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「はぁっ‼︎」
何故私はこんなことをしているんだろう。
公爵家の娘である私が、短剣を片手に危険人物に斬りかかる。色々と突っ込みどころ満載な場面だがこれも全て王宮を襲撃してきた輩を倒すために仕方のないことだ。
似合わないけれど、これは最低限やらなくてはいけないこと。もう私の評判など地に落ちているようなものだし、短剣を使って、人を殺した……なんていう噂が新たに追加されたところでこれ以上評判が下がる訳でもない。
誰から構わず八方美人に振る舞うなんて、私にはできない。色々と愛想良く振る舞うのは疲れるし、なにより必要性が感じられない。
だから、こうして素の自分でいる。
醜態を晒しているのは理解している。
きっと私の後ろにいるローラントも私の姿にドン引きしているはずだ……。
「……流石ですソニア嬢。可憐な身のこなし、正しく天使のようなお姿」
……結論から言うと、ローラントはドン引きしていなかった。寧ろ狂信的な危ない眼差しをこちらに向けてくる。そういう虚な目はすぐにやめなさい。
私は教祖でも信仰対象でもないのよ。
目先の敵との戦闘中であるから、そんな無駄事を口にはしないものの、軽く視線を向けてキッと睨みつける。
「ローラント、手筈通り陛下達の方に行きなさい。交渉次第で、私たちの未来が決まるわ」
このまま共闘してもらえればベスト。怪しまれて挟み撃ちにあったら普通に終わりである。
「はい! 任せてください、我が主よ!」
あ、る、じ?
何を言っているのか? きっと私の聞き間違いだろう。そうでなかったらローラントの頭が壊れているに違いない。恍惚とした表情を浮かべるローラントに最早何も言う気が起きない。
役割さえこなしてくれるならそれでいい。
私は目の前の敵に集中しよう。
手に一層の力を入れて、対峙者を力尽くで吹き飛ばす。
これも全て身体強化の魔法のお陰。実に便利な魔法である。
「出来れば、そのまま大人しくお帰り願いたいのだけれど」
剣を向けるその女性に向けて、私はダメ元で交渉してみるも、当初よりも殺意が強くなっているように思える。
「聞く気ゼロってところかしら?」
「……愉快ナ邪魔者ガ来タモノデスワネ」
「愉快だなんて、初めて言われたわ。私の一般的な評価は冷徹で残忍な女ってところだもの。……貴女、私のものにならない?」
戯けたように微笑むと向こうも釣られて、声色を鮮やかなものにする。
「魅力的ナ、オ誘イダケド……遠慮シマスワ」
「あら、残念。貴女とは仲良くなれそうな気がしていたのだけどね」
過敏な空気に異物を混ぜるように私は魔力を放出する。交渉決裂は目に見えており、どうやら正面衝突は避けられないみたいだ。穏便に事が済めば一番良かったものの、殺伐とした彼女の構えを見ればそれは無意味な思考であったと嫌でも理解できてしまう。
さて、こちらの交渉はダメだったけど、ローラントの方はどうなっているのかしらね?
後方の様子を確認すると、ローラントが必死に国王陛下に説明をしている光景が目に入る。一先ずは順調なようね。
国王陛下、王妃様は英明であるから、ローラントの話を聞き入れてくれることだろう。問題はレノア王太子殿下の方だ。あの子は……頑固そうだし、説得できるかどうか。
なにより私自身が嫌われている。……心当たりだってある。前回王宮を訪れた時なと、初対面なのにあの邪険にするような言葉遣い。
噂に踊らされているアホな王子とはまさにこのことだ。
最悪、殿下を気絶させて場を丸く収めるという選択肢もあるが、今後の関係性にヒビが入る恐れがあるため、あくまで最終手段というものだ。
さて、あちらの状況確認は以上。
目前の課題に着手しなくては足元を掬われかねない。
初手ですべきことは、雑談による時間稼ぎかしらね。……ローラントの交渉が終わるまでの間は手出しをさせるわけにはいかない。優秀な我が公爵領の者達による援軍を期待できない今、後方でこちらの様子を伺っている者達との共闘は急務となっている。
「……そういえば、名乗るのがまだでしたね」
探るような視線を跳ね除け、私は目先の女性に対してコミュニケーションを試みる。
「私はファラステラ公爵家の娘、ソニア=イス=ファラステラ。ちょっぴり闇の魔法が得意な普通の令嬢です。……貴女の名前を聞いても?」
「私ノ名前ハ、エレオノーラ。シノ皇女様ノ側近デスワ」
また、シノ皇女様ね。
聞いたことのある名前が出てきた。ラスティ達を襲った者からもシノ皇女という名前が出てきたことを報告から、知り得ている。
……ただその明確な正体というのが依然として分からないわ。皇女ということは、それなりの地位の者。彼女は他国の間者ということなの?
とはいえ、自身の仕える者の名を口にしたことは間違いであると思う。私は貴族社会、ひいては世界情勢に詳しく無いため、シノ皇女という存在を知らないが、国王陛下などの人脈が広く情勢に詳しい人物に聞けば、シノ皇女とは誰なのかが判明することだろう。
……流れがいいわ。
明確な敵の存在が明るみになり、一連の騒動を首謀した者のことも明らかにできるかもしれない。
というか、答えはもう出ているようなものね。
エドガー子爵が今回の襲撃に加担していたとすれば、シノ皇女という者の傀儡貴族のようなもの。襲撃者の死体から、関係者かどうかの照合をすればすぐに判明する。
そうでなかったとしても、襲撃してきた相手のトップは大方彼女のご主人様で決まりである。
「シノ皇女ね。エドガー子爵領にお仲間さんがいたのにも、何か理由があるの?」
「何故ソレヲ知ッテイルノ。コノ場ニイル貴女ニハ知リ得ナイ事ノハズナノダケド」
「私の情報網はとても広いんです」
「へー。流石ハ暗闇姫、トイッタトコロカシラ?」
その二つ名は名乗っていないはずだけど。
「貴女、私を知っているみたいね」
「当然ヨ。シノ皇女様ニトッテ一番ノ障害トナルノガ、暗闇姫トイウ運命ニ抗ウ者ノ存在ダモノ」
「運命に抗う? 言っている意味が理解できないわ」
「ソウ。デモ、イズレ嫌デモ理解スルコトニナルデショウ」
レノア王子の婚約者になりたくないから、婚約を破棄させてやろうとか考えていることだろうか?
いや、そんな個人的な私の見解を他人であるエレオノーラが知っているというのも可笑しな話だ。きっと別の理由があるのだと肌で感じた。
いずれ分かることか……。待たされているようで、なんだかもどかしいわね。
「いずれ理解できると貴女は言ったけど、私は今知りたいわ。シノ皇女という人が私に関心を持つ理由も、貴女が何を目的としてこんなことをしているのかも」
「話スト思ウ?」
「思わないわ。……だから、無理やり聞き出すの‼︎」
なにやら良からぬことを企んでいるのは自明の理。捕まえて、尋問してでも情報を吐かせる!
……いや、尋問とかしたらまた変な噂が立ちそうね。穏便な方法を考えておきましょうか。
そんな物騒なことを思考しつつ、適度に保っていたエレオノーラとの距離を一気に詰める。魔法による身体強化で脚力は人知を変えるものとなり、勢いそのままに正面からぶつかってみる。
流石に剣を受け止められたが、身体強化込みの私とエレオノーラの競り合いは、若干私に分があるらしい。少しだけ押し込めた気がする。
「素直に教えてくれないと、その綺麗な顔に傷を付けるわよ?」
「フッ、台詞ガ悪役ノソレネ」
「ええ、だって私は悪役みたいなものだもの」
「ナラ、悪役同士仲良クシテ欲シイワ」
「さっき誘いを断ったくせに、よく言うわね」
「手厳シイ……」
エレオノーラにも、自身の行いが悪いという自覚はあるようだ。自分で悪役なんて名乗るとは、人のことを言えないけど彼女は変わっていると思う。
……仲良くは、今のところはできそうにないけどね。
再度エレオノーラの剣を弾き、後方へと下がらせる。力で勝っている私。このまま行けば、陛下達に危害を加えさせないように彼女を撃退できる気がする。
無防備な体勢になったエレオノーラを見据えて、私は注意勧告をする。
「……このまま引き下がってくれたら、これ以上の追撃はしないわ。潔く負けを認めて、尻尾を巻いて逃げなさい。それともシノ皇女様について根掘り葉掘り聞かれたい?」
「……脅シノツモリ? 私ガ逃ゲルトデモ?」
「戦略的撤退という言葉はご存知? 貴女は負けるわ、私には勝てない」
「ヤッテミナイト、分カラナイデショウ」
そう、強気な姿勢を続けるのね。
つまり、逃げる気はないということ。実力差を知ってもなおこちらに立ち向かってくる気かしら?
「そちらに勝ち目はないでしょうに、そこまで執着する意味があるの?」
「マアネ。時間稼ギハ必要」
情報を話す訳でもない。けれども目的のために時間稼ぎをし、その間は私と剣を交え続ける。
分からないわ。彼女がそこまでする真の目的とは何なのか。時間稼ぎということは、他に目的があるみたいだけど。その目的自体私に敗北して、露呈してしまえば、エレオノーラにとって不利益となるのは確実だ。
だいたい、陛下達を追い回していた時点で、王族を殺すことが彼女の目的だと思っていた。でも、この様子だとエレオノーラはなんらかの陽動。短期的な計画を遂行しようとしているのかしら?
というか、王族を追い回す必要……あるの?
彼女は何を考えているのか。私には理解できない。
「貴女は何を考えているの?」
口にすることは当然こうなる。
疑問しか浮かばない行動理由とここに来た結果。そこにどんな深い理由があるというのだろう。
「……私ノ行動ハ、シノ皇女様ノタメノモノ。コノ地ヲ支配スル終焉ノ刻ヲ迎エル、ソノ前準備ハ、必要」
「その前準備というのは?」
「私ニ勝ッタラ教エテアゲル」
平行線のまま会話は進まない。されど時間だけが無駄に過ぎ去り、エレオノーラの掌の上で転がされているみたいだ。
誰かを利用することは好きだけど、立場が逆転するのはあまりいいものではないわね。
「そう、なら貴女を倒しましょうエレオノーラ。私と対立したこと……後悔させてあげる」
「拳デ抵抗スル……」
「いや、剣を使いなさいよ。意味が分からない……」
ちょっと噛み合わない会話を最後にエレオノーラは剣を捨てて、身一つで私の方へと接近する。
「得物を捨てるなんて、血迷ったの?」
「正常デスワ」
私は迷いなくエレオノーラの腕を切り落とそうと短剣を下から振り上げる。
命中した。軌道は真っ直ぐにエレオノーラの肘部分に向かう。だが、予想外の事態が私を襲った。
「……腕が、切れない⁉︎」
短剣はエレオノーラの腕に食い込んであるが、貫通には至らなかった。
身体強化増し増しの私の腕力、人の肉体を切り刻む程度のこと簡単にできるはずだった。なのに、まるで金属のようにエレオノーラの腕は頑丈にその刃の通過を拒む。
「残念ネ。……私ハ、人デハナイノ」
短剣を封じられた私は、無抵抗のままにエレオノーラの拳を受けた。
左肩を貫かれた。
「ぅぐっ……」
熱い。
流れ出る液体が身に付けたドレスを真っ赤に染め上げていく。大量出血状態である。
本当に素手で戦いを挑んでくるとか、感覚が狂ってるとしか思えない。……それから、先ほど聞き捨てならない発言を聞いたわね。
『人デハナイ』
その真意は、予想がつく。
ラスティと対峙した者は人形であったらしい。そのお仲間であるエレオノーラが人間ではないとしたら。
「貴女……人形、なの?」
痛みに耐えながら絶え絶えに紡がれた私の言葉をにこやかに微笑みながらエレオノーラは聞き入れる。
「ソウダヨ。私ハ、シノ皇女様ニ作ラレタノ。コノ身体モ、全テハ偽物。魔法モ使エナイワ、デモ使エナクテモイイノ。ダッテ代ワリハ、イクラデモ作ッテ貰エルモノ」
なるほど。彼女の考えが理解できなかったのは、彼女が人ではなかったからなのね。死を恐れない彼女の強気な姿勢も、自分が人形であるから、死んでも構わないという保障のもとに成り立った思考なのだろう。
死を恐れないなんて、本当に厄介な相手ね。
形勢は一気に逆転。
今度は私が死の危機に直面する羽目になってしまった。




