻の指先の力から破砕機の出力まで自由自在に変更して行えるため、ミッションの前半は順調に進んだ。
岩壁に穴を開け、中の砂を適量吸い出した後は、その後より小型の無人探索車を出して遺跡内を調査する予定であったが、その段階で問題が発生した。
調査団のリーダー『オキタノボル教授』が、なんと生身で内部に侵入していたのである。探査機のカメラ映像によってそれは明らかになった。
教授は、モグラ型探索機の中の僅かな空きスペースに調査開始の一週間前から食料を持参して潜み、この機をうかがっていたのだそうだ。
地上の調査キャンプで驚愕の声が響き渡る。
光源がホール型の空間を顕わにし、酸素タンクを背負いカメラを持った教授の影が、神殿の悪魔のようにコンクリート色の床から壁へと伸びている――その映像にメンバーは釘付けになった。
後に同僚は語る。「あの時、『日本ではずせない用事があるから、どうしても進入当日にはパプアニューギニアを出ないといけないんだ』と言っていて、人一倍この日を望んでいたのに。かわいそうだな、と思っていたんですが、まさかあんなことをしていたとは・・・・・・」
教授はカメラを持ち、動画投稿サイトでその冒険を実況しながら中を探索した。
その動画の視聴者数は全世界1億人にのぼった。複数のデバイスで視聴している者が居ることを考えても、まだスマートフォンの無かった時代だ、これは驚異的な数字といえる。事前に教授の行動を知っていたという米国大統領が、わざわざこの日のために時間を空けていたというニュースが、事態の期待を煽った一面もある。
教授は、遺跡内を冒険をしながら実況解説した。彼は英語などは当然完璧にマスターしているはずであったが、興奮のあまり素で日本語を使った。
「やはりこの1階部分は広く、天井も高い。パルテノン神殿のような柱もあるし、明らかに人間の意図によって作られている。ここが『王宮』だったという予想は当たっているかも。なぜこの部屋にだけ砂が溜まっていたかが謎だが」
後ろを振り返ると、壁の一部に大きなつなぎ目のような歪な線が見られた。
「まるで、内側から塞いで密閉したようだ。いったい、どんな理由でそんな事をしたのだろう」
教授はその場で屈み、足下に数ミリ積もっている砂を両手ですくった。
「村の土砂とは質が違う。まるで・・・・・・海底の砂のようだ。まさか、この建築物はもともと海中にあったのか?ここの最下部だけが海底の砂に埋まっていたのだとすれば、そこの所の辻褄は合う。しかしそれだと、この建築物は少なくともこの陸地が海だった頃から存在している事になるが」
一階は、ただ広大なコンクリート色の空間が広がっているだけで殺風景なものだった。床や柱の材質なども詳しく調べたかったが、活動時間にも限界はあるので、それは無人機に任せて、教授は先に進んだ――階へと続く階段を上った。
2階は、複雑な迷路のようだった。狭い廊下が長く続き、別れ道も度々現れる。しかし事前の調査で構造だけは分かっていたため、目的地への階段までのルートは分かっていた。その目的地とは当然、頂である。
事前の調査では、遺跡内は4階建てになっており、卵形なので、中腹よりやや下が最も広く、最上部が最も狭いとされている。であるから2階は、最も広い部分だ。天井は1階に比べると低く、日本の一般的な平屋の高さほどだった。
「敵が上に登るのを遅らせる目的なら、この構造は実に理にかなっている」
廊下の長さの割に数は少ないが、途中途中でドアのない小部屋が現れた。
モグラ型探査機の侵入から、およそ2時間。ほとんどの部屋には何も無かったが、その部屋の壁に飾られていた物は、教授の足を長く止めた。
「なんだこれは・・・・・・」と、教授が、そして主に日本の視聴者が驚愕した。
壁に並んで飾られていたのは、3枚の絵であった。まず、最も左の1枚目は肖像絵のようで、原始的な堀の深く日焼けした黒髪の長い男性の顔が、正面を向いて描かれている。現在のパプアニューギニア人のようでいて、しかし骨格は西欧人に近く、髪や目元は日本人のようにも見えるという、つかみどころのない顔が、心なしか苦痛に顔を歪めた表情をしている印象を受ける。背景は灰色一色。
2枚目は、その肖像画を抽象的に歪ませ、背景も深い緑を基調とした迷彩柄のような色彩で塗られている。顔の色も少し紅潮している所が不気味さを際立たせる。
そして最後の3枚目が、教授と日本人の視聴者を驚かせた。2枚目の抽象化をさらに尖らせて一つの別の形に変化させた絵であるが、眉間にしわを寄せ鼻が伸び口元が大きく色肌の色が深紅に染まったそれは、日本ではよく知られている妖怪、『天狗』そのものであったのだ。
なぜパプアニューギニアの古代遺跡に天狗の絵があるのか、瞬く間にインターネット上で拡散され、その瞬間世界中で最も打たれた言葉が日本語の『天狗』になった。
教授は数十枚の写真を撮り調査チームのサーバーに送ると、無言でその部屋を後にした。
その頃既に教授の中で一つの仮説が確信に変わっていたが、そんな事は他の誰にも知る由もなかった。
教授は、3階への階段へ続く残りの通路を歩きながら、身に纏う全ての通信端末の電源を切った。
その後の様子は一般公開されていない。電波不良だと彼は説明したが、多くの疑問疑念を生む結果となった。その後の、3階と4階での出来事は、人類でもごく少数の者にしか認知されていない・・・・・・。
やはり3階も同じように暗く、懐中電灯がなければ何も見えない状況であった。しかしその毛色は、今までの階層とはまるで違っていた。
ホールのようだった1階をスケールダウンした大きさで、壁、床、天井の全てに、色鮮やかな絵が描かれていたのである。2階の肖像画のような暗いタッチではなく、子供が自由に描いたような、考えようによっては書き手の精神を疑うほどの毒々しい色使いでまるで魔法の世界のような幻想的な世界が描かれていた。うさぎ、鳥、亀、ジュゴン、母親、剣士……。
しかしそんな事は、この部屋で教授が目撃した物に比べると些細な事であった。
部屋には、金属がぶつかる音がしきりに響いていた。
その方向に懐中電灯を向けると・・・・・・人間が二人、剣を持って戦っていたのである。
教授はその様子に釘付けになった。
まず、現代人ではない。
女性が、一人と、男性が一人。どちらも衣服を纏わず、裸で、髪は生えておらず、鈍く、輝く剣を両手で握っている。
二人とも身長が高い。少し前屈みになっているが、直立すれば2メートルに達するだろう。
性差がなければ違いが分からないほどに二人は似ている。どちらも、中性的という形容を超えて神秘的な獣のような色気を放っている。エメラルド色に輝く目が、暗闇の中で動くたびに線を引いている。
二人の戦いに、教授は我を忘れて魅了された。そんな状況で思いつくであろう様々な疑問などは思考の片隅に追いやられ、ただその芸術的な衝突の軌道に惹かれた。歴史的な天才画家がキャンバスに捻出したような世界に、教授は逆らう間もなく飲み込まれた。作業服の重さなど、もう忘れている。魂が体から乖離し耽美の渦に飲み込まれるという、むしろ罪悪の類が、ただ剣を交える男女の姿には現れている・・・・・・そんな異常から教授が正気に戻れたのは、単純な事で、剣先が同時に二人の腹を突き抜け、抱き合いながらその場に戦いが倒れたからである。
正円を描くように溢れ出た赤い血を見て、確かに教授は正気に戻れたが、男女が絶命するまさにその瞬間は、教授自身身の毛がよだつほどの死の美に精神を乗っ取られそうだったという。
教授は、その場にへたり込み、およそ1時間呆然とした。
その間に地上の調査チーム拠点は再び騒然としていた。教授が2階に進んでからおよそ30分。突然全ての無人機が動かなくなってしまったのだ。物理的な異常のようなので、事前に教授が仕組んだのではない事は確かだが、それはより教授の通信端末が故障したという釈明に中途半端な信憑性を与える事になり、後に出版された都市伝説本で教授が様々な陰謀論の黒幕に仕立てられる発想元となった。
教授が再び立ち上がったのは、酸素タンクの残りが約1時間になった事を告げるブザーが鳴った事がきっかけだった。マスクを外してもすぐに死ぬ事がないとは現時点で既に分かっていたが、遺跡内の酸素は薄いし、微毒なガスが漂っているためこれ以上時間の浪費はできない。
教授の、人間としての恐怖よりも、学者としての好奇心が勝った。2本の剣で繋がった男女の血に濡れる鮮やかな部屋を出、少し廊下を通り、最後の階段を登る。
4階・・・・・・卵形の遺跡の最上部、最小の部屋は、入った時には既に赤い蛍光の光が二つ煌めいていた。教授は、その光の方に懐中電灯を最初に向けることは躊躇い、その周りを照らした。
壁一面、本棚であった。茶色の皮で結ばれた分厚い本が数百冊並んでいる。
その瞬間、教授の神経に失神を催すほどの緊張が走った。
「読んでみろよ」
声が聞こえたのだ、それも、日本語が。
無意識に懐中電灯の光を向けてしまう。そこに照らし出されたのは・・・・・・2階で観た肖像画に描かれていた、天狗の姿であった。
「読めると思うが」
それはまるで加工されたような、低い声だった。
真っ赤な天狗は、書斎にあるような椅子に腰掛け、机の紙に何かを書きながら教授をまっすぐに見据え、からくり人形のようにカタカタと口を動かす。
読んでみろよ。読めると思うが。
教授の脳は、天狗の言葉を処理しきれていない。言っている単語の意味は分かるが。
「感づいていただろう。下の体を見た時点で、確信していたはずだ」
その瞬間、教授の脳内で、閃きの洪水が発生した。天狗が、ペンのようなものを握って書き物をしている光景が、教授の確信を強めた。
「な、なぜだ」
と、教授は力を振り絞って声を出す。
教授が、ある特殊な分野の学者を志してから考えた全ての仮説が繋がり、一つの複雑な物語りが、彼の中で現実のものとなったのだ。
そして、改めて『答え合わせ』を所望する。
「あの、下で、殺し合っていたのは、ど(・)ち(・)ら(・)も(・)、お前なんだな(・・・・・・)?」
天狗はそこで書く手を止めて、ほう、と、感心の声を発した。
教授は、今自分がどんな感情でいるのか分からなくなっていた。恐怖と、驚愕と、そして当たっていたうれしさ・・・・・・全てが同じ熱量で胸の底からこみ上がる。
天狗が口を動かす。
「しかし、『あれ』ではない。全ての体に名前がある。女は『フィスター』で、男は『ワン』だ。そしてこの体は、『トラキチ』だ」
教授の驚愕と愉悦が極限の域に達した。
天狗は語る。
「お前が来たことが、均衡を崩した。下でようやく終わった戦い――およそ5万年かけて終わったあの戦いに題をつけるなら、葛藤、だろうか。目に見える葛藤だから、直接的すぎるかもしれないがね」
「5万年?お前は、ここで何を」
「遺書を書いていた。そこにある本は、今までに書いた遺書をまとめたものだ」
「遺書?」
「そうだ。この体では、全ての体の遺書を書いている。お前が先ほど下で見た体は、この体をのぞくと、王宮内で最後の2体だった。今ちょうどそれの遺書も書き終わった。この体も、もう役目を終えた」
天狗が立ち上がる。その背に生えたカラスのような黒い翼が、部屋を覆うほど大きく広がる。
「お前は、この絶筆の鑑賞者となったわけだ」
教授に、一歩ずつ近づく。懐中電灯の光に当てられ、天狗の赤い体が暗い室内に火を灯す。
「布告しよう。レコンキスタを」




