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 エレオノーラから渡された『結末の星回り』を手に入れた私は、エレオノーラに対する態度を軟化させていた。

 あっさりと情報を流すのに少々疑問も感じたが、交換条件で行われた取引という正当な理由があったからだと、そう思い込んでいた。


「これで契約は成立ね」


 互いに利益を得た(エレオノーラには特に何もない)ので、一旦この話は終わりを迎えた。

 そして、この取引の後のことを私たちは話し合っていない。


「ソレデ、コレカラドウスルノ? マタ、剣デモ交エル?」


 エレオノーラはそう言うものの、あまり乗り気ではない様子。それもそうだろう、一度互いの手の内を見せ合ったのだ。対策だって両者共に練ることができる。

 これ以上の争いは無意味なものであると、私とエレオノーラは分かっている。


「このまま、穏便に身を引くという選択肢もあるのよ?」

「駄目、私ノ役割ハ、マダ終ッテイナイ」


 強情ね。

 時間稼ぎと言っていたエレオノーラ。それは何に関するものか。

 少し揺さぶりを掛けてみようか。


「エドガー子爵領のことで何か企んでいるのだとしたら無駄よ。あちらは既にうちの優秀な部下たちが潰しに掛かっているから。今頃は、子爵領の全域を陥落させている頃かしらね」


 会話の最中、エレオノーラの瞳が揺れたように感じた。……彼女の顔色は窺えないが、その一瞬の綻びを私は見逃していない。

 ……どうやら、図星という訳ね。

 ただ、動揺のレベルがまだまだ浅い気がする。

 他にも何かあるみたいね。


「……王宮内でも、色々と企んでいるみたいだけど、そっちは内の侍女達が対処に動いているわ。可笑しな輩に襲われたというのもあったし、今頃、情報を掴んで、貴女方の考えている計画も無駄に終わっていることでしょうね」

「……ナルホドナ。全テ、オ見通シ、トイウコト」


 んな訳ないでしょう。

 エレオノーラは戦闘面だけで言えば、かなり強力だけどもしかしてこういう話し合いみたいなことは得意でない感じかしら?

 さっきから、私の適当な戯言を全て鵜呑みにしている。

 間違いなく、アホ……もしくは、純粋?


 まあ、どちらにせよ好都合。このまま無駄な時間を長引かせるのも性に合わない。


「今日は出直したら? 貴女方の計画は既に破綻しているわ」

「ソウネ。……コレ以上、醜態ヲ晒スノハ、望マシクナイ。今回ハ、手ヲ引キマショウ。マタ、会イマショウネ、暗闇姫」


 そう言うと、エレオノーラは踵を返して、闇に消えてゆく。

 去り際、こちらにも視線を向けて少し微笑んだような、そんな気がした。これで全部、終わりかしらね。

 被害を最小限に、脅威だった反逆者を撃退した。

 肩の傷の血は既に止まっている、エレオノーラとの会話の最中に気付かれないように治癒魔法を使った甲斐があった。彼女が去った今、心置きなく傷口まで塞ぐことができる。

 手に力を込めて、ありったけの魔力を肩に流し込む。肩にできた大きな空洞はまるまるうちに塞がり、破れた服も何事もなかったかのように元通り。


 無事に窮地を乗り切り、なおかつ陛下達の身の安全を確保できた。

 

「……はぁ、肝が冷えたわ」


 一時の安息に浸っていると、また何者かの気配がする。

 エレオノーラが消えていった方向からのようである。舞い戻ってきたという可能性もあるが、それは違った。


「よう」

「ルシード?」

「ああ、大変だったみたいだね。お疲れ様〜」


 相変わらずの軽さ。

 こいつ、職務放棄したことをなんとも思っていないらしい。俺が守るとかなんとか、言っておいて、早々にいなくなるとは、責任感が皆無である。


「そうね。こっちは大変だったわ」


 不機嫌オーラ全開で、ルシードを睨みつけると、ようやく私の気持ちに気づいたのか、手を振り、言い訳のようなことを言い出した。


「いや、俺だって遊んでた訳じゃないんだよ。王宮が襲われて、大混乱になってただろ? それに乗じて、怪しいやつらが王宮内にある宝物庫に入ろうとしてたんだよ」

「それを阻止してた、と?」

「ああ、ただの盗人にしては用意周到だったし、何か大きな計画があったのかなって思ったからさ」


 ルシードも思わぬところで役に立っていたらしい。


 ルシードが妨害したのは多分、エレオノーラの仲間達だろう。王宮の宝物庫に入り込み、何かを盗もうと企んでいた。

 エレオノーラはその時間稼ぎ、陽動のために陛下達を襲い、王宮内にいる戦力を集中させようとしていた。でも、運悪くルシードに宝物庫に向かわせていた仲間がやられてしまった。

 偶然とはいえ、今回はお手柄のようね。


「はぁ……ルシード。貴方の本来の目的は私を護衛すること。早々に私のそばから離れたのには感心しないわね。私が偶然無事だったからいいものの、もし死んでいたら、どう責任を取るつもりだったのよ?」

「いや、それは……あれが、そうする感じで」


 言い訳、下手くそか。

 しどろもどろになって、狼狽えている悪霊とか珍しいにも程がある。これで強いのだから、人は……いいえ、悪霊は見かけによらない。


「でも、思い掛けず貴方の行動は、とてもいいものになった。ありがとう」


 一々突っかかっても疲れるだけ。私はそう判断してルシードに感謝を述べた。

 彼の無責任な行動のせいで、苦労する羽目になったのには納得できないけど、結果論で言うなら、上手く立ち回れた。だから、今回は許してあげよう。

 お咎めはなし。

 逆に素直にお礼を言われるとは思っていなかったのか、ルシードは固まっている。


「いいの?」

「叱った方が良かったかしら?」

「いや、許してくれるならそっちの方がいい!」


 こうして、ルシードへのお説教は終わる。


『お嬢様』

「あら、どうしたの?」


 いいタイミングでリアラから通信が入る。

 司令部からの報告ということは、重要なことなのだろう。


『はい、報告します。エドガー子爵領を完全に制圧しました。エドガー子爵が行ってきた悪事の数々に関する証拠も、全て抑えました。王宮への襲撃も彼らが一枚噛んでいたようです』


 あちらも無事にエドガー子爵を無力化したようだ。

 ファラステラ公爵家の主力級の護衛達を惜しみなく注ぎ込んだ甲斐があったというものね。

 そして、王宮襲撃事件にもエドガー子爵が関与していた。彼らは国家反逆罪で重い処罰を下されることでしょう。


「よくやったわ。こちらの襲撃に関しても先程解決したし、後々の処理は、そちらに任せてもいいかしら?」

『はい。お任せください。エドガー子爵の身柄は、既に押さえております。今回の王宮の犯行、そしてお嬢様を襲ったことについての供述も得られるでしょう。全てが終わり次第、エドガー子爵領に送った者達に帰還命令を出します。被害は大きかったですけど、それに見合う成果を得られましたね』


 今回の一件、ラスティ達の助力は大きかったようだ。

 彼らの奮闘によって、主犯の身柄確保もできた。

 その後、被害に関しての大まかな程度と国王陛下との謁見に関しての話し合いをした。

 エドガー子爵は子爵位の剥奪、さらには国王陛下、並びに王妃様、殿下、私への暗殺未遂、窃盗未遂、国費横領罪などなど数多の罪によって、最悪は処刑、良くて永続的な牢獄生活が待っていることだろう。


「今回の件、改めてお礼を言わせてちょうだい。ありがとう」

『勿体ないお言葉です』

「リアラが指揮を取ってくれて、そのお陰で全て上手く行ったのよ。もっと胸を張りなさい」

『……はい』


 指揮系統なくして、今回の大規模作戦を完遂することはできない。

 多くの人、物の動きを読み、適切な判断を下す。それは簡単には出来ないことである。

 司令部という今回のために作った臨時の機関だったけど、中々役に立つということが分かった。ファラステラ公爵家の軍事に役立つ機関の一つとして、正式に導入することも考えよう。


『では、そろそろ切りますね。お嬢様のお帰りをお待ちしています』


 そう言い残し、リアラからの通信は切れた。

 さて、やることはやったし、もうここに用はない。


「さて、もう帰りましょうか……」

 

 反省したように立つルシードにそう告げるが、


「いいのか? 婚約発表とか、やれてないだろ」


 的確な指摘が飛んできた。 

 まあ、この騒ぎだ。婚約発表なんて呑気にやっている場合ではなかった。

 会場に入ったら、侵入者の方々から手厚い歓迎を受けたし、さらには追手に追われた陛下達を助けるために王座の間へ続く壁を破壊し、地下に潜ったりもしていた。


「確かに婚約発表どころではなかったわね」

「それでも、帰るのか? 殿下が待ってたりとか……」

「あー、それは無いから」


 私はだいぶ嫌われてるし。

 とはいえ、顔もがっつり見られたことだし、そのまま無断で帰るのは失礼か。ローラントにお礼も言っていないし、一度陛下達のところへと向かおう。

 そういえば、ローラントはきちんと足止めしてくれていたみたいだ。エレオノーラとの戦闘となった時、最初は怒鳴り声みたいなものが絶えず聞こえてきた気がしていたが、終わりの方では随分と静かになっていた。


「ローラントにはお世話になった……」


 たまたま使えた治癒魔法のおかげで、ローラントにはだいぶ懐かれた。

 何も言わずに去ってしまったら、可愛そうだ。


「仕方がないわね。殿下には会いたくないけれど、ローラントにお礼を言うのと、陛下と王妃様にエレオノーラを撃退したという報告はしておかないといけない」

「なら、行くか」


 ルシードはそう言い、私に手を差し伸べる。

 このシチュエーションは、最終決戦を終えて私という、お姫様を守った勇敢な騎士ルシードが、私の手を掴み、颯爽と歩み進むというものみたいだ。


 ……まあ、最終決戦は私が決着つけて、ルシードは私を守ることを忘れたフラフラ出歩いていたのだけど。

 そんな非常識な現実を思い出し、少し苦笑してしまう。

 私は守られる側のはずなのに、なんでこう厄介事に巻き込まれて、魔法を行使して戦わなくちゃならないのか……。

 きっとそれは暗闇姫として生まれてきた宿命……とか、そういうのがあるのではないかと疑ってしまうほどのことであった。

 優しき悪霊から差し伸べられた手を私はゆっくりと掴む。


「まったく、こういう時だけはちゃんと護衛みたいなのね」

「俺はいつだって、ソニアのことを守っているよ」

「そういうことは、私が接敵しないようにしてから、言ってちょうだい。これっぽっちも説得力ないわよ」


 どのかズレたやり取りをしつつも、ルシードとの歩幅はちゃんと合わさっている。

 目先の敵を打ち滅ぼすことは簡単だけど、その事後処理というのは面倒ごとである。これから先に待ち受ける、後始末のことを考え、憂鬱な気持ちになりながらも前へと進む。


 ファラステラ公爵家独立のため、これは確実な布石。王家を守り、国に蔓延る膿を炙り出したという功績を主張する。その一手こそが今回努力した分の成果というものだ。


 地下には、二人分の足音が響く。

 その音は一切の乱れがなく、ただただ一定のリズムを刻んで淀んだ空気を震わせ続けるのだった。

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