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あやかし新聞社  作者: 文月 優
キヨさんの願い
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「そりゃ知ってるよ。お正月のお参りにばーちゃんはいつも豊臣神社を参拝してるんだからねぇ。でもあの新聞ができたのもここ最近のことだったと思うけど」

「何でも神社の巫女さんと神主さんが占い調べるとかで、探し物や悩み事などを解決してるみたいだよ」

「はー、それはすごいねぇ」


 ばーちゃんの感嘆とした声を聞いて、思わず小憎たらしい左右がしてやったみたとでも言わんばかりに憎たらしい笑みを浮かべてる様子が脳裏に浮かんで、僕はさらに言葉を付け足した。


「でも見つからないこともあるからどうだろうね」


 そうだ。実際は解決しないこともあるって書いてたし、あんなチンケな神通力ではな無理なことだってあっただろう。今回はどうやら見つけられたみたいだけど。


「まぁそりゃあるわねぇ。神様だってわからないことはあるだろうよ」

「占いってどうなんだろうね? それも神様の力だと思う?」


 正直あれは占いなんかじゃないけど、でも表向きには占いを推してるわけで。一般的にどう思われてるのかがちょっと気になった。


「さぁ、ばーちゃんは詳しいことよくわからないけど、おみくじも占いだしねぇ。おみくじ引いた時、書かれてる内容はその後のことを左右するのであれば、あれは神様の力が働いてるんじゃないのかねぇ? その後おみくじは神社に括って帰るから神様にお祈りもしてるんだろうしねぇ。このおみくじが実るようにか、良い方向に行くようにか、それはおみくじの結果次第だろうけれど」


 ばーちゃんはそう言った後、両手を合わせて「ごちそうさまでした」と言い、食器を片付け始めた。

 ……確かにそれもそうか。おみくじはただ引いただけの運試しだとも思えるけれど、その結果にはある意味近しい未来が書かれている。それを信じるか信じないかは本人次第だけど、少なくとも未来を語れる何かが作用していると考えれば、あれは神様の力となるのかもしれない。

 結果が悪ければ結んで帰り、それを神社の神主さんが祈りを捧げてくれる。結果が良ければ結んで神主さんに祈ってもらうのもよし、自分で持って帰るのも良し。結局はお守りのような存在になるのだからばーちゃんの言う通り、神的なものが作用していることになる……少なくともそう信じている行動になることになる。

 僕はばーちゃんの言った言葉を噛み砕くように考えながら、残った昼食に箸を進めた。


  ◇


「雅人くん今日も神社に行ってくるのかい?」


 僕が玄関で靴を履いている様子を見かけたばーちゃんは僕の背後からそんな言葉を投げかけた。


「うん、ちょっときになることもあるし、行ってくる。夜までには帰るよ」

「はいはい、行ってらっしゃい。今日は雨が降る予報だから折りたたみ傘持って行ったらええよ」

「そうなんだ?」


 玄関の扉を開けると、外は天気が良さそうに晴れ晴れとしている。毎朝テレビの天気予報をチェックしているばーちゃんがそう言うのだから、一応持って行くことにしよう。玄関の横に立てかけている傘立て。その隣に折りたたみの傘が壁に取り付けられたフックにかかっている。紺色のそれをとって、僕はばーちゃんに向かって手を振った。


「それじゃ、これ借りて行くよ。行ってきます」

「はいはい、気をつけて行ってらっしゃい」


 ばーちゃんも笑顔で手を振り、再び家の中へと消えて行った。

 いつものあぜ道を通りながら、僕は外の空気を胸いっぱいに吸い込む。毎日こうして神社まで歩いていると、普段の生活が嘘のように思えてくる。毎日満員電車に乗り込み、夜は終電間際。歩くのなんて通勤時間だけだし、景色や空気を楽しむような環境でもなければ、心の余裕もなかった。なんだかとても人間らしいと言うか、人間らしい生活をしているなと思う。バランスのとれた食事を決まった時間に取り、ちょっとした運動をして、仕事のストレスもない。

 何もないことに幸せを感じるのは、生まれて初めてかもしれない。今までなら物をもらったり、仕事で成果をあげたり、褒めてもらえることに幸せを感じていた。だからこそ必死になって働いていたと言うのに、今は何もないこの身軽な感じに僕は幸せだと思っている。

 それは今までの幸せとは少し違う、決して大きな幸せでもなければ、派手さもない。けれどじんわりと心を暖かくするような感覚が僕の胸の中に広がっている。

 ……そんな風に思うのも、今まで働き過ぎていたからなのかもしれないな。

 何もない景色を楽しみながら自己分析をしている間に、僕はどうやら豊臣神社に到着していた。


「よし、行くか」


 豊臣神社の傾斜が強い階段を見上げると、まだまだ働き盛りな僕でも少し気合いを入れなければならない。気合いはあっても都会で鈍った僕の体にはかなりキツイ傾斜だ。

 さて! と1段目を力強く踏みつけた時、ふとあの掲示板が目に飛び込んできた。それは本当に何気ないもので、視線を動かすつもりなどなかったのだけれど、どこか真新しくみえたあの張り紙が目の端に飛び込んできたせいか、僕は豊臣神社の掲示板に目を向けた。

 すると、掲示板のガラス扉の向こうに貼られいているあやかし新聞の内容が、すでに更新されていたのだ。


「……は?」


 僕は思わず声が出た。だけど疑問を口に出さずにはいられなかった。


「なんだそれ? どうなってるんだ?」


 食い入るように新聞を見た後、僕は勢いよく傾斜の強い階段を駆け上がった。なんなら前半は一段飛ばしだ。久しぶりに一段飛ばしで階段を駆け上がる。こんなのは高校生以来だろうか。けれど体は高校生の頃の身体能力を継続して持ち合わせなかったせいで、簡単に息は上がり、足は重く、一段飛ばしどころか段差を飛ばさずに上ることすら困難になってきていた。

 自分の体なのに、昔と違うと言うのはこんなにも歯痒いものなのか。中学、高校とサッカー部に所属していた僕は運動はできない部類では決してなかった。スタメンでもなかったからできる部類かと言われると素直に違うと答えるが、代わりに僕は頭脳戦を好むタイプだったのだから、脳みそのシワの数では当時の部員には負けていないと思う。

 そう考えると大人になった今、僕は頭をよく使っている。働くとはそういうものでもある。となると、身体能力は衰えたとしても、頭脳的にはすこぶる伸びているはずだ。だから僕はこの階段を上るのに、こんなにも疲労しているのだろう。それは体の衰えだけではなく、僕の脳みそが重いせいだ。


「……相変わらずめんどくさい奴だな、お前」


 ちょうど僕が神社の鳥居に到着し、鳥居の前で膝に手を置き息を整えていた、そんな時だった。

 声の主は僕の頭上から聞こえる。きっとこの大きな鳥居の上に座って僕を見下ろしていることだろう。その相手を確かめなくとも、そこにいる人物が誰なのかはこの僕にはとっくに分かっていた。

 そこにいるのは僕の天敵で、憎っくきねずみ小僧だろう。


「誰がねずみ小僧だ」


 淡々としたツッコミが、今度は僕の右隣から聞こえる。僕はこめかみから垂れてくる汗を拳の背でぬぐい、息を整えて顔を上げた。

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