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あやかし新聞社  作者: 文月 優
キヨさんの願い
18/35

拾壱

 僕のすぐそばで鋭い瞳で僕を睨みつけているのは、僕が予想していた通り左右だった。

 やっぱりねずみ小僧じゃないか。

 僕が再び心の中でそう呟くと、左右の瞳の尖がさらに鋭くなる。


「言っとくが、この見た目はあくまで仮初めの姿だ。本来であればお前よりも年上だということを忘れるなよ、小僧」


 僕は左右にスネを蹴られるかもしれないと立ち上がったことを後悔していたが、どうやらそんなことをするつもりはなさどうだ。そのことにホッとしつつ、左右はいつも僕の心の声を読んでいるのであれば、口を開く必要なんてないんじゃないかという考えが浮かんでいた。

 こんなねずみ小僧に僕がわざわざ口を開くまでもない。人のプライバシーを侵害しているのであれば、そちらが僕の言葉を読み取れ。むしろ読み取らせてやる。

 そう考えると僕の方が上にいるような気がしてきて、なんだか気分がいい。

 左右はそんな僕の考えも読み取ったのだろう。左右は肥溜めの糞でも見るかのような目で僕を見た後、くるりと背を向けた。


「あっ、待った。あの新聞はどういう意味なんだ」


 左右をしてやったりと思ったすぐ後、僕は思わず口を開いた。

 そもそも僕がここまで駆け上がってきたのはあの新聞の内容を詳しく聞きたいがためなのだ。


「キヨさんの万年筆の在りか……あれは本当なのか?」


 あやかし新聞に書かれていた答えはこうだった。



・キヨさんが探している万年筆は、一度仏壇の引き出しを探してみるといいでしょう。その中にお探しの万年筆は入っています。



 左右は何も言わず、歩む足も止めず、ただ僕から距離を離していく。


「おい、左右」


 僕が左右の腕を捕まえようとしたら、捕まえる直前にフッと小さな体は姿を消した。人のことは簡単に捕まえたり蹴ったりするくせに、自分はそうやって逃げるとは卑怯なり!

 僕は憤慨しながら手水舎で手を洗い、口をすすぐ。ひんやりとした冷たい水が僕の心を鎮めてくれるような気がした。清めの効果は本当にあるのかもしれないな、と思いながら、ポケットからハンカチを取り出し、濡れた手と口元を拭う。ここに通うようになってからというもの、毎日ハンカチは持ち歩くようにしていた。

 その後きちんと本殿へと出向き神様に挨拶をしてから僕は社務所へと向かった。どんなに憤っていても、早くみーこさんに会って新聞の内容について話がしたいと気持ちがせっていても、僕はきちんと挨拶を怠らない。それが僕のポリシーだ。

 そんな僕の姿を神様はどこからか見ているのかもしれない。ちょうど僕が礼をした後頭を上げて本殿に背を向けたその時だった。


「あっ、佐藤さん。おはようございます!」


 キラキラと眩しいばかりの笑顔を向けて、みーこさんがちょうど社務所から顔を出した。快活そうな笑みで僕に駆け寄ってくる姿に、さっきまでの不快感は完全に消え去った。

 むしろねずみ小僧のことなどどうだっていい。そんなやつ知らない。むしろ誰だそいつ……そんな風に思いながら僕はみーこさんに習って手を振った。


「おはようございます。今日も顔を出してしまいました」

「毎日来てくださってありがとうございます。平日は特に人気の少ない神社ですので、私は嬉しいです」


 そう言ってはにかむように笑う、今日も絶好調に麗しい僕の女神でエンジェルなみーこさん。ああ、今日も眼福です、ありがとうございます。

 そんな風にみーこさんに癒されていたせいで、すっかりあの新聞のことを切り出すタイミングを逃してしまっていた。

 けれど、ちゃっかり者のみーこさんが僕が話し始めるよりも先に口を開いてくれた。


「あの、昨日あの後急ピッチで新聞を仕上げて印刷したのを、今朝新しい新聞に差し替えておいたのですが、ご覧頂きましたか?」

「はい、つい先ほど。僕もあの内容について気になったので急いで上まで上がって来たのですが……万年筆は仏壇の中にあったのですね?」


 あったのですね? と聞いてみたものの、みーこさんが発見したわけではないのだからなんだか変な感じだ。そう思っていたが、みーこさんは神妙な面持ちでゆっくりと首を縦に振った。


「そうみたいです。左右が変な反応をしていたのも頷けますよね……」

「でもそれが本当なのであればキヨさんは単純に片付けた場所を忘れてしまっていたのでしょうか?」


 そうとしか考えられない。加齢とはそういうものだ。まだ20代の僕ですら数分前に置いたスマホの場所を忘れたり家の鍵を持ったかどうか思い出せなくて何度も確認したりするくらいだ。年齢が上がればもっとそういったことが身近になるのだろう。

 それにキヨさんの手紙にはこう書いてあった。大切にしまっていたはずがどこにしまったのかを忘れてしまった——と。

 ということはキヨさんは万年筆をあの仏壇に入れたのは確かで、ただそれが思い出せなくなっていただけなのだ。


「私もそう思うのですが……左右が言うにはどうやら違うようなんです」

「左右が? なんて言ってたんですか?」


 神使のくせにあいつは信用ならないところがある。けれどみーこさんに対して嘘をつくようにも思えない。巫女のみーこさんの前では左右はねずみ小僧ではなく神使の狛ねずみとして接しているのかもしれない。

 いや、むしろそうでなければ僕に対して、あんなにずさんな態度なのはいただけない。と言うか僕がただの一般市民で神職者ではないとしても、あの態度はいただけないが。


「左右が言うには、キヨさんは仏壇の中に万年筆が入っていたことに気づいていたんだと言うんです」

「なんでまた……?」

「それがよく私にも分からないんですけど、左右がそう言うのであればそうなんだと思うんです」


 みーこさんがあのねずみ小僧に対してこの絶対的信頼……さすがは神使という肩書きがあるだけのことはある。

 だけど僕にはその信頼はゼロだ。むしろマイナスだ。だからこそあいつの言葉だろうが疑わずにはいられない。そうでなければキヨさんがわざわざこんな占い調べるなどと胡散臭いセリフに乗って、依頼してくるはずもないじゃないか。


「とにかく僕、今日もキヨさんの家に行ってみます。あの新聞の控えってありますか? 直接渡してこようと思うのですが」

「はい、あります。社務所の中なのですぐにとって来ますね」


 みーこさんはそう言って、再び社務所に向かって駆けて行った。

 まぁ、わざわざキヨさんの家にまで行って知らせる必要もない気がするけれど、乗りかかった船というか、最後までやりきるというのが僕のモットーでもあるというか。

 仕事人間だった僕の脳みそはいつでもちゃんと仕事の後始末も怠らない。後輩に頼んだ仕事も、仕事が済んだかどうか、進捗はどうかをきちんと目で見て確認する癖がある。

 もちろん今回のことは仕事ではない。が、否、僕の脳が最後まできちんと終わらせろと言っている。ここで手を離すとむしろ背中の痒いところに手が届かないような気持ち悪さを感じるのだ。


「お待たせしました。こちらを持って行ってください。そのままキヨさんにお渡しいただいて大丈夫ですので」


 みーこさんが手渡してくれたA4サイズの新聞は、今まさに印刷したばかりなのだろう。手に取ると紙が少し暖かい。

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