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「ありがとう。私は幸せだったわ……」

 思い出すのはいつもこの言葉だ。

 既に亡くした者の言葉、それはいつまでも呪いのように俺の記憶に残り続けている。

 彼女は本当に俺といて幸せだったのか?

 俺が近くにいなければ、彼女が殺されることはなかった。

 

「なんで」


 その問いに答えはない。

 いつだって、あの人のことを考える。

 どれだけ裕福な暮らしをしても、どれだけ多くの人に囲まれても、一瞬たりとも忘れたことはない。

 永遠の孤独。

 たった一人その人がいれば俺はなにもいらなかった。

 無駄な時、俺にとって彼女のいない世界などそんなものはどうでもいい世界だった。

 

「なぜ、彼女を殺した……」

「ひぃっ!」


 怯える瞳、それを見るとより一層憎しみが芽生える。そうやって怖がれば助けてもらえるとでも?

 ふざけるな!

 そうやって、彼女も怯えながらお前たちに殺された。俺が憎ければ俺に手を出せばよかったのに。なんの罪もない彼女をみせしめに殺した。

 彼女を殺した者が憎い。

 彼女を苦しめた者が憎い。

 彼女を嘲笑った者が憎い。

 彼女のいない世界が憎い。

 

 ……彼女を守ってやれなかった自分が、憎い。


「くそっ!」


 俺のせいで彼女は殺されたのだ。

 俺が、俺が闇の魔力を持って生まれてきてしまったせいで、彼女は狙われた。

 俺のこの忌まわしい力によって。全てが崩れ去った。

 俺が戦争に出向かなければこんなことにはならなかったのかもしれない。

 王国に協力したばかりに戦争を終わらせたばかりに……。


「こんな世界壊れてしまったほうがいいのかもしれないな」


 彼女を殺した世界にはその代償を支払って貰わなくては。

 王国に尽くした俺は王国に裏切られた。だからこそ、王国は滅びたほうがいい。

 こんな国があるから、悲しみが生まれるんだ。

 

「一度滅ぼした方がいいかもしれないな」

「止めろ、そんなことをしたら!」

「うるさい! お前はそこで指を加えて見てろ。お前の国が闇の魔力を持った一人の男に滅ぼされる光景を!」


 この国の国王は哀れな男だ。

 彼女に、リリエルにさえ手を出さなければ俺が国を滅ぼすことはなかったのだから。

 俺でさえ抑えることのできない終焉の魔法。止められる者などいない。

 国はなくなり、そして俺も……。

 今、お前のもとに逝くよ。

 待たせてごめん。

 ようやく、一緒になれる。


「リリエル、俺はお前とずっと……」









 ーーずっと一緒にいたかった。



/


 ……なんとも目覚めの悪い。悪夢を見ているかのようであった。

 あれはなんだったのだろう。

 怒りに震える男の夢を見た。

 誰かの記憶であるような……でも、あれは私のものではない。それだけは確かなものであった。

 詳細がどんなものであったか思い出そうとするが、夢だけに思い出すことが中々できない。

 でも、なんだか大事なことを言っていたような。

 そう勝手に感じるような。

 男は誰かの名前を口にしていた。それがなんという名であったのか、思い出したいのに思いだせない。

 ……もどかしい。悲しい夢だったな。

 

「……あれ?」


 気付くと瞳の下には涙が溢れていた。感情移入でもしていたのだろうか。もしそうなら私らしくもない。

 濡れた目元を拭い、今度こそしっかりと意識を取り戻す。


「起きたかい?」


 優しい声音が耳元で優しく囁いた。

 まるで愛おしいものを前にしているかのように彼の手は優しく私の頭を撫でる。

 

「ええ、おはようルシード」

「よかった。体はもう大丈夫?」

「十分休めたから大丈夫よ。それより、頼んでおいたことはもう終わった?」


 ゆっくりと上半身を起こしてルシードへと目を向ける。

 私と同じ髪の色。

 闇の悪霊ルシード。

 悪霊と呼ばれるには、少し違和感があるほどに彼は私に優しい。

 何故そこまで私に良くしてくれるのか。ただ1人の人間に霊獣たる彼がここまで傾倒するのには確固たる理由が存在している。


「もちろんだよ。リリエルの頼みなら俺はなんだってしてあげるよ」


 ……私は彼の愛したリリエルという女性の生まれ変わり、ということらしい。

 私には記憶はないので、残念ながら過去の彼を覚えていない。ルシードはそれでいいと言うが、もし私が本当にリリエルという女性の生まれ変わりだとしたら、愛する女性が自分のことを忘れているということになる。

 それはなんて悲しいことなのだろうと思う。


「ルシード。何度も言うけど私はリリエルではなくソニアよ。私には前世? の記憶とかはないのだし、リリエルだったということも知らないの」


 申し訳ない。

 そんな気持ちを抱くが、ルシードはまるで気にしていない様子だ。


「そうだったねソニア」


 本当に彼はそれでいいのだろうか。

 私が過去のことを覚えていないというのに彼はなんら悲しみもしない。むしろ、私と話している時の彼は嬉しそうに微笑むことが多くある。


「ルシードは辛くないの?」

「ん? それってリリエルのことかい?」

「ええ、大切な方だったのでしょう」


 自分にとって大事な人がいなくなることほど悲しいことはない。

 きっと彼はかなり苦悩したのではないだろうか。

 そうでなければ彼がここまで私に優しくしてくれる理由にならないだろう。


「いいんだよ。今確かにここにリリエルの魂がある。ソニアがいる……それだけで俺は満たされているんだ」

「リリエルは本当に愛されていたのね」

「何を言っているんだい? 今も俺の気持ちは変わらないよ。変わらずソニアのことを愛しているよ」

「ふぇっ⁉︎」


 この悪霊、たまにおかしなことを言う。

 愛していた者の魂が宿っているとはいえ、十歳の小娘に愛しているなどと恥ずかしげもなくよく言えたものだ。

 流石に考えたくはないが、ルシードはちょっと危ない感じの性癖を持っているのではないかと時々思ってしまう。

 赤くなってしまった顔を背けて、私は一旦落ち着くことにした。

 こうやって感情を揺さぶられるのは珍しい。

 誰かに愛していると言われたとしても、ここまで動揺しないはずなのに、ルシードにそう言われると頭が真っ白になってしまう。

 リリエルだった頃の潜在的な記憶が心の奥底に残っているのかもしれない。


「ソニアどうかした?」

「いえ、なんでも。それより調査報告が聞きたいわ。私を狙いそうな貴族を調べてくれたのでしょう」

「うん。一覧を記した文書は今、騎士さんに渡してあるよ」


 騎士さん……ああ、ラスティにね。

 私の代わりにその情報筋から、昨日の彼らを差し向けてきた者の特定を急いでくれていることだろう。

 ラスティが有能すぎて涙が溢れてきそうである。

 と、冗談はさておきルシードの調査は終了。あとはお父様の調べでくれる情報と捕縛した二人からの情報待ちということね。

 一つの情報だけでは不完全なものであっても、流石に三つ分あれば特定も容易にできることでしょう。


「ありがとうルシード。とても助かったわ」

「喜んでくれてなによりだよ。俺はいつだって君の力になる。困ったことがあったら今回みたいにまた頼ってよ。他の霊獣じゃなくて、俺を頼って」


 そう言いながらルシードは満面の笑みを浮かべる。

 彼が悪霊でなかったらうっかり惚れていたかもしれない。

 しかし、彼は人間ではない。惚れるなんてことはあってはならないのだ。

 私が『暗闇姫』であって、リリエルの魂が宿っているから、彼は私を厚意にしてくれている。

 私では彼の気持ちに応えてあげられない。

 彼が私に依存しなくてもいいようにしてあげたい。

 これは恋ではない。多分同情だ。

 リリエルとして、私は存在していないのだから。私はソニアなのだから。

 だからこそ、リリエルに囚われ続けるルシードには同情しかない。


「ルシード。また困ったことがあったら頼らせてね」

「うん! 任せてよ!」


 いつか彼がリリエルの呪縛から解き放たれるその時まで、私は彼のそばにいてあげよう。

 少しでも彼の心が安らぎ、満たされるように。

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