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お伽話みたいな、大どんでん返しはリアルに存在するだろうか。
拳で肩を貫かれ、満身創痍な貴族令嬢が死をも恐れない戦闘人形に勝つという奇跡に近いことは起こりうるだろうか。もし起こるのであれば起きて欲しい。今この絶望的な状況を脱する天命のようなことが……。
「はぁはぁ……」
肩に走る激痛によって、息が切れる。しかも、剣はエレオノーラの腕にがっちりと挟まってしまい、彼女の拳は私の肩を貫いたまま離さない。
身動きも取れない、まさに死の三秒前状態である。
いや、厳密に言うなら、死の三秒前という訳ではないものの、このまま出血が続き、さらにはトドメまで刺されることがあれば、間違いなく私は絶命する。
……まだ走馬灯を見る気はないわよ。
なんとかこの固定された窮地を脱しようと、至急考えを巡らせる。
ローラントの深い傷を治したように治癒魔法を使うことができるはず。だから、エレオノーラとの間合いが取れて、尚且つ少しの間彼女からの攻撃を無力化できれば、再帰可能だ。
とはいえ、後ろにいる近衛騎士団に期待する訳でもないし、助けがあると思える環境下にいないというのも重々承知している。だからこそ、今のこの状況は詰みに近い。
「随分ト痛ソウネ」
私を哀れんだのか、エレオノーラは無機質な声を静かに掛けてくる。
「そうね……すっごく、痛いわ。正直可笑しくなりそうなくらい、ね」
「コノ状態デ、マダ喋レルナンテ、貴女ハ、精神力ガ凄イワネ」
「強がることは得意なのよ」
「ソウ、デモ情ケナイ騎士達ハ、貴女ヲ助ケラレナイデショウ。望ミハ、ナイノ」
図星である分、そう証されると中々に辛い。
まあ、協力してくれることになっても正直足手纏いに感じる。
エレオノーラ一人に圧倒されているような騎士団、矮小な助力を得た程度で何か出来るとは思えない。ローラントに交渉役を頼んだのも、無駄な邪魔をされないための足止めくらいにしか考えてなかったし。余計な手出しをさせないように仕向けてきた。
しかし、今この場面においては話は別。
猫の手、いや、騎士の手も借りたいくらいにお困りであるのだ。ちょっとやそっとでもエレオノーラの気を逸らすことをしてほしい感がある。
味方ゼロで訳の分からない相手と剣を交えるというのが、理不尽な話だ。
だいたい、この不利な状況になったのも、元を辿れば共に戦ってくれる味方がいなかったからである。
ルルカ、ルルハは仕方ないとして、職務放棄して放浪しているであろうルシードには憤慨せざるを得ない。というか、私は公爵家の娘なのにどうして騎士よりも果敢に戦闘していたのだろう。
「本当に世の中、不公平だわ」
か弱いただの令嬢だったら矢面に立って、恐ろしい存在に剣を構えることなんてなかったはずだ。
「でも、それとこれは別の話よね」
世界の理不尽を嘆くのと、今ここでしてられるというのは同義ではない。
隙がなければ、作ればいい。
味方がいなければ、作ればいい……。
「ねえ、エレオノーラさん」
「ン?」
「私と取引をしない?」
「取引? ドウイウコト?」
「言葉の、まんまの意味よ……。私は今非常に困っているの。だから私の命を奪わないで欲しいと考えているわ」
一方的な要求を突きつけてるだけでは、交渉にならない。
「コチラニ、メリットガ感ジラレナイワネ」
「そうね。メリットはないけど。要求を飲んでくれたらデメリットもないのよ」
「?」
理解していないみたいだ。
彼女の腕には私の短剣が突き刺さっている。私の肩には彼女の拳が食い込んでいる。痛みを感じていない様子のエレオノーラに対して、私は物凄く痛い。……死にそうなくらいにね。
普通ならこの状況でエレオノーラにデメリットなんてものはない。
だから私は考えたのだ。彼女のデメリットとなるものを。
「ッ⁉︎」
魔法によるものか知らないが、エレオノーラの顔色は未だに窺えない。だが、その表情が淀んだというのは彼女の反応から理解できた。
途端、彼女の拳に入っていた力が抜けるのを理解した。
すかさず私は短剣を彼女の腕に刺したまま、身一つで距離を空ける。引き剥がす際に肩に信じられないほどの痛みを味わったが、全て計画通りである。
「苦しいかしら?」
「……ワタ、私ニ、何ヲシタ⁉︎」
悶えるエレオノーラ。その理由は私が魔法を撃ち込んだからである。……いや、正確には流し込んだというのが正しい答えだ。
「大したことはしていないわ。ただ、少しだけ、貴女の精神的部分に魔法で干渉したのよ」
痛みを感じないというが、それはきっと違う。
身体に痛覚がないというのが、正確な表現である。それは精神に直接痛みという感覚を叩き込めば、ちゃんと苦しみを味合わせることができるということだ。
短剣と私の肩を貫いたエレオノーラの腕を媒介に魔力を流し込んでみたけれど、上手くいったみたいね。
「貴女が感じているのは痛みよ。私が生きている限り、貴女にその痛みを与え続けることができるわ」
「ナルホド、コレガ交渉材料ナノネ」
もちろん嘘である。
そんな継続性のある魔法ではないし、生きている限り他人を苦しめ続けるだなんて呪い以外の何者でもない。そして、そんな高等魔法を使えるほど鍛錬を積んだり、長生きもしていない。
一時の窮地を苦し紛れに回避するだけの、ハリボテ同様である。
しかし、そんなことは相手には知り得ないこと。意味深に自信有り気な表情をしていれば、簡単に騙すことができた。
エレオノーラはフッとため息をついて、その後微笑む。
「面白イワ。ソレ程マデニ卓越シタ能力ガアルナンテ、正直予想外ヨ」
「お褒めに預かり光栄ね。それで、取引に応じてくれる気になったかしら?」
「開放シテアゲタジャナイ? 他ニモ何カ要求ガアルノ?」
「できれば、諸々の情報も吐いて欲しいわね」
……流石に強欲すぎたかしら?
「……イイワヨ」
いいのか。
「感謝するわ。変わりに貴女に掛けた魔法を解いてあげる」
「交換条件ナノネ」
エレオノーラが同意したことを確認して、私はそっと胸を撫で下ろす。はったりだったけどなんとかなって良かった。
顔には出さないが、内心は冷や汗ダラダラものであった。ポーカーフェイスが得意という訳ではないが、悟られなかったことは素直に称賛して欲しい。
「ジャア、私カラ与エラレル情報ハ、コレヨ」
エレオノーラは私に一つの本を差し出してきた。……手に取ろうとしたときにぶった斬られたりしないだろうか。
「ドウシタノ?」
「いえ、なんでもないわ」
いや、無さそうね。
雰囲気がホワホワしてるもの。殺気を放っていた恐ろしい風格は、既に消えており、微塵も感じられない。
そのまま素直に本を受け取った。
なにこれ、題名とかないのね。……これがエレオノーラの交渉材料か。
本の中身を確認しようと、ページをめくる。それに合わせてエレオノーラは説明を開始した。
「ソレハ、『終末の星回り』。俗ニ言ウ、予言書ヨ。コレカラコノ世界ガ辿ル運命ガ記サレテル。ト言ッテモ、本当ニソウナルノカハ、私自身モ知ラナイケド」
「……? 貴女の持ち物でしょ? なんで詳細を把握していないのよ」
「借リ物ダカラ」
……いや、借りた物を勝手に私に献上していいのかしら?
しかし、細かい指摘は抜きにして、予言書とは興味深いものね。
運命とか、これから起こる未来のこととか、そういう類の話を信じたことはないけど、もし本当にこれが予言書だとすれば、面白いかもしれない。
「……これは、どういう未来が描かれているの?」
誰のことが書かれているかというのは気になるところ。
「……大部分ハ、暗闇姫ト、シノ皇女様ノコトガ書カレテイル」
何故、私のことが書かれているのよ。
言いたいことが山積みであるが、私は一先ず、深呼吸を交えて平静を装う。
しかし、内心は、
この本絶対にろくなこと書かれてないわ!
暗闇姫とシノ皇女という不吉な二単語が出てきた時点で確定で良からぬ未来が待っているみたいな記述でしょう!
外には出さないが、私は、相当荒れていた。




