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人は運命に囚われ続けている。
しかし、人はその運命に抗い続ける。自らが受けた理不尽を認めることはできないのだろう。
いつだって、幸せを求め、明日に希望を抱いて生きていく。そんなものは無駄なことで、ただの理想論に過ぎないというのに。
人は分かっている。
それが理想論であると、打開できないことがあるということも承知している。人が希望を持つのは、希望にすがっていたいから。不遇を認めたくないから。
だから現実から目を背ける。
そんなことをしたって、意味などないというのに。
人という生き物は面白い。
そして、
……実に愚かなことだ。
決して運命から逃げることはできない。
決定事項を覆すことはできない。
自らの力でそれらを打開しようと動く彼らのことを私は高みから嘲笑う。
そして、今一番嘲笑ってやりたい相手、
暗闇姫と呼ばれる彼女。
無駄に足掻き、己の運命を真っ向から否定する。
いくら足掻いたところで、彼女は運命のレールから抜け出せない。
私にはそれが分かる。他でもない私だからこそ、分かるのだ。
何故なら、私自身が、彼女と同じようにその運命というものに抗い。
……運命に負けた当人であるから。
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目覚めの悪い朝だった。
今日は王都に向かう日である。
窓越しに見える空色は怪しい灰色。まるでこれから悪い出来事が起こるかのような、そんな不吉なものに思えた。
「おう、起きたか」
「……ルシード、また勝手に部屋に入って」
「警護なので文句は受け付けませーん」
朝一番にルシードと顔を合わせるのも色々と疲れる。
私の警護を引き受けたルシードは、私の部屋にずっと居座るようになった。
強力な悪霊に一日中守られるということで、私の身の安全はより強固なものになったが、代償としてプライベートな空間というものが失われた。
「はぁ、ずっと私のそばに居なくてもいいのに」
「俺はソニアのことを徹底的に守ると決めたんだから、常にそばにいる。いざ君に危険が及んで、肝心なときに守ってやらないとか考えられないでしょ。それにソニアの可愛い寝顔を眺めたいって、やっぱり俺的には思うわけですよ!」
「そう」
……最近、ルシードの性癖が歪んでるように思える。
「んで、気分が優れないの?」
「えっ?」
先程までふざけていたルシードは急に真面目な声になる。
「いや、なんか疲れた顔してたから。昨日は眠れなかった?」
「そんなことはなかったと思う。けど……」
「けど?」
「今日はちょっと嫌な予感がしてね」
あの馬鹿王子との婚約発表が嫌だというのは確かにある。
けれど、この嫌な感じはそんなくだらないことに対してのものではないように思える。
「嫌な予感ねぇ。……実はそれ、あながち当たってたりするかもね」
……は?
「それはどういう意味かしら?」
「さあ、どういう意味だと思う?」
またこの反応。ルシードはこの質問にも答える気がないということなの?
でも、教えてもらえないのなら無理には聞かなくてもいいだろう。ただ一つだけ分かることは、今日、王都に行く途中、あるいは王都で何か良くないことが起こる可能性が高いということ。
「ルシード、その反応から察するに何か起こるってことよね」
「……どうだろうね」
「答えないなら、それでいいわ。貴方にも答えれない理由があるように思えるし」
頑なに話そうとしないのは、隠さなくてはいけない理由が必ず存在しているはず。
私の護衛を引き受け、私に対して友好的に接している時点で私が困るような隠し事を好き好んでするとは考えにくい。
「そう、だね。俺も話したいんだけど……話しちゃダメだから」
「そう」
「お詫びと言っちゃなんだけど、一つだけいいことを教えてあげるよ」
肺が引きつるほどに長い沈黙を経て、ルシードは言う。
「『暗闇姫』……ソニア、君はこの名前に込められた真の意味をまだ理解していない。これはただの中傷や侮蔑の意味を込めての敬称とは異なる。ちゃんと深い意味を持つ言葉。この意味を理解することは、君のためでもあるし、周囲の人のためでもある。……お話は以上だ」
彼の言っていることはとても抽象的、しかし、不思議と深く考えさせられるものでもあった。
『暗闇姫』
私の髪色、闇の魔力などを気味悪く思った人たちがつけたものだとばかり思っていた。
でも、よく考えれば闇の魔力を持つものは他にもいるし、むしろファラステラ公爵家では闇の魔力を持つものの方が現状多いくらいだ。
黒髪だって、私以外にも存在している。
なのに私にだけつけられた『暗闇姫』という呼称は……。
確かな違和感が喉につっかえる感覚。
されども手応えがない。肝心なところが分からない。
何故私がそう呼ばれる存在なのか。公爵家に生まれたからか?
いや、そんな単純なものなら、こんなに悩むことはないだろう。
その答えは、今の私には分からない。けれども、ルシードのあの口振り。
「私が『暗闇姫』である意味。ルシードは知っているというの?」
「ああ、もちろん」
彼の口からは肯定の言葉が紡がれる。
彼の色のない瞳はこちらを吸い込むように見入ってくる。されども私は彼が私に構う明確な理由も、自分の存在するも正確に捉えることができていないのかもしれない。
「……今考えても、その答えは分からないわね」
思考しても、今の私ではきっと真理にたどり着くことは到底できない気がする。決定的な情報のかけらが欠如しているような気がしてならない。
「そうだね。まだ分からないと思う。……でも、近いうちに君はその意味を知るでしょう。同時に君に課せられた運命も理解させられることになる」
意味深なことばかりを言い募るルシードは儚げな表情を浮かべ、窓の外に目を向けている。
空を見つめ、まるで悲しげな出来事を思っているかのような……。そんな風に彼の瞳は小刻みに震えている。
「そのうち知れるなら、今知らなくてもいいでしょう。それに私は運命なんて信じない。そんな曖昧な表現を使うなんて、ルシードも面倒な男ね」
「面倒って、結構ひどくね?」
一蹴されたのにどこか楽しげなルシードを見て、私も杞憂を感じさせないように微笑む。
これから何が起こるのか、私には分からない。ルシードが震えるほどの恐ろしい出来事が待つかもしれない未来。不確定で不安定な世界の行方、それでも私は進むことしかできないだろう。
どれだけの困難が立ち塞がろうとも、その障害となるものは全て破壊する。
「ルシード、取り敢えず朝ご飯食べましょう」
「俺は霊体だから食えないっての」
「あら、そうだったの。可哀想に」
「それ、わざと言ってるでしょ」
だからきっと私は、足掻き続ける。
公爵家の独立を目指し、私自身の安心して暮らせる未来、自由を手にするために。
「ソニア様、朝ごはんのじか……って、この変態幽霊がっ‼︎」
「姉さん、そんな暴れないでよ〜」
私の部屋にいたルシードに凄い剣幕で殴りかかろうとするルルカ。それを必死で止めようと姉を押さえ込むルルハ。ルルカをおちゃらけた言葉で煽り散らす陽気な顔をしたルシード。
……朝なのに皆んな元気ね。
慌ただしい一日。
今日もルルカの罵声が屋敷に轟く。
たとえ王都で何があろうと、この二人や信頼できる護衛の皆んなが付いていれば、きっと大丈夫。
だって今、こんなにも心が楽しい気持ちで満たされているのだから。




