転生運輸に就職します。
俺の名前は長谷川浩次、三十九歳。
妻も子供もいる、極々普通の長距離トラック運転手をしている。
……いや、していた。
気がついたら、俺は真っ白な空間に立っていた。
そして、ゆっくり歩いていた。
どこへ?
自分でも分からない。
SF映画にでも出てきそうな高くスマートなデザインの塔。
鈍く輝く青い外装と磨き抜かれたガラス窓。
雲の上を歩くようなふわふわとした地面。
「!」
俺以外にも、白い服をきた老若男女がふらふらした足取りでその建物へ入っていった。
大きな玄関ホールをくぐるとみんな……俺を含めてそこで立って、ただ待つ。
一人一人が二階の部屋に入り、そして二度と出てこない。
あとから入ってきた人間に押されるように、順番に前へでる。
いつしか俺の番になっていた。
その頃にはもうおおよその察しがついている。
ここは……もしかして死後の世界というやつなんじゎないのか?
俺は死んだのではないか?
まとまらない頭がそう繰り返し呟く。
その都度否定し続けた。
大体、死んだ記憶がない。
あっても嫌だが、そうだ、死んでないはずだ。
——死んでないよな?
繰り返す。
自問自答を。
予想を否定しながら二階への階段を上がる。
一つの部屋の前で、足は止まった。
この先に俺の考えを決定的にするものがある。
予感だが、そう思った。
「次の人どうぞー」
意外にも軽い口調で呼ばれて、手が伸び、ドアノブを回した。
灰色の扉を開いて部屋に入ると、ぐぅん、と体が突然重くなる。
そして、白いタイルの床と灰色の壁、事務机と書類で埋め尽くされた部屋に降りた。
そういう感覚だったのだ。
部屋にいたのはおっさんだ。
事務机のある場所から左側には、応接用のテーブルと黒いソファーがある。
対面式のその場所の、右側のソファーに作業着のおっさんが座っていた。
なにやら書類を手に、俺の方を見ると手を伸ばして自身の前のソファーを指差す。
「こっちこっち。座って」
「……は、はい」
促されて、つい返事をしてしまった。
なんだか面接のような空気感に敬語で返事をし、言われるがままソファーに座る。
目の前にいたおっさんは優しげで、髪もふさふさ。
イケメンが老けたらこんな感じなのだろう。
紙を見終わると顔を上げて俺と向き合った。
「若いねえ、三十九歳。働き盛りじゃないか」
「え? は、はい」
「まあいい、じゃあ、うちの会社について説明するね」
「へ? は、はい?」
会社?
やはりここは会社なのか?
あの外装からは思いもよらないな。
そんな事を思いながら、おとなしくおっさんの話を聞く事にした。
なんとなく悪い人ではなさそうだし、もしここが死後の世界だとしてももっと閻魔大王みたいな怖い人に天国行き地獄行き、とか決められる裁判所のような場所を想像していたのだ。
しかし、会社ときたもんだ。
俺はいつの間にか前の会社を辞めて、新しい会社を探していたんだろうか?
いや、やはり記憶がないぞ?
「うちの会社は主に神々の尻拭いだ。最近の神々は古の神々と違って駄目神が多くてなぁ……すーぐ手違いで人を殺す」
「…………は?」
「特に駄女神がびっくりする程多い。なので、そんな駄目神どもがうちの会社に依頼して死因を交通事故に見せかけごまかし、尚且つ、うっかり殺してしまった人間の魂をそのアホ神どもの世界に運送する。それが俺たちの仕事だ。ここまでは分かったか?」
「…………。…………い、いえ、さっぱり」
「え? なんか分からない事あった? どこ分からなかった?」
全 部 だ よ !
……そう、声に出して叫ばなかった俺はすごいと思わないか?
え?
待って、なんの話?
俺、今なにを聞かされてんの?
は?
「い、いや、あの……神とか、魂を運ぶとか……あの、俺今どういう事になってるんでしょうか?」
「え? ……ああ! もしかして自分が死んでるって気づいてなかったのか!」
「!」
死んでるって……俺が⁉︎
しかも気づいて、ない⁉︎
「お、俺は死んだんですか⁉︎」
「死んだよ、2019年Ⅹ月XX日に某県、某所の高速道路を走行中、逆走してきた乗用車を避けようとしてハンドルを切りすぎ、道路から転落。即死だったみたいだね」
「………………」
「最近多いんだよなぁ、逆走も。いやぁ、困ったもんだよ。……で、君は死んで、トラック運転手の免許があったからうちの方で一回面接に来てもらったんだ。外にたくさん人がいただろう? 彼らも君と同じようにトラック運転手だった。うちは今神々のポカのせいで人手不足でさ、トラック運転手を募集してたんだよね」
「………………」
「大丈夫か? 気づいてなかったんだもんな、そうかそうか、ショックだよな。お茶飲む?」
「……い、いただきます」
無料自販機から紙コップのお茶を淹れてもらい、受け取ってから一気飲みした。
言われて初めてグラグラと頭が揺らぐ。
あ、ああ、そうだ……俺は……高速道路を走ってたら前から乗用車が走ってきて……それを避けようとして——。
「…………」
「少し落ち着いた?」
「つ、妻や、子供は……」
「悪いが、生きてる人間の事は分からない。そうだな、日本はお盆に帰る事が出来る。一ヶ月まとまった休みをあげられるから、その時に帰って家族の様子を見るといい。うちの会社はそういう福利厚生ちゃんとしてるから大丈夫だよ」
「! ほ、本当ですか!」
「もっとも、それはうちの会社に就職してくれた場合の話だ。このまま輪廻転生したいというのなら止めはし…………」
「働きます!」
「……最後まで聞いて?」
笑顔で「落ち着いて、まあ座って」と宥められ、自分が興奮して立ち上がっている事に気がついた。
年甲斐もなく騒いだ事が恥ずかしくて、おとなしくソファーに座り直す。
「やる気になってくれたのは嬉しいんだが、会社説明がまだ途中だ。一応これもこっちの義務でね、最後まで会社説明を聞いて、それでもいい、と言うのならこの書類を記入してくれ。あ、ハンコは要らないよ。サインでOK」
「は、はあ……?」
「まあ、自分が死んだのを理解してくれたらよかった。で、うちの仕事内容、今話したの覚えてる?」
「…………え、えっと」
確か、神々のポカの尻拭い。
死因をごまかして、うっかり殺した人間の魂をアホ神の世界に——運ぶ。
「…………っ」
あれ?
よ、よくよく思い出してみると、とんでもない事しか言ってなくないか?
神が人をうっかり殺す⁉︎
「そう、割と酷い仕事だ。神々の尻拭いだからね。他の仕事もあるにはあるが、今のところそっちよりもこっちの仕事が主になっている。とても残念だけど」
「……ひ、人を……撥ね殺すんですか? トラックで?」
「正しくは神のうっかりで殺した人間の時間を少し遡り、俺たちが殺したように見せかける。まあ、一種の死神みたいな仕事だな。昔はね、死神がやってたんだよ? けど、死神も神のポカが増えたせいで大忙しでね……あっちはあっちで地獄絵図なんだけど……いや、本当神は死なないからマジで可哀想な事に……」
「…………」
顔が青ざめたおっさんに、死神の大変さが窺える。
簡単に言うと、死神の部署がクソ忙しくなりすぎて死神が過労死しそう……でも神なので死なない……から、民間企業にお鉢が回ってきた、という事らしい。
おい、神々マジふざけんな、殺しすぎだろ……。
「古の神々はたまにポカするくらいだったんだけど……最近の若い神々はどうもマジ神を名乗るに値しない低能野郎が多くてね」
「それ、そんな風に神様を貶していいんですか?」
「いいのいいの、俺も神だもん」
「そ、そうなんですか⁉︎」
「いつからか中堅の神々が『これからの時代は人間に寄り添っていくべきだ』とか言い出して、それからはあんまり偉そうにしなくなってるの。いや、もちろん俺より古い神々の中にはそんなのヤダって言って引きこもった神々もたくさんいるんだけどって、まあそれはいいとして」
「は、はい」
それはそれで面白そうな話ではあるが、このおっさんは神様らしい。
そして、若い神々のうっかり殺人の尻拭いのため、そして過労死しそうで、しかし神なので死なない死神たちの負担を軽減するべくこの会社の業務にそれを組み込んだ。
昔から時々やってはいたらしいが、最近は手が足りないほどだという。
若い神々はそんなにうっかり人を殺しているのか。
人間からすると冗談じゃないな。
いや、もちろん若い神々もうっかり殺してしまったら、その責任を取り自分の世界に引き取る事にしてはいるらしい。
自分の世界に引き取り、不自由ない暮らしを約束させ、その世界に転生させて面倒を見る。
その人間が生きるはずだった時間を与えればいいという問題でもないような気がするんだが、その辺りはこの会社は不干渉。
関係ない。
確かに、関係はないのかもしれない。
運ぶまでが仕事なのだ。
「…………」
けれど……この会社に就職するって事は、そんなうっかり殺された人を……自分と自分の愛車でまた轢き殺すって事だ。
そうか、それで今まで面接に来た奴らは『輪廻転生』を選んだのか。
そうだよな、そりゃあ……そうだ。
人を殺してまで、また家族に会いたいなんてトラック野郎はいない。
それは自分の仕事と仕事道具であり相棒であるトラックへの……冒涜だ。
——でも……だけど……!
「という、まあそんな事情なんだけど、無理強いはもちろんしない。転生した方が君は今度こそ幸せに生きられるだろう。因果律というのがあってね、若くして死んだ者は次の人生、長生きするんだ」
「…………いえ、やります。働かせてください」
「え? …………本気? 今の話聞いてもやる?」
「はい。…………もう一度、家族に……娘に会いたいんです。娘が大きくなって、嫁に行くのを見届けたいんです」
ぽた。
気がついたら、俺は握り締めた拳に涙をボロボロ落としていた。
まだ三つなんだ、娘は。
ようやく生まれた俺たちの娘。
あの子が大きくなって幸せになるのを見届けたい。
俺はトラック野郎を名乗る資格もないクズ野郎になってでも、父親の権利にしがみつきたいのだ。
不妊治療の末の可愛い我が子。
妻も難産で、俺は仕事で出産に立ち会えなくて……その上……!
「働かせてください!」
「……じゃあ、ここにサインを」
「はい!」
これは俺が新しい職場で葛藤と奮闘する物語。