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「おい、もっと急げ! 追いつかれる!」


 俺達は刺客に追われていた。

 何故こんなことになったのか、俺には心当たりがある。

 あいつが、ファルステラの女が差し向けたのだと、俺は考えていた。


 今日はファラステラ公爵家のソニア嬢と俺の婚約発表の日。正直乗り気でなかった俺は、憂鬱な気分のままに控え室でその時を待っていた。


 『暗闇姫』と陰で呼ばれる俺の婚約者。

 あいつが王都へ来て、初対面の印象はまさにその呼称に相応しいものであった。

 パーシバル王国の王子であるこの俺に対し、微塵も興味を示さない冷めた目をし、父上との謁見だって冷静かつ完璧にこなしていた。


 人の感情を持たない、冷酷な女。

 それが俺の第一印象だった。

 そして俺は思う。あいつは次期王妃の座を狙っているだけだと。だから俺に興味を示さない。ただじっと時を待ち、あいつはきっといずれ俺に牙を向く。俺と陥れて、次期王妃という立場から王女という絶対的権力者に成り上がろうと画策するだろう。

 闇の魔力を持っている者は代々悪の道に進む。我が国に伝わる古い言い伝えだ。

 古の時代からそれが言われているということは、ソニアのやつだって悪事に手を染めるに決まっている。そうして国家を内部から切り崩し、その手中に権力を治める。

 俺はそのことを危惧して、父上に何度も抗議をした。

 やつは危険であると、婚約の話を取り下げて欲しいと、懇願し、何度も頭を下げた。

 しかし、父上は聞く耳を持たなかった。

 それどころか、ソニアのやつを気に入っているかのように嬉しそうにあいつの話題を口にしている。……駄目だ。父上は騙されている。どうしようもない、国の終わりだ。


 既に籠絡されきった父上は、ソニア嬢を信頼しきっている。聡明だと言われれば聞こえはいいが、俺からしたら狡猾な野望を抱いている冷徹女としか思えない。


 俺は父上に相談しなくなった。

 ……これは俺にしか解決できない問題。そう思って俺は彼女の悪事を暴いてやろうと必死に探し回った。

 だが、いくら探りを入れようともそんな悪事の証拠は見つからない。それどころか探しに出していた密偵も行方不明になる始末。


 ……あの女は相当手強いと瞬時に理解した。


 こうなっては仕方がない。アレの悪事が公に行われるのを待つしかない。婚約もする。婚約者として王子として、俺は彼女に接する……化けの皮を剥がすために今は辛抱だ。

 そう考えて、今日この日を迎えた。

 無抵抗、甘んじて受け入れてやるぞと意気込んでいた。

 ……そして、事件は起こる。

 突如として王宮中を占拠した謎の刺客達。幸い、我が国の守護の要となる近衛騎士団が付近に駐留していた。

 父上が執務をこなす王座の間、俺はそこまで近衛騎士団に守られながら避難した。

 

 間違いない。やつが、ソニアが仕掛けてきた刺客だ。


 ファラステラ公爵家の兵は数こそ多くないものの、個々が考えられないほどに強い。しかし、今回の輩は数にものを言わせて、王宮を制圧しようとしているみたいであった。


 しかし、どうも府に落ちないな。

 アレがこんな下級な輩を使ってこんな騒動を起こすのは思えない。少数精鋭、単騎で近衛騎士団を複数相手取るような化け物じみたやつを送り込んでくるかと思っていたが……。

 こんなの有象無象で我が王家が誇る近衛騎士団を相手取るなんて、こちらの戦力を侮っているのか?

 いや、あの女はそんなに馬鹿ではない。

 あの心の奥まで見透かしたような生意気な瞳……あいつは確実に賢い。


「油断するなよ、ベレノス」

「承知しました」


 俺に付き添う近衛騎士団の参謀ベレノスにそう忠告したが、要らぬものだったみたいだ。

 こいつは頭が切れる。

 これだけの大人数を相手取っていても冷静に対処して、鎧に剣を擦りすらさせていない。常に相手の一手先を読み、こいつらの思惑すら見透かしてやろうなどと考えているのかもしれない。


「殿下、近衛騎士団は王座の間に集結しています。そこには陛下や王妃様もおり、敵対者を迎え撃とうとしているようです」


 その報告を聞き、俺は即座に返事をした。


「王座の間へ向かえ。近衛騎士団が複数人で固まっているところなら相手も簡単には手出しできまい」

「はっ!」


 近衛騎士団は個々でも強いが、連携力も非常に良い。纏まれば数十倍もの敵兵に襲われたとしても難なくいなさるほどである。

 あの暗闇姫が何を考えているのかは知らないが、まあいい。この襲撃は失敗に終わる。

 俺はそう確信していた。

 ……王座の間で起こっていた惨状を目にするまでは。


「そんな……信じられない」


 敵兵の死体は至る所に転がっており、圧倒的に有利な戦いを進めていたようだった。

 だが、視界に入ってきたのはそんないいものではない。

 近衛騎士団が完全に押されている光景。

 それもただ押されてるのではなく、複数人で相手と対峙しているにも関わらず、一向に一太刀すら入れられていないというものであった。


 敵の残りはあと一人。

 近衛騎士団はまだ多く残っている。一見すれば有利な戦局、だがこの場はそう単純なものではないと素人の俺でも感じた。


「殿下、下がってください。アレはやばいです」


 手で俺を制し、ベレノスは剣をその圧倒的強者へと向ける。

 向かい側で戦っている近衛騎士団、そして合流した俺とベレノス以下複数人の騎士達。囲い込むような形になったが、本当に勝てるのか?


 ……そんな俺の抱いた杞憂は不運にも的中してしまった。


 複数人からの同時攻撃をいとも簡単に弾き飛ばし、悪魔のようなその者は笑っていた。

 ベレノスもやつに向かって行ったが、あえなく返り討ちに遭う。

 騎士達があの化け物と戦闘している間に俺は父上、母上の方へと向かうことが出来たのだが、状況は依然として最悪なものだった。

 

 完全な力負け。しかも、相手は騎士を殺そうとしない。痛めつけるだけ痛めつけて、死にそうになったら気絶させてこちらに放り投げてくる。

 こちらは命懸けでも、向こうは遊び。

 割りに合わない戦いだとつくづく思う。


「父上っ、母上!」

「レノアっ!」

「おお、レノア。無事であったか」

「はい、ベレノスのお陰で怪我一つありません。ですが……アレは何者ですか? あんな化け物……」


 麗しい親子の再会に浸っている余裕すらない。

 向こうはたった一人であるが、こちらに勝機はない。


「陛下!」


 ベレノスがこちらへ駆け寄ってくる。吹き飛ばされたようであったが無事なようだ。


「ベレノスよ。どんな感じだ」

「はっ、恐れながら我々では傷一つ付けられないかと。アレは格が違います」

「そうであるか……」

「このままでは、陛下、王妃様、殿下にまで危険が及びます。緊急時用地下区画への避難を推奨致します」


 ベレノスの指摘は正しい。俺もそれに同調する。


「父上、避難しましょう。今この場で父上、母上の命が失われては王国が崩壊してしまいます」

「やむを得んな。退避しよう」


 父上もこの状況に苦心している。

 その後、近衛騎士団数名を足止め役として残して、俺たちは地下区画へと避難した。

 入り組んだ迷路のように地下区画は広い。

 王都の人々が避難できるようにそれなりの規模を誇っているからだ。元々大規模災害が発生した際に利用されるはずだった。まさか、このような時に使うことになるとかは、経緯はともあれ皮肉にも役に立ったということだ。


 だが、これで危険が去ったわけではない。


「陛下、追ってきているようです。足音が聞こえます」


 騎士の一人、ルドルフがそう叫ぶ。

 大半の者には聞こえない足音がルドルフには分かるらしい。魔法による潜在的な才能によるものだ。敵の接近を察知できるため、このような緊急時に彼の能力がとても役立つ。

 ルドルフに聞こえて他の者に聞こえないということは……。


「ルドルフ、やつとはどれほど離れている?」


 俺がそう尋ねると、


「はい。二百メートルほどかと思われます」


 ルドルフはそう返した。

 なるほど、まだ余裕はありそうだな。距離を知った限りではかなり近くまで来ていると感じてしまうが、この地下区画は複雑な構造をしている。

 直線的なものではない分、離れた距離以上にやつと俺達の間に存在する間隔は広いのだ。

 

 だが、追ってきたということは足止めしていた騎士達は皆やられてしまったということ。

 ルドルフの顔色を伺うにやつはこちらに急接近している。動向も把握されているか……。

 そう感じているのは俺だけではなかった。父上やベレノスも同様に危機が這い寄っているのを認識している。そして、父上だけは更に悪い状況を察知していた。


「ベレノスよ。この先は行き止まりだったな。……何故、こちらに向かった?」


 唐突に父上がそう衝撃発言をする。

 

「はっ⁉︎」


 ……その場にいた全員がその言葉を聞いて瞬時に理解する。

 ここに来るように誘導されていたと。

 地下区画は入り組んでいる分、相手との距離が開きやすく縮まりやすい。一本道を違えればそれだけで死に直結しうることもあった。

 そういう事情もあり、ルドルフの指示に従い最善のルートを選択。より、やつとの距離を離すように逃げていた。だがそれこそが罠であったのだ。

 行き止まりの多い通路へと誘導され、その結果、俺達は必然的に追い詰められる。


「嵌められた……」


 そう呟き、後悔をしてしまうが既に手遅れだ。

 後方からはやつが追ってきて、引き返し道順の変更をしている暇などない。

 残された選択肢はこのまま突き進み、突き当たりの空間にて敵を迎え撃つこと。勝機がなくともそれしか選べなかった。


 地下区画の突き当たり、父上、母上を守るように騎士達が布陣する。

 俺はその二列目に立ち、敵対者を迎え撃とうと構える。

 父上、母上とは違い俺は戦闘するという選択肢を取った。俺は王子ではあるが、一人息子と言うわけではない。俺一人死んだところで変わりはまだいる。

 他国に赴いている妹、弟が生きていれば次代の権力者として君臨してくれることだろう。そして、俺は守られていたいと微塵も感じなかった。だからこそ、騎士達と共に父上、母上を庇いながら戦おうと思っている。

 魔力の才能だってある、俺は立派に戦える。……なにより、俺の婚約者が差し向けてきた刺客。警戒をしなかった父上の落ち度でもあるが、それを阻止できなかった俺の責任でもあると感じる。


 ……暗闇姫であろうと、なんだろうと俺は負けない。

 王子としての誇りを胸に俺は剣を抜く。


「……ベレノス、全滅しそうになったら父上と母上を連れてなんとか脱出してくれ」

「何を仰るのですか殿下。殿下を置いて私が逃げることなどあり得ません。必ず勝利して見せましょう」

「そうか、頼もしいな」


 ベレノスは分かるているだろう。勝てるなんてことはないと。いいところこの場にいる近衛騎士団は全滅、最悪父上、母上も……。

 つまり、俺に父上と母上を連れて逃げろということだ。ベレノスはそれを望んでいるのだと思う。

 だとすれば実に滑稽なことだ。味方を見捨てて敵前逃亡だなんて、俺の良心に反する。プライドを捨てて生き残ることを優先する、か。


「ベレノス」

「なんでございましょうか?」

「お前、は存外厳しいのだな」

「それほどでもございませんよ」


 そう軽口を叩き合い、決戦前の緊張感は些か解けた。

 あとは破滅を待つのみというところか。


 暫く待つと、災厄ともいえる死の足音がコツコツと悍ましい音を立てて接近してくる。

 王座の間では錯乱していて、その容姿についてよく見ていなかったが、身体つきからしてアレは女だ。ソニア自身という可能性もあるということか。

 顔は隠されていない、が認識できずにいる。魔法の類か、あるいは別の何かによって視認することを阻害されているようであった。


「来たか……」


 零れた言葉は絶望半分、憎悪が半分。

 無駄だと思うが精々抗ってみようか。

 剣を握る手に力が入り、接敵範囲内にやつが侵入する……その直前の出来事だった。


「はぁっ‼︎」


 その化け物のような女に対して、背後から斬りかかる人影があった。女はそれを見事に受け止めて見せた。近衛騎士団を相手取った時のように無駄のない守り方、しかしその表情には不思議と余裕は感じられなかった。

 

 それだけではない。その刺客を圧倒していた人物は、黒髪に透き通るような碧い瞳……しかも攻撃に使っていたのは騎士達が使うようなものではなく、短めの短剣。

 そして、その人物の正体を俺は知っている。

 

「ソ、ソニア嬢……?」


 今回の騒動で主犯と目をつけていた彼女が俺達を庇っている。それだけで事態の本質が見えなくなるというのは必然的なことだと思う。

 ……主犯はソニア嬢ではないのか。

 それは誤解が解けた瞬間でもあったのだった。

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