1.ハートの4
「あぁ…やっぱり死んだのか」
現状を飲み込むため、口に出して繰り返す。
『あなたは列車の脱線事故に巻き込まれ、命を落としました』
無機質ともとれる女性の声が俺の頭の中に響いてくる。
「じゃあここは死後の世界みたいな?そしてあなたは神様的な存在だったり?」
きょろきょろと辺りを見渡すが、広がるのは白一色の世界だ。上とか下とかの概念もない。
『あなたたちの認識で言えば、神と呼んで頂いて構いません。とはいえ、人間が祀っているような特定の存在ではなく、理の外にある概念だと思っていただければ』
その言葉に疑問もなくすっと腑に落ちる。神や死後の世界を信じるような信心深い生活は送っていなかったんだけどな。
「じゃあ俺はこれから天国か地獄に導かれるわけで?天国にいけるほどの善人だった自負はないですが、地獄に落とされるほどの悪人でもなかったと思うので是非ご一考願えれば」
訳が分からない状況に陥ってるはずなのに、自分でも驚くほど冷静だ。いや、これは諦観か。
『いえ、九ノ瀬一笑さん。生物が死を迎えると死後の世界に行くというのは、人間の作り出した幻想です。生命の終焉を迎えた瞬間、魂は無に帰すのです』
ふーん。じゃあなんで俺は今ここで神様的な存在と会話してるんだ?スーツ姿だし、死んですぐはアディショナルタイムみたいなもんがあるのか?
『いえ、あなたの魂が消滅する前に、私があなたをここに招かせていただきました』
あれ?俺今口に出してたか?
『心を覗いてしまって申し訳ありません』
あっ神様だもんね。それくらい容易いですよねそうですよね。ん?俺を招いた?
『はい。あなたが生まれてから、29年間の生涯は把握しています。大変苦労なさいましたね』
俺が歩んできた人生を把握なさってるんですねそうですよねこれ喋らなくていいから楽だなとか考えてるのも筒抜けなんだよなあーそれからそれから…だめだ余計な事を考えていないとトラウマががが…
『思い出させてしまって申し訳ありません。しかし、あなたが過酷な人生を送ることになった原因は我々にあるのです』
え?原因?
『ええ。我々は人間の人生がなるべく平等になるよう均す装置のような存在です。富める者も貧しい者も、皆等しく幸せを感じられるようにと。しかし、九ノ瀬さん。こちらの手違いであなたの運命の歯車は狂ってしまいました』
俺がブラック企業で奴隷にされてるのも、両親が事故死した時の保険金が親戚にだましとられたのも、中学の時に虫を食わされたのも、高校の時にうんこを漏らしていじめられたのも全部手違いだって?
『うん…こほん、高校の件はこちらでは把握していない事実ですが、そもそもご両親を亡くされたことから運命は狂い始めてしまいました』
漏らした件は違うのかよ!墓穴を掘っちまったよ!ていうか今神様うんこって言いそうになってたよね?
『ご両親が亡くなったあの事故なのですが…』
神様もうんこって言うんですね!
『静かに聞いていただけますか!?』
喋ってないんだからうるさくないですし!思ってるだけなんだから静かですし!
『…ご両親の死について説明を受ける気はないのですか?』
「今更聞いても仕方ないです。両親は、死ぬ運命じゃなかったのに手違いで死んでしまったってことですよね?…親戚に保険金を騙し取られることもなかったし、施設に入ってから通うことになった中学に行くこともなかったからいじめられなかったと。でも、それって何もかも終わった話ですよね。俺、死んじゃったんですよね?」
『はい。それでも謝罪を』
「謝罪なんていりませんよ。やり直せるわけでもないんですから」
『やり直せるとしたらどうしますか?』
…え?つい聞き間違いを疑ってしまった。いや頭の中に直接聞こえてくるんだから、聞き間違えはありえないよな。
『はい。聞き間違えではありませんよ』
「それは、両親が死なない世界線で、真っ当な人生を送れるということですか?」
にわかに心がざわつき始めたのを抑えることができない。
『…いえ、元の人生を焼き直しという事は、我々の力でも及ばぬ事象です』
ん?じゃあやり直しというのは…?
『記憶を保ったまま、九ノ瀬一笑という人格を持ったままで、他の世界に転生していただくことになります』
「それはつまり、地球で生まれ変わるのではなく魔法がある世界だったり、超高度な科学の発展した世界だったり?」
『はい。お望みであれば』
すげえ!最近ラノベに多い異世界転生って奴だな!流行りは神様の元まで届いてたんだ!
『どんな世界をお望みですか?』
「魔法のある世界で!ラノベとかネット小説みたいに、記憶を引き継いだままでも違和感がないような生活を送れるところ!」
都合よく単位や言語とか概念が日本と一緒なんだよなああいうのって!
『わかりました。魔法技術に頼っているため科学の進歩は遅れ、中世ヨーロッパと同程度の発展になりますがよろしいですか?』
「魔法が使えるならなんでも!」
十分に発達した科学は、魔法と見分けがつかないと言うけども、ぜひ魔法を味わってみたいじゃないか!
『他に望みはございますか?』
「もちろん俺にも魔法の才能を!あとは鑑定のスキル!」
鑑定のスキルは絶対いるよな!ステータスオープンなんて言っちゃったりしてさ!彼我の戦力差がわかるようになれば危険な目に会うこともないしな。
『わかりました。他にはないですか?これは我々からの贖罪です。あなたはもっと高望みしてよろしいのですよ』
「そ、そんなこと言われたら…」
ゴクリと生唾を飲み込んでしまう。
「お、思い切って、英雄になれるような最強の存在にしてくれ、とか?みんなから尊敬されて、必要とされるような」
少しばかり恥ずかしい願望を口にしてしまった。俺の中の虐げられてきた過去が、そんな正反対の存在に憧れを抱いたのかもしれない。
『承りました。他にはないですか?』
承ったですってよ!これで俺は強くてニューゲーム状態で転生できるのか!
「十分でございます!このご恩は一生忘れません女神様!」
『それでは目を閉じてください。次に目を開けた時、あなたは新しい命として生まれ変わります。…がんばってくださいね』
女神様の声が次第に遠くなっていく。俺は小学生の夏休みに感じた以来の無敵感に包まれながら、意識を手放したのであった。
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「よいしょ。薪、運び終わったよ」
額に汗しながら、薪の束を小屋の壁に置く。
「おう、ご苦労だったな。」
髭面のおっさんに労われた俺は、薪の束にもたれかかって座り込む。
「なんだランディ、相変わらず体力がねえなあ」
髭のおっさんは呆れたように俺に視線をくれている。
「ステータスオープン」
おっさんに聞かれないよう、小声で自分のステータスを開いてみる。
ランディ 農民の子 男
Lv.1
HP 10/10
MP 0/0
力 1
素早さ 1
体力 1
魔力 1
運 1
無敵感に包まれて産まれてきた俺に叩きつけられた絶望。あの衝撃から16年経ってしまったが、何度見てもステータスの数値は一向にあがらない。
「薪運んだくらいでへばってちゃ、村出たら一瞬で魔物の餌だぞ」
このように村中から馬鹿にされている。
(これじゃ前世と変わらねぇじゃねえかどうなってんだよ女神!クーリングオフを要求する!消費者センターに駆け込むぞ!)
「ほれ、今日の駄賃だ。そういや今日は商人が来る日だぞ。帰りに広場の方に寄ってけな」
「ありがとうございます」
おっさんから薪運びのお駄賃として、薪を一束譲り受ける。よろけながら持ち上げると、広場へ向かう。
(はぁ…同年代の若者は一攫千金を夢見て冒険者になったり、猟師や農業をしてるっていうのに)
よろよろとした足取りで広場へ近づくと、なんだか騒がしい。人混みに揉まれながら商人に近づく。
「塩を1袋ください…この騒ぎはなんですか?」
「おお、これだよこれ」
塩を皮袋に移しながら、王都から来た商人が紙ペラを1枚こちらに寄越してくる。
(号外!各地で革命の兆し!…ふぅんこれは活版印刷で刷った新聞か。みんなこれを読んでたんだな)
新聞によると、ドミナエル神国の大巫女様が各地で革命が起きるとの神託を受けた、と書いてある。
(まあ革命なんか俺には関係ないしなあ。ていうかバレちゃってるなら革命起こせないだろ)
新聞を商人に返すと、代金を払って塩を受け取る。
「まいど!」
小気味いい商人の挨拶を背にし、帰路に着く俺であった。
「ただいまー」
住み慣れた我が家にたどり着き、玄関の横に薪を下ろす。
(あれ?誰もいないのかな?)
いつもなら母さんが玄関をあけて迎えてくれるというのに、反応がない。仕方なしに扉をノックすると、
バギャーン!!
扉が吹き飛んだ。
「…は?」