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「ほぅらクリスティーナ、君の従者だ」
そうにっこり笑う父親に私はひくひくと眉をひくつかせる
「お父様・・・これは従者じゃなくってよ」
犬のように座りガジガジと頭をかく
真っ黒にすすけていて男か女かさえも分からないじゃないか
「いやぁ、次の社交界はいつだったかな」
そのつぶやきに私はハッと顔を上げる
「な、何をおっしゃいますの!?あと二週間しかありませんわ」
「二週間も、あるじゃないか」
去っていく背中を歯ぎしりで見送る
こうしちゃいられない
何とか従者としての形を叩き込まないと
慌てて侍女を集めお風呂に入れてくるよう指示を出す
あの箱は今日もうんともすんとも言わない
あれから毎日あの箱を手に取るが物語との一致に気づいたあの日から何も映さなくなってしまったのだ
「もう、こんなことしてる時間ないのよ!!わたくしは!!」
コンコン
部屋で箱片手にイライラしていると扉が叩かれる
慌てて隠し入りなさいと声を上げる
従者用の服を着せられた彼は金色の綺麗な瞳が褐色の肌に映える黒髪の少年だった
ギラギラと光る瞳がまるでライオンのよう・・・
「あなた、名前は?」
「ねーよ、名前なんて」
ぶっきらぼうに放たれた言葉に私は頭を抱えたくなる
『レオ、あなたの名前はレオよ』
頭の中にまたもや映像が流れる
もう、名前・・・知ってるのに変えられないじゃない
そうして私には、将来私を裏切り虐殺へと導く素敵な従者が与えられた
◆
「違うわ、全然なってない」
そう言ってパチンと手をはたく
ギロリと睨まれて私はびくりと肩を揺らす
「な・・・なによ
もっと強いお仕置きだってあるんだから」
勧められた鞭のような道具
彼は元奴隷だとかでこれを使うんだと渡されたが使う気にはなれなかった
将来的な反逆を知っているからか
それとも自分が転落した先に奴隷ルートがあったからか
とにかく私は今、
手袋をつけた手で、たいして力も入れずにパチンと叩いただけなのだ
こんな睨まれる筋合いはないはずだが、ライオンのように鋭いギラギラとした目にすごすごと言葉尻が出なくなる
「と・・・とにかく!
あと二週間で社交界なの!
それまでに形にしないと私はお仕置きされるし、あなたはまた奴隷商に逆戻りよ!!」
「奴隷商か・・・こことどっちがましかね」
ハッと自嘲気味に言われむっとした
これは・・・許せないわ
ロドワール家が奴隷商と同じだなんて思わせなくってよ
こうなったら、作戦は一つだ
――――――――
「・・・・どういうつもりだよ」
そうつぶやいた彼の前にはたくさんのご飯やお菓子を用意した
そう
ロドワール家の料理人たちが腕によりをかけて作った最高の食事たちだ
奴隷商ではこんなおいしいものなんて食べさせて貰えるわけがないんだから
ふふんと得意げになっていたが彼は手を付けようとしない
「なにをしているの?お食べになって!」
私の言葉に呆れたように彼はため息をつくとじっとりと並べられた様々な料理に目を向ける
「・・・あれは?」
そういって指さされたのは私が握ったぐちゃぐちゃのおにぎりだ
そんな文化はないが物語に出てきて気になっていたのだ
試しに固めてみたが
なんだか不格好だし、見るからにまずそうだ
せっかくお嬢様がおつくりになったのだからと言われたが
やはり出すべきではなかった
「なによ、不格好だっておっしゃりたいんでしょ?
わ、私だってわかっているわよそんなの
後で私が食べますから、他のをお食べになればいいじゃない例えばこのー・・・」
マフィンとかそう続けようとした私だったが彼はおにぎりを口にほおばっていた
「ちょ・・・なにを」
その瞬間ムッと眉を顰めた
「おい、これなにいれた?」
「塩よ、そうやって握るんでしょー・・むぐっ」
口に押しやられたそれは
甘かった
「砂糖と間違えてんぞ、アホお嬢様」
カァァァっと顔に熱が集まるのが分かった
なによこの無礼者ぉぉぉ
叫び声にかき消されたがレオはクスクスと笑っていた
何年ぶりに笑ったか
そう思うほどそれは久しかった