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赤いポスト

作者: mimimi

ドク…ドク…ドク


僕が目を覚ますと

そこはただただ白い空間であった。

僕は服も着ておらず

辺りは寒くも暑くもなく、ただ白かった。

風景は極めて人工的で

四方八方地平線まで起伏も凸凹もない滑らかな平面がずっと続いている。

空さえもどこまで行っても真っ白だ。

風景を見続けていると発狂しそうになるくらい、ただただ白い。


「ゼェ…ヒィ…」


声が出せない。酷く喉が乾いている。


ドク…ドク…ドク…


さっきから何の音だ

恐ろしい。

見渡す限り白い風景だ。

目がぼやけてかすむ。

いったい僕は誰だ

いったいなぜここにいる

いったいここはどこなんだ

今にも狂い死にそうだ。

声がかすれて

大声もあげられない

笑うこともできない。

酷く体が疲れているようだ

とりあえず水が欲しい。


「ゼェ…ヒィ…」


とりあえず立ち上がろう

そう思い立って僕は立ち上がった。

痩せこけた自分の腹が見えた。

立ち上がって見渡しても変わらず一面コピー用紙のように滑らかな

白い平面が広がっているだけだった。


「ウ…ア…ア…」


言葉は紡げないが体は少しは動かせそうだ。

とりあえず僕はこの白い平野を

どこかへ向かって歩いてみることにした。

影が後ろに出来ていたのでとりあえずその逆の光の来る方へ向かおう。

そう思って男は歩き始めた。


ドク…ドク…ドク…


そういえばこの音がずっと鳴っている

この音はきっと

どこかにいる誰かが出しているに違いないと思ったが

間違いだった。

なんてことはない

これは自分の血が流れる音じゃないか


そう気付いてまた僕は途方に暮れたが

歩みを止めたら

そのまま気が狂いそうで恐ろしくなって

その考えを捨ててしまった。


そうだ、きっと誰かいるはずだ

そしたらそいつに俺はどこの誰でなんのために

こんなところに連れてこられたのか

そしてどうやったらここから出られるのか

聞いてやる。


それまでは気をしっかり持て


そう言い聞かせて僕は歩みをすすめた。

このときにはもはや歩くことが僕の唯一の楽しみとなっていた。

相変わらず景色は変わらないが

さっきまでのようにただ寝転んでるのよりマシさ

そうさ俺は歩いてる!!

なんて素晴らしいんだ

俺には歩くための脚もあれば

歩くための地面まである!


そうやってどれほど歩いたろうか

日が沈むことも無かったので

僕には分からなかった。途中で眠ってみたが

目覚めればまた白い地面が続くだけであった。

腹は不思議と減らなかった

喉は合いかわらず乾いていたが

死ぬほどでもなかった


遥遠くの地平線に、なにやら赤いものが見えたとき

僕はこれまでに人生にないほど歓喜した。

赤!赤!赤!

なんと素晴らしい色だろう!

なんと美しい色だろう!

僕は足をばたつかせその赤いものに駆け寄った。

近づいてみるとそれは赤いポストであった。


ポスト!ポスト!ポスト!


また僕は歓喜した。

ここにポストがあるのなら

必ず配達員がここにやってくるはずだ。


配達員が来れば僕は救われる。

そう思うと僕は

それまでの疲れがどっと出て、その場にへたり込んで

赤いポストを背に眠りについてしまった。


目が覚めるとそこにはポストはなかった。

僕は酷く絶望し、赤いポストを探して

走り回った。

もはや僕は赤いポストを探すためだけに生きていた。

喉は相変わらず酷く乾いていた。


僕は赤いポストは夢だったかもしれないと

疑いそうになったがそれは僕にとって許しがたく

その思考は無意識下に追いやられることになった。


赤いポストは僕にとって人生の目標なのだ。

それが夢でも現実でも


僕はひたすらそれを見つけることを願う。


「ゼェ…ヒィ…」


希望を失いかけた僕が

真っ白な地平に一枚の紙片を見つけた時の

喜びは筆舌にしがたいものであった。

僕はそれを慎重に拾い上げた。


それは手紙であった。


僕は狂喜した。

やはり確実にここに人はいる。


そしてきっとこの手紙は自分にあてられたものに違いない。

僕は自分の名をその手紙に記された受取人の名前とすることに決めた。

そして差出人が自分を助け出そうとしていると

信じて涙を流した。


手紙を握りしめ差出人のことやその内容

どんな返事を出すかを考えながら

僕は久々に安らかな眠りに就いた。


目覚めるとその手には手紙は無かった。

僕は再び絶望の底へと滑り落ちた。


不思議なことに差出人の名前も

受取人の名前もその内容も

思い出すことは出来なかった。


自分の名を再び失った僕はその名を思い出すことだけを

人生の目標とした。

もはや僕には歩きまわる気力は無かった。

思考は取り留めもなく

もはや僕を狂喜の海に落ちぬよう

正気の崖に繋ぎとめている

手がかりはただそれだけであった。


僕は結局二度三度狂気に落ちたが

不思議とその度正気に戻った

僕は狂気を失うことに絶望し

狂気に落ち正気を失うことだけを人生の目標とした


しかしもはや幾ら絶望しても

いくら周りを見回しても

僕の望むものは何も手に入らなかった。


ああ


僕は


狂うことすらできないのか


なんて無能なんだ


ああ





そうしてようやくここが地獄なんだと気付いた僕は


フフと笑い声をたて


赤いポストに姿を変えてしまった。

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