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真空の島  作者: 葉月 風樹
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プロローグ

 七月、梅雨も明け、暑さも本格的になってきた頃。そろそろ海水浴に行こうと考える人もいるだろう。だが、中学三年生となると―特に自分の実力より少し上の高校を志望していると―そろそろ本気で受験勉強を始める頃であろう。そんな状況下にいる不特定多数の中の一人である市在住の少女は、自分の部屋で本を読んでいた。最初に断っておくが、読んでいるのは教科書やら参考書やらと言うものではなく、ファンタジー系のライトノベルだった。

「……」

彼女はそれを読み続けていく。彼女の部屋の中には、時折風が鳴らす風鈴の音と、彼女が本のページをめくる音だけが響いていた。しかし、この2つの音の中に、もうひとつ音が加わった。

「……はぁ」

それは彼女のため息だった。それを合図にするかのように、彼女は読みかけの本をパタンと閉じ、そのまま積み重なった本の上にさらに積み重ねた。

「本を読むのにも飽きたし、ゲームはほとんどやりつくしたし、もう何にもやる事なくなっちゃった。あーヒマだ。」

彼女には最初から勉強という選択肢は考えの中には無いようだった。その証拠に、勉強道具一式は、彼女の学生かばんの中に入ったままであった。学生かばんには鳥山 土岐(とりやま とき)というネームが入っていた。これが彼女の名前らしい。

(あー、暇で死ぬかも。)

土岐はそんなありえない死に方を考えてしまうほど暇なようだ。ちなみにまだ夏休みは始まっていない。今日は日曜日だ。

 土岐の部屋の中には、机とベッド、そして大きな本棚とその中にところ狭しと並べられた本、さらには本棚に納まりきらなかった本が床に積まれていた。しかし、もっとよく見てみると、本棚の隣にはテレビがあった。さらにはテレビからいくつかのコードが延びていて、それは全てゲーム機につながっていた。しかし、どちらも本に埋もれているためよく見えない。これらがある事を知らない人がこの部屋を見れば、ある事すら分からないだろう。言ってしまえば土岐は書庫で生活しているようなものだった。

 土岐はしばらく何をしようか考えていたが、結局何も思いつかなかった。「はぁ」と小さくため息を吐き、何気なく窓の外に目をやった。開けられた窓からは、随時涼しい風が部屋の中に入り込んで、風鈴を鳴らした。土岐がしばらく空を見ていると、風に紛れて一枚の紙が部屋の中に入り込んできた。土岐は、なんだろうと思いながらも、その紙を手に取り、窓の外を見た。しかし、外には誰もいなかった。土岐は手に取った紙を見た。どうやら何かのチラシのようであった。

『新作モニター募集!詳しくは裏面をご覧ください。』

これを見た瞬間、土岐の目は輝きを取り戻した。そしてそのままチラシを裏返した。

『募集人員二名様限り、ただし審査員のテストの合格した方限定。審査の期間は七月一日~七月二十日まで、ただし、予定人数になり次第終了。審査場所は蘭崎駅前商店街内、ゲームショップ港。』

土岐は全て読み終えると、素早く身支度をして、チラシをつかんで部屋を飛び出した。しかし、飛び出してすぐに誰かとぶつかってしまった。

「痛っ」

土岐は尻もちついた所をさすりながらぶつかった人を見た。そこで土岐は誰にぶつかったのかを理解したが、「土岐、いつも部屋から飛び出すなって言ってるでしょ。」と怒られた。

「ご、ごめんなさい。」

土岐は気まずそうに視線をそらして呟いた。土岐がぶつかったのは、土岐の母親だった。時の母親は、土岐の持っている散らしを見ると、「今度は何を買う気なの」と、チラシを取って内容を見た。「あっ」と土岐は取り返そうとしたが、その行動はあっさりかわされた。土岐はあきらめず、もう一度チラシに手を伸ばした。今度もかわされるかと思ったその行動は、意外なほどあっさりと成功してしまった。土岐も何か変な気がして、母親の顔を覗き見た。土岐の母親は何か懐かしいものを見ているようだったが、土岐が見ているのに気づき、笑ってごまかした。

「土岐、この審査受ける気なの。」

 母親は自分の感情をごまかしながらも土岐に尋ねた。

「うん、…だめ?」

土岐は、頷きながらも、母親の顔色を伺った。

「どうせだめっていっても受けるんでしょ。」

「さすが母さん、わかってるじゃん。」

「はぁ、分かった。受けてもいいけどちょっと待ちなさい。」

土岐に何を言おうが止められそうにない事を再確認した母親は、土岐を廊下に待たせ、自分の部屋に入っていった。土岐がしばらく待っていると、「おまたせ」と、言って母親が部屋から出てきた。よく見ると、その手には、封筒が握られていた。母親は、その封筒をそのまま土岐に差し出した。

「この手紙を持っていきなさい。これを審査員に渡せばもしかしたら合格できるかもしれないから。」

「ん、これ何が書いてあるの。」

土岐はまじまじと封筒を見ながら言う。

「それは秘密。開封するのもだめだからね。分かった?」

母親は、土岐がコクリと頷くのを見てから、笑って…少し無理やりに笑って封筒を渡した。そして、「さぁ、行ってきなさい。」と少し寂しそうに土岐を送り出した。土岐はそれを少し変に思いながらも、「うん、行ってきます。」と元気に元気よく家を出ていった。

土岐は家の近くのバス停からバスに乗り、蘭崎駅前まで行く事にした。家から出ると、丁度バス停近くまでバスが来ているのが見えたので、土岐は少し走って無事バスに乗車した。土岐は蘭崎駅にバスが近づくにつれて、新しい何かが近づいてくるようにさえ思えた。―それは半分当たっていたのだが―そして、バスは蘭崎駅停前に到着した。

 蘭崎駅には東口と西口があり、その二つを貫くようにして蘭崎駅前商店街があった。しかし、それは商店街自体も東西に分かれるという事でもあった。そこで造られたのは駅の横にある歩道橋だった。

 土岐が今いるのはバス停のある東側だが、目的地であるゲームショップ港は西側にあるため、必然的に歩道橋を通る事になる。しかし、この歩道橋の評判はあまり良くない。その理由はというと、階段が急で、しかも長いのだ。それは、ある程度体力に自信がある時が登り切るだけで少し呼吸が荒くなるほどだった。階段が急な分、中間部は広くなっており、そこにベンチを置いて休憩できるようになっていた。ちなみにそこから街を一望できる、景色が良いスポットでもあった。

土岐はそこでしばらく休むと、再び商店街の西側に向かい歩き始めた。ここから先の階段は言うまでもなく下りなので、もう疲れる事はない。

 土岐は歩道橋を渡り終えると、迷わず右側七番目の店に入った。土岐の持っているゲームのほとんどはこの店…つまりゲームショップ港で買っている。よって土岐はこの店の事はよく知っていた。

 土岐が港と書かれた押し扉を開けると、「カラン」と扉に付けられた小さな鈴が小気味良くなった。中は普通のゲームショップとは違い静かだった。店内にあるのは、宣伝用のポスターと、ケースの中にある様々な種類と色のゲーム機本体、そしていくつものゲームカセットがあった。ケースの中のゲームカセットは、一見は普通のゲームカセットだが、よく見てみると、その中には予約限定版であったり、本数限定版であったりと、本来は普通に売られているはずのないものが売られている。この店はこの近辺のゲーム好きには有名な店だった。土岐もいつもは掘り出し物がないか端から端まで探すのだが、今日はそれをせずに店員のいるカウンターへと向かった。土岐がカウンターの前に立つと、店員はめんどうくさそうに「何か?」と聞いてきた。土岐は、その店員のいつもの態度を気にする事なく、さっきチラシを取り出した。

「これに参加したいんですけど。」

土岐はそう言ってチラシを店員に渡した。店員は渡されたチラシをしばらく見ると、「名前と年齢は?」と事務的に聞いてきた。

「鳥山土岐、十四歳です。」

土岐はすぐに答えた。店員は名前を聞くと、「鳥山…」とだけ呟き少し考えた。その様子を見て土岐は、「どうかしましたか?」と、ちょっと心配になって言った。

「いや、なんでもない。まだ未成年だが親は許可しているのか?」

店員は何もなかったかのように質問を再開した。それを見た土岐はホッとして、

「はい、それと母から手紙を預かっているんですけど。」

土岐はバッグの中から封筒を出して、店員に差し出した。店員はそれを無言で受け取り、封を切って読み始めた。途中、店員の表情が恐怖に染まっていくようにもみえたが、土岐はそれに気づかずに店員が手紙を読み終えるのを待った。

 店員は手紙を読み終えると、表情に恐怖という感情を出さないようにしながら言う。

「……合格だ。」

店員はカウンターの引出しの中から一枚の紙を取り出した。

「これに出発する日時、持ち物が書いてある。同時にこれは合格通知でもある。出発までに紛失すると、不合格扱いになるから注意してくれ。以上だ。」

店員はそう言って紙を土岐に渡した。

「ありがとうございました。」

土岐は紙を受け取るとそう言って、店を後にした。

 土岐が店から出て行った後、店員――はもう一度手紙を読み返した。

『今は多分司が案内人をやっていると思うので命令します。土岐を合格にしなさい。もし司以外の方でも、私と凪森の子どもだから間違いないと思います。

 最後にもう一度司へ。見なかった事にして不合格になんてしたら後が怖いから覚悟しておくように。鳥山より』

これが手紙の内容だった。司は再び読み終えた手紙を引出しの中にしまうと、ため息交じりに呟く。

「こんな脅し方って無いだろう。」

 司は頭を抱えながらそう言いつつも、どこかいい方向に向かっているようにも感じていた。


読んでくださりありがとうございます。

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