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真空の島  作者: 葉月 風樹
3/5

二話目 開戦 土岐の決意

 翌日、それは土岐が今日も空樹に起こされ、三人で朝食を食べている時のことだった。それは昨日とほとんど同じの朝の光景だった。しかし、それは司にしては珍しく昨日やるべき事を一つ忘れていたことから打ち破られることとなる。

「しまった。」

 それは朝食を食べ始めてから数分たった後の事だった。司が箸を止めてしばらく考え込むとその言葉が発せられた。

「どうしたの。」

 土岐はおいしい朝食を食べて、至福の笑みをその顔いっぱいに浮かべながら尋ねる。

「昨日のうちに道場に行っておくのを忘れていた。」

 司は今にも箸を落としそうなほど呆然と答えた。

「珍しいな。司がそんな凡ミスするなんて。」

 空樹もこんな司を見るのは初めてらしく、物珍しそうに呆然とする司を見ていた。

「午前中に行って来ればいいだろ。どうせ今日は午後から動く予定だったし。準備は俺がやっとくから安心しろよ。どうせ準備っていっても荷物まとめるだけだし。そっちだってそんなにかかる用事じゃないだろうし。」

 空樹は司を助けてやろうと助け船を出す。

「そうしてもらえると助かる。」

 司はほっとしたようだった。というのも呆然からすぐに無表情に戻ったため本当にほっとしたかは表情からは読み取れなかったのだ。

「そういうことだ。土岐、朝食が終わったら昨日もらったの剣を持ってこい。今日も少しだけ出かけるぞ。」

 司は土岐にそれだけ伝えると、自分の分の朝食を掻き込んだ。そして素早く食べ終わると自分の部屋へと行ってしまった。

「あれ、昨日は皆食べ終わるまでいたのに。いつもはこうなの?」

 土岐はそんな司を見て空樹に尋ねる。

「いや、いつもはちゃんと皆食べ終わるのを待ってるぞ。これまた珍しいな。」

 尋ねられた空樹も首をかしげることしかできなかった。

 司がさっさと行ってしまったのはただ単に恥ずかしかっただけであったが、それに二人が気付くのはまだまだ先の事だ。

 土岐と空樹も朝食を終えると、土岐は出かける準備を、空樹は朝食の後片付けをそれぞれ始めた。

 土岐は自分の部屋に戻ると、司に言われた通りの剣と念のために真書を持ち、身支度を整えて再び自分の部屋を出た。1階に降りると、ちょうど司も部屋から出てきた。

「司、準備できたよ。」

 土岐はちょうど出てきた司に声をかけた。

「そうか。なら行こう。そんなに時間はかからないが全て空樹に任せるのはさすがに悪いからな。」

 司は土岐の声に反応して、階段を下りてくる土岐を見た。

「そうだね。それじゃあさっさと済ませて準備の手伝いしよう。」

 土岐は笑顔で答えた。

 土岐と司は家を出ると、昨日と同じく初風商店街の方向へ向かった。

「そういえばさっき道場って言ってたけどどういう所なの?」

 土岐は朝食の時に聞けなかったことを聞いてみる。

「道場ではブンの店で買った武器の能力を解放してもらえるんだ。」

 司はそういえば言ってなかったなと思いだして言う。

「え、この剣の能力ってまだ使えないの?」

 土岐はすぐに使えるものだと思っていたので少しびっくりした。

「持っているうちに自然に開放されはするのだが、今回はそうもいかないからな。道場でさっさと解放してもらう事にしている。……ちなみになぜ道場と呼ばれているかというと、そこの主は真具の解放は副業で本業は剣術指南をしている。暇があったら剣術でも教えてもらうのもいい経験かもしれないな。」

 司は土岐の質問にも答えつつ、道場の由来まで説明していた。ちなみに今日の司は少し気味だ。

 土岐と司は朝の初風商店街を抜け、さらにしばらく行ったところにあった木造のいかにも道場といった造りの家へと入って行った。道場の中では、一人の老人が黙想をしていた。しかし、土岐と司の気配に気づくと、ゆっくりと目を開いた。

「朝早くから失礼。真具の解放をお願いしたい。」

 司は老人が目を開ききるのを見計らって言う。

「朝から急いでいるな。焦っていては良い判断は下せんぞ、司よ。」

 老人は司をちらりと見ると、たしなめるように言った。

「まあ、いつも冷静な方だから本当に焦っているのは分かってはいるがな。さて、真具の解放だったな。もちろん司ではなく隣の子の真具を解放すればよいのだろう。……その前に自己紹介させてもらおう。私はこの道場の主にして「桜楼流剣術」の当代の指南だ。といっても、剣術なんてもう習おうと思う者もいなくてな。今では真具の解放の方が本業になりつつある。これからしばらくの付き合いにはなろう。よろしく頼む。」

 加賀滋は座ったままだが、それでもとてもきれいな礼をした。いまだに衰えてはいないらしく、正座している時も背筋はピンと立っていた。日ごろの鍛錬の成果も体の所々にうかがう事が出来た。

「私は鳥山土岐です。こちらこそこれからお世話になります。」

 土岐も加賀滋に礼を返す。

「土岐か、良い名だ。よろしい、私に土岐の真具を少しの間預からせてもらうぞ。」

 加賀滋は立ちあがると土岐の前まで歩み出た。土岐は昨日ブンからもらった剣を取り出すと、加賀滋に渡した。

「よろしくお願いします。」

 土岐が加賀滋に頼むと、加賀滋は無言で頷き、道場の奥へと消えていった。

 ほんの少しの時間をおいて、加賀滋が戻ってきた。その手には、先ほど土岐が預けた剣があった。

「驚いたぞ、もう自力で半分以上も剣の能力が目覚めていたからな。本来ならもう少しかかる作業なのだが結構楽ができた。」

 加賀滋はそう言って剣を土岐に返した。

「ありがとうございます。」

 土岐はきちんとお礼を言う。

「申し訳ないがこの後にもう予定があるので失礼させてもらう。」

 司は土岐がお礼を言うと間髪入れずにそう言って道場を出て行ってしまった。

「あわただしいですけど私も行きます。」

 土岐も司を追うべくそう言う。

「そうか。今度は時間のある時にゆっくりと来るといい。」

 加賀滋は二人の様子を見てある程度察しがついたのかそれだけ言って土岐を送り出した。

 土岐と司は急いで家へと戻った。しかし、家に帰るとここまで急いだ意味はなかったことをすぐに思い知らされた。特に司が。

「おう、お帰り、結構早かったな。」

 土岐と司が家に帰った時、空樹はすでに全ての準備を終わらせていて、今玄関に三つのリュックサックを置こうとしているところだった。

「急ぐ意味無かったね。」

 土岐は司に無邪気な追い打ちをかける。しかし、司から何も返事はなかった。空樹の様子を見た時には既に立ったまま固まっていた。そして、この後変に思った土岐と空樹が何度も声をかけたが反応は戻らず、司がこの状態から回復したのは空樹がお昼を作り始めてからだった。司いわく、「気づいたらいい香りがした。」そうで、食欲によってやっと復活したのだった。

 昼食を食べ終えると、次に様子が変になったのは土岐だった。午前中はいろいろあったおかげで戦うという責務を忘れていたが、その直前となり再び戦うという恐怖が土岐に襲いかかってきたのだった。

「どうした、出発するぞ。」

 司は土岐の様子が少し変だとは思ったが、気にする程度ではないと判断して、空樹と共に第一の修行場へと歩き始めた。

「え、あ、はーい。」

 土岐も何とか恐怖を押し殺して笑って返事をした。そして二人の後を追った。

 現時点で土岐の様子に気づいているのはこの場にいないブンを除いて他にはいなかった。

  司は素振りの変化から相手の様子を読むのがあまり得意な方ではない。おまけに心を読む能力を過信している節もある。

  空樹はそもそも土岐の様子を注意深く見てはいなかった。第一、土岐は空樹の前でそんな素振りを見せる事があまりなかったので、さらに昨日のポチの一件でそこまで戦うことに恐怖を感じているとは思っていないと思っていた。

  そして、土岐の心の調子が不安定なまま初めての実戦が始まってしまった。

 そこは、初風町から歩いて三十分も行ったところにあった。そこはただ一つ山があり、その山には木はほとんど生えていなかった。気候がそこだけ変わっているわけではないので、どうやら土の方に問題があるようだ。そして何より特徴的なのは、その山のふもとには大きな穴が開いていた。穴の中を覗くと今は使われていないと分かるレールが奥へと続いている。暗くて奥はよく見えないが、どうやらとても長い洞窟であることは分かった。

「ここが採掘洞窟だ。今でも必要最低限の金属はここから採掘されている。大体は依頼されるからそのうち土岐と空樹もやることになるだろう。」

 司が修行場所の説明をした。そしてそれが終った頃に洞窟の中からバサバサと何かが羽ばたく音が聞こえてきた。

「え、な、何?」

 土岐はその音を聞いて困惑する。そして、その音を出す生物達が採掘洞窟の中から飛び出してきた。

「きゃっ」

 土岐は小さく悲鳴を上げたが、それは普通のコウモリの群れだった。しかし、土岐の顔はたったそれだけで恐怖に染まっていく。もともと無理をしていたのだ。無理もないだろう。

「はは、土岐、これくらいで悲鳴を……」

 空樹は土岐をからかうように笑おうとしたが、恐怖に染まる土岐の顔を見て、そこで勘付いた。

「土岐、お前もしかして怖いのか。」

 空樹はとおりあえず土岐に言ってみる。

「そそそそ、そんなことないよ。」

 土岐は恐怖に染まった顔のまま言う。

「説得力ねえよ、その顔で言っても。怖いなら怖いって言え。実際俺も怖いからな。」

 空樹は最後の一言を照れくさそうにそっぽを向いてはいた。

「え、空樹も怖いの?」

 土岐はびっくりした。空樹はすでに決意を固めているものだと思っていたのだ。

「そりゃ怖いさ、戦うのも死ぬのもどっちだって怖い。まず死ぬのが怖くない奴なんて普通にいるわけないだろ。でもさ、俺がこの島に来た時はみんな本当の意味で笑ってなかった。みんな無なる者の復活を知ってるんだよ。だからみんな心の奥ではおびえていた。

俺も最初は断りたかった。島に来る前は人並みのけんかしかやったことなかったのに、いきなりわけの分からない化け物と戦えって言われても普通に困るだろ。でもさ、島に来た俺は他の誰にもできない事をできるようになる能力を手に入れたんだ。

死にたくなければ強くなればいい。俺が強くなって、そして死ぬ事もなくて、それでみんなが笑えるならそんなにいいことはないと思った。だから俺は引き受けたんだ。」

空樹は土岐に聞かせるだけではなく、自分の意思を再確認するように一言一言言葉を紡いでいった。そして、土岐は空樹の決意を聞いて自分の決心を思い出す。

(そうだ、私は長老さんに約束した。無なる者を倒すって。あの時はもっと軽い気持ちで受けちゃったけど。でも、もう約束しちゃったんだからあの時の気持ちの重い軽いなんて関係ない。私も能力を手に入れた。そして私は昨日守ることもできた。たった一匹だけど私は守ることができたんだ。今度は守る数を増やすだけでいい。いまそれができないなら強くなればいい。少しづつでも強くなって、そして、物語の主人公のように、ゲームの勇者のようにみんなを守れるようになればいい。)

 土岐は自分を勇気づけるように心の中で呟く。そして、戦う覚悟を固めた。

 戦う覚悟を決めた瞬間、土岐の顔から恐怖は消えた。完全に恐怖という感情が消えたわけではない。しかし、土岐は自分の手に入れた能力を信じてみることにした。そして何より、――

「とおりあえずどうするかは決まったようだな。」

 空樹はちょっと不安そうに笑う。土岐はそれを見て、すぐに損した気分にしてやろうと思った。

「結局どうする。戦うか、それとも元の世界に戻って元通りの暮らしに戻るか?」

 司が決意を固めた土岐でもちょっと迷う決断を迫る。土岐はそれを聞いて、ちょっと反則だと思った。

しかし、土岐の本心はもう揺らがなかった。

「私は戦う。今はまだ弱いかもしれないけど。私には能力がある。それもいつかはみんなを守れるくらいに強くなれる能力を。それに、……」

 土岐は空樹と司を見る。

「それに私は一人じゃない。」

 土岐は今の自分のできる最高の笑顔を二人に見せた。

そう、土岐は何より一人ではない。それは何よりも土岐を支えてくれる。

「そうか、なら行くぞ。戦い方は俺が実際に戦って教える。見て、実際に戦って覚えろ。」

 司は先頭に立って採掘洞窟の中へと進んでいく。その手にはいつのまにかランタンを持っていた。洞窟の中にも所々にランタンがあり、司はその中に油を入れて手に持ったランタンの火を移していく。そのため土岐たちが通った後は明るくなっていた。

 しばらく司を先頭に歩いて行くと、洞窟の奥の方からヒタリ、ヒタリ、と足音が聞こえてきた。司はすぐに立ち止まり、無言のまま手で止まれと合図した。そしてそのまましばらく待つと、何かのゾンビのような、しかし、何のゾンビであるかすら分からないような化け物が現れた。

「こいつの名はグール。今のお前達でも簡単に倒せるくらい弱い魔物だ。」

 司は自分の真書を取り出す。

「ちなみに戦いに関しては大体二つのスタイルがある。一つは俺のように真術を主体に戦うスタイル。……とおりあえずこのグールで手本を見せる。」

 司はグールの前に出ると、真書をしまった。しかし、グールは容赦なく飛びかかってきた。しかし、司は予想していたかのようにしてそれを避けた。

「ちなみに真術を使う時、真書は別に必要ない。呪文さえ覚えていれば別に持ち歩いていなくてもこのように術を使う事が出来る。ジューム!」

 司の呪文に呼応して、司の手に大きな木の実が現れた。司はそれをグールに向かってぶん投げた。そして、それはみごとにグールに的中し、ポン、と爆ぜた。それは爆発といってもほんの小さな、しかし、何か一つ壊すのであれば十分であろう威力だった。当然の事ながらこの一撃でグールは倒れてしまった。

「少し強すぎたか。このグールでもう片方のスタイルも説明したかったのだが。」

 司は後悔気味に言った。

「術って強弱とか変えられるの?」

 土岐はちょっと気になった事を言う。

「ある程度は自分の意思で変えられるが、お前達はまだやらなくていい。まだ元々の能力自体が不足しているからな。」

「ふーん、とおりあえずこんな感じかな。ラナハール」

 土岐は適当な石めがけて術を放つ。それは光の渦になったが、館で使った時よりも明らかに小さかった。

「簡単にやってのけられた……」

 空樹はそれを見てちょっと悔しそうだった。

「やると結構難しいはずだが……土岐には術を使う才能があるようだな。」

 司はちょっと驚いた。

「とおりあえずここでもう片方のスタイルも口頭で説明しておこう。もう片方は真具を主体に戦っていくスタイルだ。まあどちらも利点と欠点があるがな。」

「利点と欠点?」

 土岐は一番重要な所を聞き返した。

「ああ、術を主体で戦う場合、自分の気力を消費して戦うことになる。つまり気力が無くなったらこのスタイルは機能しなくなる。これが術主体の欠点だな。しかし、お前達のように真書の属性が高位な場合やある程度のレベルになった者なら大体の魔物は一撃で倒す事も可能だ。

 対して真具を主体にして戦う場合は逆に体力勝負になる。特に剣しかない今はケガを負いやすいな。これが真具主体の欠点だ。そのかわりほとんど気力を使わない分このスタイルは永続的に使う事ができる。……こんな感じにな。」

 司は言い終わると、振り向き様に自分の剣を抜き、そのまま空を切った。いや、ちょうどそこに何かが突進してきて、司はそれを狙って切り捨てたのだった。土岐はその一瞬の出来事が一拍置いて理解できた。

司の動きの意味に気付いた土岐はその何かを確認した。それは、牙の長いコウモリだった。

「そいつは吸血コウモリだ。普通のコウモリより好戦的で人間の血も吸うから討伐依頼も結構出るな。」

 空樹は吸血コウモリの死骸を見て言う。

「土岐、空樹、その吸血コウモリが軍勢で来るぞ。」

 司が二人に警告した瞬間、奥からバサバサと羽ばたく音が近づいてきた。土岐は慌てて身構え、空樹は急いで剣を抜いた。そして、二人の体制が整ったころ、吸血コウモリの軍勢が姿を現した。その数は間違いなく百以上だった。

「えっと、司、これは一旦……」

「引くぞ!」

 司は土岐の考えを聞くまでもなく二人に指示し、回れ右をする。土岐と空樹も同時に回れ右をする。そしてダッシュでコウモリの大群から逃げる。しかし、吸血コウモリは飛んでいるため速く、三人は坑道という悪路を走るため全力で走ることができなかった。そのためコウモリとの差はどんどん短くなっていく。

「司、なんかいい手はないのか。」

 空樹は逃げながら言う。

「さすがにあれを一気に倒す手は俺も持っていない。木の真書は特殊攻撃の方が得意なんだ。」

 司も逃げながら答えた。

「特殊攻撃……そうだ、土岐、あいつら全員眠らせろ。」

 空樹はとおりあえず思いついた手段を土岐に伝えた。

「あ、そうか。確かにあの術なら……あ、でも洞窟の中で使うと私まで寝ちゃうかも……」

 土岐は眠りの煙を自分も吸ってしまう場合を考えた。

「それを考えるのは後だ。とにかくやってくれ!」

 空樹は後ろを見ながら悲鳴じみた声で土岐に言った。

「分かった。」

 土岐は仕方なく走るのをやめ、吸血コウモリの方を向いた。

「エルム!」

 そして土岐は半ばヤケになりつつ、一応自分に当たるなという希望を込めながら吸血コウモリに向かって青い煙を放った。青い煙は土岐の希望通り土岐に当たることはなく、吸血コウモリの軍勢を眠らせた。しかし、それが精いっぱいで、おまけに空樹と司を眠らせてしまった。

「ふう、一応何とかなった。空樹と司まで寝させちゃったけど。」

 土岐は一応成功したので一息つくと、空樹と司を叩き起こした。そして、二人が目覚めた後、三人で行ったのは、まだ眠っているコウモリの軍勢を倒していく作業だった。もちろん寝ているので三人はコウモリの攻撃を受けることなくコウモリの軍勢を一掃した。

 コウモリを倒し終わると、三人は再び洞窟の奥へと進んでいった。その間に新たな魔物や動物は出て来ず、進んでいくうちに道が二つに分かれた。司はそこで一度止まり、二人に向き直った。

「さて、ここからは二人とも別の道を行ってもらう。ここでそれぞれに合った戦術を見つけるといい。二人だと自分の戦術の前にコンビネーションを考えて自分のスタイルが決まらない事があるからな。」

 土岐と空樹はそれに頷く。

「空樹はどっち行く?」

「俺は……右の道もらっていいか。」

「うん、それじゃあ私は左ね。」

 そして、それぞれ自分の行く道を決めた。

「決まったな。俺は先に行く。一応右の道を行くが敵は一体も殺さないように進むから心配はいらない。それとここから先はゴールまで明かりを灯さずに行く。それぞれ用意したランタンに火を灯して行け。どっちの道もほとんど同じ距離で、最後はまた同じ道に繋がっているからそこがゴールだ。」

 司は必要な事を言うと、さっさと右の道を歩いて行ってしまった。

 土岐と空樹は司が行ってしまうのを見届けると、それぞれの荷物の中からランタンを出す。土岐はランタンを出すついでにまだ見ていなかった荷物の中をあさっていた。

「あれ、結構いろいろ入ってるね。目薬、消毒、絆創膏……何でトウガラシ?」

 土岐はなぜか入っていた唐辛子を見て目を丸くした。

「ああ、トウガラシは幻覚系の術喰らった時に使うんだ。辛さで幻覚から強制的に抜け出せる。」

 空樹は土岐とは違い荷物の中身をよく知っているので、すでに荷物をまとめ、ランタンにも火が灯っていた。

「結構荒療治だね。」

 土岐はトウガラシについて考えるのをやめ、さっさと荷物をまとめた。そしてランタンに火を灯す。

「それじゃあそろそろ行こうか。」

 土岐がそう言うと、二人は別々に歩き出した。


 左の道を行く土岐は、ランタンの明かりを頼りに注意深く前へと進んでいった。その道は暗く、ランタンの光もあまり遠くまで道を照らしてはくれなかった。

歩き出してしばらくすると、「シュッ」と何かが空を切る音がし、次の瞬間何かが牙をむいて襲ってきた。

「きゃっ」

 土岐は悲鳴を上げながらもその攻撃を回避しようとした。しかし、避けきれずに土岐の腕に牙が当たってしまう。土岐は腕に鋭い痛みを感じたが、再び「シュッ」という音を聞いて、痛みに構わず避けた。今度はうまく回避できた。土岐は避けきると同時に剣を抜き、襲ってきたモノの正体を確かめる。土岐がランタンをかざし、その光の中に正体を現したのは先ほど軍勢で襲ってきた吸血コウモリと同じものだった。吸血コウモリは明かりに照らされた時にはすでに次の攻撃をするために態勢を整えていた。土岐は何とか倒そうとそこへ突っ込んでいく。

「…っ」

 土岐は吸血コウモリとの一気に間合いを詰めると剣を振った。しかし、吸血コウモリはその攻撃を上空に逃れることで難なく回避した。土岐も飛んで追撃しようかと考えたが、それはやめた。飛ぶという事は体力を消費するということでもあるのだ。どれだけ長い道のりになるかも分からない今、その戦法は控えた方がいいのだった。おまけに、土岐の斬撃は土岐が思っている以上にセンスがなかった。間合いの詰め方が甘く、切っ先がぶれているなど、初めての実践なので慣れていないうえに恐怖も多少は残っているにせよ、非常にな攻撃だった。そして、土岐の斬撃が空振りに終わった後、三度吸血コウモリがその鋭い牙をむき出しにして突進してきた。それはまさに一瞬のすきを突いた一撃だった。当然土岐の会費は間に合わず、その一撃は背中に当たってしまった。

「うっ、痛い。」

 土岐はすでに危険を感じていた。そしてそれはあながち間違いではなかった。吸血コウモリの牙には出血性の毒を出す毒腺があり、土岐は牙の一撃をその身に受けるごとにその出血毒をもその身に受けていたのだ。しかし、吸血コウモリは土岐の状態など考えはせず、次の攻撃のために態勢を整えた。土岐は急いでこの場をしのぐ方法を考える。そして、吸血コウモリが次の攻撃をしようとする直前にひらめく。

「レラーム!」

 それは吸血コウモリが突進しようとした時に唱えられた。土岐のその呪文は土岐と吸血コウモリの間に薄い光の膜ができた。コウモリはそれにあたったが、その膜は吸血コウモリにかかる衝撃すらも緩和してしまう。しかし、土岐はそれを気にしなかった。そして、一気に決着をつけるべく、再び呪文を唱える。

「ラナハナール!」

 土岐が創り出した光の渦は見事コウモリに命中した。そしてその一撃でコウモリはあっけなく死んでしまった。

「リーム」

 土岐は何とか生き残れたことに安堵し、自分の体力を回復した。

(私は武器の扱い下手なのかな……でもコウモリは接近武器がもともと相性悪いとか言ってたし、今度はグールみたいな奴が出てきたら試してみようかな。)

 そして少しだけ思案すると再び歩き出した。


対して右の道を行く空樹も辺りを注意しつつ前へ進んでいた。

空樹はそうしながらも先程の司の説明を考えていた。

(司も二種類のスタイルを教えてくれたけど、俺は武器の方が向いてるだろうな。事実術の扱いが土岐より下手くそだし。それに俺は加賀滋の爺さんから武器の修行をしてもらってるからまだ術使って戦うよりも安定するはずだ。)

 空樹がとおりあえず自分の使ってみようと思ったスタイルを決めると、狙ったかのように、そこにモンスターの足音が聞こえてきた。

「ちょうどよくお出ましか。」

 空樹はそこで立ち止まり、ランタンを近くに置いた。そして、静かに剣を抜いて片手で構えた。これは加賀滋に教えてもらった構えで、空いている方の手で能力を使えるように工夫された構えらしい。そして、空樹の準備が終わり、数瞬待った後、グールが暗闇の中から姿を現した。

(このスタイルを試すにはちょうどいい相手だな。)

 空樹は踏み込む形でグールとの距離を一気に詰め、初撃の切り込みを行う。加賀滋の修行を受けたせいか、その一撃は完璧なものだった。しかし、司も言っていた通り、武器での攻撃は手数勝負ともいえる。そのためグールはこの一撃だけでは死ぬ事はなかった。

(まあ武器での戦いだからそれくらいは予想済みだ。個人的には悪くはないと思えるな。)

 最初の一撃を終えて、空樹は反撃を食らう前にグールの後ろへと切り込み様に通り抜けた。そして、そのまま素早く転身し、グールが振り向こうとする隙にさらに斬撃を叩きこんだ。そして、グールが完全に振り向いた時、空樹は空いている方の手をグールの眼前に突き付けた。

「これで、どうだ!」

 空樹はそこからしっかりと溜めを作っておいた波動を放った。最初の一撃はまだ小さかったため、グールの顔を吹き飛ばすまでには至らなかったが、それでも今までの斬撃のダメージと合わさり、グールは力尽きた。

「ふう、さすがに最後の一撃は懲りすぎたか。」

 空樹がそう言うのも無理はない。波動を飛ばすのは比較的初歩の能力ではあるが、空樹自身まだあまり高いレベルではなく、多少なりとも必要以上の気力を使うことになってしまうのだ。

(ま、センスは悪くないか。)

 そして空樹は剣を鞘に納めると、置いておいたランタンを手に取り、再び前へと進み始めた。


 最初に合流地点に現れたのは空樹だった。空樹はあの後吸血コウモリや普通のコウモリにも出会ったが、うまく剣と能力を使って倒した。

「待たせたな、司。」

 空樹はまだ土岐が来ていない事だけ確認すると、土岐が来るであろうもう片方の道を見る。しかし、まだランタンの明かりすら見えてはいなかった。

「もう少ししてこなかったら見に行くつもりだ。心配するな。」

 司は空樹の様子を見てか言う。

「いや、どうもただ単に手間取ってただけっぽいな。」

 しかし、空樹は土岐の来るはずの道を指差し、司に杞憂であることを告げた。空樹の指さす先には、小さいながらもランタンの明かりが近付いてくるのが見えた。

 土岐は合流すると、ちょっと疲れた様子でここまでの道中での出来事を話し始めた。

「もう聞いてよ。最初は吸血コウモリの奇襲にあって、その後でまた吸血コウモリの大群を起こしちゃったんだよ。それはまた眠らせてから倒したからいいんだけど、その後グールが一気に三体も出たりもう踏んだり蹴ったりだったよ。」

 土岐は、おかげで気力が一気に減っちゃったよ。と、一通り愚痴る。

「そんなに魔物がいたのか。聞いていると術主体の戦い方をしていたようだが、大丈夫か。」

 司は土岐の愚痴を聞いてちょっと心配になる。

「うん、結構気力使ったから体がちょっとだるい……」

 土岐は笑ってはいるものの、言葉から分かるように顔にも疲れが出ていた。

「少し休んだ方がいいな。空樹、何か飲むものはあるか?ついでに軽食があれば助かるが。」

 空樹は司に言われてすぐにカバンをあさった。そして、お茶の入った水筒と、いくつか缶詰を取り出した。

「とおりあえずお茶でも飲め。」

 空樹はお茶をコップに分けて土岐の差し出す。

「ありがとう。」

 土岐はお礼を言ってお茶に口をつけた。

ぐう~

お茶を飲んだ瞬間、土岐の腹は唐突に鳴いた。

「―――」

 それに合わせて土岐の顔も真っ赤になった。

「結構派手にやったらしいな。とおりあえず乾パンも食べとけ。」

 空樹は持ってきておいた乾パンの缶詰を土岐に投げ渡した。土岐はそれを無言で受け取り、ふたを開けて無言でお茶を飲みながら食べ始めた。

 土岐が軽食を食べている間、司は土岐の身体を隅々まで眺めていた。

(服が赤くなっているところから見て一度は出血もしているな。ん、よく見ると所々血の汚れの跡も見える。これは気力だけでなく体力も相当消費しているな。)

 司は空樹の方も見るが、空樹は大きなダメージを負ってはいないようだった。

「(空樹、余裕があれば魔物がこっちに来ていないか注意していてくれ。土岐は外見以上に消耗しているようだ。)」

 司は土岐に聞こえないように小さな声で空樹に言う。空樹は無言で頷きつつも、お茶を司にも渡す。

司と空樹とで周りを警戒しながらしばらく休んだ後、明らかに土岐に元気が戻ったのを確認すると、三人は残った食料と飲み物を片づけ、荷物をまとめた。

「土岐、もう大丈夫だな?」

「うん、体力気力ともに十分回復したよ。」

 土岐はもうすっかり元気であることを、心配する司にアピールする。

「よし、それなら次の修行を始める。次は土岐と空樹で組み、この洞窟の行き止まりまで行ってこい。」そこで司は人の形に切られた紙を取り出す。「洞窟の行き止まりにはこれと同じものを2枚置いてきてある。一人一つずつ持って戻ってくれば今日の修業は終わりだ。」

 司のその言葉を聞いて、二人はさっさと修行を終わらせるべく、洞窟の奥へと進んでいった。

 合流地点の明かりが見えなくなるまで進むと、空樹が歩きながらも口を開く。

「土岐、一応今覚えてる術の効果教えてくれ。俺のも教えとくから。」

「え、それやると何かいいことあるの?」

 土岐は空樹のやろうとしている事が分からず、とおりあえず質問という形を取る。

「組んで動く場合はそれぞれのスタイルと術の効果をお互いに知っていた方が戦いやすいし戦略も立てやすいだろ。」

「あ、そうか。そこら辺はゲームと同じわけか。」

 土岐はポンと手を打つ。

「いや、そこら辺はゲームが現実の戦略を取り入れて少し発展させただけだな。」

 空樹が少しだけ訂正を加えると、とおりあえず個々が選んだ戦闘スタイルと、術の効果を一通り教え合った。そしてある程度の役割分担を行い、再び洞窟の奥へと進み始めた。

 二人がしばらく進んでいくと、やっと洞窟の奥が見えてきた。しかし、その前には司が見せた紙の人形と同じものが二つ、それも。

「あ、見つけた。」

 土岐はその人形に近づこうとする。

「まて、それは罠だ!」

 空樹は近づこうとする土岐に注意を促す。

「え、――」

 土岐がそれを聞いて立ち止まった瞬間、浮かんでいた人形の一体から土岐に向けて波動が放たれた。油断していた土岐はその一撃を諸に喰らい、吹っ飛ばされて地面を転がる。

「土岐!……っち」

 空樹は土岐を助けようとしたが、もう片方の人形から波動が放たれたのを感じ、それを一旦避ける。その後再び土岐を助けようと試みるがもう片方の人形から再び波動が放たれ、空樹は仕方なく再びそれを避ける。

(っち、今の俺が二体の式神を相手に土岐を助けるのは難しいな。せめて一体減らさないとどうにもならないか。)

 空樹は土岐より早く島に来ていた分、この島に関する事を調べていた。その過程で魔物の生態についても調べたことがあり、人形から人工的に作られる魔物、つまり式神についても知っていた。そして、式神が二体でいることで、攻撃的隙がほとんど無くなってしまう事も空樹は知っていた。

(なら、突っ込むしか攻撃手段はないか。)

 よって空樹は、仕方なく剣を片手に相手の懐まで何とか入り込み、式神の一体だけでも倒し、それでから急いで土岐を助けようと考え、そしてそれを実行に移した。

 空樹は二体の式神から交互に放たれる波動を避けつつ、式神に向かって、突っ込んでいく。しかし、近付くにつれて波動を避けるのがどんどん難しくなっていく。そして、あと一歩で剣の間合いに入るという所で、狙っていた方とは別の式神から放たれた波動が足を掠めた。

「うお」

 空樹はその衝撃で倒れ込んでしまった。その隙にも狙っていた方の式神の波動が、空樹めがけて放たれようとしている。

(っち、これは一発もらうのは覚悟しないといけないか……いや、結構痛そうだからここで気月して終わりって感じかな……)

 空樹は少しでも衝撃を抑えるために、剣を前に出して盾の代わりにする。そして、その動作が終った時、式神から波動は放たれた。

「レラーム!」

 空樹に波動が当たる寸前、その後ろから声がしたかと思うと、波動と空樹の間に光の膜ができた。そして波動はその幕に当たって消滅した。

「え、……」

 相当な痛みを覚悟していた空樹は、いきなり変化した状況に完全についてこれていない。

「ったく、油断したせいで不意打ち喰らうなんて、ほんとにバカみたい。」

 土岐はいつの間にか起き上がり、一人でブツブツと文句を言っている。

「おまけに私が一瞬気絶してる間に空樹は突っ込んでくし、一歩間違えば私より空樹の方が大怪我してる所じゃん。」

 土岐は少し涙目になりながら空樹をしかると、キッと式神を見据える。

「おい、土岐、体は大丈夫なのか?」

 空樹はやっと今の現状を理解し、土岐に声をかける。

「うん、すぐに回復したから大丈夫。それと、空樹は黙って見ててくれない。こいつらの相手は私の方がいいからさ。」

 土岐の声は優しかったが、体からにじみ出ている気迫は有無を言わせないものだった。どっちにしろ空樹は足のダメージが抜けるまで動けそうにないので、仕方なく首を縦に振るしかなかった。

「分かったけど……なんか手はあるのか?」

「見てれば分かるよ。」

 空樹の問いに土岐は不敵に笑って答えると、先ほどの空樹同様式神に向かい、走って突っ込んでいく。突っ込むという事は土岐は式神の波動攻撃の中へと入って行くのだが、……

「レラーム!」

 土岐は走りながらも式神の目の前に壁のような結界を張った。式神から放たれる波動は、目の前に創られた決壊にすべて散霧されていき、土岐はその間に術の射程まで入り込んだ。

「ラナハナール!」

 土岐は波動の切れ目を見つけ、そこで結界を消しつつ攻撃用の呪文を唱えた。しかし、それを式神は回避した。

 そして、式神は紙の身体を光らせると、まるで鬼のような形になった。

「え、もしかして今まで結構手加減されてた?」

 土岐は呆然と呟いたが、その隙にも式神は手を前に出し、波動を放とうとしている。

「あ、しまった。れ、レラーム!」

 土岐は慌てて空樹も同時に包めるくらいの結界を張った。今度は形を指定する暇がなかったのでドーム状の光の膜が出来上がった。

「かっこいいこと言っておいてあれだけど、あれが本性?」

 土岐はひきつった笑みを浮かべる。

「らしいな。でも図体ほど強くはないはずだ。俺達二人ならなんとかなると思うぞ。」

 対して空樹は余裕の表情だった。

「そうか、私だけで無理でも空樹と一緒に戦えばまだ何とかなるかも。」

 土岐はそれを声に出して言う。

「と、その前に、リーム」

 土岐は空樹の傷を回復する。

「これで歩ける?」

 土岐が確認すると、

「ああ、歩くどころかしっかりと動ける。」

 と、頼もしい答えが空樹から返ってきた。

「よし、それじゃあ……」

 土岐が式神二体を見定める。

「……行くとするか。」

 そして、空樹の掛け声で二人は式神との戦いを再開した。

「土岐、もう結界が壊れそうなのは気のせいか?」

「うん、間違いなく壊れる。慌てて作ったからいつも以上に力が入ってないし、おまけにドーム状に張ったから一点一点の防御量が小さくなってる。」

「そうか、なら新しい結界作ってくれ。今の俺達だとどっちにしろ近寄らないと攻撃できないからな。」

「うん、今度はそう簡単に破れないやつを創るから安心して突っ込んで。レラーム!」

 土岐は今にも壊れそうな結界の前に、先ほどと同じような壁のような結界を張った。念のために壊れそうな結界もそのまま使いつつ、二人は式神との距離を詰めていく。そして、再び土岐の攻撃呪文の射程に入った時、壊れかかった方の結界を消し、

「ラナハナール!」

 土岐は攻撃呪文を唱える。しかし、式神は先ほどと同じように簡単に避けてみせる。

「そこだっ」

 空樹は土岐の攻撃を回避した直後を狙って、渾身の一撃を叩きこむ。式神はその攻撃を諸に受け、断末魔を上げることなく紙へと戻った。その紙は、式神を切った場所と同じ部分が切れていた。

「まずは一体。」

 空樹が言うと、土岐はもう片方の式神に向かっていく。

「?」

土岐は術の射程に入る前にそう呟き、一気に射程の中へと入りこむ。

「ラナハナール!」

 そして、先ほどとは比べ物にならないほど大きな光の渦を式神に叩きこんだ。式神は避けようと試みたが、渦が大きすぎて避ける事は出来なかった。

「おい、そんな器用な事できるなら最初からやればよかっただろ。」

 空樹は土岐の出した大きな光の渦を見ながら言った。

「これね、ある程度威力が衰えるし使う気力もちょっと多いから燃費悪いんだよ。」

 そこまで言うと、渦の中から式神が這い出てきた。

「おかげでさ、ほら、本来なら一撃で倒せるはずなのにまだ生きてるよ。空樹の斬撃よりも威力が低いなんて意味がないよ。ラナハナール!」

 土岐は、とどめの一撃を式神へと放つ。今度の一撃は、小さかったが、鋭く、見ただけでも威力を重視した一撃であることが分かった。式神はやっと出てきた所なので、回避できるはずもなく、その一撃を受けて元の紙へと戻った。

「ふう、これで終わりだね。」

 土岐は一息つくと笑って言った。

「ああ、あとはそこにある人形を持って司の所に帰れば今日は終わりだ。」

 空樹の指さす先には簡単な台座のようなものがあり、そこには二枚の人形が置かれていた。二人は一枚ずつそれを持つと、司の所まで戻るべく、来た道を戻って行った。

 戻る道でも注意はしていたが、もう魔物は出てこなかった。そして、司の所まで戻ると、

「ただいま。言われたものも持ってきたよ。」

 と、二人は紙の人形を司に見せた。

「よし、それなら帰ろう。それとその人形はお前達が持っていろ。今はまだ使えないがお前達もいつか式神を使えるようになるはずだ。その時に使うから大事にとっておけ。」

 司は二人の様子を見て、休憩しなくても街までは戻れるだろうと考えてから洞窟の出口に向かって歩き始めた。

「終わったー。」

 土岐は、歩き出す前に一度背伸びをした。

「土岐、一応まだ気を抜くなよ。帰り道でまた吸血コウモリの大群とやり合うことになるかもしれないからな。」

 空樹はからかうような笑みを浮かべて言う。

「う、それはもういいかも。」

 土岐はうなだれて空樹に答えた。

 三人が来た道を戻って出口へと向かう途中、さすがにもう吸血コウモリの大群は出てこなかったが、単体の吸血コウモリやグールが数体出てきたが、土岐と空樹はまだ余力があったので出てきた魔物を分担して倒していった。しかし、あと少しで出口という所である異変が起きた。

ゴゴゴゴゴ

 突然地面が揺れ始めたのだ。

「うお、」「きゃっ」「くっ」

 三人はいきなり地面が揺れたので小さな悲鳴をそれぞれ上げた。

「地震か?」

 空樹は揺れの中でも落石がないかとすぐに周りを確認する。しかし、三人はすぐに知る事になる。これは地震ではない事を。

「おい、あれは一体どうなってるんだ……」

 揺れの中。一番最初に異変に気付いたのは空樹だった。それは洞窟の中に転がっている石ころが、洞窟の入り口の手前で集まり始めたのだった。

「そんな、馬鹿な。いったい誰がこんなふざけたことを……」

 司が驚いている間にも、医師はどんどん集まって行き、集まった石は竜のような形をとった。

「おい、司、あれはもうそう簡単には出会わないはずじゃなかったのか?」

 空樹を見ると、すでに恐怖で震えていた。どうやら形だけではなく本当に恐ろしい魔物らしい。

「そのはずだ。今はもう滅びた術を使って作られる禁断の魔物の内の一体だからな。」

「ねえ、そんなにやばい相手なわけ。あの石でできたドラゴン。」

 司も身構えているというのに、土岐はまだ状況をつかめずに呆然としている。

「やばいな。俺と土岐は特に。あいつの名称はストーンドラゴン。司くらい強けりゃ何でもないけど俺と土岐じゃあ傷一つつけるのも一苦労だろうな。」

 空樹は絞り出したような声で土岐の疑問に答えた。

「……危険はないとか言っときながらいきなり危険度大ですか。まあ多少はさっきのうちに覚悟しておいたけど。それにどっちにしろあれ倒さないと帰れないしね。」

 土岐はもう恐怖を感じるどころか逆に開き直り、もうすぐ形が整い攻撃を始めるであろうストーンドラゴンを悠然と睨みつける。

「おい、それが修行始める前まで怖がってたやつが言う言葉か?いや、恐がられるよりはましかもしれねえけど、一足飛びでどこまで大きな覚悟してるんだよ。怖がってる俺がバカ見てえじゃねえか。」

 空樹は土岐の様子を見て、恐がっている自分がバカらしくなってしまった。

「まったくだ。下手に身構えてる俺が恥ずかしい。」

 司も土岐の様子を見て肩の力を抜いた。

 そして、二人も土岐と同じように悠然とストーンドラゴンを睨みつけた。

「それじゃあ、」

「とおりあえずこのストーンドラゴンぶっ倒して、」

「町に帰るとしよう。」

 土岐、空樹、司の三人はストーンドラゴンの目に当たる部分が光りだしたのを合図に、言い放った。

「二人は俺の援護に回ってくれ。さすがにまだこいつの相手を二人に任せるわけにはいかないからな。」

 司が二人に指示を出すと、ストーンドラゴンの口が開く。

「あ、危ない!レラーム!」

 土岐はストーンドラゴンの動作を見てすぐに結界を張る。急いで創ってはいたが、土岐は一撃で壊れないようにと、とにかく強度の高い結界を創った。

 土岐の結界が張られると、それを追うようにストーンドラゴンは無数の石を吐いてきた。その攻撃は、土岐の張った結界に簡単にひびを入れてしまった。

「うそ、結構強い結界張ったのに一撃でひびがはいるなんて。」

 土岐は泣き言を言いながらもさらに強い結界を張るべく呪文を口にしようとした。

「待て、俺が結界が壊れた瞬間を狙って攻撃する。もう結界を張る必要はない。」

 司は土岐が結界を張ろうとするのを遮り、いつ結界後壊れてもいいように準備する。

 ストーンドラゴンは、邪魔な結界を壊そうと再び無数の石を吐いた。その一撃は、結界を壊わしても止まらず、司は一度回避しようかと考えた。

「グラシル!」

 空樹は司が行動を始める前に司の前に出て呪文を唱えた。その呪文に呼応して、扇状の闇が現れると、石を全て打ち砕いた。

「司、後は頼んだ!」

 空樹はすべての石を相殺できたことを確認することなく司の前から退いた。

「ジァルマジール!」

 司は一気にこの戦いを終わらせるべく、司の使える一番最強の呪文を唱えた。司がその呪文を唱えた瞬間、眩い光が一瞬だけ辺りを包み込んだ。そして、その光が消えた後には青い鱗を持った本物の龍が現われていた。

「青龍か。確かにすぐ終わらせるにはもってこいだな。」

 空樹は青い鱗を持つ龍を見てつぶやいた。

「へ、青龍ってあの龍の事?」

 土岐は青い鱗を持つ龍を指して空樹に尋ねる。」

「ああ、上級の召喚獣であり、神獣の内の一体だ。人の作った紛い物の竜なんて簡単に倒すだろうな。」 

 空樹がそんな説明をしている間にも、ストーンドラゴンと青龍の戦いは始まった。青龍はその長い体を窮屈そうにしながらも、器用に尾の一撃を加える。その攻撃で一度はストーンドラゴンの胴が半分ほど壊れるが。ストーンドラゴンは周りの石ころを使って簡単にそのダメージを回復してしまう。青龍はそれならばと青い吐息を吐きかけた。ストーンドラゴンにその吐息が当たった瞬間、ストーンドラゴンの身体から植物の芽がいくつも出てきた。出てきた植物の芽は急激に成長し、瞬く間にストーンドラゴンの身体を覆ってゆく。ストーンドラゴンも今度ばかりは身動きが取れなくなり、すでに何一つ抵抗できなくなっていた。そして、植物がストーンドラゴンを完全に侵食した頃、青龍は再び尾の一撃を叩きこみ、もう二度と復活しない事を確認してから消えていった。

「よし、帰るとしよう。」

 司はストーンドラゴンを完全に倒したのを再度確認してからこの戦いの終わりを告げた。土岐と空樹も一度頷き、三人は採掘洞窟から出て町へと戻った。

 町へと戻ると、司は長老への報告があると言ってすぐに長老の家へと向かってしまった。その時司は二人で先に家へ帰っているように言っていたので、二人はそれにしたがい、家へと帰った。二人が家に戻ると、空樹はふと何かを思い出した。

「土岐、ちょっとついて来い。」

空樹はそう言ってから家のいちばん奥まで土岐を連れていった。家の奥にも一つ扉があり、土岐はまだその奥へと進んだことがなかった。空樹はその扉を静かに開けて土岐を招き入れた。その部屋の中には大量の本が、いくつもある本棚に納められていたり、山積みにされたりしていた。

「すごい……」

土岐はその本の量を見て呆然と呟いた。確かに土岐の部屋にある本の量も尋常な量ではなかったが、ここはその比をはるかに超え、まるで小さな図書館とも言えるくらいの本がそこにはあった。

「驚いただろ?ここが司の書斎なんだ。簡単な調べ事なら大体ここで終るぞ。」

 空樹はそう言いながらも近くにあった積まれた本の山からうまい具合に一冊抜いた。

「今回はこの本だな。ん、土岐?」

 空樹は本を引き抜くのに少し集中していたので気付かなかったが、土岐はこの部屋に入った瞬間目を輝かせていた。そして、本の山を見て完全に自分の世界へと入り込んでしまった。

「おい、こら土岐!」

 空樹に体をゆすられ、土岐はハッとして空樹を見る。

「あ、ごめん。私たくさんの本を見ると自分の世界に入り込んじゃう癖があって……。」

 土岐は笑ってごめんと謝った。

「そんなにか。」

 空樹はあきれて言う。

「あ、でも私よりすごい子もいるよ。その子は本読むために独学で5カ国語位マスターしちゃった。」

 土岐が自分よりすごい例を言う。

「上には上がいるってことか。」

 空樹はもうあきれて何も言えなかった。

「まあとにかくこの本を読めば多少は俺達のの意味もわかると思うぞ。」

 空樹はとおりあえず先ほど本の山から抜いた本を土岐に差し出した。土岐は本を受け取り、その表紙を見ると、そこには「さまざまな召喚獣」と書かれていた。土岐はとおりあえずその本をめくってみる。

『朱雀、青龍、白虎、玄武は四神と呼ばれ、東西南北を一体ずつが守護する。詳しくは、朱雀が南を、青龍が東を、玄武が北を、白虎が西を守護しており、これにさらに中央の守護獣黄龍を加えたものを五神という。』

「これ……陰陽道の基礎知識?」

 土岐は訝しげに空樹に言う。

「ああ、おれも最初はそう思った。でもこれはそんなもんじゃなかった。れっきとした光と闇の真書について書かれた本だった。」

 空樹はそこでふと窓の外を見た。窓の外はもう夕焼けで染まりはじめていた。

「げ、もうこんな時間か。土岐、悪いけど夕飯の支度手伝ってくれ。これじゃあ夕飯の時間に間に合わない!」

 空樹が慌てて土岐に言った。

「あ、うん、わかった。」

土岐はまだ読みたいという気持ちもあったが、夕飯の方が大切だと思い、本を置いて空樹と共に夕飯の準備に向かった。――

 翌日、土岐は朝食を食べ終えると、再び書斎へ行き昨日読みかけた本を読み始めた。

『そして、木、火、土、金、水のそれぞれの真書はその最奥の術によりこの五神の内の一体を召喚する事ができる。詳しく言えば、木の真書では青龍を、火の真書では朱雀を、土の真書では黄龍を、金に真書では白虎を、水の真書では玄武を召喚することができる。』

 土岐はそこでやっと司の持つ真書の属性を確信する事が出来た。

「そうか、司はやっぱり気の真書の使い手なんだ。」

 一人で納得しながらも、土岐は次のページをめくる。次のページからは、新たな項目について記されていた。題名は、「光の召喚の力と闇の召喚の力」。

「ここからは私と空樹の能力についてかな。」

 土岐は何気なくページをめくり、本文を読み始める。

『光の真書は五神および、様々な聖獣と称されるモノを召喚する事が出来る。しかし、これはあくまで中盤で覚えられる術の効果であり、最奥の術ではさらにとてつもない存在を召喚できるといわれている。』

「え、ちょっとここまで強いものなの?」

 土岐は思っていた以上に強い力を手にしていた事を、今更ながらに恐ろしくなってしまった。

「もうそこまで読んじまったのか。俺もその項目読んでちょっと怖くなったから土岐には少しずつ知ってもらおうと思ってたのにな。」

 土岐がハッとして振り向くと、そこには空樹がいた。どうやら土岐が集中して本を読んでいる間に入ってきたらしい。

「土岐、今の怖いという気持ちは忘れない方がいいぞ。俺達はそれなりに危険な能力を持っているのには変りもないからな。」

 空樹はそこで、でもな、と付け加える。

「能力を使うのは土岐だ。土岐がその能力の使い方を間違えない限りは誰にも危険はないんだ。」

(ま、それは俺も同じことだけどな……)

 空樹は内心で自分にも言い聞かせながらも、少し涙目な土岐にも言い聞かせる。

「うん、でもこんな能力を持ってるなんて、もう普通の中学生じゃないな、私。」

 土岐が悲しみにくれていると、

「ん?あっちに戻れば普通の中学生に逆戻りだぞ。」

 空樹はなんでもないといった様子で土岐の言葉を否定した。

「へ?」

 空樹のその言葉に、土岐は間の抜けた声を出した。

「いやな、この島には特殊な結界が張られてて、術の力もこの結界の中でしか使えないようになってるらしいんだ。今はもうどういう仕組みかなんて知ってるやつは少ないらしいけど、とおりあえずこの島の周辺から完全に離れちまえば待っているのは文字通り普通の生活らしいぞ。」

 空樹の言葉を聞いて、土岐は完全に頭が真っ白になった。

「それてつまり……」

「ああ、生きて帰ることさえできれば俺達は普通の生活を送れるってことだ。」

 空樹のその言葉を皮切りに、土岐は泣きだした。それは先ほど浮かべた悲しみの涙ではなく、日常に戻れることが分かった、安堵の涙だった。

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