ひょーめん
表面的にどういう話なのか?
ワールドデータ「夜ノ文化祭」には、演劇物語としての終幕が予定されていた。
しかし、金銭的価値が発生したことから、引き延ばされ続けている。
開けると最終章が始まる「ドア」が守られ続けている。
そうして30年間(作中では夜ノ文化祭の暦だけ出したい。そこでは二千年くらい続いている)続いた夜ノ文化祭には、既得権益が発生し、それによって様々な悪影響が出た。
原作となる古代遺物が発掘された聖地は、日本有数の観光資源と化していた。
そこで生まれた子供達が、ゲーム内で強制的に働かされているのである。具体的には、一日およそ12時間もゲームプレイを強制されているのだ。
大人達は、それを合法化するために教育のカリキュラムを変えた(ゆとり教育を導入した的に)。
大人の言い分は「これは労働ではなく、ゲームだ。ゲームを用いた教育もしているし、睡眠時間も運動時間も確保している。金銭も稼げるのだから、これは子供のためにもなる」。子供達も「それが幸福」とすり込まれている。
その演劇の内容も、大人を接待するような歪な役の場合もあった。
また、複数人の女性が、「死者の役」として一日の大半をモニター付きの棺の中で世界を見守りながら過ごすという状況もあった。
その役に、未成年が選ばれる可能性が浮上する。
主人公は、生後15年間、そのような人権を剥奪された役として生きてきた。彼にとって、夜ノ文化祭は自分の世界そのものだった。だから、壊したくない。しかし、変えないといけない。




