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 王座への間に続く扉は……。


 崩壊した瓦礫によって潰れ、通れないくらいに歪み完全に塞がっていた。

 扉の亀裂の隙間から、内部の様子が窺えそうだったが、そこは既に瓦礫が視野を全て奪い去り、中の状況がどのようなものなのか分からない。この輪郭の歪んだ扉を取り外し、瓦礫を吹き飛ばすことは出来なくもないのだが、それをやるにはリスクが高い。

 ここまで酷い有様だ。

 もし陛下達が生きていたとして、ここを強引に通ろうものなら、王座の間にいる陛下達に危険が及ぶかもしれない。

 しかし、一刻も早く陛下達を見つけたいのに、こんなところで足止めされるとは、


「一体どうすれば……?」


 頭を悩ませていた時、王座の間の隣にある部屋から微かに呻き声が聞こえてきた。

 私はその声に反応して、そちらへと向かう。

 そこに陛下達がいるかもしれないという一抹の期待をして。


 隣の部屋は幸いにも綺麗なまま残っていた。

 扉も問題なく開閉可能、鍵も掛かっていなかった。

 ただ、そこには陛下達の姿はなく、呻き声を上げていたのは血だらけで座り込む一人の騎士。

 朦朧とした目付きからは緊急性が窺えるが、それ以上に周囲に倒れている敵対者であろう者達の亡骸の数々が目に留まった。


 これだけの人数をたった一人で倒したというの?

 だとすれば彼はとんでもない化け物ね。

 

 自分のことを棚に上げていることには気づいていないソニアであった。


「だ、誰かいるのか……」


 驚いたことに彼はボロボロになりながらも私が部屋に入ってきたことに気付いた様子。

 扉を開ける時に音をさせなかったし、足跡だった立てていない。彼を見る限り目を開けているわけでは無さそうだし、おそらく気配だけで彼は口を開いたのだ。

 別に気付かれたくないわけではないのだし、私はその声に応える。


「はい。少し呻き声が聞こえたものですから、気になってこちらに来てみたのです」

「……そ、そうか。ここは危ない、早、く、逃げろ……」


 私の声を聞いて、反逆者でないと悟った傷だらけの騎士は忠告と言わんばかりにそう告げる。

 確かに私の声は幼い少女のものである。

 私の容姿を見ていないのであれば、ここは危ないから早く離れなさいと注意を促すということにも納得がいく。

 けれど、私はそんな貧弱なそこらの令嬢とは違う。

 騎士の元へと駆け寄り、一先ずは止血をするために近くにあったタオルを彼の出血場所に押し込むように当たる。


「こんなに苦しんでいる人がいるのに、見捨てて逃げるなんて出来ませんわ」


 そう言いながら、私は傷口をそのタオルで固定する。彼は驚いたような、呆れたような口振りでタオルの部分に手を置いた。


「君は、随分とお人好し、なのだ、な……」

「無駄口を叩いていると、傷に響きますよ。大人しくしていてください」


 苦し紛れに微笑む彼を見て、私は冷たい声音でそう言う。

 闇魔法に特化した私は治癒魔法というものを使えない。治癒魔法とは光魔法が使えるものが扱えるものである。真逆の属性を有する私には無縁のもの。

 だから、彼を救うことは正直厳しいかもと感じていた。


「……残念ながら、私は治癒魔法を使えません。今はこうして応急処置をしてあげるくらいしか」

「それで、十分だ、よ。……最後に、貴女みたいな……優しいお方に、会えたこと。私は、幸せ者だと……そう思いながら逝けるよ」


 彼は既に死を覚悟していた。

 もう助からない命、それを理解したうえでこの場に座り込んでいたのかもしれない。

 自分が不甲斐ない。

 たった一人も助けることができない。闇魔法が攻撃に特化し過ぎていることの欠点がここで露わになるなんて。

 ……死なせたくない。


「私は貴方を死なせない。必ず助ける!」


 柄にもないことを言ったと、後に自覚した。

 『暗闇姫』と呼ばれた私が怪我人を助けようだなんて、不思議な光景であろう。

 私はもっと残酷で冷徹で慈悲のない惨殺の姫……そんなイメージからは掛け離れた行為である。

 彼はその言葉を聞き、


「ありがとう」


 そう一言。

 ……駄目よ。このままでは。

 彼の体温が冷たくなっていく、何もできなければ彼は死ぬ。それが理解できた時私は……。


 ……お願い、今回だけでいい。治癒魔法を使わさせて!


 治癒魔法を使おうと必死に願っていた。

 彼の傷口に手を当てて、必死に傷を癒そうと思考を巡らす。初対面の人間に対しここまでするのは自分でも予想外だったけど、私のことを「優しい」なんて言ってくれたのだ。

 助ける以外に選択肢なんてない。


「……死なせない。私がいるのに死ぬなんて許さない。私を誰だと思っているの。暗闇姫よ」


 きっと彼には私の言葉は聞こえていない。

 一人そう小さく呟きながら、私は必死に懇願した。

 すると、手の平から神々しい光が溢れてきた。


「これは」


 その光はまさしく治癒魔法によって発せられる聖なる輝きであった。 

 ソニアの願いは叶った。適性が闇魔法に傾いていたはずのソニアであったが、何故か治癒魔法が発動したのだ。


「なんでもいいわ。使えるのであれば使うだけよ!」


 光魔法の適性があるとは思えない。……しかし、このような奇跡に遭遇した以上それを利用しない手はなかった。

 麗しい輝きを彼の傷口に灯す。

 それはわずかな出来事で、彼の傷はまるで無かったかのように消え去った。それだけではない。刃物によって貫通していた衣服すら綺麗さっぱり直されている。

 治癒魔法には生物の傷を治す以外に効果はない。

 追加でそのような現象が起きるというのも聞いたことがない。私は戸惑いを隠しきれなかった。


/

 

 暫くして、傷が完治した騎士はゆっくりと目を開ける。

 既に致命傷を負っていた。薄れゆく意識の中で必死に呼びかける少女の声に彼はどこか温かさを感じていた。

 治癒魔法は使えない。けれども助けたい。

 最良の手段がない中、その透き通るような美声の少女はきっと俺を助けるために最善を尽くしてくれた。

 しかし、疑問は残る。

 痛みが全くない。奇跡的に一命を取り留めたとしても、こんなに傷が気にならない。むしろ心地よいと思うのは不思議なことだった。


 視界はまだぼんやりと曖昧で、意識も完全に覚醒していない。

 だが、目の前の誰かがこちらをじっと見つめているのは分かった。

 声の主であると一瞬にして理解できた。彼女の雰囲気がとても優しいもののように感じたから。


「助かったよ」

 そう言ったつもりであったが、うまく言葉が出てこない。

 傷の後遺症というより、喉が渇いていて、言葉に重みがなくなっていた。

 そんな掠れ声の返事にも関わらず、目の前にいる少女は嬉しそうに言う。


「良かった。……私でも役に立てたのですね」


 ああ、女神様か……。

 そう錯覚するほど、俺は目の前にいる彼女に好意を抱いていた。見ず知らずの自分を助け、優しげに微笑んでいるような……まだ顔ははっきり見えないのに、そうしているように思えて仕方がない。

 お礼をしなくては、そう思い立ち上がろうとする俺を彼女は静止した。


「まだ安静にしていてください。治癒魔法が上手く使えたのかも分からないですし、なによりさっきまであんなに酷い状態だったのです。いきなり動くのはおすすめできません」

「ですが、自分は近衛騎士団の一人として、陛下の元へと行かなくてはなりません」


 そう、俺は近衛騎士団に所属している騎士の一人だ。まだ入団して二ヶ月余りの新人ではあるが、国王陛下のために命を捧げる覚悟をしている。

 きっと今も、陛下はあの人の姿をした化け物に追い回されているに違いない。

 助けに行かなくては。そう考えて、再度動こうとするとまたしても目の前の少女に止められてしまった。しかし、今度は大人しくしていて欲しい、なんて理由とは違うみたいだ。


 彼女は俺の肩に手を置き、尋ねてくる。


「国王陛下達がどこにいるか、分かるんですか?」


 何故こんなことを聞くのだろう。疑問に思ったが、向こうは命の恩人。隠し事をするほど俺も落ちぶれてはいない。

 素直に俺は答えた。


「はい。王座の間の中に近衛騎士団数名と共に篭っておられるかと思います。自分は敵を引き付けるためにこの部屋に囮として入りましたが……それがどうかしましたか?」


 尋ねた理由を聞いてみるも、彼女の表情は窺えない。

 しかし、俺の言葉を聞いて、落ち着いたように彼女は呟く。


「そう、ですか……」


 肩から力なさ気に手を話す彼女。

 治療してもらってからだいぶ時間が経った。彼女の顔も当初より鮮明に見えてくる。

 輪郭、瞳の碧、漆黒に染まった黒髪。

 はっ、と自覚をした。目の前にいる少女の姿はよくいる容姿ではないことに。

 

 ……特徴的なその姿を俺は噂に聞いていた。


「暗闇、姫?」


 言葉は自然と溢れて、気がついたらそう口にしていた。まさか、噂では他人に対して無関心な冷徹な心ない少女と、そう聞いていた。

 目の前にいるのは噂に違わない、ファルステラ公爵家のソニア嬢。まさか、そんなはずはないと首を振り、俺は彼女を深く覗き込もうとする。


 だが、彼女は俺の呟きをしっかり聞いていたようで、俺から距離を取っていた。

 表情はとても複雑そうなものだった。


「……そう。気付いてしまいましたか」


 まるで落胆するように彼女は呟いた。


「貴方の仰るとおり、私の名はソニア=イス=ファラステラ。ファラステラ公爵家に生まれた、『暗闇姫』と呼ばれる者です」


 その言葉に俺は距離感が開くのを感じた。

 そのまま彼女は踵を返して、視界から離れていく。


「ごめんなさい。怖がらせるつもりなんて、なかったの」

「まっ、待ってくれ……」


 すぐさま引き留めようと手を伸ばすが、届かない。

 まだ体が思うように動かないのだ。誤解だ。……俺は彼女に助けられた。その正体が『暗闇姫』という国中から畏怖される存在だったとしても、俺はそんなもの気にしない。

 ただ今、俺が生きているという結果こそ全てだ。

 噂なんて当てにならない。

 今まで、大衆の言うことを鵜呑みにしていた。けれど、自分の目で見た彼女はそんな噂のような恐ろしい女性ではない。


 再度手を伸ばして、俺は彼女の手首を掴んだ。


「えっ!」


 驚いたように彼女は振り向く。……なんで、そんなに悲しそうな顔をしているんだよ。

 俺を助けてくれた女神のような人がそんなに怯えるような声を出すなんて格好がつかないだろう。

 改めて、俺は声を掛けた。


「……待ってくださいよ。一人でどこに行こうというのですか。この王宮は現在危険な状態に陥っています」

「私は、私に出来ることをやるだけです。助けなくてはいけない人達がいるんです」

「だったら、そんな貴女のお手伝いを自分にさせてください。自分の命は貴女に助けられたものですよ?」


 ここで彼女を一人で行かせるなんてことはできない。騎士として、そして命を助けられた身としては彼女の手助けをしてあげたいとそう思った。

 差し伸べた手を彼女は掴む。

 指の震えを感じていた。きっと不安だったんだ。……恐れられていることを彼女自身は理解している。だからこそ、俺との距離を取ろうと考えていたのだと思う。

 ……そうやって、気遣いのできる彼女が悪い人なわけがない。


 俺は掴んでくれたその手の甲に口をつけた。


「あの……」


 戸惑っているその姿はとても可愛らしくて見えてしまった。年相応に恥ずかしがっているのが、それまで張り巡らされていた僅かな緊張感をも剥がしていく。


「……自分はなんだってしますよ。元々ここで尽きる命でした。生きながらえているのは貴女のお陰です。『暗闇姫』とか、そんなものは関係ない。貴女に助けて貰った事実がある、自分にとってはそれだけで貴女のお手伝いをするには十分過ぎる理由です」

「……そうですか」


 彼女の強張った表情はその直後になくなっていた。変わりに彼女は優し気な視線を向ける。


「では、お言葉に甘えて。……こんな私ですが、手を貸してもらえますか?」


 息を飲んでしまった。あまりにも美しく儚いその空気感を肌で感じ、俺は完全に墜ちた……。

 彼女の期待に応えたい。その気持ちがどんどんと大きくなる。俺は彼女をしっかり見据えてゆっくりと頷いた。


「慎んでお受けします。今日より自分は貴女のために戦うことを誓い、この命に賭けても必ず貴女を御守り致します」


 この日より、俺の主君は国王陛下から彼女へと変わった。

 自分の意思によって道を選ぶというのは、とても心地がいい。

 この剣は彼女に捧げる。

 この騒ぎが終結したら、俺は近衛騎士団を辞めて、彼女のそばに仕えよう。心からそう思った。


「自分の名は、ローラント=リューク。リューク伯爵家の次男にして、貴女の剣になりたいと願う者です」


 跪き、俺は彼女にその名を告げた。

 貴族でも爵位を継げない俺には王家の近衛騎士団に所属することこそ、最大の喜びであった。

 しかし、今し方その考えは一蹴されたのだ。

 目の前の可憐な少女、ソニア=イス=ファラステラ嬢。彼女の剣となりたいとそう願う。

 俺の願望を汲み取ってくれるかのように彼女は跪いている状態の俺の肩に手を置く、そして、


「ローラント様、その……貴族の殿方にそんなことを言われたのは、初めてです」


 恥じらいながらも、俺のことを認めてくれた彼女はそっと手を差し伸べる。


「でも、嬉しいです。行きましょう、ローラント様」

「はい!」


 これは俺の運命を大きく変える出会いだった。

 これから先、末長くソニア嬢との関係が続けばいいなと、そう密かに願った。

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