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(あ、これが転生ってやつか)


 見知らぬ天井。


 馴染みのない金髪碧眼で覗き込む顔。


 薄暗いランタンだけが灯る部屋。


 途切れていた俺の意識が鮮明に色付いていく。


「おや?産声をあげてないから呼吸をしてないと思ったけど、そういうわけじゃないね」


 くすんだ白髪の老婆が俺を抱き上げて、顔を覗き込んでくる。


「本当か!?泣かないと言うことは…」


 ゆるやかなウェーブのかかった金髪碧眼の男が、不安そうに老婆に尋ねている。ベッドでは同じく金髪の女が額に汗を光らせ、これまた同じく不安そうな表情を浮かべ呼吸を荒らげている。


(ふむふむ。ここは異世界で、俺はこの両親の元、たった今生を受けたということだな?)


 俺は霞んだ視界の中、状況の把握に務める。


(女神の言っていた通りなら、俺はチート能力を授かってこの世界で俺TUEEE!なライフを送れるってことだよな!!)


「どれ、呼吸をしてるなら健常なはずだよ」


 心の中で破顔していた俺の背中を、老婆が不意に叩いた。


「アンギャー!?オギャー!!」


 その衝撃に驚いた俺は、思わず泣き出してしまった。生前の精神年齢が肉体年齢に引っ張られ、泣くことを制御できない。泣く度に喉の奥から液体が溢れ出し、呼吸がしやすくなる。


「おや、ちゃんと産声をあげたよ」


 老婆のその言葉に、俺のこの世界での両親が安堵の表情を浮かべて見つめあっている。


「無事に産まれてくれてよかった。ミセリもよく頑張ったな」


 男(俺の父親か、)にそう声をかけられ、ミセリと呼ばれた女(つまり俺の母親)は微笑みを返す。


「ダン。この子に名前をつけてあげて」


 老婆から俺を受け渡されたミセリは、俺を優しく抱き上げながらダンと呼ばれた父親を見つめる。


「うん。ランディなんてどうだ?」


 ダンは少し考える素振りをみせ、そう告げた。


「ランディ!素敵ね。あなたの名前は今日からランディよ。よろしくね」


(今日からランディか。んふふ、ランディの伝説がたった今始まったわけだ!)


 肉体年齢を精神年齢が上回り、泣き声を抑え始めた俺は、これからのバラ色の人生を思い描き心の中でほくそ笑む。


(さっそく試してみるか…鑑定!対象は俺自身!)


 女神から授かった俺だけのスキルを使う。視界の端に前世のゲーム画面のようなウィンドウが浮かぶ。


(どれどれ…)


 ランディ 農民の子 男


 Lv.1


 HP 10/10


 MP 0/0


 力 1


 素早さ 1


 体力 1


 魔力 1


 運 1



 見事に1、1、1…1が並ぶステータス。


(え?あれ?俺のステータスだよな?1ばっかってなんだこりゃ。赤点ばっかとった通知表か?は?おい女神話が違うぞぉぉおおお!!!!)


「オンギャー!!アンギャー!!!」


「おやおや、泣いたら泣いたで随分元気な坊だよ」











 ____________


「はあ、今日も終電か…」


 俺こと九ノ瀬一笑(ここのせいっしょう)は、今日も今日とて人もまばらな電車に揺られている。始発で出社し、終電で帰るという社畜の鑑のような毎日を過ごす俺の体はもうボロボロである。


「ちっ…イチャコいてんじゃねえぞ」


 アミューズメントパーク帰りと思わしき前に座るカップルを見て、誰にも聞こえないよう独りごちる。こちとら29年間彼女なし、サービス残業という名の奴隷生活を強いられている筋金入りのブラック企業の社畜の俺には、悪態をつくことしかできない。


「はぁ…3時間は寝れるな…」


 始発の時間を逆算し、睡眠時間を数える。転職の2文字が頭に浮かぶが、すぐにかき消す。手取り16万で激務、もちろんすき好んで働いている会社ではない。だが、退職する前に同期入社の9人は皆辞め、残るは俺一人になってしまった。つまり、最後の1人になった俺に対しての上司からの辞めるなという圧に屈し、辞めると言い出せなかったのだ。生来の気の弱さが足を引っ張り、ずるずるとこんな生活を送っている。


「生まれ変わりてぇ…」


 思わず吐いた弱音は、誰にも届かず地面に落ちる。


 ガコンッ。


「え?」


 突如聞こえた異音と共に、俺の体を浮遊感が襲う。


「あ、死ぬやつだこれ」


 直感がそう俺に告げ、まあそれもいいかと俺は目を瞑った。






 __________


 目を開けた俺の眼前に広がるのは、何も無い真っ白な空間だった。


「あれ?俺…生きて…る?」


 電車に乗っていた時と同じ、ヨレヨレのスーツと磨り減った靴。色が褪せてきているリュック。おもむろに身体中をまさぐってどこにも怪我がないことを確認する。


『九ノ瀬さん。九ノ瀬一笑さん』


 何も無い空間に、まるで病院の呼び出しのように俺の名前が呼ばれる。


「え、あ、はい。」


 反射的に返事をしてしまったが、真っ白な空間には何も変化はない。ただ俺のものではない声だけが聞こえてくる。


『九ノ瀬一笑さん。あなたはたった今死にました』

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