三話目 最後の戦い そして終わり……
その後、土岐と空樹と司はさらにレベルを上げるため、様々な場所へと修行へ行った。
泊まり込みで森へ行き、初めて無効山より生まれた三つ目魔物、「パゥアリスビースト」と遭遇し、三人でそれを倒した。翌朝には土岐が初めて自分の料理を空樹と司にふるまったりもした。
休日には加賀滋が剣技を教えてくれた。たった数時間のうちに覚えるために、へとへとになるまで体を強制的に動かす術を使われた。帰る頃には歩く事もできなかったので、加賀滋に式神で送ってもらった。
真空の島の近くにある小島、へ行き、土岐と空樹は初めて船に乗った。二人とも船酔いはしなかった。しかし、司はなぜか船に酔っていた。島に着くと、司は港の休憩所で休むことになり、土岐と空樹で島を探索していた。途中、謎の洞窟に入ったが、その先は魔物が湧き出る砂漠になっていた。土岐と空樹は一度逃げたが、結局湧き出た分の敵をせん滅する事になってしまった。
海底の草原にも行った。土岐と空樹は司にそこの存在を教えられた時、キョトンとしていたが、実際の風景を見ってびっくりした。草原と呼ばれていたのは、短い緑色の海藻がまるで草原のように広がっているからだった。しかし、大量の魚型の魔物フィシャーに囲まれ、絶体絶命のピンチに陥ったところを、間一髪涙奈に助けてもらった。三人の居場所は、土岐の持つの能力をたどった長老が教えてくれ、涙奈は急いでそこに向かってきてくれた。涙奈の話では、水中での修行をおこなう時は、水の術を使える人が必要だということだった。この法を破った罪で、司は町に戻ると牢の中に入れられた。
翌日にはジンが依頼を持ってきた。ジンはまだ難しい依頼だからと困っていたが、空樹と土岐は涙奈を連れていくという条件付きで承諾してしまった。ジンが不思議に思って聞いてみると、次の修行場所とかぶっていたのだった。
依頼と同時に修行をおこなう場所は海底洞くつだった。そこでは今まで以上に強力な魔物や、以前は司に任せるしかなかったストーンドラゴンが現れた。しかし、成長した土岐と空樹は何とかそれらの魔物を退け、無事依頼と修行を達成した。
昨日は謎の廃墟に入り最後の修行を行った。最後というだけあり、廃墟の中にはなぜか大量のトラップや本物のドラゴンが待ち構えていた。土岐と空樹は大量のトラップをくぐりぬけ、ドラゴンを倒して最後の修行を終えた。
そして今日の朝食が終った時のことだった。
「土岐、空樹、ちょっと座ってくれ。」
土岐と空樹が朝食の後片付けをしていると、司がおもむろに口を開いた。土岐と司は何だろうと思いながらも、言われた通り再びそれぞれの席に座った。
「いよいよ土岐と空樹は無効山で無なる者と戦うのだが、その前に一度それぞれの家に戻ってもいいと長老が話していた。実際無効山に行くまでの準備に数日かかってしまうのでその間お前達は少し暇になる。そんなに長い日数戻っていられるわけではないが、一度親にも元気な顔でも見せて来い。」
「それって死ぬ前にもう一度親の顔見て来いってふうにも聞こえるぞ。」
空樹は司の言葉に少し反論する。
「いや、なんでもその逆らしいぞ。俺も詳しくは聞いていないがな。」
どうやら司も長老の意図がまだ少し分かっていないようだった。
「帰っていいなら帰ろうよ。たまには母さんの料理も食べたいし。」
土岐は理由なんてどうでもいいというように帰ることに賛成する。
「まあそうだな、帰れるなら帰るのが一番いいだろう。」
空樹は土岐の意見を聞いて、深読みするのがバカらしくなってしまった。
「決まりだな。片付けが終わったら帰る準備だけして玄関に集まってくれ。」
司はそう言い残すと、立ち上がって自分の部屋へと戻って行った。
土岐と空樹は、とおりあえず朝食の片付けをしてから各々の部屋で少しだけ荷物をまとめた。そして、玄関で待つ司の所へ行き三人揃ったところで、島に来た時のあの広い砂浜へとやってきた。
「よし、ゲートオープン!」
そして司が行きと同じ呪文を唱えると、一瞬の落ちる感覚の後にゲームショップ港の最奥の部屋へと戻ってきた。その後、土岐と空樹は司に明日には帰って来いと言われてから、ゲームショップ港から出た。
「ねえ、少し私の家によってかない?」
土岐はふと呟くように言った。
「え、いいのか?突然行っても。」
空樹は土岐の突然の申し出にちょっとびっくりした。
「うん、ちょっと気になる事もあるからできれば一緒に来て。」
土岐はちょっと困ったような笑みを浮かべた。
「そうか、ならお構いなく行くとするか。」
空樹は何か起こるような気がしたので、とおりあえず土岐の提案に乗って見ることにした。――
「ただいまー。」
土岐は自分の家に帰ると、家の扉を開けて言った。
「おかえり、島での生活も結構楽しんでるようね。」
土岐の声を聞きつけて、リビングから朱衣子が出てきた。
「はぁ、もう隠す気もないってことか。」
土岐は思っていたより母親の反応があっさりとしていたので拍子抜けしてしまった。
「私の娘なんだからもうこの位は見当つけてるとは思ってた。……あら、そっちの子があなたのパートナー?」
朱衣子は土岐の後ろに立っている空樹を見て、土岐をからかうように言う。
「挨拶が遅れました。俺は真神空樹です。土岐とは一緒に修行しています。」
空樹は行儀よく挨拶する。
「そう、とは元気にしてる?」
「え、うちの両親知ってるんですか。」
朱衣子に両親の名前を言われ、空樹はびっくりした。
「知ってるもなにも、私と凪森、菜魚美と夕星が無なる者を封印した張本人だもの。」
朱衣子が言うと、土岐はやっぱりそうかと思って、大きなため息をついた。
「最初の手紙でなんか変だとは思ったけど、島でいろいろな本を読んでるうちにもうそうじゃないかと思ったんだよね。」
「あはは、でもその荷物からしてまだ無なる者とは戦ってないでしょ。」
朱衣子は少し笑い、何かをごまかすように話題を変えた。
「え、うん。今は全部の修行が終わったところだよ。長老さんが一度帰ってもいいって言うから……」
「今の長老って真羅鬼の爺?」
「え、うん。」
「そうか、なら納得した。空樹君、ちょっと菜魚美と夕星呼んできてもらえる?朱衣子が呼んでるって言えば来るはずだから。」
朱衣子は真羅鬼が長老であることが分かると、いたずらっぽい笑みを浮かべ、空樹に空樹の両親を呼んでくるように言った。
「朱衣子?」
空樹がだれの名前か分からずに言う。
「あ、それは私の名前。午後7時に来てほしいって伝えて。」
朱衣子は付け足して言うと、空樹は納得して一度自分の家へと帰って行った。
「さてと、土岐、帰ってきて早々悪いけど、手伝ってちょうだい。今日はちょっと会議をしてから宴会やるから。」
朱衣子はちょっと忙しそうに、それでも面白そうな感じで土岐に言う。
「え、宴会は良いけど会議って何の会議するの?」
土岐は会議という言葉にそれとなく嫌な予感を感じた。
「議題はあとで教えるからとにかく手伝って。あ、その前に自分の部屋に荷物置いてきなさい。あなたには買い出しに行ってきてもらうから。」
朱衣子は適当にはぐらかすと、土岐に早速仕事を押し付けた。――
七時になると、土岐は疲れ果ててぐったりしていた。(結局買い出しの後も、掃除だのなんだのでこき使われまくった。)そして、そうしているうちに真神一家が鳥山家へと姿を現した。
「朱衣子~、久しぶりに来たよ~。」
空樹の母親――菜魚美は朱衣子を見つけると手を振った。朱衣子と歳は変わらないはずなのに、仕草のせいか、少し若めに見える。
「凪森は……また寝てるかな?」
空樹の父親――夕星は、土岐の父――凪森を探している。
「菜魚美、夕星、お久しぶり。凪森は今起こしてくるから上がって待っててちょうだい。」
朱衣子はそう言って一度二階へ上がって行った。
そして、朱衣子、凪森、菜魚美、夕星がそろった時点で、朱衣子が先だって口を開く。
「それじゃあ早速会議を始めます。議題はもう一度島へ行くか行かないか。」
「確かにいいかもな。ある意味俺達の残した仕事でもある。」
「俺と菜魚美はどちらにしろ行く必要があるな。あれの件もあるし。」
「そうね、私と凪森は絶対に行かないといけないしね。」
朱衣子の言葉を皮切りに、他の大人たちも各々口を開き始めた。
「じゃあ総員賛成という事で決まりね。」
朱衣子は全員の意見をまとめ、その議題を手早く終わらせた。
「次はどのくらいの期間島にいるかだな。昔とは違って俺と夕星は仕事もある。朱衣子と菜魚美だってそう長々と滞在するわけにもいかないだろう。」
続いて凪森が次なる議題を持ちだす。
「でも久しぶりだし一週間くらいはあっちで過ごしたいな。」
菜魚美は希望を言う。
「俺はその位は何とかなるけど、凪森はどうだ?」
「俺もその位ならなんとかなるさ。」
「じゃあ決まりね。久しぶりに島の生活を楽しみに行きましょう。」
そうと決まると、大人四人はあわただしく動き始めた。
「今日が金曜日で良かった。これなら電話を上司に入れとけば俺は簡単に有給使えるからな。」
「俺は会社にメール入れとけば明日の朝には許可が下りる。土岐から聞いたら昼までに行けばいいって話だし。」
「私は一度家に戻って荷物の準備してくるね。」
「うん、私も少し準備するからその後で今日は宴会しましょう。」
それぞれ島に行く準備をしている大人たちは、土岐と空樹が見る限りとても楽しそうだった。
「空樹、これどう思う。」
土岐はそんな大人たちの光景を眺めて、呆然と言う。
「まあいいんじゃねえの。」
空樹は見て見ぬふりをすることに決めた。
その後、大人四人の準備がある程度終わったところで、大宴会が始まった。大人は食事をしながらもどんどん酒を飲んでいたが、土岐と空樹はそれぞれ満腹になるまで食べると、すぐに土岐の部屋に避難してしまった。二人で土岐の部屋に避難した後も、一階では大人たちが楽しく騒いでいるのが手に取るように分かった。
「ふう、思ってたより大事になっちゃったね。明日司になんて言えばいいんだろう。」
「もう何も言わないのが一番だと思うぞ。」
土岐は完全に困り果てていたが、空樹はもう悩むのまでバカらしくなり始めた。
「うぅ、ちょっとはまじめに考えてよ。」
「まず司があの四人と口げんかして勝つ気はしない。」
怒る土岐に、空樹はおそらく間違いないだろうことを言った。
「それもそうだけど……。」
土岐は下の騒ぎに耳を傾ける。
「さて、そろそろ歌うよー。」
大人四人はいよいよ酒が回ってきたらしかった。そんな騒ぎを聞いて、土岐はこっそりと溜息をついた。――
翌日、土岐は再び島へと戻るために、自分の部屋で準備をしていた。
「土岐ー、ちょっといらっしゃい。」
昨日夜遅くまで酒を飲んでいたのにもかかわらず、朱衣子は自分の部屋から元気な声で土岐を呼んだ。土岐は何だろうと思いながらも、朱衣子の部屋へ行った。
「いい麦わら帽子が出てきたからこれをあげる。大事に使いなさい。」
朱衣子は土岐が来ると、つば広の麦わら帽子を土岐に渡した。
「わぁ、ありがとう、ちょうど前の麦わら帽子風に飛ばされてどっかに行っちゃったんだよ。」
土岐は新しい麦わら帽子をもらい、嬉々として自分の部屋に戻って行った。
「あれでいいの?」
土岐がいなくなった後、朱衣子は後ろで息をひそめていた凪森に言う。
「ああ、《あれ》を使うにはあの麦わら帽子もいるからな。」
凪森はそれだけ言って残りの荷物をまとめにかかった。
「あなたがそう言うならそれいいよ。」
朱衣子はそっと告げると、凪森の手伝いを始めた。
そして、三人の準備が整うと、そろって家から出た。
「それじゃあ行きましょうか。」
朱衣子が最後に家の鍵をかけると、三人はそろってゲームショップ港へ向かった。――
「遅いぞ。」
鳥山一家がゲームショップ港の前に着くと、真神一家はすでに待っていた。
「まあ全員そろったから行こうか。司が待ってるぞ。」
凪森はゲームショップ港の扉を開けた。
「来たか……土岐、空樹、これはどういう事だ?」
司は突然現れた凪森、朱衣子、夕星、菜魚美をみて驚いた。
「成り行きで同行する保護や追加でお願いします。」
土岐は昨日から考えていた言い訳を使う。
「そういう事だ。あきらめた方がいいぞ。」
空樹も観念するように言った。
「司君、私達が行ってはいけない理由でもあるのかい?」
最後は凪森が不気味な笑い方をしながら言った。
「わ、分かった。そうならそうで行くぞ。」
司は慌てて、そして逃げるように奥へと向かっていった。その様子を見て、土岐と空樹は、一体どうしたんだろうと首をかしげることしかできなかった。――
「変わらないな。十年前と全く変わってない。」
菜魚美は一度深呼吸して、辺りを見回した。
「凪森、早速転移術を使ってくれ。早く町の風景も見たいからな。」
夕星がせかして言うと、凪森が頷いた。
「分かった。それじゃあ……と、言いたいところだがな、残念ながら定員オーバーだ。さすがに一度のこの人数は転移できない。」
「あ、転移術なら私も使えるよ。」
凪森がちょっと困ったように言ったので、土岐が助け船を出した。
「そうか、ならなんとかなる。先に俺が転移するから土岐は後から来てくれ。一緒に転移して事故になるといけないからな。」
「うん、それじゃあ私と来るのは……」
土岐がだれと一緒に転移しようか決めようとした瞬間だった。
「私と司君はもちろん凪森と行くよね?」
朱衣子は慌てたように強制的に司もつれて、凪森と転移すると言った。
「俺も凪森と一緒が良いな。」
夕星はそれに乗じて自分の希望を言った。
「分かった。それじゃあ俺、朱衣子、夕星、司の四人で先に行く。少し間を開けてから土岐も追ってきてくれ。そいじゃあ俺の肩に触ってくれ。」
凪森は三人が肩に触れていることを確認すると、「グライル!」と呪文を唱えて砂浜から消えた。
「それじゃあ空樹と菜魚美さんが私と一緒に行くのか。」
土岐は先の朱衣子の慌てようを少し不思議に感じたものの、とおりあえず三人同時の転移に集中することにした。
「じゃあ二人共私の肩にでも触って。」
土岐は二人が自分の肩に触れているのを確認すると、「グライル!」と転移呪文を唱えた。
一瞬暗転した後、町の手前に転移した土岐達は凪森達をさがした。凪森達は、土岐達とぶつからないために町の中に入っていた。
「おーい、行くぞ。」
凪森は、土岐達がこっちに気付いたのを確認すると、手を振って言った。
「まずは真羅鬼爺の所に行かないとな。」
土岐達が合流すると、夕星が最初の方針を言った。
「呼んだか?」
夕星が言ったすぐ後から、長老の声が返事をした。
「え、長老さん何処にいるんですか?」
土岐がびっくりして辺りを見渡す。
「おっと、驚かせてしまったな。」
長老はそう言って近くの曲がり角から姿を現した。
「そろそろ着くころかと思ってな。出迎えに来たぞ。久しぶりだな、凪森、菜魚美、夕星、朱衣子。元気そうで何よりだ。」
長老が四人に挨拶をすると、
「真羅鬼の爺さんも元気そうで何よりだ。長老になったんだって?おめでとう。」
凪森が四人を代表して長老に挨拶を返した。
「ところで長老、準備は進んでいますか?」
司は挨拶が終わるのを見計らって長老に尋ねた。
「おぉ、明日には出発できるだろう。それにこの四人が直々に来たという事は、一緒に来てくれるのだろう?」
長老は確認するように言う。
「ああ、その予定だ。経験者は多い方がいいだろ?」
「そうだな。二十年前の英雄が全員来るならありがたいことこの上ない。ところで凪森と菜魚美よ、先に《あれ》を持ってきてくれんか。明日の朝はそんな時間をとる余裕はないだろうから先に持ってきておいてほしいのだ。」
「分かった。土岐、空樹、菜魚美ちょっと来てくれ。」
凪森は長老に頼まれたものを取りに行くべく、必要な三人を呼ぶ。
「菜魚美は分かってると思うが、俺達は一休みする前にやる事があるんだ。もう一回転移するから残ってくれ。そうそう、司君、残りのメンバーと一緒に先に休んでいてくれ。」
凪森は最後に司に言うと、土岐、空樹、菜魚美を連れて、再び町の外へ出た。
凪森が立ち止まると、三人は何か言われる前に凪森の肩に触れた。凪森はそれだけ確認すると、「グライル!」と、再び転移した。
四人が転移したのは、森の中のようだった。そして、前には大きな祠があった。凪森と菜魚美は、無言でその中へと入って行く。
「あ、待って。」
土岐と空樹は、慌てつぉの後をついて行った。そしてしばらく奥に進んでいくと、そこには純白の盾と、漆黒の大剣が祭られていた。
「これは真具の中でも使う者を選ぶ最強の真具《》だ。無なる者を倒すにはこれが絶対に必要になる。」
凪森は純白の盾と漆黒の大剣の説明をしながら、純白の盾に近づき、それを手に取った。その横では菜魚美が漆黒の大剣を持っていた。
「二十年前の戦いでは俺がこれを使っていたが、これの力を全て発揮する事は出来なかった。だから土岐、お前に子の盾を託す。お前ならきっとこの聖真具、『光の盾』に認めてもらえるだろう。」
凪森はそっと土岐に『光の盾』を差し出した。
「二十年前、私はこの剣を使っていたの。もちろん適性はあったけど、完全に力を出すまでの適性は無かったの。そのせいで私と凪森は封印という手段しか使えなかった。ううん、私達は中途半端な甘さのせいで封印しかできなかったの。押し付ける形になっちゃうけれど、空樹、あなたがこの『闇の大剣』で無なる者を倒してちょうだい。」
菜魚美は力強く空樹に『闇の大剣』を差し出した。
「まかせて。」
「まかせろ。」
土岐と空樹はその言葉と共に、それぞれの聖真具を凪森と菜魚美から受け継いだ。
「よし、それじゃあ帰って明日に向けて英気を養うとしようか。」
凪森は聖真具の継承が終ると、三人を連れて、祠から出て行った。
そして、町に戻った後、残りのメンバーと合流して、その日は一日しっかりと休んだのだった。
翌日、まだ夜も明けきらない頃、土岐、空樹、司、凪森、朱衣子、夕星、菜魚美、そして涙奈、ブン、加賀滋、ジンの十一人は、各々の荷物を持って長老に家の前に集まっていた。その前には、長老が立っていて、集まった全員の顔を一人づつ眺めていた。
「さあ、いよいよ無なる者との最後の決戦の時が来た。無効山へは私が連れて行こう。だが一つだけこの場で言っておく事がある。」
長老はそこで一度区切り、大きく息を吸った。
「帰ってきたら宴会だ。そのために誰一人として死ぬ事があってはならぬ。誰かのために命を捨てようなどと思うな。それは後の皆の酒をまずくするぞ。」
そして吸った息を全て使うような大声で、挨拶を締めくくった。
「終わったら宴会か。ならなおさら死ねないな。」
ブンは笑って言う。
「俺達まで居て誰か一人でも死んだら死んだ本人よりもこっちが悲しくなる。まず俺がいる限り間違ってもひとおりとして死人を出すものか。」
凪森は冗談めかしてはいるものの、その奥には大きな決意が見えていた。
「まだやりたい事なんて沢山あるもん。」
「それじゃあ今死んだら未練が嫌ってほど残るだろうな。」
土岐と空樹ももちろんそんな気はないようだった。
長老はそれぞれの反応を確認して、この場に死ぬ気で挑む者がいない事だけ判断すると、家の庭先に置いてあった杖を取り、この場にいる全員を囲む大きな円を描いた。そして、長老は杖を元の場所へ置き、長老自身もその円の中に入った。
「では行こう。ドルミスルグライル!」
長老が一息に呪文を唱えると、一瞬にして円の中にいた全員が大きな山の麓に転移した。
「ここが無効山か。」
土岐は山を見上げた。そこは木々が覆っていて山の頂上は木が邪魔で見る事が出来なかった。
「そういえばここって術が使えなくなるらしいけど、ここでの戦い方ってどうなってるの?」
土岐はここから頂上を見るのを断念すると、ふと思い出して言った。
「それは心配しないで大丈夫。これを使えば無効山の土地の能力を中和して術が使えるようになるから。」
朱衣子はお守りのようなものを持ってきたリュックサックから二つ取り出した。
「はい、これは土岐と空樹の分。」
朱衣子は出したお守りを土岐と空樹に一つずつ渡した。どうやら土岐と空樹以外はもう持っているらしかった。土岐と空樹は渡されたお守りを首にかけた。
「さて、土岐と空樹のためにこの無効山の説明をしよう。無効山は五つの階層に分かれており、一つ一つの階層に、恐ろしい罠や高位の魔物が存在している。そして、五つの階層を抜けた先が無なる者がいる頂上になっている。しかし、二十年前と同じなら無なる者と戦うのは土岐と空樹の二人だけという事になろう。今から覚悟しておいてくれ。」
土岐と空樹は長老に言われ、大きく頷いた。
「よし、それでは無効山に挑むとしよう。行くぞ。」
そして、司の号令で一行は無効山を登り始めた。
第一階層は外から見たとおり、森林のようになっていた。
しばらく山の中を歩いていると、土岐は急に立ち止まった。
「どうかしたか?」
急に止まった土岐を不思議に思った空樹が尋ねる。
「うん、なんだか嫌な予感がする。何て言うか……今まで会った中で一番面倒な敵が出てきそうな気がするの。」
土岐が辺りを見回しながら答える。
「そうか?最後の戦いだからって考えすぎじゃないのか?」
「うーん、そうかも。」
空樹は土岐の予感を杞憂だと言い、土岐も多分そうだろうと思い、再び歩き始めた。しかし、土岐の予感はその数分後当たってしまう事になった。
「おい、大変だ。ウッドドラゴンとパゥアリスビーストが別々の方向ではあるがこっちに向かってきているぞ。」
その後、さらに歩いていた一行は、先頭を歩いていた司が手で止まれと合図しながら言うと、再び止まった。
「どうするの、隠れてやり過ごす?」
涙奈が隠れる案を出すと、
「いいや、俺達の準備運動に丁度良さそうだ。俺達四人に任せてくれ。」
夕星がやる気満々といった面持ちで言う。
「いいだろう。しかし、あまり無理はするな。少しでも危険を感じたら私たちも加勢するからな。」
長老は少し心配しながらもそれを許した。
凪森、朱衣子、夕星、菜魚美の四人は前に出ると、別々の方向から向かってくるウッドドラゴンとパゥアリスビーストを迎え撃つべくそれぞれ戦闘態勢に入った。
「まずは呪いで動きを止めるよ。」
菜魚美は三人に注意を飛ばし、一歩前へ出る。
「ディルキグラシア!」
菜魚美は少し離れているにもかかわらず、別々の方向から向かってきているウッドドラゴンとパゥアリスビーストを一回の呪文で強引に呪って動きを止めた。
「う、ちょっと強引すぎたかもしれない。悪いけど一気に決めてちょうだい。」
菜魚美は一瞬苦しそうな声を出したが、それでも二体の強力な魔物を呪い続けた。
「分かった。私はウッドドラゴンを一気に倒すから凪森と優勢でパゥアリスビーストを倒して。」
朱衣子はそう言い残してウッドドラゴンへと迫って行く。
「よし、夕星、こっちも行くぞ。」
「おう!」
凪森と夕星は朱衣子に言われたとおり、パゥアリスビーストへと向かって行った。
朱衣子は一度振り向いて菜魚美の状態を確認した。菜魚美は自分で言ったとおり、あまり長い時間二体を止めていられる感じではなかった。
「文字通り一撃で終わらせてもらうわよ。エクスターシャ!」
朱衣子は呪文を唱えて巨大な赤い鳥――朱雀を召喚した。
朱雀は、いまだ身動きの封じられたウッドドラゴンを一瞥すると、召喚した主である朱衣子の言葉通り、一撃で終わらせるべく紅蓮の劫火を口から吐き出した。その一撃は周りの木々を焼かず、ウッドドラゴンの身体だけを完全に焼き尽くした。
「朱雀の召喚じゃ準備運動にもならないか。」
朱衣子はひっそりと言うと、朱雀を戻して皆のいる所まで戻って行った。――
「凪森、剣の精霊を召喚してくれ。俺達だけじゃ人数不足だしな。」
夕星は接敵する直前に自分の真風の剣を抜きながら言った。
「そうだな。アガリムスリアラーナ!」
凪森も真風の剣を抜きながら答え、一体のしなやかな体躯の剣を持った精霊を召喚した。そして、接敵すると二人と一柱が同時に息を合わせて三つの目を突き刺した。
四人が二体の魔物を倒すと、一行は再び歩き始めた。
しかし、またしばらく歩くと一行は立ち止まる事になった。今度は魔物が出たのではなく、道が分かれていたのだ。
「これは何のつもりだろうな。」
凪森はいらだちながら言う。
「俺達にまたよく来たなとでも言いたいんだろう。」
夕星は吐き捨てるように言った。
「どうかしたの?」
土岐は凪森と夕星の様子を見て、キョトンとしている。
「この道は昔の最後の道の再現のようね。確か左以外の道は頂上の手前で透明な結界みたいなもので通れないようになってたはずね。」
朱衣子はキョトンとしている土岐に言った。
「でもどうせだし、ありがたく左の道を行きましょう。」
菜魚美はもっともな事を言った。
「それもそうだな。司、この道は左に行ってくれ。」
凪森はいらだちを抑え込み、司に指示を出した。
司は頷いて、言われたとおり左の道を歩き始めた。しかし、またしばらく行くと、再び分かれ道になっていた。それも今度は道が五つに分かれていた。
「また分かれ道か……さすがに飽きてきた。」
土岐はもうあきれ返っていた。
「俺もだ。」
空樹も少しぐったりしていた。
「いや、さっきとは違って今度はどの道を通っても同じ道に繋がっているだろうな。」
「そうね、おまけにどの道を行っても罠っていうおまけがついてくるでしょうけど。」
司がそんな二人をなだめながら言うと、菜奈美が付け足して言う。
「しかしどうする。どれもつながって行くとすればどの道を行くかが問題になるぞ。」
そこで加賀滋が一番重要な事を言った。
「大体二人ずつに分かれて一つ一つの道を行くのはどうだろう。」
司が一つ目の案を出した。
「確かにそれもいいな。全員が完全に消耗しちまうのは回避できそうだ。」
ブンは司の案に賛成した。
「だめ」「だめだ」
しかし、その後で土岐と凪森が同時に反対票を投じた。
「それだと危険に対処する時に力不足になる事もあると思う。私はみんなで一つの道を行った方が安全だと思う。」
土岐はただ単に反対するだけではなく、理由を述べた。
「確かに全員で一つの道を行く方が安全だな。」
「俺も同意見だ。」
夕星と凪森は土岐の意見に賛成した。
「そうなるとどの道を行くかがまた問題になるぞ。」
空樹が根本的な問題を再び言った。
「真ん中の道でいいんじゃない?」
涙奈はあまり考えずに適当な事を言う。
「そうね、単純ではあるけど深読みして下手な道行くよりはいくらかましかもしれない。」
菜魚美は涙奈の言う事をよく考えてから結論を出した。
「よし、決まりだ。全員で真ん中の道を行くうとしよう。おっと、罠があるならこれも使った方が無難だろうな。レメルイン!」
長老は出発する前に結界を張った。
「ん?今はっても無駄だし逆に進めなくならないか?」
空樹は長老の行動の意味をつかめず、困惑した。
「大丈夫だ。この結界は私と共に動くようになっている。しかし、あくまで私を中心にして動くのだ。私から離れると結界の外に追いやられる事にもなるから私から離れないように注意してくれ。」
長老が空樹の疑問に答えつつ、注意すべき事を全員に伝えると、長老を中心にした並びに変えてから先ほど決めたとおり、真ん中の道を通って行った。
一番最初に異変に気がついたのはまたも土岐だった。長老の移動結界に護られながら、特に魔物も出ない道をしばらく進んでいる時だった。
「何だか変な気がしない?」
今度は立ち止まりこそしなかったが、土岐は辺りを警戒しながら言う。
「ん、何でそう思うんだ。俺は何も感じないが……」
凪森も辺りを警戒しているが、現状では土岐が変に思う事は何もないように見えた。
「なんにも起こらない事がおかしいよ。今だってグールの一匹くらい出てもいいようなものなのにそれすら出てこないもん。」
土岐に言われて皆は一斉に気付いた。ここまで来るのにあまりにも順調すぎたのだ。
「言われてみれば確かにおかしすぎるな。本来ならもう少し何か出てきそうなものなのだが、分かれ道に入ってから魔物一匹出てこないというのはあまりにもおかしすぎるぞ。」
夕星はすぐに土岐の言葉を吟味した。
「つまり少し変わった罠があると考えてもいいかもしれないな。」
凪森も何か対策を練ろうと考え始めた。
「まだ何も起これないという事はこの先にあるという可能性は大いにあるな。式神を使って調べてみるのはどうだろう。」
加賀滋が二人の会話を聞いて、一つ目の解決策を出した。
「それはやっておくべきだな。加賀滋さん、お願いします。」
夕星が加賀滋に頼んだのは、加賀滋が案を出したからというわけではなく、単に加賀滋の方が式神の扱いに優れているからだった。
「ふむ、……行け!」
加賀滋が懐から鳥を形取った紙の人形を出すと、掛け声と共に前へ投げた。それは落ちる前に本物の鳥のようになり、道なりに飛んで行った。
ドーン
しかし、飛んで行って十秒も経たぬうちに、大きな音が鳴り、加賀滋は式神の存在を見失ってしまった。
「早速何かあったらしいぞ。」
加賀滋に言われるまでもなく、すでに先頭の凪森達は動き始めていた。とにかく前へ進んでいると、先頭にいる凪森が急に止まった。
「皆、止まれ!」
そしてすぐに全体にも止まるように指示を出した。その指示で全員止まると、何があったのかと、全員凪森の前を見た。そこには、加賀滋の飛ばした式神が紙の形には戻っていたもののかろうじて形を残してその場にあった。
「どう見ても罠は目の前だな。」
凪森はどうしたものかと思いながらも、とりあえずもう一度式神を使って罠を発動させてみる事にした。ポケットの中に入れてあった紙を、パッと前に出すと、式神に変わる前に、
ドーン
と音がして、一瞬で紙は地面に落ちてしまった。
「何か見えたか?」
凪森が誰となく尋ねた。
「見えなかったがこりゃあ上から何か落ちてるってぇのが正解だと俺は思うぜ。なんせあんな音がするのに爆発してる訳でもねぇんだからな。」
ブンが状況から判断して凪森に答えた。
「そうか、ならこれでどうかな。アメスリアーノ!」
夕星はおもむろに呪文を唱えると、隕石が目の前に落ちてきた。しかし、その前に何かに当たっていて、クレーターはできなかった。
「うわ、夕星、確かにその手は有効だとは思うが先に何か言ってから隕石を落としてくれ。」
一番近くにいた凪森は、自分に身の危険を感じ、夕星に苦情を言った。
「あはは、悪い悪い、でも通るなら今のうちだ。隕石がある限りはトラップはその下敷きだからな。」
夕星は凪森に謝りながらも、急いでここを通りぬけるように皆に言った。
そして、隕石が消える前に全員が無事その場所を通り過ぎ、さらにしばらく行くと、洞窟の入口があり、いよいよ第一階層は終わりのようだった。――
洞窟の中に入ると、道は広く長い一本道になっていた。途中で、グールやパゥアリスビーストなどにも出会ったが一体一体を交代しながら倒して先に進んだ。
「そろそろ休まない?疲れたしお腹も減ったよ。」
しばらく休憩もなしに進んでいると、最初に音を上げたのは土岐だった。土岐に言われて長老は懐中時計を出して時間を確かめた。
「確かにもう昼時だな。ここで昼休みを取ろう。」
長老が言うと、涙奈は持ってきた大きなシートを広げ、夕星と空樹は持ってきた食材の調理を始めた。そして、調理が終るのを他の皆は座って待っていた。(ちなみに調理は手伝わないのではなく、二人の腕が良すぎるので手伝えないのだ。)
しばらくして夕星と空樹が調理を終えると、皿に盛り付けて皆の所へ持って行った。
「待たせたな。本日の昼食はサンドウィッチだ。」
空樹のその声を聞いて、もう腹ぺこだった土岐は早速手を合わせる。
「いただきまーす」
土岐はその掛け声と共にサンドウィッチを手に取った。そして、口に運ぼうとした時だった。
グオオオォォ
いきなり洞窟の奥から何かの声が轟いた。そして一拍置いたその後、休憩して気が緩んでいた一行に向かって、数え切れないほどのバンパイアの軍勢が押し寄せてきた。バンパイアの軍勢は何があったのか、闇の閃光を所かまわず放ちまくっていた。そして、そこで不幸は起こってしまった。あるバンパイアが放った闇の閃光が、サンドウィッチが置かれた皿をサンドウィッチごと貫き、サンドウィッチは四散してしまった。
「な、何でこうなるの?」
土岐にはサンドウィッチが四散していく様がスローモーションで見えた。
「ホントに、何で楽しいお昼の時間を……」
土岐は一瞬凍りついていたが、次の瞬間には震えだした。
「テメエら全員ブチ殺す。」
そしてそのまた次の瞬間には、土岐の怒りが頂点を超え、土岐の中の何かが外れてしまった。
この時の土岐の様子を、空樹は冷静に見ていた。それ故に、土岐の気力の上昇が異常な事にすぐに気付いてしまった。
(うわ、すごい力。これは俺でも止められないな。)
そう思ったのは空樹だけではなく、どちらかというと冷静な夕星や司なども、ひきつった笑みを浮かべ、土岐の動向をただ見守っていた。
「食い物の恨み思い知りな。アリムスラーナ!」
土岐は怒りに任せて呪文を唱えた。すると、本来ではありえない事が起こってしまった。一回の呪文で、朱雀、青龍、白虎、玄武が同時に召喚されたのだった。
「滅ぼせ!」
土岐のその号令で、召喚された四神はバンパイアの大虐殺を始めた。あるバンパイアは炎に焼かれ、あるバンパイアは踏みつぶされ、とにかくありとあらゆる方法でバンパイアの軍勢はたった数秒で全滅してしまった。
(お、恐ろしい。)
この光景を見て、土岐を除く全員は襲ってきたはずのバンパイアの方に同情してしまうのだった。
土岐は四神が消えた後、手にまだ一つサンドウィッチが残っている事に気付いた。
「あ、結局これが最後の一つになっちゃった。これ、食べたい人いる?」
土岐はやっと理性を取り戻し、最後のサンドウィッチをどうするかみんなに尋ねた。
「いや、それは土岐が食べていいぞ。」
空樹が代表して言うと、皆は後から肯定するように首を縦に振った。
「そう、それじゃあえんりょうなく。」
土岐は最後のサンドウィッチをしっかりと味わって食べた。
「でも、私達のお昼はどうする?」
菜魚美は土岐には聞こえないように夕星に尋ねた。
「心配御無用。この位の事態は想定済みだ。ちゃんと非常食だってある。」
夕星がカバンから非常食を出そうとした時、
「待ってくれ、俺が朝食の余りでおにぎりを作ってあるんだ。ちょうど一人分足りなくて出しあぐねてたんだけど、ちょうどいいから食べちゃおうぜ。」
空樹は優勢が非常食を出すより早く、自分のカバンからおにぎりを十一個出して、土岐以外の全員に配った。そして、全員がおにぎりを食べ終わったところで、片付けをして再び歩き始めた。
そして、再び魔物を倒しながらも前に進んで行くと、出口まであとちょっとという所で地面が割れ、深い崖になっていた。
「ちっ、これじゃあ別の道を探すしかないな。」
司は舌打ちした。少々イラつき始めているらしい。
「そうね。丁度崖に沿って道が続いてるし、とりあえずそっちに行ってみましょう。もしかしたら橋もあるでしょうし。」
涙奈はそんな司をなだめて言った。
涙奈の提案通り、崖に沿ってしばらく歩いていると、確かに橋が架かっていた。
「あ、橋だ。」
土岐はやっと見つかった橋を見て、喜び勇んで橋に駆け寄り、渡ろうとした。
「あ、ちょっと待て。」
空樹はそんな土岐を見て一種の危機感を覚え、急いで土岐を追いかけた。そして、何とか土岐が橋に足を踏み入れる前に土岐を捕まえる事が出来た。
「どうかした?」
土岐は必死に追いかけてきた空樹を見て不思議そうな顔をした。
「いや、なんだか嫌な予感がするんだ。例えば……」
空樹は近くにあった石ころをつかむと、
「……例えばとか。」
石を橋に向かって放り投げた。
空樹の投げた石は、橋を通り抜け、そのまま崖の下へと落ちて行ってしまった。
「え……」
土岐はその石を見て想像してしまった。もしも空樹が自分を止めていなければ、自分もあの石のように崖の下へ落ちていく様を。そして、それをしっかりと認識してしまった瞬間、土岐の心は恐怖に染まり、崩れるようにその場に倒れてしまった。
土岐が倒れるのを見て、朱衣子は慌てて駆け寄った。そして、土岐の状態をよく調べてほっと一息ついた。
「よかった。ただの失神ね。」
それを聞いて、後から駆けつけてきた残りの全員も、ほっとした。
土岐の心配がないと分かると、自然と幻の橋について考え始めた。
「しかし幻か。ここに来るまで全く考えていなかったぞ。実は今現在も何かが欺かれている状態じゃあないだろうな。」
夕星はちょっと慌てた様子で言う。
「確かに幻は厄介だな。何とかしてみよう。クルラミヌ!」
凪森が呪文を唱えると、幻の橋が消えてしまった。
「これで良し。と、言いたいところだが……結局ここに橋は無かったようだな。」
凪森はここに本物の橋も現れるのではないかと踏んでいたが、そこまで簡単ではなかった。
「仕方ないな。一旦戻ってみよう。凪森、悪いが定期的に幻を消す術を使ってくれ。どこに橋があるか分からない以上それが一番いい手段だと思うからな。」
「分かった。それと俺は土岐を背負って行くのもあるし、術を使うのにも集中したいから先頭を変わってくれ。」
凪森が土岐を背負うと提案した夕星が先頭になり、凪森はその後ろに入れ替わった。
夕星を先頭に再び来た道を凪森が定期的に術を使いつつ、出てきた魔物を倒しながら戻って行くと、本物の橋は出口の前に架かっていた。
「……」
幻に隠れていた本物の橋を見た時、もう誰も何も言う気にはなれなかった。――
洞窟を出ると、そこは上り坂になっていた。坂の上を見てみると、ずっと上り坂が続いている事だけが分かった。
「本格的に登山させる気か……老骨には堪える事をさせてくれる。」
「まったくです。もう少し老人には優しくしていただきたいですな。」
長老と加賀滋は、こっそりと溜息をついた。
「でもここで止まっていてもどうにもならないしねー。」
「とはいっても、これはさすがに辛いでしょ。」
「やっぱり登ってるっていう感覚があるのとないのじゃ全然違うよね。」
女性陣も見ただけでしんどいようだ。
「……行くぞ。」
凪森は一通りの愚痴を聞くだけ聞いて、土岐を背負ったまま坂を登りはじめた。それに続いて、比較的若い男性陣は黙々と凪森の後に続いて坂を登り始めた。
「……確かに覚悟はしてきたのだ。行くとしようか。」
「そうですな。」
黙々と進む若い男たちを見て、負けていられないとでも思ったのだろうか、 老人二人もゆっくりと登り始めた。
「……」
「……」
「……」
残った女性三人も、置いて行かれるのは嫌だったらしく、最終的には男性陣を追って坂を登り始めた。
しばらく坂を上って行き、土岐を背負っていた凪森が少々汗をかき始めたころ、土岐はそこでやっと目を覚ました。
「あれ、私どうしたんだっけ?」
「お、やっと起きたか。真羅鬼爺、土岐が目を覚ましたからちょっと現状の説明を兼ねて休憩しよう。」
凪森は土岐が目を覚ましたのに気づくと、後ろにいる長老に言った。
「うむ、そうしよう。」
対して長老は、土岐への現状の説明よりも休憩に賛成したようだった。
土岐への現状の説明は、司がやる事になった。そして、土岐と司が話している間、空樹と夕星は少しの間食とお茶を作り、皆に配っていった。ちなみに、現在疲れきっているのは、長老と涙奈だった。加賀滋は弱音こそ吐いたが、さすがに道場の主なだけあり、まだ体力に余裕は十分あるようだった。朱衣子と菜魚美の主婦陣は、日頃から家事(菜魚美の場合料理は除く)をしているだけではなく、体力作りになるをしっかりやっていたのでまだ余裕があった。
「……大体こんな感じだな。」
「そうか、私あのあとずっと眠ってたんだね。」
土岐は司の説明を聞いてやっと今の自分の現状を思い出し、呟くように声を出した。
「あぁ、もう一度聞くが、本当に身体には問題は無いんだな?」
司は土岐の様子が何となく少し違うのに気付き、気遣うように言った。
「うん、それだけはばっちりだよ。」
そして、土岐の体調にも問題が無いと分かると、土岐も歩きに加わり、せっせと登り始めた。途中、出てきた魔物の討伐や、小休止をはさみながらずっと登って行ったが、いよいよ陽が暮れはじめてしまった。
「もうすぐ暗くなるな。真羅鬼爺さん……はもう限界でこれ以上何か考えるのも大変そうだな。仕方ない、凪森、それと司、今日はこの階層でキャンプしようと思う。ちょっと先に行ってキャンプできそうな所を探してきてくれ。最適な場所に魔物が居ても無視で構わない。とにかく全員固まって休める場所を探してほしい。」
夕星が言うと、凪森と司は無言で頷き、少しペースを上げて先へと進んでいった。それを見た土岐と空樹は凪森と司の分を補うために、夕星と同じくらいの位置まで少し走った。この頃になると、最初に弱音を吐いていた老人と女性陣は全員疲れていて歩いているだけでもマシという状態だった。
しばらくすると、凪森と司が戻ってきた。どうやら全員固まって休める場所があったらしい。
「もうちょっとだ!もうちょっとしたらそこで休むからもう少しがんばれ!」
夕星は少しずつペースが落ちている老人と女性陣に向かって大声で言った。
そして、日が暮れる直前に全員広く平らになった場所にたどり着くことができた。キャンプの準備はまだ体力が残っている、土岐、空樹、凪森、夕星、司の五人で行った。
なんとか完全に日が暮れる前にキャンプの準備を済ませた頃、やっと多少は動けるようになった朱衣子に、薪に火を付けてもらうと、夕星と空樹は夕食を作り始めた。ちなみに、このメンバーの中で一番働き通しでいるのはこの二人だった。しかし、いちばん疲れが少ない数人の中にもこの二人は含まれている。しかし、それぞれがある程度疲れている現在、二人の超人的な体力に気付いてちょっと驚愕しているのは凪森と土岐と司程度だった。
食事が終ると、凪森と司はランプを持って再び別行動で少し先を見に行った。そして、その後しばらく経つと、
グゥギィィ
という鳴き声がどこからか聞こえてきた。慌てて土岐と空樹が辺りを見回し、そして最後に空を見上げた。そして、
「っち、空から攻撃が来るぞ!」
空樹は危険を知らせるため、大声で叫んだ。
空樹が全員に注意を促している間、土岐は少ない明かりを頼りに、魔物の正体を探ろうとしていた。
(バード?いや、近いけど何か違う気がする。もちろんドラゴンとかでもないし……あれ、いまように見えたけど。まさか!)
「レイニーア!」
土岐は自分の思いつきを試すために、鳥型の謎の魔物に無数の光の閃光を創って飛ばした。光の閃光の大半は、土岐の思惑から外れた翼や胴体に当たってしまったが、二匹の魔物には、三本の光の閃光がそれぞれ魔物の三つ目一つずつをとらえ、二体撃ち落とす事に成功した。
「やっぱり、これパゥアリスビーストの鳥バージョンだ!」
土岐は三つ目を潰した事で死んだ魔物を見て、やっと確信を持つ事ができた。
「なんだって?それ本当か?」
空樹はちょっと厄介に思った。それは、全員が全員、土岐と同じように、閃光、またはそれに類するような何かを飛ばす術が使えるわけではないからだった。
「テーハ!」
空樹が何か策を考えていると、長老が空に向かって何かの呪文を唱えた。長老の術を受けた魔物たちは、いく数体は痺れたり眠ったりしたことで、そのまま空から落ち、ある魔物は混乱し、他の魔物を攻撃していた。
「今のうちに落ちた魔物だけでも残らず討て!上空の魔物は後で構わん。」
長老の号令と共に、地上で攻めあぐねていたメンバーは、落ちてきた魔物の目を三人一組になって貫き始めた。
「レイニーア!レイニーア!」
対して土岐は、土岐は長老の術の効果から逃れたと思われる魔物を光の閃光で倒していった。そして、すべての魔物を倒し切ったのは、凪森と司が戻ってくる少し前だった。
「どうしたんだ?なんだか疲れてるように見えるのは気のせいか。」
司が戻ってきて最初に言ったのはこの言葉だった。
二人が戻ってくると、お互いにその後の事を話し合った。
「……そうか、俺達がこの先を見に行っている間にそんな事があったのか。それじゃあこっちよりも大変だったな。」
凪森は鳥の魔物との戦いの話を聞いて苦笑いした。
「それでそっちはどうだった。まだ坂が続くのか?」
そう尋ねる長老は、もう坂でないようにと切に願っていた。
「心配しなくても大丈夫だ。もうすぐ坂は終わる。ただな、……」
そこで凪森は言葉を濁した。
「ん、坂以外で問題でもあったのか?」
「いや、問題というほどのものでもないが……」
凪森はそこでちらりと土岐を見た。
「……つり橋になっていた。」
つり橋と聞いて、長老も少し考えてしまった。
「長老も凪森さんも考えすぎだよ。土岐はそこまで弱くもないし怖がりでもない。」
空樹は後ろから火の番をしながら言った。
「そうね、二人ともちょっと考えすぎ。あれの神経はそこまで繊細じゃないし。」
朱衣子も我が娘の事ながら、いや、我が娘だからこそ大丈夫だと信じているようだった。
「……そうだな。土岐はそこまで弱くないと信じよう。真羅鬼爺も悪かったな、下手に心配させるようなこと言って。」
「いや、私も年を取ったものだと今になって思う。こんなに心配性になっているとはな。」
長老と凪森はお互いに笑った。
その後、必要な事をしばらく全体で話し終えると、交代で見張りを付けながらそろそろ寝る事になった。最初に見張りをする事になったのは、土岐と空樹だった。
土岐は皆が寝静まった頃、静かに口を開いた。
「いよいよここまで来たんだね。」
その声は感慨深い様子がよく伝わってきた。
「あぁ、この島に来て、真具と呪文を手に入れて、魔物を倒しながらいろいろな所を冒険した。」
空樹は今までの出来事を一通り思い出した。
「でも、もうこれで最後だね。これが終わればまた全ては元に戻る。でもさ、私頑張る。そして元の生活に戻っても絶対に忘れない。この島で過ごした楽しかった日々は。」
土岐は言い終えると最後に空を見た。そこには雲は無く、明かりも見張り用のたき火だけなのでたくさんの星を見る事ができた。――
翌朝、皆は軽く朝食を食べると、再び歩き、つり橋の場所まで来た。土岐は少し戸惑ったようなそぶりを見せたが、近くにあった石ころを取り、それを橋の上に投げてみた。そして、それが橋の上に乗ったのを確認して、そっと橋に足を踏み入れた。足が橋についている感触をしっかりと確認すると、土岐はそのままつり橋をゆっくりと渡って行った。その顔には、恐怖すら浮かんでいなかった。
橋を渡り、一行は残りの坂を一気に上って行った。そして、そこで次に待ち受けていたのは水のきれいな小さい湖だった。そして、道はここで完全に途切れていた。
「あら、これはまさか……」
「だろうな。」
「えっと、あんまり認めたくないな。」
「俺も……」
湖を前にして皆はそれぞれ小言を言う。その理由は……
「認めたくなくても、ここが次の階層の入口ってことだよね。」
という事だった。――
意を決して、皆は大きな真空波で作った球で身を包むと、水の中へと入って行った。全員湖底まで着くと、湖底には細い水路が設けられており、そこを進むようになっているようだった。
「今回は私が先頭を行きます。ちゃんとついてきてくださいね。」
今回は水中が舞台という事で、涙奈が積極的に先頭に立って行った。湖底の通路をしばらく進んでいくと、道はすぐに二つに分かれてしまった。
「あら、これはちょっと困ったわね。」
涙奈は二つの道を見てどうしたものかと考え込んだ。
「まだ先は長いだろう。ここで一度二手に分かれたらどうだろう。出口を見つけたグループは同技石で合図をすればそこに空間転移すれば問題ないだろう。」
提案するのは司だった。
「でも水の術者は私しかいないのよ。どうやって二手にするの?」
涙奈は一番大切な部分をついた。
「それなら……凪森と菜魚美が一緒に行動すればそれで補えないか?」
司はそれでも少し考えて自分の案を煮詰めていく。
「うーん、確かにそれなら問題はほとんどないけど、それだと夕星と朱衣子も当然そっちに行くわね。そうなれば自然と私は土岐ちゃん、空木君、長老と一緒に行くことになるけど……皆はそれでいいの?」
涙子が他の皆に意見を求めた。
「それでも構わないよ。どっちにしろ早く出口見つけないと窒息するのだけは間違いないし。」
土岐は冗談ではなくまじめに言った。大きめに作ってあるとはいえ、真空波の球の中の酸素は有限であり、それは一日は確実に持たないだろう。
「あぁ、出口が早く見つかるならこの場合は二手に分かれた方が逆に安全とも言えるだろう。」
夕星も土岐の意見に同意する形で言う。
「そうね、なら一度別れましょう。最初に言った私を含めた八人以外はできるだけ均等になるように分かれてちょうだい。」
涙奈は決断すると、急いで残りのグループ分けを始めた。
かくして、右の道を行くのは凪森、朱衣子、夕星、菜魚美、司、そしてジンの六人、左の道を行くのは涙奈、長老、土岐、空樹、加賀滋、ブンの六人となった。
右へ行った凪森達のグループは、司が先頭になって慎重に、それでもできるだけ早いペースで前へと進んでいた。途中数匹のフィシャーが出たが、司は出てきた瞬間にそれを倒した。しばらく行くと、再び分かれ道になっていた。
「もう別れるのは辛いぞ。何か策はあるか?」
凪森はそう言いつつもどうしようか考える。
「それなら音で確かめないか?とにかく響く音を出せればそれでどっちに行けばいいか大体は分かるはずだ。」
ジンは少し変わった手段を提案した。
「それは良い案だが……その音源はどうする?いくらなんでも俺達の叫び声じゃあんまり効果ないだろ?」
凪森は肝心の音源を指摘した。
「それなら俺がどうにかしよう。少し時間がかかるかもしれないが、それでいいならやってみたいと思う。」
「かかり過ぎるのは困るな。チャンスは三回くらいにしてそれでだめならもう片方ずつ調べていこう。」
凪森は司の案を一応採用して、さらにだめだった時の別の策も提案しておく。
「分かった。……ジューム!」
司は爆発する種を分岐している道の手前に落とした。
ッドーーーーーン!
それは根本的な爆発は小さかったものの、とてつもない音を爆発と同時に出した。おかげで、術を使った本人すらしばらく耳が正常に機能しなくなてしまった。
「司君、これは大きすぎだ。」
凪森はまだ耳鳴りしているのにもかかわらず、それでも言わなければ気が済まなかったようだった。
「わ、悪い、もう少し音を抑える。」
司は謝ると耳鳴りが収まるのを少し待った。
「次行くぞ。……ジューム!」
司は再び種を放つ。
ッドーン!
今度は丁度いい音だった。そしてその後すぐに、
ッドーン!
と音が右の通路から戻ってきた。
「よし、これなら左だな。」
ジンはが言うと、司はその言葉通り左の道へ進んでいった。――
その頃、左へ行った土岐達のグループは、涙奈を先頭に、こちらも再び分かれ道にぶつかっていた。
「これ以上別れるのは危険だし、片方ずつ調べるしかないわね。」
こちらは誰も良い案は浮かばず、地道に一つ一つの道を調べる事になった。――
凪森達のグループは、その後も何度か分かれ道に当たったが、音を使った方法で、前へと進んでいった。そして、あの後から五番目の分岐点まで来た時、
ッドーン!
ッドーン!
左右の道から同時に音が返ってきた。
「これは外れという事か?」
司はジンに尋ねる。
「いや、右の道から来た音は少し小さくなっていた。もしかしたら出口かもしれない。」
ジンは少し自信ありげに言う。
「そうか、なら少し進んでみよう。それで出口なら一度ここまで戻って、長老達に知らせよう。」
そして、凪森達はそこが出口であることを願いつつ、右の道を進み始めた。――
土岐達のグループは、やっとの事で片方の道を完全に調べ終えた。途中には向い宙に生息している魔物の巣に何度か当たってしまい、好戦的なモノのみ倒し、できるだけ戦いを避けつつ吸うんだ。しかし、その道は残念な事に外れだった。
「さあ、めげずにもう片方の道を行きましょう!」
涙奈は努めて元気な声を出す。
「……いや、凪森達が見つけたそうじゃ。どうやらそちらの道もはずれだな。」
長老は、涙奈が言い終わると同時位に同技石の通信を受け取ったうまを土岐達に伝えた。
「よし、それじゃあちょっと大変だけど一気に全員転送するよ。」
土岐は長老の同技石から凪森達のいる位置を調べると、全員を土岐の近くに集めた。そして、全員土岐の近くにいる事を確認すると、
「グライル!」
いつもより強い声で唱えた。
土岐達のグループが転移して凪森のグループに合流すると、どちらも無事だった事に安心しつつ、凪森は出口の前で見た光景を土岐達に聞かせた。
「一応確認のために出口の近くまで行ったんだ。しかし、出口の前にアクアドラゴンが三体もいてそう簡単に通れそうもない。地の利もアクアドラゴンにあったしな。」
「そう、でも全員そろえば何とかなるんでしょ?」
凪森の言葉を聞いても、涙奈は強気を保って言う。
「それを確認する必要はないでしょ。これだけのメンバーがいて倒せませんでしたなんて言ったら一生笑われるのは間違いないよ。」
土岐は半分冗談めかして言った。
「そういう事だ。さぁ、早く外に出よう。」
凪森が言うと、再び涙奈が先頭になり、出口へと向かって行った。そして、出口の手前では、凪森が言ったとおり、三体のアクアドラゴンが居座っていた。
「これは偶然ここを住家にしたのか、それともここのガーディアン気取ってるのか分かったもんじゃないや。」
土岐は出口の手前にいる三体のアクアドラゴンを見て、皮肉っぽく言った。
「お、こっちに気付いたぞ。構えろ!」
夕星が号令を飛ばすと、一体のアクアドラゴンは早速ブレスを吐いてきた。それは圧縮した水であったが、それは水中であっても脅威になる威力のようだった。
「レラーム!」
土岐は反射的に結界を張り、水のブレスを全て受け止めた。
「手加減できる相手じゃないから全力で行くぞ。ディルキグカジア!」
空樹は水ブレスを吐いたアクアドラゴンに呪いをかけて動けなくした。
「長くは持ちそうにないな。シルム!」
司は呪いをかけている空樹が、早くも辛そうに見えたので、鋭い竹の槍でアクアドラゴンを何か所も串刺しにした。――
そうしている間も、他のアクアドラゴンは残りのメンバーに攻撃を仕掛けた。
「レラーム!……っく、土岐はこんなブレスを軽々と受け止めていたのか。私には少し荷が重いな。」
長老は土岐のように結界で水ブレスを防ぎきったが、それだけでも相当疲れてしまったようだった。
「長老は休んでた方がいいぞ。こいつは少しばかり厄介な相手だからな。」
ブンは長老の前に出た。
「そうよ、あんまり無理しない方がいいわ。」
続いて涙奈も長老の前に出た。
「と、言うわけです。ここは任せてください。それと加賀滋さんも前に出ないで下さいよ。火の術者は水の中で術を使う事が出来ないんですから。」
ジンは前に出ようとしていた加賀滋も見逃さずに後ろで待っているように指示した。
「よし、行くぞ。ディオラータ!」
ブンは掛け声と共に湖底から石柱を数本創りだし、司が竹槍でやったように動けなくしようと試みた。しかし、あの技は呪いで動きを止めていて初めて成功するようなものなので、石柱はことごとく外れた。
「他と同じことやろうとしてもうまくいくはずないわ。レフィーリア!」
涙奈は手を縦一文字に振り落としながら、術を発動させた。それは鋭い水の刃になり、アクアドラゴンの牙とぶつかった。そのため、アクアドラゴンは一瞬だけよろめいた。
「そこだ!」
ジンはその一瞬の隙を見逃さずに、縄のように調整した真空波を使い、アクアドラゴンをがんじがらめに縛りあげた。――
最後の一体のアクアドラゴンは最も不幸と言えるだろう。戦いを挑んだ相手がこのメンバーの中では一番の実力を持っている三人であったのに気付かなかったのだから。
「さあて、今回はどうする?」
凪森はアクアドラゴンの行動をずっと注視しながら言う。
「俺が重力で押さえ付けるからその間に凪森と菜魚美の攻撃でさっさと終わらせてくれ。そろそろ外の新鮮な空気が恋しくなってきた。アジュリタフェルタ!」
夕星は短期決戦で終わらせるべく、呪文を唱える。それは、的確にアクアドラゴンを捕らえ、術の効果でアクアドラゴンを湖底に叩きつけた。
「長くは持たない、早くやれ!」
夕星が言う瞬間、
「ゼギイル!」
「レイセルレシア!」
菜魚美と凪森は同時に呪文を唱えた。菜魚美の呪文により闇の嵐が現れ、アクアドラゴンの身体を削り、凪森の呪文により巨大な一本の閃光が現れ、削られた身体もろとも消し炭にしていった。――
「うわ、父さん達もう終わったのか。よし、こっちも一気に終わらそう。」
土岐は、凪森達の戦いが終わったのを見ると言った。
「そうだな。バルス!」
空樹も戦いを終わらせるべく、攻撃を始めた。しかし、ドラゴンというだけあり、攻撃はほとんど鱗にはじかれてしまった。
「ゲテオゼ!リューラ!」
司は竹槍でできた傷口にある植物の種を創りだして放り込むと、続いて植物の生長を促す術を唱えた。それは、先ほどの種を急速に成長させ、アクアドラゴンの体を蝕んでいく。
グギャー
アクアドラゴンは苦しみながらも、再びブレスを吐いた。
「グラリクス!」
土岐はそれを待っていたかのように反射結界を張った。そして、反射されたブレスを受けて、アクアドラゴンは息絶えてしまった。ちなみに、司が放った種は吸血植物の種であり、アクアドラゴンがその攻撃で死ななかった場合はもっとむごたらしい死を迎える事になっていたのだ。――
最後の一体は、三体の中では持った方ではあるが、それでもすぐに倒れてしまう。
「涙奈、湖底を持ち上げてアクアドラゴンぶっ潰すから後で道開けてくれ。ガッデンゼイダ!」
ブンは術を使って、文字通り湖底を持ち上げて、アクアドラゴンを水路の天井との間にはさみ、潰してしまった。
「ちょと、これはやり過ぎよ。ウィラウェーテ!」
涙奈は渦巻く水流を使って、人が通れる程度の通路を何とか作った。
「ブン、倒さないといけないからってもう少し術を選んで使ってくれ。一歩間違えば全員窒息死するところだったぞ。」
温厚なジンも、さすがに今度ばかりは怒っていた。
「ははは、悪い、今度から気をつける。」
窒息死と聞いて、ブンもさすがに悪いと思ったらしく、ここは素直に謝っていた。――
すべてのドラゴンを倒した後、一行はやっと水中から抜け出し、外の空気を存分に吸い込んだ。
「ふう、やっと外の空気が吸えた。」
土岐は大きく深呼吸した。
「そうか。あれを見ても同じことを言えるか?」
一足先に前を見ていた司は、目の前に広がる光景を指して言った。
「……は?」
土岐は司に言われて後ろを振り返ると、目が点になった。
そこは、火の海になっていた。
「水責めの後に火責めなんて、ちょっと悪趣味になったのかな?」
朱衣子はぼそりと呟いた。
「とりあえずこれじゃあ進めないわね。デリルウェンルーテ!」
涙奈はとりあえず津波を炎に浴びせてみた。しかし、津波は炎に当たった瞬間消えてしまった。
「あら、幻覚の類かしら。ウェンア!」
次に涙奈は手に水を集め、そのまま一瞬炎に触れた。
「どうだ?」
そう尋ねる司に、涙奈は手を司に見せた。その手には、すでに水は無かった。
「水なんて瞬間的に蒸発させる強力な炎よ。手を水でガ―してなかったら今頃この手は丸焦げね。」
涙奈はまじめな声で言っているものの、その声は恐怖のために少し震えていた。
「どうしよう、これじゃあ先に進めないし……」
「ミチヲエラベ。」
土岐がしゃべっている途中で、何者かの声が割り込んできた。
「誰?」
土岐はほかに皆を全員見たが、誰もそんな言葉は口にしていないと首を横に振った。しかし、それでも声は続く。
「ワレムナルモノナリ。ワレタオスタメトハイエヨクココマデキタ。」
無なる者と名乗る声がここまで言うと、炎が割れ、そこに六つの道ができた。
「ワレニイドムモノハイチバンミギノミチヲユクガイイ。ワレミルカギリ、コノミチヲトオルモノハフタリノヨウダ。マチガイハアルカ?」
無なる者は最後に問う。
「そなたの言う通りだ。」
長老はすぐさま答えた。
「ヨカロウ、コノミチハドレモワタシノイルトコロヘトツヅイテイル。ソレハカクジツニホショウシヨウ。」
無なる者はそれだけ言うと、もう何一つ言う事は無かった。
「そういう事だ。土岐と空樹は一番右の道を進め。私らも二人一組になって他の道を通って必ず無なる者の元へとたどり着く。」
「分かりました。また元気な姿であいましょう!」
「皆、最後だからって気を抜いて大怪我するなよ!」
長老と土岐と空樹は大きく頷きあうと、土岐と空樹は一番右の道に入って行った。二人が通り過ぎると、その道は再び炎で閉ざされた。
炎の道は暑かった。特にあまり暑いのは得意でない土岐には少し酷なほど暑かった。実際土岐はすでに汗びっしょりで、こまめに水分補給していなければすぐに熱中症になっていただろうと容易に分かった。
「暑い。」
土岐は呻くように呟いた。さらに口には出さなかったが、これのおまけに火属性のモンスターが出たら最悪だと思った。
悪い想像はよく現実になるものだ。それも限界が近いときほどよく当たる。ちょうど今の土岐のような状態の時などは特に悪い予想は当たりやすいだろう。
「フレアゴーレムが出たぞ。」
対して空樹は、平然どころか涼しげに魔物の出現を土岐に伝えた。
「な、なんで?空樹、暑くないの?」
そんな空樹を見て、土岐は不思議に思って尋ねた。
「え、俺、暑いのは好きだけど?」
空樹はこれまた平然と言ってのけた。
「もう、どうでもいいや。」
土岐は暑さの度が違うだろうと思ったが、体力の消費を抑えるためにあえて言わず、そのまま黙ってしまった。
「さてと、今回は土岐が戦力にならない感じだし、俺がたまには魔獣を出してみるか。ドルバイム!」
空樹は呪文を唱え、少し黒く、それでいて透明な魔犬を召喚した。
アウゥゥゥ
魔犬が吠えると、空に雲が集まり、雨が降り始めた。それにより、フレアゴーレムは崩れ、おまけに少し熱気が弱まった。
「この頃俺より土岐が前に出る事も多くなってきたし、たまには俺が前に出るか。」
だが、そんな空樹の言葉もむなしく、その後モンスターは全く出て来ず、代わりに、真術の館に置いてあった箱と同じものが現れた。
「これで最後の強化をしろって事か。ずいぶん余裕なことで。」
空樹は気に入らないといった様子だった。
「でも、勝つためには何でも使おう。」
土岐は今の自分ができる最良の手を考え、それを空樹に訴えた。
「まぁ、それもそうだな。余裕かました事を後悔させてやる。」
そして、二人は新たに二つの術を手に入れ、再び進もうとした。
「ってあれ?ここよく見たら行き止まりだよ?」
しかし、土岐が気付いたとおり、ここは行き止まりだった。
「は?……本当だ。」
空樹も注意深く辺りを見回したが、これ以上進むべき道は見当たらなかった。
「どうなって……あ、これって……」
土岐はふと足元を見ると、そこには魔法円が描かれていた。そして、土岐がそれの存在に気づくと、その瞬間魔法円は輝きだし、二人を転送してしまった。――
土岐と空樹が気がつくと、そこはもう炎の階層ではなく、広い闘技場のような場所だった。
「ヨクキタ。」
二人が声をする方を振り返ると、そこには白く光る透明な球が浮かんでいた。
「オット、コノスガタデハシツレイカナ?」
と言って、白く光る透明な球は、人の形を取った。
「あなたが無なる者ですか?」
土岐は少しだけ身構えて尋ねた。
「イカニモ。シカシキミタチノナカマハマダキテイナイ。クルマデマツトスルカ?」
無なる者は土岐の質問に答えつつ、逆に質問をしてきた。
「どちらでも構わない。」
対して空樹は慎重に答えた。
「ソウカ、ナラマトウ。ソノアイダニイクツカハナシタイコトモアルシナ。」
構えている二人に対して、無なる者はまだ肩の力を抜いているようだった。
「トコロデ、ソナタラノナマエヲオシエテハクレヌカ?ナントヨベバイイノカワカラヌノデハ、ソレハソレデシツレイニアタイスルトオモウノダ。」
無なる者に言われ、まだ自分は名乗ってすらいない事に気付いた土岐は構えている自分が少しバカらしくなってしまった。そして、一度小さく深呼吸をして肩の力を抜いた。
「私は鳥山土岐。あなたを倒すために選ばれた二人のうちの一人です。」
土岐は堂々と名乗った。
空樹は土岐が警戒を解いたと分かり、自分だけ警戒を解いていないのもおかしいので、肩の力を抜き、警戒を解いた。
「俺は真神空樹。土岐と同じで無なる者を倒すために選ばれた二人のうちの一人だ。」
「トキトカラキカ。フタリニハマズヤクソクシテホシイコトガアル。コレカラハジマルセントウニハ、トキトカラキイガイハイッサイテダシハムヨウダ。」
二人が名乗るのを聞き終えると、無なる者は最初の要求を切り出した。
「分かった、約束しよう。」
空樹はもともとそのつもりだったので、あっさりと承諾した。
「ヨカロウ、ソレデハスコシワタシノミノウエバナシデモキイテモラオウ。マズ、ワタシニハキマッタカタチガナイ。ツマリサマザマナセイブツノカタチヲトルコトモデキル。そして、イチバンジュウヨウトオモワレルノウリョクハマモノヲツクリダセルトイッタテンダロウ。」
無なる者の能力を聞いて、土岐と空樹はびっくりした。
「まさか、私達には仲間の力を借りれないようにして自分だけ魔物の力を使おうなんて考えてないですよね?」
土岐は再び少しだけ警戒しながら言った。
「ソレハナイ。タダ、イチドダケフタリニブンシンスル。」
無なる者は土岐の問いを完全に否定した。
「それは構わない。」
土岐は安全を確認すると、警戒を解いた。
「ソシテモウヒトツ、コレハジブンデモトメラレヌチカラダ。コノノウリョクノセイデ、シマノハンブンハカンゼンニフウジラレテシマッタ。ソシテ、コノノウリョクヲトメルホウホウハ、コマッタコトニイチドワタシガシヌコトダ。」
無なる者は最後の一言を、弱々しい声で言った。
「チナミニワタシトテシヌノハコワイ。ツマリテカゲンハセヌ。ゼンリョクデワレニブツカッテクルガイイ。」
無なる者が吠えるように言った数瞬後、皆がそろって現れた。
「キタヨウダナ。ソレデハハジメルトシヨウ。」
無なる者はそう言うと、音も立てずに二人に分身した。土岐と空樹もそれぞれの聖真具を構えて、いつ攻撃が来てもいいように備えた。
「フタリトモソナタラガコノタタカイニテヲダサセナイトヤクソクシタ。」
無なる者は戦いを始める前に高らかに言った。
「確かにそう約束した。」
空樹もそれが真実であると証明した。
「最後に一言だけ助言をさせてほしい!」
凪森は、戦闘が始まる前に、急いで言った。
「ヨカロウ、キョカスル。」
無なる者はそれを許した。
「麦わら帽子と腕輪は切り札だ。」
凪森は最後に以上だ。と言って終わらせた。
二人は凪森の言葉の意味を考えようと思ったが、
「ではそろそろ始めよう。」
富みなる者が戦いを始めたので、その思考は中断するしかなかった。
無なる者は、その分身と共に、無言で片手を前に出すと、本体からは炎が出て、分身からは圧縮された大量の水が放たれた。
「グラリクス!」
土岐は反射結界を張り、炎と水をまとめて反射した。しかし、跳ね返した炎と水は、無なる者が少し指を動かすと、それが再び土岐と空樹に向かってきた。
「え、ウソ!」
土岐はそうなる事など予想していなかったので、反射結界はもう解除し、攻撃に転じる用意をしていた。そのため、防御呪文を使うタイミングを逃してしまった。
「せい!」
空樹は土岐を守るために前に出ると、気合いと同時に闇の剣を振りぬき、炎と水を一気に切り払い、その反動で左右に叩き落とした。
「ナカナカデキルヨウダガ、コレハドウカナ?」
無なる者は、今度は両手を前に出し、分身と共に波動の弾丸を乱れ撃ってきた。空樹はこれを同じ波動で障壁を創り、さらに闇の剣を盾代わりにして何とか防いだ。すかさず土岐がその前に出て光の盾で空樹の負担を減らした。
「リアーラ!」
「デムグラズガ!」
土岐と空樹は、光に盾で波動を防ぎつつも、今できる最大の攻撃呪文を唱えた。それにより、無なる者は闇にえぐられ、光の渦にもまれたように見えた。しかし、光と闇が消えた後、無なる者には傷一つついなかった。
「無傷って……効いてないって事?」
土岐は一番強い攻撃呪文を受けても、無傷で立っている無なる者を見て、心が折れそうになった。
「コンナモノカ?」
無なる者は、波動攻撃を中断すると、地面に手をつけ、土の塊を宙に浮かせたかと思うと、それを高速で飛ばしてきた。
「レラーム!」
土岐はすぐさま結界を張り、土の塊を受け止めた。しかし、土の塊の数個受けただけで、結界にひびが入り始めた。
(やばっ)
「グラリクス!」
土岐は結界が完全に壊れる寸前に、反射結界を張り直し、残りの土の塊を反射させて地面に叩き落とす事で防ぎきった。
空樹は無なる者の攻撃の隙ができたのを見抜くと、すぐに火の指輪から数枚の呪符を創りだし、無なる者へと放った。だが、攻撃の隙などわずかなものなので、無なる者はその負が当たる前に波動を使って空中で爆発させた。しかし、空樹の狙いはまさにそれだった。先程、土岐が結界で土の塊を地面にたたき落とした際に、副産物として土煙が生まれていた。空樹は目ざとくそれに目をつけると、火の呪符の爆発を用いて土煙を舞いあがらせ、それを煙幕の代わりとして代用したのだ。
「ハッ!」
空樹は煙に紛れて無なる者に接近すると、闇の剣で切り込んだ。
「グァッ」
無なる者は、初めて悲鳴を上げて後ずさった。
「今のところ効くのは闇の剣だけか。」
空樹は一度距離を取りつつ呟いた。
「まだあるかも……アリムスラーナ!」
土岐は光の聖獣を召喚すると、間髪入れずに攻撃させた。
「グゥ」
空樹の斬撃を受けた後から、体勢がまだ整っていなかった無なる者は、光の聖獣の突進を諸に受けてしまった。これは間違いなく効果があると分かったので、二人はこれも攻撃の手段に加えた。
「ドルバイム!」
空樹も早速闇の魔獣を召喚した。
「チィ、チョウシニノルナ!」
無なる者は、傷を治すのを放棄し、白い波動と黒い波動を創りだした。そして白い波動を闇の魔獣に、黒い波動を光の聖獣に放った。
ギィィィ
グォォォ
その攻撃を受けた光の聖獣と闇の魔獣は悲鳴だけを残して消えてしまった。
「そんな~、せっかく糸口が見つかったかと思ったのに……」
「同じ手はそうやすやすと使えそうにないな。」
2人は見つけた希望をすぐに断たれてしまい、相当ショックを受けたようだった。特に空樹は少し焦っていた。空樹が考えられる次の攻撃の手段がほとんど底を尽きてしまったのだ。
(くそ、もう残りの戦略なんて土岐の光の盾で守ってもらいながら接近戦に持ち込むくらいしかないぞ……)
「カンガエゴトヲスルヨユウガアルノカ?」
無なる者は、いつの間にか分身と共に空樹に近付いており、近距離で同時に炎を撃ち出そうとしていた。
「空樹!」
土岐は慌てて盾を構えつつ、空樹に体当たりして割り込むようにそこに入り込んだ。そしてその次の瞬間、光の盾に高熱の大火が叩き込まれた。
「うぅ、」
土岐はその圧力に何とか耐えきる事ができた。しかし、火の粉を全て防ぐことまではできずに、土岐のかぶっていた麦わら帽子にいくつかの火の粉が落ちてしまった。
「キャッ」
土岐は反射的に麦わら帽子を脱ぎすてた。
「あ、やばい!」
空樹は凪森の助言を思い出し、麦わら帽子の火を消そうと近づいた。
「よくも……よくも大事な麦わら帽子を……」
土岐は低い笑い声と共に、絞り出した声で呟いた。
(ヤバイ)
空樹は麦わら帽子の火を消しながらも、ふと第2階層での土岐の怒りを思い出した。
その時だった、いきなり帽子は眩い光を放ち始めた。
「もう許さない、アリムス……」
土岐が呪文を唱えようとした頃、光の盾まで麦わら帽子と共鳴して光り始めた。
「え、……」
土岐はその光を見て我に返ると、呪文を中断した。
「モウヒカリノシンセイレイガコウリンスルノカ……ハヤイ、コレハハヤスギル。」
無なる者はこれから出て来る者が何なのか知っているらしく、ひどく怯え始めた。そして、二つの光は同時に空へと上がり、一瞬消えたと思ったら光は奔流となり、盾の上に落ちた。その後光が消えると、盾は新品のように輝き、その上には、純白のローブを着た精霊がたたずんでいた。
「わが名はラノル。光の聖真具、光の盾に宿りし真精霊。土岐よ、お前の心の在り方は見届けた。そのまっすぐな心があったからこそ、私はここに今在るのだ。」
ラノルと名乗った真精霊は、無なる者を見据えてさらに言う。
「さぁ、光の盾の本当の使い方を教えよう。その盾は防御のためだけに在るのではないのだから。」
ラノルが土岐の背中を押すと、土岐はそのまま走りだした。そして一気に無なる者の分身に接近すると、そこでさらにラノルが言う。
「この盾は光をさらに輝かせる。」
「ラニナーン!」
土岐はラノルの言う言葉の意味をすぐに理解して、攻撃呪文を叩きこんだ。
「グァァ、その程度の術が効いただと?馬鹿な!」
無なる者は本来あり得ない事が起こったため、動揺しながらも拡散波動で辺りをなぎ払った。しかし、それはすでに土岐とラノルが安全な所まで退いた後の出来事だった。――
空樹はこのやり取りを見ていたがそこに入っていける気がしなかった。土岐とラノルは何度も攻撃を当てては退き、着実にダメージを与えているものの、それは誰が見ても分かるくらいぎりぎりの戦いだったのだ。
「でも、それでも俺はあの中に入って行きたい。土岐だけに任せるなんてできるわけがない。」
空樹は意を決して動こうとしたその時だった。今度は闇の剣と腕輪が黒く光り出し、その光は一つになって天へと登って行った。そして今度は間髪入れずに黒い光は奔流となって闇の剣に流れ込んだ。光が消えた後には、土岐の光の盾の時と同じように、剣の上に黒いローブをまとった精霊がたたずんでいた。――
「クソ、ヤミノシンセイレイマデキタカ。」
無なる者は、分身と共に土岐と戦いながらも、悪態をつく。
「そんなこと言ってる暇があるんだ。」
土岐はいとど一気に後退すると、
「レイニーア!」
無数の光の閃光を分身諸共浴びせかけた。
「グァ、」
「クッ、」
無なる者と分身は閃光でダメージを受けながらも、何とか効果範囲の外へと逃げた。――
「俺の名はダルナ、闇の真精霊だ。お前の心の在り方は見せてもらった。挫折しようとも何度も起き上がるその心が在ってこそ、私はここに召喚されたのだ。さぁ、光の娘に全部持って行かれる前に、俺達も加勢しよう。」
ダルナに言われ、空樹は走り出した。
「この闇の剣は闇を糧に切れ味を増す。使い方は体で覚えろ!」
ダルナは空樹と走りながらも言う。
「分かった。ドズガ!」
空樹はとりあえず普通の闇を剣に吸わせると、走った勢いを生かして分身に切りかかった。
「せい!」
その一撃は、あっさりと分身を真っ二つに切り裂いてしまった。そして真っ二つになった時点で、分身は音もなく消えた。
「空樹、私より攻撃力あるんだ。」
土岐は少しうらやましそうに言った。
「光の属性はどちらかというと攻撃重視とは言えないの。そこら辺は他の能力でカバーしてくしかない。」
ラノルは困ったように言ったが、土岐も半分は冗談で言っていたため、あまり気にしてはいなかった。
「さぁ、ここからが本番だ。」
空樹は闇の剣を構えて、無なる者本体を睨みつけた。
「オノレ、ワタシヲブンシントオナジニスルナ!」
無なる者は怒鳴りながらも大量の炎を召喚し、この場を第五階層のような炎の海に変えてしまった。
「う、アリムスラーナ!」
土岐は玄武を召喚して、空樹が魔獣でやったように、この場に雨を降らせた。
「アマイ!」
無なる者はそれを逆手にとって、水を集めて津波を創りだした。
「空樹!」
土岐は叫んで空いている左手を差し出した。空樹は一瞬で何をしようとしているのか悟り、剣を持ちかえて、右手で土岐の左手を握った。
「グライル!」
土岐は津波が押し寄せる前に素早く瞬間移動し、無なる者の前に躍り出た。
「ラニナーン!」
同時に盾を無なる者に突き付け、光の渦を叩き込んだ。
「グウ、」
無なる者がひるむことなど確認せず、土岐は一気に引くと、変わって空樹が剣を構えて無なる者の前へと出た。
「止めだー!」
空樹は横凪に剣を振るった。だが、闇の剣は銅の半分程度を切ると動かなくなってしまった。
「!」
「慌てるな、もっと闇を吸収させるんだ!」
慌てそうになる空樹に、ダルナは活を入れた。
「はっ、ドズガ!ダバドズガ!」
空樹は一瞬で我に返ると、闇の剣に闇を吸わせてそのまま叩き斬った。
「ふぅ、やっとこれで……」
「まだ!」
土岐が一息ついたところで、ラノルはまだ気を抜くなと注意をした。よく見ると、無なる者は真っ二つになったにもかかわらず、まだわずかに動いていた。
「無なる者は放っておけば何度でも復活する。これを阻止するには封印するか完全に消滅させるしかない。」
ラノルはここで最後の選択を迫った。
「フフフ、モシモスベテヲスクイタイノデアレバ、フウインナドトイウテハツカワヌコトダ。ワタシトイウソンザイガアルカギリコノシマノハンブンハ、エイキュウニワガチカラニヨリフウインサレルダロウ。」
無なる者はさして苦しくもない様子で、ヒョウヒョウとしゃべった。
「……空樹、私決めたよ。無なる者を消滅させる。」
土岐の顔は本気だったが、声は悲しみに包まれていた。
「分かった。ダルナ!」
空樹はこれが二人の総意であることをダルナに告げた。
「分かった。無なる者を消滅させる呪文を教える。空樹、闇の剣と光の盾を交差させてこう唱えるのだ。レグセフィーア!とな。」
ダルナは、空樹の意志に則って、呪文を教えた。
「土岐も同じ。光の盾と闇の剣を交差させてレグセフィーア!と唱えるの。ただし、このとき注意するのは二人同時に唱えるという事。少しでもずれると術が失敗するから気を付けてね。」
ラノルも土岐の意志に則って、呪文を教えた。
「それじゃあ、」
土岐は光の盾を無なる者に掲げる。
「あぁ、」
空樹は無なる者に掲げられた光の盾に闇の剣を交差させた。
「「レグセフィーア!」」
二人は同時に呪文を発した。その瞬間、光と闇が一つになり、その物質が無なる者を包み込んだ。そして、その物質が消えた後には、すでに何も残っていなかった。
「これで本当に終わった。土岐、お疲れさま。また会いましょう。」
ラノルは、その役目を終えたので、土岐の麦わら帽子だけ修復して、ダルナと共に帰って行った。