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あやかし新聞社  作者: 文月 優
凛花ちゃんの願い
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「ちなみに左右、凛花ちゃんはどうだと思う? 100点取れるかな? というかみーちゃんが飼えるようになると思う?」


 みーこさんは僕の体を解放した後、凛花ちゃんの手紙を左右に手渡した。それを受け取った後、左右は何かその手紙から読み解くようにじっと見つめた後、静かに口を開く。


「残念だが、それは無理だ」

「えっ!? そんな……」


 なんだなんだ? 左右はなんでそんなことがわかるんだ? なぜ無理だと言い切れる?

 仕事人間だった僕としては無理という言葉はタブーだ。無理とははなから努力をしようとなど考えない人間が言うセリフで、良い結果が出るかもしれないのに、トライしようとしない人間か、はたまた結果を待てないような途中放棄する人間が言うセリフだと思っている。

 難しいことはあっても、無理かどうかはその時が来るまで誰にもわからないじゃないか。

 僕が一人憤慨しながら左右を見下ろしていると、そんな僕の心の声をいつものごとく、プライバシーを侵害して読んだのであろう左右が、僕を見つめ返しながらさらにこう言葉を付け足した。


「努力次第で可能なことはあるが、世の中不可能なことだってある。それはお前だって知っているはずだ」


 ……神使のくせに、なんて夢のないことを言うんだ。


「俺は夢の中の存在でも、空想の生き物でもない。実際この場に存在している。だからこそありもしない夢など語るつもりはない」

「なら凛花ちゃんはみーちゃんを諦めて努力するのをやめろと言うつもりか?」


 それこそ救いとはなんなのだ。神使のくせに。やはりお前はねずみ小僧という名称で十分だ。


「ひとまず凛花ちゃんに会ってみましょう。これだけでは状況もわかりませんし」

「そうですね。凛花ちゃんの学校が終わるタイミングで小学校へ行ってみましょう!」


 僕がやる気を出してくれたことが嬉しいのか、左右の言葉に落ち込んだ様子だったみーこさんが闘志を燃やした顔で拳を握りしめている。

 とにかくやってみなければ分からない。100点が取れないなんて、やる前から言うのは、未来の若者の芽を摘むだけじゃないか。そんなことでは将来の日本を背負って立つ若者なんて生まれるものか。


 学校が終わる時間まで、僕は一旦家に帰ることにした。けれどその道中どうしても左右の言葉が引っかかって仕方がない。というか、腹が立っていた。

 努力が必ずしも実を結ぶとは限らない。努力の仕方にもよるし、物事にはタイプというものがある。合う合わないというのはそのせいだ。自分に会った部署で努力をすることこそ、スキルが伸びるのだと僕は大人になって痛感していた。


 口下手で社交性のない人間に営業の仕事が向いているかと言われると、僕は否定するかもしれない。けれど本人がそれでもその仕事が好きだと思い、違う方法で顧客を獲得する術を身につけた場合はその限りではない。

 何事も考え方と努力の仕方だと僕は思っているのだ。


 けれど逆も然りなのも揺るぎない事実ではある。やる気のない人間や、考えることをやめた人間は、そういった仕事は確実に不向きだ。そういった輩でも働けるのは黙々と同じ作業を繰り返すだけの仕事。例えば工場でベルトコンベアーから流れて来る荷物を振り分けるような、単純作業が合っていると言えるだろう。

 そう、それがタイプ別というものだ。それは生まれ持った特質だ。

 けれどそれも自分にあったやり方、考え方次第で変わることができるというもの。僕はそう信じている。

 未来が無限に広がっている小学一年生の凛花ちゃんに、絶対無理だなんて言葉を僕は突きつけたくはないのだ。


「ただいま」

「おかえりなさい」


 僕の声に反応してくれたのはばーちゃんではなく、キヨさんだった。そういえば祖母が今日もキヨさんが来るって言ってたっけ。


「キヨさん、こんにちは。祖母は裏の畑でしょうか?」

「ええ、お昼ご飯を作る材料を取ってくるからって言って、行ってしまったの」

「ははっ、人にご馳走するとなると祖母も気合が入るんでしょうね」

「別に有り合わせで十分なのにね。あっ、そうそう、昨日漬けた漬物を持ってきたから食べてちょうだいね。小梅さんから雅人さんがお漬物が好きだと聞いたから、好みの味だといいのだけれどね」


 小梅とは僕のばーちゃんの名前だ。二人は下の名前で呼び合うほど仲が良い。いや、このくらいの世代の方にはもしかするとそれが普通なのかもしれないが。


「ありがとうございます。キヨさんお料理が上手なので、間違いなく美味しいでしょうね」

「あら、ありがとう。そう言って貰えると作りがいがあるわね」


 ふふっと笑うキヨさんは、以前よりも若返ったように見える。きっと人と話して毎日何かしらやることがある方が人は生き生きとするものなのかもしれない。


「ところで、今朝も豊臣神社へ行っていたの?」

「はい。僕の日課である散歩コースでもあるので」

「私と一緒ね」


 キヨさんも最近は豊臣神社まで歩くのが毎日の日課になっているようだ。それは心身ともに良いことだと思う。


「そういえば、今日また依頼があったんです。それをお手伝いしようと思って昼食を取ったらまた神社に行くつもりなのですが」

「あら、どんな依頼なのかしら?」


 言っても良いのだろうか? これってコンプライアンスに引っかかったりしないのか? いや、もちろん趣味でやってるような新聞づくりに強固なコンプライアンスを遵守する契約などないが、どうなのだろう。

 少し依頼内容に触れる程度ならば問題ないか。そう思って僕は簡単に依頼内容を話すことにした。


「実はテストで100点を取りたいという小学生の依頼なんですよ。それが取れなければ親御さんからペットを飼う許可が下りないとかで」

「あら、可愛らしい依頼なのね」

「そうなんですよ。可愛い依頼なんですが、中にはそれをはなから無理だと言う人がいてですね……」


 左右が見えることは公言しないようにしている。左右が見えるみーこさんとそれを知っていて信じている宮司であるみーこさんの父親だけの秘密だ。

 見えることを秘密にする必要も本来であればないのかもしれないが、僕自身霊感というものを持っているとは思わない。左右が見えること自体が例外で、なぜ見えるのかもわからない。だからそれを他の人に言って周りを混乱させたくもないし、僕自身、人の意見で混乱したくもない。きっと見えることを言えば周りの人に質問責めにされるだろうから。

 みーこさんも左右が見えるのはみーこさんにとって普通のことだが、他の人にとっては普通のことじゃないと理解している。だからこそみーこさんですらわざわざ自分から公言しないと以前に聞いたことがある。だから僕もみーこさんに習ってそうしているのだ。


「無理かどうかはやってみないと分からないですよ」

「それはそうね」


 ほらみたことか。キヨさんも僕の意見に賛成じゃないか。

 僕は味方を得た、と鼻が高くなっていた。けれど畑から戻ってきたばーちゃんはこう口を挟んだ。


「100点だったら、本人のやる気次第とあとは運やわなぁ。どれだけそのテストが難しいんかは知らんけどねぇ」


 小学一年生のテストだったら、きっと100点取るくらいさほど難しいわけじゃないと思うんだよね。


「そうだけど、無理ではないでしょ?」

「無理ではないよ。ただ親御さんは試したいんだろうねぇ。動物は飼った後が大変だからねぇ」


 それは間違いない。拾うのは簡単だし、同情するのも安易にできる。だけどその気持ちを継続してきちんと育てることができるかどうかは別の話だ。


「雅人くんのお父さんもそうだったんだよ。犬を拾ってきて、面倒は自分がみるって言ってたのに、結局面倒見るのはばーちゃんだったからねぇ」


 かっかっかとばーちゃんは笑い飛ばして席に座った。


「一度は通る道でしょうかね? そう言えばうちの子が幼い時もそうでしたわ」


 キヨさんも笑ってばーちゃんが出した緑茶を一口飲んだ。

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