嘘をついて夜をいただく
雨音が教室の中からでも聞こえる。
そこまで強い雨ではないことに安堵した。
「はいっ。今日はここまで」
ホワイトボード上の壁掛けの時計を見ると、21時を示していた。
受験を控えた私は英語塾に通っている。
「じゃあ先生。さようなら」
「はいっ。さようなら」
田舎の小さな塾には私と私の友人の2人しか通っていない。
「あ〜疲れた」
「まじそれな。あっそうだ。この前の模試どうだった?」
「いや〜全然ダメだわ」
お互い親が車で向かいにくるまでの時間はおしゃべりをする。
「あっ来た。送ろうか?」
「いや大丈夫。そろそろ、うちの親も来るはず」
「そっか。じゃあまた明日学校で」
「うん。じゃあね」
友人の車が見えなくなる。
私も親の車を少しだけ待つ。
いや本当は、、、
親の車を待っているのではなく、友人の車が引き返してこないかを待っている。
少し時間が経ち、友人の車が戻ってこないことを確認。
「さて行くか」と呟き、歩き始める。
見栄やプライドがあるから断ったのではない。
私はこの歩く時間が好きだ。だから嘘をついている。
強い雨ではないことに安堵したのは、傘をささずに歩けるからだ。
少し歩くのを味わった後は、
さらに美味しくするための調味料が必要だ。
背負っているリュックから絡まったイヤホンを取り出す。
それを音楽プレイヤーにつけて選曲を始める。
毎月作成しているプレイリストの中から今一番聞きたい曲を選択。
聞く音楽はその時の気分によって様々。
今日は結構激しめの選曲。
小さな雨音が消えて、何気ない夜が色づき始める。
住宅の灯り、近くに広がる田んぼ、遠くに見える山々、雲の隙間から見える星、
いつもの光景が少しだけ特別に見えてくる。
田舎の夜道。21時の時間帯には人も車もほとんど通らない。
段々と体も動き始め、口も少しづつ音を出し始める。
まるでこの曲のPVを撮影している気分になる。
おっと、、、
この世界に入りすぎるのは禁物だ。
田舎道と言えど、極稀に人とすれ違うこともあるのだ。
でも大丈夫。安心してください。対策は万全だ。
もし万が一に人とすれ違ったとしても、咳払いとストレッチをすれば良い。
それで大抵は切り抜けているはずだと私は思っている。
30分ほど歩き、家に帰り着いた私はお腹いっぱいのような満足感がある。
さらにデザートとして、もう15分くらい延長してもいいくらいだ。
これを私は「嘘をついて夜をいただく」と名づけた。




