6
目覚めた私は今、公爵家が保有する地下牢へと足を運んでいた。
……もちろん、私が地下牢は入るわけではない。
襲撃者の生き残り、捕縛された二人がここにいるから来たのだ。
二人の看守役にはイヴァとアルが付いており、常に監視を続けている。
私の信頼できる護衛のイヴァとアル。
彼らが見張っていれば、捕縛した二人がいくら強くても脱走はかなり厳しいだろう。
私は牢に入れられた罪人二人を見据える。
驚くことに二人は女性であった。
双方共に綺麗な赤毛、目のつり上がっている勝ち気な視線を向けているのがルルカ。
垂れ目で大人しそうな印象を見せるほうがルルハというらしい。
さて、私が目覚めるまでに二人はあっさりと依頼者の情報を吐いたようだ。生き残るためにはそうすることが彼女らにとって最善策だったから、そうしたのだろう。
ただ理解できない点がいくつかあった。
今回はそれを聞くため、私は二人に会いに来たのである。
「ルルカさん、ルルハさん。気分はどうかしら?」
聞くとルルカは舌打ちをして、こちらを睨みつける。
「最高の気分だよ。薄暗いこんなところに閉じ込められて、ソニア様は哀れな私たちの鑑賞会にでも来たのか?」
「ちょっと、姉さん。そんな言い方はないでしょ」
対照的にルルハの方は申し訳なさそうに眉を八の字にしている。
牢に入れられているのにルルハの方は恨みの篭った視線を向けてこない。これはどういうことなのか。
「ルルハさん、貴女は随分と落ち着いているのね。こんな地下牢に閉じ込められているのにどうしてそんなに穏やかなの?」
ルルカの反応は想定どおりだったが、ルルハの私に対してまるで敵意がないかのような雰囲気は些か不自然に感じる。
あの時は確実にこちらを殺しに来ていた。にも関わらず、たった一日二日程度の時間でここまで態度が変わるだろうか。
「えっと、その。私たちはソニア様を殺そうとました。なのに、待遇があまりにも良かったものですから……」
「待遇が?」
「はい。一日三食の食事も頂きましたし、イヴァさんとアルさんも時々他愛もない話をしてくれます」
ルルハはそう言い、少し嬉しそうな顔をする。
でも、一日三食を与えるのなんて普通だし、イヴァとアルも暇だからルルハ達と話していただけなんじゃないだろうか。
別に待遇が良いという感じは微塵も感じられない。
ルルハはもしかしたら、辛い状況に喜びを感じてしまうような人……なのかもしれない。
大人しそうなのにとんでもない爆弾持ちだ。
ルルハの反応に若干引いてしまった。しかし、そういうことなら疑問も晴れる。
ルルハはここでの扱いに不満がないということ。
そして、逆にまだまだ目をギラつかせているルルカの方は不満があるということか。
「ルルカさん、貴女はまだ私に対して悪い印象を持っていると見受けられるわね」
「当たり前でしょ。そう簡単にあんたを信じられるわけがない」
はて、私はこの子に何か恨まれるようなことをしたのだろうか。
言われのない反感を買うことには慣れているが、こうも執念深くこちらに悪意を向けているということは、私が直接的に何かやらかした可能性が大きい気がする。
しかし、そんなことをした自覚はないし……。
ここは直接聞いた方が早いわね。
「私に何か恨みでもあるのかしら?」
問いの答えはすぐに返ってきた。
「アンタは私達の母親を殺した……忘れたとは言わせないわ。五年前の空が赤く染まったあの日のこと」
五年前、空が赤く染まる。
……覚えている。上空で突如発生した謎の巨大爆発。
私はその時、公爵家の屋敷にいたのだ。窓越しにあの光景を目にしたのは今でも鮮明に記憶に刻まれている。
結局、あの時の爆発の原因は不明のまま。王都では世界が終わる前兆だとか不吉な噂が多く流れていた。
しかし、それと私が彼女達の母親を殺した、という話に発展するのには理解できない。
「ごめんなさい。貴女の言っていることは理解できないわ」
「そうか……アンタにとっては忘れるような些細なことってわけね。私達だけ勝手に張り合ってたみたいで……馬鹿みたい」
拳を握りしめ、俯くルルカ。
「姉さん……」
ルルハはそんな姉を心配そうに気遣う。
でも本当に記憶にない。
あの日、私は一歩たりとも外に出たりしていないからだ。
「ルルカさん、よかったら詳しく聞かせてもらえないかしら。あの日のことはよく覚えている。私はずっと公爵家の屋敷の窓からあの恐ろしい光景をずっと眺めていたから」
私の言葉を聞き、ルルカは驚きの顔を見せる。
「あ、アンタ……屋敷にいたって」
「ええ。というか、五年前のあの日、私は屋敷から出ていないわ。……というより、私自身、外に出ることが少なかったから」
外からの悪意を私は避け続けてきた。
安全な屋敷の中に閉じこもっていた。
そこにいれば、誰からも害されることがないと思ったから。
しかし、ルルカの反応からはっきりと分かった。
ルルカの話と私の記憶……はっきりと食い違っているということ。
「ねえ、私がルルカさんのお母様を殺したって、どうして思ったの?」
激しい記憶違い。普通に生きていればこんなことになることは稀である。
「……あの日、確かに母は死んだ。誰が殺したかは」
ルルカの口から告げられた次の言葉に私は激しい怒りを覚えた。
「エドガー子爵から、聞いた……だから私達はずっとアンタを追ってた」
「そう……多分、それはエドガー子爵の吐いた偽の情報ね。そもそも当時5歳の私が大人を殺せるわけない」
「そんな……」
以前から不穏な動きをしていたのは知っていた。だけど、今回のルシードの調査にはエドガー子爵の名はなかった。
多分、黒幕はエドガー子爵で間違いなさそう。
でも、ルシードが正しいのならエドガー子爵は私に悪意を向けているわけではない。
……まさか、私が周囲から疎まれていることを利用された?
ただ私を利用するだけであれば私怨などは不要。
そして、多分……。
「ルルカさん、もう一度言うわ。私は貴女達の母親を殺していない。そもそも貴女達が五年前にどこに住んでいたのかも知らないし、そもそも公爵領以外の土地に関しては行ったことすらない」
ルルカ、ルルハの二人はエドガー子爵に利用された。
「そんなことって……」
ルルカは頭を抱え、蹲る。
無理もない。だって彼女達の母親を殺したのは私ではないのだから。
私が外出していない記録も屋敷に残っている。アレを見れば確実に私が無実であると証明できる。
私はルルハの方に目を向ける。
「ルルハさん。念のために聞くけど、貴女達に私を殺せと依頼したのは誰だった?」
「はい。エドガー子爵の側近の方でした」
「……そう」
本当に黒幕はエドガー子爵のようね。
他の繋がりは今のところ分からないけど、お父様が調べたことを教えてくれればそれも炙り出せる。
「なん、だよ。それじゃあまるで……ただの勘違いじゃん」
勘違い、そんな簡単に片付けることは彼女達にとって出来ないだろう。
母親という大切な人を失い、それを殺した者への復讐の意思を今日まで抱えて生きてきた。なのに、急にそれは誤解で、本当は別の人間に殺されたなんて言われたら、誰だって受け入れることは出来ないだろう。
エドガー子爵、なんて卑劣なことを。
「……姉さん」
「ははっ……私達はまるで道化みたいだな」
彼女達の想いを利用して、自分のやりたいことをやる。
こんなこと許せるわけがない。
近くにはイヴァとアルが控えていた。
私は2人に声を掛ける。
「イヴァ、アル、黒幕はエドガー子爵。このことを早急にラスティに伝えてきてちょうだい。その上で彼らに然るべき罰を与える算段をラスティと一緒に考えてきて」
すぐにラスティに知らせるべきと判断した私はそう2人に告げるが、二人は顔を見合わせてそこから動こうとしない。
私が首を傾げると、イヴァが困り顔のまま口を開いた。
「ラスティ隊長の元は向かうのは構いませんが、私たち2人とも行ってしまったらここの見張りがいなくなってしまいます……」
「私が見ているから、大丈夫よ」
「し、しかし……」
「行きなさい。この二人はもう大丈夫だから」
目的を失い。私への誤解も解けた今、彼女達に私を殺す動機はなくなった。
もう、私へ危害を加えるようなことはしないだろう。
「そうですか。分かりました、お嬢様がそう仰るのでしたら。アル行くぞ」
「え、マジで言ってるんすか⁉︎ 俺は残った方がいいと思うけどなぁ」
「無駄口を叩くな馬鹿者」
相変わらず仲のいい二人だ。
軽口を叩くアルの後頭部を引っ叩くイヴァ。かなりいい音がした。
「失礼。この馬鹿は連れて行くのでお嬢様はお気になさらず」
「いだだだっ! おい、服が伸びるだろ〜」
「いいから黙れ」
嫌がるアルをイヴァは強引に引きずり、そのまま地下牢から出て行ってしまった。
アルはラスティと顔を合わせたくないから抵抗したのだろう。ラスティとイヴァが揃いお硬い二人組に挟まれるのが息苦しいと愚痴っていたのを聞いたことがある。
ただ、今回ばかりは特に大事な話し合いとなる。彼らには綿密にエドガー子爵に対して有効な手立てを考えてもらわなくてはならない。
武力行使も視野に入れているため、その辺の打ち合わせもした方がいいことでしょう。
「見苦しいところを見せてしまいましたね。忘れてください」
そうルルカとルルハに対して、苦笑いを浮かべながら告げる。
見張りらしからぬ二人のわちゃわちゃした内輪ノリを見せてしまった。ルルカ、ルルハにしてみれば、なんだこいつら状態に違いない。
公爵家の者からしたらいつものことであるが、2人にとってあの光景は少々訳が分からないことだろう。
「いえ、大丈夫ですよ。ここの監視をしていた時もあんな感じでしたし」
そうルルハは平然と言う。
残念ながら、イヴァとアルのやりとりは既に2人に披露済みであったようだ。
公爵家の威厳というものが崩れ落ちるから屋敷の者以外に醜態を晒すのはやめてほしい。
「はぁ……後で注意しておかないと」
「私はイヴァさんとアルさんが監視役でいてくれて楽しいですよ。お話もたくさんしてくれますし」
誤解も解けすっかり打ち解けた様子のルルハは綺麗な微笑みを浮かべながらそう話した。
イヴァとアルがずっとそばにいるのが楽しいだなんて変わっているわね。
イヴァは無愛想で笑わない。
ただ黙々と任務をこなすような性格だ。だから、ルルカとルルハに頻繁に話しかけているというのは大体アルの方だろう。
イヴァは「不要な会話は控えろ」みたいにアルを咎め、結局流れで話に巻き込まれているみたいなことに違いない。
なんとなく想像できてしまった。
あと、ルルカは話して無い気がする。
ルルハとアルで盛り上がって、それを迷惑そうな目でイヴァとルルカが諦観していた。多分こんなとこだろうなぁ。
「ルルカさんは二人と話したりはしたのかしら?」
さっきまで心を開いていなかったルルカにそう尋ねてみる。
「……まあ、必要最低限の会話はしたよ。だいたいは陽気な男がダル絡みしてきてウザかったけどな」
はぁ、アル……。
「迷惑をかけたわね」
一言謝っておくとルルカは不思議そうな顔をする。
「なんで謝るの? 私たち一応アンタを襲った罪人なんだけど」
「悪いことをしたら謝るのは当然のこと。誰が相手だろうとそれは変わらないわ。部下の責任は上の責任でもある。だから、謝っただけよ」
私は身分によって態度を変えたりするのが嫌いだ。
だから自分は出来るだけどのような人にも平等に接するように心がけている。
もちろん、敵対する者に対して容赦はしないが、今の二人は私に対して敵対する意思をもう持ち合わせていない。
私が部下の醜態に関して謝るのにこれ以上の理由は必要ないのだ。
「なんか、アンタのイメージが凄いズレたわ。『暗闇姫』なんて呼ばれてるから冷徹でもっと怖いものかと思ってた」
「姉さん、失礼だよ」
この日ルルカは初めて笑顔を浮かべた。
なんだかこの二人と打ち解けた気がして気分が清々しい。
ルルカとルルハ、馬車を襲ってきたあの日、二人の実力を見て私は彼女達を欲しいと感じた。
打ち解けた今ならば可能……。
よし、この二人を口説き落とそう。
いずれは私の付近を護衛させれるように鍛え上げ、大いに役立ってもらおう。ラスティに稽古を付けさせたらより優秀な護衛に成長させれるのではないだろうか。
彼女達は闇の魔力持ちではなさそうだし、我が公爵家では貴重な闇以外の魔法属性を有した者に違いない。
これは将来が楽しみね。
私は二人と楽しく会話をしながら密かな野望を抱いたのだった。