「失敗作の魔女と、老いを剥奪された永遠の美少年・那由多メグヲ」
那由多は、「事故」によって衰弱するまでは、理性によって理想的な看取り・・・・(主人公が最後に実現するもの)を実現しかけていました。
その「事故」の犯人は、彼に魔法を見せた魔女(もどき?)です。
那由多は、魔女の「理想の完全なる理解者」でした。言わずとも自分を理解し、肯定し、理想通りの自分である保障をしてくれる存在でした。魔女はそのように那由多を「改造」する事に成功していたのです。
しかし、那由多は「看取り人」のシステムの邪悪さを取り除いた形で夜ノ文化祭を作っていきます。
それは、「魔女」にとっては自分を否定することでした。
そして魔女は那由多を苦しめます。しかし、それもまた、そのように仕組んだ前任者の悪意。
体は、精神と強固に結びついています。
致命傷には至らなかったものの、那由多は、自制心を失います。弱くなってしまったのです。自らの欲望に身を任せてしまい、頭の片隅では言い訳にしているだけではないのかと自覚しながらも、夜ノ文化祭で神話の「邪悪」を体現してしまいます。
その時に失われたのが那由多の封印された「アカウント」です。
アカウントの概念自体は、古代から受け継がれてきた、形や場所や手法や考えを変えて魂のみ受け継がれてきた「原初の神」です。
その神を復活させることが、全ての神話に残されてきた、ほんの一握り、捨てられなかった「愛」なのです。
主人公は、自分がその流れにのっていることを知りながらも、那由多という前任者の経緯を知って、照らし合わせ、「脱出」の手がかりにします。
つまり、神秘や魔法を失った人間が、仮想的な空間にもう一度それを再現する術を持つことが、クリアーに必要な条件だったのです。
「つくりもの」だからこそ、夢を夢のままに美しく叶えることができる。僕らには、夢を美しくみてしまう性質がある。それと上手く向き合ってきた結果の一つが、ブロックワールド夜ノ文化祭での、「小さな路地裏の冒険の終わり」なのでした。




