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『レオ、あなたの名前はレオよ』
そう言われた時ぐらりと頭が大きく揺れた
なんだよこれ、これは・・・この記憶は
前世・・・いや異世界か?
俺はズキズキと痛む頭を流れる訳の分からない世界に困惑する
立ち並ぶ高層ビル
行き交う人々と走る車
そして、街角の雑多なビルの中で奮闘する小さなプロジェクトチームとボサボサな髪に少し髭の生えた男
その男が持つ紙に書いてあるタイトルに意識がよる
そうだ、俺は・・・
小さなゲーム会社で、ある乙女ゲームを作成していた
タイトルは確か
《7大国と秘密のプリンス》
売れ行きはまぁまぁ上々
若手を数人抱えたシナリオ作成チームで指揮を執っていたのが俺だ
そして今目の前に性格のキツそうな綺麗な少女が立っている
クリスティーナ・ロドワール
金糸の髪にサファイアの様な蒼い瞳
気が強いヒロインのライバルキャラだ
完璧主義で口うるさい
見た瞬間絶望した
これから俺はこの少女に毎日鞭で叩かれるのだ
苦痛でしかない
こんなじゃじゃ馬娘に
それと同時に困惑する
13年間の少年の記憶と
28年生きてきた無精髭の男の記憶が混じり合う
世の流行りは異世界転生だったが
物語の世界だ
それに、まさか俺に来るとは
それも魔法溢れる世界の勇者でもチート冒険者でもない
悪役令嬢の召使い
それも元奴隷
曇天の未来に俺は身を任せるしかなかった
◆
初対面から数日たった
俺の精神年齢が少し上がったせいか、お嬢は全くもって嫌な主人ではなかった
理不尽に怒ることは無いし、
資料で調べた記憶があるのも大きいだろう
社交界での俺のミスがどれだけ命取りになるか理解している
それに・・・
ちらりと隣で教本を片手に俺に指導するお嬢を見る
初日に出されたあのおにぎりはいじらしく可愛かった
時々せがんで作らせているが徐々に上達している
お嬢は負けず嫌いで
美味しいって言わせてやると躍起になっている
なぁんかなぁ
可愛いなぁと、少し思ってきている
キャラデザの時から俺はヒロインよりこの勝気な少女の方が好みだったんだ
まぁ、行く末は暗いが
そこでハッとする
そうだよ、お嬢破滅ルートしかないじゃん
俺のせいで破滅するルートも確かあったが、あれは俺どうこう以前じゃない
拍車をかけたがいずれは
虐殺、毒殺、処刑・・・良くて奴隷だ
憐れだ・・・可哀想すぎる
誰だよ考えたやつ
あ、俺か
「ちょっと!聞いてますの?」
プクッと、頬を膨らませてこちらを睨むお嬢に俺はハイハイと言われた通りの所作で配膳をする
「なによ、聞いてるじゃない
もぅ、ならば返事くらいなさったらいいのに」
尖った唇が愛らしい
彼女は高飛車で強気で傲慢な女という設定だが
それは仕方の無いことだと思う
宰相の父は厳しく彼女に様々な課題を与えている
現に俺の教育も、普通はちゃんと教育係を設けるだろう
2週間という短期間での人材育成という課題の最中だ
傲慢なのではなく努力ゆえの自信
高飛車なのではなく、他人にも自分にも一等厳しいだけなのだ
「これなら問題ないわね、明日わたくしの招待で2人の王子がいらっしゃいます
そこで給仕なさい」
その言葉にピクリとまゆが動く
もうエリックと婚約はしてしまっているのだろうか
彼女の破滅は止めたいものだ
◆
なんでこうなった
無邪気にクリスティーナの部屋に突撃したジル王子に俺は頭を抱えたくなる
幼ねぇなジル王子
そうか、確か割と甘やかされてて
途中で変わるんだったな、確か10歳の頃・・・ってもう時期かな?
「流石に怒りますよ、ジル王子」
勝手にゴソゴソと棚やら何やらいじる彼の背中に声をかける
「なにこれー?」
そう言って彼が見つけ出したのは
「マジかよ、PSP!?
なんでこんな所にあんだよ!」
つい驚いてPSPをひったくってしまった
それに、口調もとてもじゃないけど王子相手にするもんじゃなかったな
恐る恐るジル王子を見ると明らかにむくれていた
「返して!!」
「返しても何も、お嬢のものだろうが」
取り上げたそれに目をやると画面がついていた
どうやら電源に指が当たったらしい
そして映し出された画面には
《7大国と秘密のプリンス》
の文字が浮かび上がっていた