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最初の犠牲者は当然敵方の兵士であった。
「ぐあっ……」
馬車の後方から馬に乗って追いかけてきた騎馬兵。
残念ながら私達の護衛によって最初に殺されてしまった。首から上が綺麗になくなったようで、力なく胴体の方も馬から転げ落ちた。
遊撃戦に移行した以上、我が護衛達は騎乗していた馬は乗り捨てる。
周囲に生茂る木々を介して、移動しつつ機を見計らって1人づつ確実に仕留めていくのだ。ましてや、騎馬兵などは回避行動も取りづらいもので、こちらからしたら格好の的に過ぎない。
私の馬車を追いかけているため、敵は皆馬に乗っている。
戦況が大きく傾くことは必須である。
「あがっ!」
「ぐっ……」
「っ!?」
次々にあがる悲鳴。
きっと敵方は理解できないだろう。
こうしてものすごい勢いで仲間が失われるなんて、想像していなかっただろう。
たかが十人程度の戦力。
数で押せば簡単に始末できる。
そんな甘い考えが彼らを破滅へと導くのだ。
「外は地獄絵図のようね。可哀想に」
見えない敵から仕掛けられる攻撃。
隣にいた仲間が次の瞬間には絶命している。
暗い森の中で一人、また一人と恐怖に怯えて、そして意識は失われる。
彼らには既に指揮系統など存在しない。
ただ混乱し、目先の馬車の後を追っているだけ。戦列もなにもなく統率は崩れきっている。
さぞ怖いことでしょう。
自分がいつ殺されるか分からない恐怖を植えつけられながら、それでも引き返すことはできない。
味方のそばから離れれば、たちまち狙われ殺される。
だからただ馬を走らせることしかできない。
全滅するまで続くかもしれない死の恐怖を彼らは味わい続けている。
……哀れなものね。
廃村が見えてくる頃、敵の数は激減していた。
当初いた数の三割程度、あるいはそれ以下。
敵方の多くは恐怖に支配されている者ばかり、数少ない敵意をこちらに向けたままの者達も次第に討ち取られている。
勝利は確実なものに近いと思う。
けど……
「はっ!」
どうやら彼らの中には随分と腕の立つ人が混じっているようだ。
見えていないはずの攻撃を馬を走らせながら的確に弾いている。
「はぁ!」
それも二人いる。
フードで顔を隠しているから、その姿は不明であるが私の護衛と互角に戦えるだけの実力者であることは確かなようだ。
「あの二人は別格のようね」
「そうですね。身のこなしが他の者とはまるで違います。私達と戦ってさえいなければ、優秀な騎士として王家直轄の近衛騎士団に入ることだってできたでしょうね。まあ、死ぬ者の仮定にすぎない話など意味のないことですが」
近衛騎士団、ね。
そういえば、ラスティは元々王家直轄の近衛騎士団に所属していたんだっけ。
当時の彼は闇の魔力を使うことはなく、風の魔力をメインに使っていた。残念ながら、闇の魔力の方が適正が高いと知られた時に追い出されてしまったらしいけど……。
そんなラスティがそこまで言うのなら、あの二人は近衛騎士団の団員に匹敵するほどの強さを持っている。
……ちょっと欲しい、なんてね。
「お嬢様、廃村に到着します。馬車から降りる準備を」
思案を巡らせている間に既に目的地周辺にたどり着いていた。
敵もだいぶ減ったし、彼らが逃げないように追い込みしないといけないわね。
「ラスティ、敵方を包囲し廃村にだけ向かうように仕向けよと全員に通達しなさい。尻尾を巻いて逃げ出すようなものがいれば全て切り捨てよと伝えてちょうだい」
「御意」
ここは廃村ではあるが、ちょっとだけ手を加えてある。
ここにはもう人は住まない。だったら、他のことに利用しても問題はないということになる。
ということで、この廃村への入り口は大通り一本だけに絞ることにした。残りの道は埋め立て、通れないようにした。
ずっと前に作っていた敵を誘い込むための罠。
今日やっと役に立つ。
高い塀と建物に囲まれた枯れた噴水広場。
そこが決戦の地となる。
「ねえ、覚悟はいい?」
「お戯れを。それは相手方に掛ける言葉ですよ」
「それもそうね。行きましょうか」
「はい。どこへでも私は、お嬢様に着いていきます」
馬車は広場の奥に止まり、敵方も広場へ続々と入ってくる。
護衛の者達はその後方から現れ、それぞれが建物、塀の上に陣取った。
完全にこちらが相手を囲い込む形の陣形。
人数差以上に力量差を悟ったのか、敵方の兵士の士気はとても低い。さらに罠に誘い込まれたということにも気付きだしたみたいだ。
馬から降り、膝をつく者。
自らに刃を突き刺し自害する者。
ただただ目の前に広がる光景を前に動きを止める者。
本当に可哀想な者達だ。
「止まるな! 剣を持て!」
相変わらず戦意を失っていない者もいるようだけど、どっちにしてもこれで終わりにする。
私はラスティを伴い馬車からゆっくりと降りる。
殺意を感じる。
仲間を殺された恨みか。それともまた別のものか。
「既に勝敗は決しました。大人しく投降しなさい」
「すると思ってるの?」
「私達は『暗闇姫』アンタを殺すまで終われない!」
一応忠告をしてみたが、やはり駄目なようだ。
でも戦意があるのはラスティが褒めていた2人だけ。その他はもうまともに戦える状態にはなかった。
大人しく降伏してくれれば、手荒な真似はしなくて済んだのに。
「なら仕方がないわね」
私はゆっくりと手を上に掲げる。
一方的な虐殺。あまり良い気分ではないけれど仕方ないこと。
フードの二人がこちらに走ってくるが、既に遅い。
「ラスティ」
「御意」
二人分の剣をラスティは軽々と受け、そして弾き返す。それに驚いた様子の敵方。
直後私は腕を振り下ろす。無慈悲な攻勢を断行。
そして、囲い込んでいた私の護衛は敵の集団に攻勢を開始した。敵味方がぐちゃぐちゃに入り乱れた乱戦が始まり、悲鳴と幾重にも響く金属音が静かな廃村を巡る。
血の匂い。そして、鎧を貫く刀剣の音は本当に不愉快だ。
次第にその忌まわしい音も少なくなり、やがて地にベチャりとした気持ちの悪い音を最後に乱戦の音は消えた。
五分と経たずして、ラスティと対峙している二人以外の敵は全滅し、勝負は決した。
「もう、諦めなさい」
「嫌だ! 私は私達はアンタを倒さないと……」
「ルルカ、でも勝ち目が」
「ルルハは黙って。どっちにしても勝たないと生きて帰れない」
残された2人はまだ剣を構える。
向こうも気付いているだろう。
これが負け戦になることを。
しかし、後には引けない。最後まで私の命を狙って、自身の命を削り切る。私の言葉は……きっと届かない。
「ラスティ、もういいわ」
でも、これ以上の争いは不要。
生き残りはこの二人だけだ。
殺してしまっては得られる情報だって失うことになる。
「終わらせて」
「御意」
最後まで剣を構え殺意剥き出しの二人に対し、ラスティはものすごい速度で迫る。
目にも止まらぬ速さで剣を振るい、いとも簡単に二人の得物を弾き膝をつかせた。
最初からこの戦いの結末は決まっていた。
彼らが仕掛けてくる前から、私達に存在を悟られていた時点で彼らはまけていたのだ。
ラスティはそのまま剣を二人の方へと向ける。
「ここで死ぬか。それとも情報をこちらに流して生きるか。どちらか選べ」
二人は何も言わない。
既にラスティに立ち向かう気力は残っていないようだ。
静かに頭を下げる二人を見て、私は顔が綻ぶ。ラスティも意を汲んだのか、剣を鞘に納めた。
「この者達を拘束しろ。屋敷に戻る」
こうして私に敵対する者たちとの戦いはひとまず集結した。
あとは捕縛した二人から情報を引き出し、これらの者達を差し向けてきた親玉を潰す。
『暗闇姫』として公爵家に生まれた以上、こうなることは仕方のないこと。
立ち塞がる敵は薙ぎ払う。
私の目的のために邪魔する者には容赦しない。
たとえそれが王家であったとしても変わらない。
私は『暗闇姫』。
いずれ公爵家をこの国から独立させる者なのだから。