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暗闇姫暗殺騒動から一月が経過した。
その間は特に怪しい者に狙われるでもなく屋敷の中で慎ましやかな生活を送っていた。
屋敷内では変化したものもある。
ルルハ、ルルカは私専属の侍女となったのだ。
これにより、イヴァとアルの監視役という任は解かれた。
しかし、ルルハを連れているためか時折アルが私の前になんの前触れもなく姿を表すようになった。そこにはもちろんルルカもいるため、アルは毎回のようにタコ殴りにされている。
そして、動けなくなったアルを疲れたような顔をしたイヴァが回収していくまでがお約束となっている。
屋敷ではこの光景が毎回繰り広げられているためか、いつしか日常として受け入れられてしまった。……私も受け入れたくはないが、慣れてしまった。非常に悲しい。
そんな騒がしくも安定した日々を送っていた矢先、私の元に一通の手紙が届いた。
「王宮から?」
ラスティに渡された手紙の封を切り、内容を確認する。
そこにはレノア王子との婚約発表パーティーを催すとのことが書かれており、私にも出席してほしいという文面であった。
王宮で一度会ってから、レノア王子とは顔を合わせていない。それに私はあの王子にかなり嫌われている気がする。
正直なところ行きたくないというのが本音である。
しかし、王子との婚約発表という重大行事。
「欠席、というわけにはいかないわよね」
これは出席してほしいという文面ではあるものの、ある種の強制参加を促す脅迫文と相違ない。
「ラスティ、休んじゃダメ?」
「休んだ場合、お嬢様のお立場が悪くなるのは間違いないでしょうね」
「最悪……」
行くも地獄、行かぬも地獄。
選択肢としては行く地獄しかないのだが、それでも行きたくないものは行きたくない。
無駄だと分かっていてもつい、わがままを言ってしまうのだった。
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「ということで婚約発表の式典に参加することになったの」
「へー、良かったじゃん」
自室にて、私、ルルカ、ルルハの三人はお茶を飲みながら雑談をしていた。
興味なさげな反応を示すのは最近専属の侍女として就任したルルカ。まだまだ仕事には慣れない様子の彼女。今のところの業務としては私の話し相手になったりなどである。
「ソニア様、ご婚約おめでとうございます」
無垢な笑みを浮かべて、純粋に祝福の言葉を述べるのは同じく私専属の侍女になったルルハ。
姉妹でこうも反応に差があるものとは……容姿以外はまるで正反対の別人である。
「二人ともありがとう。でも、今日は自慢話をしたいわけではないの」
「そうなの? てっきり王子と婚約した私すごーいみたいなことをアピールしてヨイショしてほしいものとばかり思ってた」
「姉さん、それは失礼だよ……」
辛辣な物言いが相変わらずのルルカである。
態度が悪いと言えばそれまでであるが、殺意を持たれているところから考えれば、だいぶ砕けた口調になったとも考えられる。……そう思いたい。
おっと、ペースが乱されたようだ。
本題に入らなくては。
こほんと咳払いをし、二人の注意を引く。
「えっと、その婚約発表の式典、二人にもついてきてほしいの」
……私がそう言った直後、時間が止まったかのように二人は一瞬、動かなくなった。
「あの、もう一度聞きたいんだけど……なんて?」
「だからルルカとルルハにも、王宮に出向いてほしいって言ったの。ほら、私って『暗闇姫』って呼ばれてるし、それなりに刺客に狙われたりするじゃない」
私の説明は間違ったことを言っていない。
現に元々私のことを殺そうとしていた二人にそれを伝えているのだ。部外者ならともかく、当事者である二人ならそのことを正確に理解していることだろう。
「だから、侍女に見せかけた強い護衛が欲しいの。着付け部屋とかだと男性の入室は禁止されているし、無防備な時間があるというのは不安なのよ」
「理由は理解しましたが、どうして私たちなのですか? この屋敷には他にも戦える女性はいると思うのですが……」
ルルハの言うことは最もだ。
この屋敷にいる者は男女問わず、一通りの武術、魔法を会得している。
何もルルカ、ルルハにこだわる必要はない。
だが、私はこの二人を道連れにしたい。
私だけ会いたくもない婚約者に会うために王宮に出向くなんて不公平極まりない。
毎日毎日、屋敷内でイヴァとアルの二人と楽しそうに過ごしている二人。なんで私と彼女達でこんなにも差があるのよ‼︎ 世の中不公平にも程がある。
こうなれば、意地でも王宮に連れて行き、嫌味な王子の憎まれ口を共に聞かさらてもらうしかない。
「貴女達を連れて行くのは……信頼できる二人に私のそばにいて欲しいからよ」
嘘は言っていない。
「そうだったんですね! そっか、ソニア様は私達のことを信頼してくれているのですね」
ルルハは私の言葉を信じた。……やっぱりチョロい。
問題は姉の方。
こっちは相変わらず嫌そうな顔をしている。私の目的までは理解ていなくても、多分何か企んでるな、くらいに勘付いているようだ。
「はぁ……」
しかし、そんなもの後の祭り。
ルルハを手中に収めた私に不覚はない。
何を企んでいようと、真意がバレなければルルカも拒否することはできない。
ましてや、大事な妹を一人で行かせるような薄情な性格でもない。
「気乗りしないけど、仕方ないな」
見事、私は道連れ二人を獲得した。
それから、今回の王宮へ行くのにイヴァとアルは連れて行かない。
その理由はもちろん、私怨に他ならなかった。