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マティアスがルイーズを溺愛するワケ

内容はタイトル通りです。

マティアス・カプレ。当時九歳。

カプレ公爵家の次男坊であるマティアスは邸の外に出る事は滅多になく、部屋に引き篭った生活を送っていた。


「マティアス様、グエナエル様がストレンジ学園よりお戻りになられました」

「そう…」


グエナエルの帰還を伝えに来た使用人にマティアスは机に向かったまま冷たく一言だけ返した。

マティアスには年子の兄がいた。

兄グエナエルは幼少の頃より優れた能力と怜悧な頭脳を持ち、人々からの人望も厚く全てを兼ね備えた完全無欠の人間であった。

当時のマティアスはそんな兄が好きでは無かった。


「冷たい奴だなぁ、マティ。兄様が帰ったと言うのに出迎えも無いなんて寂しいじゃないか」


使用人の背後から、長期休みで久し振りに帰宅したグエナエルが顔を覗かせる。


「兄上…」


流石に目上の者が来ていて背を向けたままにするのは礼儀に欠く為、立ち上がり後ろを振り返った。


「ばあっ」

「ばあー」


グエナエルに挨拶をしようと立ち上がり振り返って固まった。

すぐ目の前に人が立っていたからだ。

グエナエルのストレンジは瞬間移動。一瞬のうちにマティアスの背後に瞬間移動をして脅かす事は度々あったから、マティアスも慣れたものなっていたが、今回は顔が触れ合いそうな程に近付く小さな顔があった。

柔らかそうなアクアマリンの髪にマティアスよりも濃い菫色をした丸い瞳。


「ばあー」


キャッキャッと楽しそうに目の前にいる小さな物体は声を上げた。

目の前にいたのは二歳になる末子の妹、ルイーズだった。


「どうだ。吃驚しただろう」


ルイーズの身体を持ち上げていたグエナエルがルイーズの後ろから顔を覗かせ悪戯な笑みを浮かべる。


「帰って早々こういう事は辞めてください。それに、ラフまで連れて来て何の御用ですか」


下を見ると、グエナエルの足元には三男のラファエルも引っ付いて来ていた。

普段、部屋からあまり出ないマティアスはルイーズやラファエルとあまり顔を合わせることも無ければ、遊ぶことも無かった。

その為、ラファエルがマティアスの所に来ることなど珍しい。今回は久し振りに帰って来たグエナエルにくっ付いて来ただけだろうとマティアスは推測していたが。


「久し振りに帰って来たのだし、兄妹水入らずで遊ぼうと思ってな」

「兄上が学園に行く前も大して遊んだことなど無かったじゃないですか。遊ぶなら三人で遊んでください」

「連れないこと言うなよ。マティも来年から学校に通うから、遊ぶ時間も尚のこと無くなるだろう?」

「俺は兄上が通っているストレンジ学園とは違いますし、寮生活では無いので俺は何時でもこいつらに会えます」


マティアスは冷たく言い放つ。

ストレンジ持ちは貴族が多い。それも、爵位が高い家柄程ストレンジを持って生まれてくる事が多く、侯爵位以上はストレンジを持たず生まれてくる子供は殆どいなかった。

しかし、マティアスは公爵家の生まれでありながらストレンジを持たずに生まれてきてしまったのだ。

ストレンジ学園はストレンジを持つ者だけが通える育成機関である。

ストレンジを持たない者は一般の学園に通う事になるのだが、公爵家の者が一般の学園に通う事例など今まで無かった。

その、初の事例となるのがカプレ公爵家の次男坊であると貴族社会では囁かれ始めた。社交界デビューを終えているマティアスはパーティーに出席する度白い目で周りから見られ、同世代の者達からも馬鹿にされる事が度々あり、今では一切外に出なくなってしまったのだ。

それに、追い打ちをかけたのがラファエルとルイーズの存在だった。ラファエルは生まれて半年もしない内に能力が開花した。

寝ていたラファエルの身体が宙に浮いたのだ。

ルイーズはつい先日能力が開花した。

カプレ家の中でストレンジを持たない者はマティアスだけ。

その事が彼を追い詰めまた疎外感を強め、マティアスを思い悩ませた。


「たぁ、」


ぺちん


そっぽを向いたマティアスの顔を誰かが叩いた。

マティアスを叩いたのはルイーズだった。当の本人は叩いた気など一切無く、驚いてルイーズに顔を向けるマティアスににへぇ、と嬉しそうに笑った。


「マーにぃもあしょぼ。ルゥとあしょぶ」

「え、何この可愛い生き物。聞いたかい、マティ、今ルゥが喋ったよ!ルゥ、私とラファエルも一緒に遊んでいいかな?」

「ん。いいよ。ルゥがあしょんであげゆ」


グエナエルは腕に抱いたルイーズに顔を向けて問うと、ルイーズは胸を張って頷いた。

そのルイーズの様子に顔を綻ばせるグエナエル。グエナエルは常に品行方正で凛とした自信に満ちた佇まいが他者を寄せ付けない空気を発している。

その為、マティアスはグエナエルを見る度に自分との違いを見せ付けられ、責め立てられているような感覚に陥っていた。

それが、今では一人の少女に絆され何時もの近寄り難い空気は柔和され、見たことも無い顔を晒している事にマティアスは驚いた。


「兄上…締まりのない顔をしてますよ」

「しょうがないだろう。こんなにも妹が可愛いんだ。こんな顔にもなる」


グエナエルは恥じることもなく、堂々と宣言する。


「それに、久し振りにマティとラフの可愛い弟達にも会えたんだしな」


そう言って、グエナエルはマティアスとラファエルの頭を撫でて笑った。


「……何時までも子供扱いしないで下さい」



マティアスは恥ずかしそうにグエナエルの手を払った。

あんなにも冷たく酷く当たっているのに、グエナエルは欠片も気にしていないようだった。

それどころか、八つ当たりと分かっていながらも何も言わず、受け止め心の底から可愛い弟なのだと言ったグエナエルにマティアスは良心が傷んだ。


「分かりました。今日だけは付き合ってあげますよ」

「ありがとう、マティ」


照れ隠しの上から目線にもグエナエルは優しく笑って再度マティアスの頭を撫でた。


「よーし。じゃあ何して遊ぼうか。ルゥとラフは何したい?」

「んーとね、んーとね。おましゃん!」

「おましゃん?」


グエナエルがルイーズとラファエルに問うとルイーズが元気よく答える。

しかし、何のことだか分からなかったグエナエルは思わず首を傾げた。

それに気付いた五歳のラファエルがグエナエルの裾を軽く引いた。


「…馬」


その一言だけでグエナエルはすぐに理解した。


「ああ、お馬さんか。」

「しょー!おうましゃん!」


グエナエルが馬車で帰って来た時に、母親に抱かれてグエナエルを出迎えたルイーズは馬を見て目を輝かせていた。

その事からルイーズが馬を見たいのだと言っていることに気付いたが、まだ二歳児のルイーズを馬小屋に連れて行くのは気が引けた。


「お馬さんはルゥがもう少し大きくなってから一緒に遊ぼうね」

「やーっ、おうましゃんあしょぶの」

「んー…けど、まだルゥには危ないからなぁ。他のことして遊ぼうか」


そうグエナエルが諭すも、ルイーズはイヤイヤと首を振って馬と遊ぶと言って駄々を捏ねた。

どうしようかとグエナエルが困っていると、ルイーズの目の前に何かが差し出された。

差し出された物体を見たルイーズは暴れていた動きを止めた。


「おうましゃん!!」


ルイーズの前に差し出されたのは馬の形をした玩具だった。


「ずっと前に作ったやつだけど、要らないからやる」

「これはマティが作ったのかい?」


馬の玩具はマティアスの手作りであまりの完成度の高さにグエナエルは驚いた。


「マーにぃしゅごい!おうましゃんだよ。しゅごい!!」

「これくらい誰でも作れるし別に凄くなんか……」


そこまで言いかけてやめた。

ルイーズを見ると目をキラキラと輝かせて何度も凄いと連呼して馬の玩具を掲げて見上げていた。


「ルゥ、いいもの貰ったね。マティになんて言うんだい?」


グエナエルが泣いたカラスがもう笑ったと言って微笑んで頭を撫でながらルイーズに問う。

ルイーズはマティアスが作った馬の玩具を大事そうに腕に抱えるとグエナエルに抱かれたままマティアスに向き直る。


「マーにぃ、あーとごじゃましゅ」


ルイーズは満面の笑みで頭を下げた。

マティアスは工作やものを作るのが好きだった。だけど、作り方さえ理解すれば誰でも作れるし大して凄いものでも無いと思っていたがこの時初めてマティアスの中で何かが疼く感覚がした。

ルイーズの笑顔と喜ぶ姿に胸のあたりがポカポカと温かくなった。


それからというもの、グエナエルが学園に戻ってからもルイーズはラファエルと共に時に抱えられてマティアスの部屋に何度も訪れるようになった。


「マーにぃ、きょーはあにちゅくったの?」

「今日は鳥さんだよ」


マティアスは更に何かを作ることが好きになった。

ルイーズが部屋に訪れる回数が増える事に、マティアスも少しずつ心を開いていき、ルイーズに新しい玩具を作って喜ばれることが嬉しかった。


「今日は外に出てみようか」

「おしょと?」

「そう。お外に出て、この鳥さんを飛ばしてみようか」

「鳥しゃんとぶの!?」

「そうだよ。この鳥さんは飛ぶんだ」

「いく!おしょといく!鳥しゃんとぶ!」

「ラフも行くか?」

「……行く」


マティアスは作ったばかりの鳥の玩具とルイーズを抱き上げる。

ルイーズと一緒にマティアスの部屋まで来て、静かに本を読んでいたラファエルも誘って三人で庭に出た。

マティアスが久し振りに自分から部屋の外に出た瞬間だった。


「よし、じゃあ飛ばすぞ」


マティアスの言葉にルイーズとラファエルは不安と期待が入り交じった目をして、息を呑んで鳥の玩具を見つめていた。


「そらっ」


マティアスが鳥の玩具を空に投げ上げた。

そして、そのまま急降下する鳥の玩具。しかし、降下する途中で鳥の玩具は再び浮上して飛んだ。


「「ほああっ」」


ルイーズとラファエルは玩具が空を飛ぶ姿に目を輝かせて感嘆の声を漏らした。

マティアスはそんな二人の様子が嬉しくて擽ったくて、また誇らしくて破顔した。


そして、ある日。

マティアスは父の書斎に呼ばれた。

そこには、父と母、それから母の腕に抱かれたルイーズがいた。


「マティアスよ。正直に話してくれ。ルイーズが持つこれらの玩具は本当にお前が作ったのか?」


何事かと思えば、父はマティアスがルイーズに与えたお手製の玩具を机の上に置いて尋ねる。


「はい。…全部俺が作ってルイーズに渡しました」


何故こんな質問を受けているのか分からないマティアスは内心で首を傾げた。


「ルイーズは玩具が壊れてもマティがパパッと直してくれるとも言うんだ」

「まあ、簡単な作りなら」

「ラフはお前が何も見ずに作っているとも言っていた」

「まあ…簡単なものくらいなら…」

「マーにぃはね!しゅごいんだよ!なーんでもルゥにちゅくってくれるの!」


質問の意図が分からずにいると、ルイーズが空気を読まずに胸を張ってそう言った。

マティアスの事なのに何故か誇らしそうにするルイーズの頭を母は優しく笑って撫でた。


「そうだな。これはすごいことだ」


ルイーズの言葉に大きく頷く父。


「マティよ。お前が今まで作って来たものが本当に誰にでも簡単に作れるものだと思っているのか?」

「どういう…事ですか?」


未だ趣旨が理解出来ずに首を傾いだ。


「空を飛ぶ鳥の玩具に走る馬車の玩具。パワーストーンも組み込まずに一般人が作れるものでは無い」

「え。いや、しかし…既にある物を真似して作っただけに過ぎないですよ」

「マティ、動くものにはパワーストーンが組み込まれている事が多い。パワーストーン無しで自動で動かせるようにできるのはストレンジ持ちだけだ」

「し、しかし…俺にはストレンジは無いはず」

「以前、ステータスの測定を行った時確かにお前のストレンジはLv1だった。Lv0で無いということは能力自体は潜在していたんだ」


マティアスはずっと自分にストレンジが無いのだと思い込んでいた。

グエナエルはストレンジのレベルは既に平均値の30を上回り、五歳のラファエルすらもLv28でもう直ぐ平均値に到達する。

だから、Lv1なんてあっても無くても同じなのだと思っていた。現に、ストレンジ学園に入れる者は能力の特性がはっきりと分かる者しか入学出来ないようになっていたからだ。

その為、ストレンジ持ちは九歳となる年の初めに学園から入学案内が届くがマティアスには届かなかった。


話は、マティアスがよく理解する前にトントン拍子に進み、測定の測り直しをするとこの数ヶ月で平均レベルのLv30を優に超えていた。

マティアスのストレンジの能力は発明や錬金術であると判明した。

ルイーズに玩具を作るうちにレベルが上がり能力が開花したのだ。

それから、マティアスは直ぐにストレンジ学園から入学するようにと案内があり周りの環境も変わった。

ルイーズはマティアスの心を開いただけでなく、能力まで開花させたのだ。

ルイーズのお陰で人生が180度変わったマティアスはそれはそれは今まで以上にルイーズを溺愛するようになったとか。



「俺の天使るいぃぃぃずぅぅぅ」

「マティ兄様やめてください!」

「ラフ」

「…わかった」

「ちょ…グエン兄さん、ラフやめっ…うぷっ」



今日もマティアスは可愛い妹、ルイーズを溺愛するのでした。

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