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夢【続】-本編番外編-

第二章一話の番外編です。

ルイーズが死んだ後のIF話です。

甘いちゃはありません。シリアス。

ルイーズ・カプレは計算高く歪んだ性格をしたご令嬢だった。

陰湿で痕跡が残らないように巧妙にして一人の女生徒を虐めていた。

しかし、何をしても上手くいかない上に、女生徒の周りを護る複数の男子生徒によって彼女の嫌がらせが成功する事はあまりなかった。

あまり、大きな成果を得られないことに焦ったルイーズはある日一人の女生徒と接触した。


「ねえ、貴女。ジェルヴェール様にあまり近寄らないで下さらない?」

「ど、どうしてですか?」


その女生徒こそ、平民出自のラシェルであった。


「どうして?そんな事も分からないの?ジェルヴェール様は貴女が容易くお声を掛けて良いお方ではないの」

「どうしてそんな事をアナタに言われなくてはならないのですか?」

「ふふっ、本当に貴女って自分で考えるってことが出来ないのね。一から十まで教えなければ何も分からないなんて余程色事しか頭に無いお花畑なのね」

「ひ…酷いっ」


ルイーズは扇子を広げ、その裏で嘲りの笑みを向ける。ルイーズの言葉に双眸に涙を浮かべるラシェル。


「酷い…?酷いですって?どっちが酷いのよ!ぽっと出で、ただ、ストレンジが珍しいからとチヤホヤされて色んな男性に手を出しておきながら、それに飽き足らずわたくしの大切な人にまで手を出すなんてっ!!」


ルイーズは限界だった。

八年前。死んだと思った最愛の人が、十五歳となり隣国の王家の方達と共に戻って来た。

名前を変えても、顔立ちが大人になって少し変わっていてもルイーズは直ぐに気が付いた。


毎日毎日追い求め。

それでも、もう、居ないのだと目が覚めれば嫌でも思い知らされる毎日。

王妃が死に、最愛の人が死んだと告げられた日からルイーズの時は止まり毎日が味気も色も無い。ただただ、過ぎ去る時間を機械のように同じことを繰り返す毎日。

誰を見ても、誰を紹介されても初恋の人には遠く及ばなくて、夜な夜な彼との思い出を涙ながらに抱いて眠る毎日。

わたくしも彼の元へ行ってしまおうか。そんな事さえ、考えていた日々。


それに終わりを告げたあの日。

ルイーズはジェルヴェールが学園に来た日泣き崩れた。

それから、ルイーズはジェルヴェールに近付こうと何度も試みた。しかし、彼はルイーズの事も王妃の事も共に過したあの日々を全て忘れ去っていた。

記憶喪失だと知ったルイーズは悲しかったが、それでも、忘れてしまったならば思い出して貰えばいいと考えた。これが、間違えだったのだとも知らずに───


「貴女がいるから!貴女の所為で!ジェルヴェール様は記憶を思い出さないんだわ!」

「ジェルヴェール様の記憶喪失は私の所為では──」

「うるさいうるさいうるさい!!貴女のその無効化の所為よ!その無効化でジェルヴェール様の記憶を封じているのでしょう!」

「そ、そんな。違います!私はそんな事してません!」


激昴するルイーズは鋭くラシェルを睨み付けた。


「何をしている」


厳格な声が二人の耳に届いた。

振り向くとそこには、ルイーズの愛して止まない最愛の人が立っていた。


「ジェルヴェール様…」


ルイーズが小さく紡いだ。

彼はルイーズに厳しい目を向けると向かいに立つラシェルの隣に立ち、彼女の腰を抱いた。


牽制。


彼女に何かしたら許さない。

そう、彼の瞳と醸し出す雰囲気が言っていた。

ルイーズは逃げ出したかった。

一刻足りともこんな場所には居たくない。

彼が、自分以外の他の女性を選ぶところなど見たくない。

なのに、動けなかった。



もう、我慢の限界だった。



ルイーズは思いの丈を何時ものようにジェルヴェールへとぶつける。

しかし、それは独りよがりでしかない。

それは、ルイーズにも分かっていた。

ジェルヴェールの心は閉ざされ、ルイーズの言葉を受け入れようとはしない。

まさに、一方通行。

それでも、諦めきれなかった。

諦めるなんて出来なかった。

初めて出会った、五歳のあの日から十年。


スタニスラス。ただ一人を思い続けて来た。


名前を変えて大人になった彼が、ルイーズに向けて何かを話している。

まるで悪を見るような目で。断罪せんとする口調で。


「愛してるというのなら何故彼女のように努力をしなかった。君は口だけだ。俺は彼女に会って彼女は俺の心を埋めてくれた。俺は心から彼女を愛している。昔は、君に愛を囁いたかもしれないが人の心は移ろいゆく。君が本当に魅力的な女性であれば記憶がなくとも再び惹かれたはずだ」


ルイーズの心が壊れた瞬間だった。

どれだけ想っても、求めても愛しいあの人は帰って来ない。

ルイーズは漸く、理解した。

目の前にいるこの人はスタニスラスであってスタニスラスではないのだと。

身体だけはスタニスラスだが、ジェルヴェールという別人格に支配されてしまった別人なのだと。

理解した彼女はスタニスラスを取り戻すにはもう、彼を殺すしかないのだと悟った。

そうすれば、先にあの世に向かった王妃とスタニスラスと自分の三人でまたあの頃のように輝いた日々をあの世で送れるのではないかと考えた。




だが───────、


致命傷を負ったのはルイーズただ一人だった。



「……っ……ん…さ、ま。わたくしも……だい、す…き」


彼女の身体をジェルヴェールが放った氷の塊が貫き、致命傷を負わせる程のものだというのに、ルイーズは幸せそうに笑った。

一筋の涙を流しながら、ジェルヴェールを求めるように手を伸ばしながら遠い過去に思いを馳せた瞳をして。


「いっしょ、う…わすれ…っ、ません…わ」


その言葉を最後にルイーズは息絶えた。




『覚えていて?僕は君の事が大好きだよ』

『わたくしも、大好きですわ。一生忘れませんわ。約束です。……スタン様』



幼い二つの声が、ジェルヴェールの脳裏に響く。


「う、ぐっ…」


激しい頭痛にジェルヴェールは思わず膝を着いた。


「ジル様!大丈夫ですか!?何処かお怪我をされたのですか」


ラシェルの心配した声がその場に響く。

だが、ジェルヴェールの耳には届いていなかった。


『また泣いているのかい?』

『だって…虫が怖いんですもの』

『全く、ルゥは泣き虫だなあ』

『虫…。虫は嫌ですわ。虫は嫌いです。だからもう、わたくし泣きませんわ』

『………ぷっ。本当にルゥは面白いね。そうだね、もう泣いては駄目だよ。泣く時は、僕の前だけにしてね』

『?…ですが、スタン様の前で泣いてもまた泣き虫だと言われてしまいますわ』

『僕の前だけ泣くのなら二度と泣き虫なんて言わないよ。だから、ね?泣く時は僕の前だけにしてくれる?』

『よく分かりませんが、分かりましたわ!』


幼き日の、スタニスラスとルイーズ。

途切れ途切れではあるがその光景が映像として頭に流れ込んで来た。


『ごめんね、ルゥ。今日で君とはお別れだ』

『いや、嫌ですわ。どうして、遠くに行ってしまわれるのですか!』

『お父様の決定なんだ。だけど、泣かないでルゥ。僕はまた戻って来るよ。君の前にまた帰って来るから』

『本当…に?』

『ああ、約束だ。何時になるか分からないけど必ず君の元に戻って来る』

『わかり…ましたわ。わたくし、スタン様が戻る日までずっと、ずっとずっと待ってますわ』

『ありがとう』


そこに、スタニスラスを呼ぶ衛兵の声が聞こえた。


『もう、行かなくちゃ』


衛兵の元に行こうとするスタニスラスを止める小さな手が裾を掴んでいた。

スタニスラスはルイーズに向き直り額にキスをして目元に移行する。ポロポロと流れる涙を優しく口付けつつ吸って顔を離すと、ルイーズの小さな両手を包み込んだ。


『覚えていて?僕は君のことが大好きだよ』


それが、スタニスラスとルイーズとの最後の記憶。


ジェルヴェールはその場で両膝を着いたまま静かに双眸から涙を流した。

瞬き一つせずに、横たえる物言わなくなった令嬢をただただ一点に見つめた。



近寄らないでくれ

(離れたくない)

触るな

(君に触れたい)

そんな目で見るな

(見つめていたい)


相反する気持ちがいつも心を乱していた。

記憶を失ってから一度も感じたことのない、感情に揺さぶられるのが嫌で、自分じゃなくなる気がして、彼女の事を避け続けて来た。

だけど、本当の自分ではなかったのは今までの自分で、スタニスラスという名前を思い出した時にスタニスラスとしての人生があったことを分かっていながら思い出せなかったのは、単に自分自身が思い出すことを怖がっていたからに他ならない。

強くなったと思っていた。大切な人を守れる力を手に入れた。

だけど、心の強さを身に付けていなかった。

心が弱いばかりに本当に大切なものを、大切な人を忘れたままにしてしまっていた。


「ジル様!ジル様!」


突然涙を流すジェルヴェールに焦ったラシェルが慌てる。


──違う。彼女ではない。


心が訴える。

ルイーズはずっと、スタニスラスとの約束を守り待っていた。

そして、スタニスラスが縛り付けていた呪いのような言葉を心の拠り所として大切に覚えていてくれた。

それなのに、そんな彼女に罵声を浴びせた挙句、自らの手で殺してしまった。


ルイーズと出会って、彼女がジェルヴェールの前で泣いたのは二回。

ジェルヴェールとして初めて出会った日と息絶える直前の二回だけである。

ことある事に、泣いていた小さなルイーズ。

ジェルヴェールに疎まれ、冷たくあしらわれ、それでもめげずに思い続けてくれていた。

どれだけ陰で泣いていたのだろうか。

一人でずっと泣いていたのだろうか。


そう思うと堪らなかった。

約束だ…覚えていて…

どれもこれも、今の彼女にとっては束縛する呪いの言葉でしかない。

ずっと、縛り付けて彼女の自由を奪っていたのは自分自身だと気付いたジェルヴェールはフラリと立ち上がった。

そんなジェルヴェールをラシェルが支えようとするも、彼はラシェルを押し退け自らの手で殺してしまった一度心の底から愛した女性の元へと向かう。


眠る彼女は口から血を流していながらもとても幸せそうな表情をしていた。

よく見ると、目の下には化粧で隠しているが薄らとクマのあとがある。

化粧を取ったら、更に濃いクマがあるのだろう。


「あ…ああ…っ、る、ぅ。」


涙が止まらなかった。

ジェルヴェールは横たえるルイーズの首に手を入れて抱き起こし頬に触れる。


「ルゥ…ルゥ…」


ルイーズは答えない。

ただただ、目を閉じて幸せそうに笑っている。

頬に触れるも体温というものは一切感じずに既に、冷え切ってしまっていた。

触れた時にはまだ少し柔らかかった頬の感触も徐々に硬くなっていく。

それが、彼女が死んだ証だとてもいうように。


「俺は…私はっ…なんてことをっっ」


ジェルヴェールは冷たくなったルイーズの身体を掻き抱いて顔を埋める。


「う、ううっ…あああぁぁぁあああ」


自らの手で殺した令嬢の骸を抱いて声が枯れるまで泣き叫ぶ一人の男がそこにはいた。



遠い日の記憶を忘れてしまった男と、遠い日の記憶に縛られて最愛の人の手で殺された女の話。

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