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走り出してみての 所感


 精神軸など、必要なところが明確な起承転結を理解できる形でできてきた。それで、とにかく主人公の視点で走り抜けてみようと思って文章を書いている。

 昨日の分を書いて、そして読み返して思ったのは、試みとしては「必要」な段階であること。


 やはり、実際に「本文」の体裁でやろうとしないと行き着かない思考があり(スマホ内だけで完結させたいとは前からあったが、どこでスマホをいじってるのか?)など、やってみることで初めて出てきた決断があった。


 読んで思ったのは、やはり、ここから「私」を抜くことだ。序盤では「私」のノイズはかなり邪魔。


 それと、ゲームの説明をすることに違和感を覚える。これは今まで散々書いてきた飽き?とも思ったが、それを踏まえてもどうもしっくりこない。


 初めから「これはサンドボックスゲームです!」と明確なのが「読者の理解の順番」と一致しない、そんな違和感だ。


 じわじわと主人公の意識の世界が「これはブロックのゲームだな」と理解していく方がいい。

 人によって、ゲームの認識度に違いがあるからだ。


 例えるなら、バレーボール漫画の金字塔は、主人公の実力も競技への理解も低い。そこから徐々に「地区大会レベル」から「プロのトップ」へ、登場人物も含めて「全てのレベルの選手」が登場し、「戦術」もより高度になっていく。

 読者の中でも、バレーボールへの認識がより深まっていく。

 私たちは、この世界の成り立ちやルールを少しずつ、目の前のものから理解していく。


 「現実のゲーム」と「少し違うだけだが、プレイヤーの認識が全然違う」という複雑な情報を、「説明」して、ネット小説で覚えてもらおうとするのは無謀に感じるし、もっと面白いやり方にしたい。


 そもそも、趣旨自体が「人によって現実の認識は違う」なので、主人公が「これはゲームで現実と違う」という認識をいきなり最初から持っているのもおかしい。

子どものように、世界に数多ある明確な「ものとものの違い」が最初は曖昧で、少しずつ「認識の線引き」ができて、より「見える」ようになる過程が読者に伝える上で大切に思う。













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