鼻くそをつけた看板
あれは中学の部活動に向かう道中での出来事。
夏場のキツい練習に嫌気がさしていた私の足取りは重かった。
「あーだりぃー」
人通りが少ないこの道では私の独り言が誰かに届くことはない。
変な動きをしても誰かに見られることはない。
もちろん鼻くそをほじっても同様だ。
いつもの学校までの道を淡々と歩いていく。
だがその日は、ふと目に入ったものがあった。
それはいつも何気なく見ていた大きな看板。
看板にはこの地域一体の地図が描かれている。
鼻くそをほじりながら、ぼんやりと看板を眺める。
「うちどのへんかな?」
この看板には、私の家が位置する範囲まで描かれていた。
鼻くそがついた指で自分の家がどこにあるのかを、なぞるように探す。
「この辺りかなー」
目星をつけた家の位置に指を近づける。
「見つけた!ん?」
見つけた位置に思わず指をつけてしまい、
私の家の目印みたいに鼻くそがついていた。
すぐに取ろうとは思ったが、
自分の鼻くそをつけた途端にこの看板への親近感が湧いた私は思った。
「よし!今日の部活が終わって、この鼻くそが見れたらラッキー!」
夏場のキツい練習を終えた後に帰ってくる場所ができたのである。
それだけ、たったそれだけのことだが、
頑張ろうと思えた私はさらに看板に宣言する。
「行ってきます!」
少しだけ足取りが軽くなった気がした。
ーーー
部活が終わった帰り道にその看板に向かう。
私のつけた鼻くそは堂々とした姿でそこに残っていた。
「おかえり!」
鼻くそが言った気がした。
ほんのひと時の間ではあるが、私の鼻くそはそこに残り続けた。
何十年も経った今。
鼻くその痕跡は一切なくなったが、あの看板は今でも変わらず残っている。
地元を離れて暮らす私は帰ってくるたびにその看板が目に入る。
今では鼻くそに変わり看板が、言ってくれている気がする。
「おかえり!」
小さな鼻くそをつけた大きな看板は、いつしか私の帰りたい場所となっていた。