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『暗闇姫』こと私、ソニア=イス=ファラステラは公爵家の屋敷に向かう帰路についている。
残念ながら、武器屋に頼んでおいた魔法耐性付きの短剣は制作に時間が掛かるらしく、早くても完成は数日後。まあ、そこまで期待していた訳ではないから構わないけどね。
念のためにお父様とは帰る時間をずらしてある。
狙われるとしたら私だ。
無闇に家族を危険に晒したりなどはしたくない。故に少数の護衛をつけて私はお父様よりも早めの時間に王都を後にした。
案の定、誰かに付けられているみたいだし私の思った通りに事態は動いているようだ。
車内には私、ラスティ、それから厳選した護衛が三名乗っている。
馬を動かすのに一名、周囲には騎乗した護衛の者が五名。
計十名での帰還だった。
「ラスティ、数はどれくらいか分かる?」
私が声を掛けると、難しい顔をしたラスティは窓の外を覗きながら、
「そうですね。詳細な人数までは分かりませんが、少なくともこちらの人数よりは圧倒的に多いでしょうね」
そう断言した。
「そうよね。それでもしあれらと衝突するとして……勝機はどのくらいかしら?」
「お嬢様は理解してらっしゃるのでしょう」
「ええ、まあ」
はっきり言って相手にすらならないわね。
ラスティはもちろんのこと、私が付けた護衛は強者ばかりだ。
魔法、武術、経験……。どれを取っても私たちが簡単に負けることなどない。
そして、私に付き従う護衛には一つ特徴が存在する。
それはここにいる全員、主属性は闇属性であるということ。
属性が皆一致しているということもあって、彼らの連携力はかなり高い。故に多少の人数不利程度のハンデでこちらの優勢が覆る訳ではないということだ。
そして、もし不利になったとしても『暗闇姫』と言われている私がいる。
伊達に不名誉な二つ名を付けられている訳ではない。
本気で対処しようと思えば、彼らの手を煩わせることなく、文字通り瞬殺も可能。
まあ、それは最終手段でもあるので私が矢面に立つ可能性は低いけど……。
「ラスティ、周囲を警戒させて万が一の奇襲に備えるように指示を出して」
「既に滞りなく伝えております」
「仕事が早くて助かるわ」
「お褒め頂き、光栄にございます」
闇魔法によって、私たちは思念を共有することが可能だ。
わざわざ声を出さずとも、伝えたい思想を相手に届けることができる。
通信とでも言うべきか……。
とにかく、喋るという非効率的な情報伝達媒体を使わずとも、周りの護衛達には私の指示がしっかりと伝わる。
だから戦闘中にもこの通信が役立つ。
作戦を共有して、連携を取る。そうすることによって、この集団における弱点を限りなくゼロに近づけることができる。
「私たちの勝利は盤石のようね」
「そうですね。一番は無駄な争いがないことですが……」
……高確率で仕掛けてくるでしょうね。
「ラスティ、私は霊獣達の力を使わないわ。今ある戦力でどこまでやれるか。私に見せてちょうだい」
「御意」
本当に面倒なことを……。
私が何をしたというのかしら。
刺客に命を狙われて、会ったばかりの王子には敵意を剥き出しにされて、闇の魔力を持っているだけなのに疎まれる。
こんな下らないこと。
……これが私の運命?
そんなことあるだろうか。
私は闇の魔力を持っているだけで何もしない。本当に恐ろしいのは私の存在ではなく、私を恐れて私を排除しようとする恐怖心に感化され、動いている者達ではないだろうか。
……いつの時代も変わらない。
人というものは常に敵を作り、それと戦うことを生き甲斐とする。
それ故に国は戦争を起こす。
戦争が終われば、また別の敵を作りそちらを攻撃対象として刃を向ける。いつだってその繰り返し。
多くが死に。
多くが悲しみ。
多くが憎しみを抱き。
そうして負の連鎖が継続していく。
我が公爵家は代々闇の魔力保持者が生まれることがあった。そして、その力は戦争のために利用される。
国のために大切な人を守るために我が公爵家の人間は戦った。
……残念ながら敵も味方も全てを滅ぼす、諸刃の剣としてだったが。
周囲を無に還すそれを人々は忌み嫌う。
闇の魔力を持つものがいなければ、彼は彼女は死ななかったのにと。しかし、それは筋違いだろう。
強大な力を使用する。それには少なくない代償が存在するというのも周知の事実。
それに我が家の武功がなければ被害はもっと大きく広がっていた。だというのに国の勝利に貢献した闇の魔力を持つ者達は遠巻きにされ、迫害される。
本当にふざけた世界だ。
闇の魔力持ちは恐ろしい?
無慈悲な虐殺者?
いらない存在?
全ては国を想ってしたこと。大事な人を想ってしたこと。
この力を利用しようとさえしなければ、力は使われないまま何の害もない。
もう一度言おう。本当に恐ろしいのは恐怖心によって動かされるものだと。
散々、闇の魔力保持者の力を利用しておいて、脅威に感じたと思った途端それを排除しようと躍起になる。
……本当にこの国はふざけている。
だから私はこの負の連鎖に終止符を打ちたい。
人々は闇の魔力保持者を恐れている。
ならば、国に闇の魔力保持者とそれに理解のある人だけになればどうだろう。少なくとも、闇の魔力があるからといった迫害は収まるはずだ。
ファラステラ公爵家は、パーシバル王国において数多の貴族の中でもズバ抜けて王族の次に位置するほどの軍事力、政治力を有している。
私は公爵家ごと国から独立させたい。
各地で迫害されていた闇の魔力保持者はあらかた保護した。
そして、ファラステラ公爵領に住う者達は闇の魔力保持者に対しての理解がある。それは代々闇の魔力を持つ我が家の人間が領地を守ってきた事実があるからに他ならない。
王子との婚約……こんなものは私には必要ない。
私は公爵家を独立させる。そして、この地に住う者達を守っていく。闇の魔力を忌まわしいと感じるのなら好きにすれば良い。
私のことを悪く言おうと、感じようと構わない。
ただ私は国を捨て去る。
無事に帰ったらお父様に話をしなくては……。
そして崇高な目的のために私は、まず今のこの状況をなんとかしなくてはいけない。
「お嬢様、仕掛けてきました」
ラスティがそう言った直後、爆風によって車内は大きな揺れに襲われる。
はぁ…….とうとう動いてきたわね。
「予定通り、周囲の護衛達には散開するように指示を。幸いここは深い森林、私達の得意な遊撃戦に持ち込むのよ。被害報告は逐一入れさせなさい。それから、散開はさせるけれども私の加護が効く範囲より外には出ないように伝えて」
「御意。馬車はどこに向かわせましょう」
「近くに小さな廃村があったはず。そこまで向かわせなさい。到着したら、決着を着けるわ」
森林という場所はこちらにとって有利な地形だ。隠れる場所も多いし、なにより移動が予測されにくい。
闇の魔力によって周囲から姿を眩ませることのできる私達だ。逆奇襲ということも可能である。
なんなら、馬車から降りてそのまま敵から逃げることだって容易にできる。だが、やはり反乱分子の芽は早めに摘んでおくことが大事である。
森林を抜ける前にある程度を数を減らして、近くにある廃村にて残党を殲滅する。
敗走なんてさせない。私達に攻撃してきた以上、1人たりとも逃しはしない。
「イヴァ、アル、フレッド、貴方達も外の方を支援してきなさい」
「「「仰せのままに」」」
車内にいたラスティ以外の護衛3人は車外へと出て行く。
車内に残しておいても意味がない。彼らにはしっかり活躍をしてもらわなくては。
敵を殺害するのも大事だが、数人は捕縛して事情聴取もしなくてはならない。あの3人が行ってくれれば、捕縛の方も心配いらないわね。
「ラスティ、分かっているわね」
「はい。お嬢様には指一本触れさせません。近づくものは全て切り落とします」
「頼もしいこと」
準備は整いました。
さあ始めましょう、命懸けの戦いを。