ビーステイン王国
簡易的なテントのような野営は思いのほか風を通さず快適なのだろうが
どうにも眠れない
計画的外交はちゃんと宿の手配も行っていたためベッドではないところで寝なくてはならないというシチュエーションはなんやかんや初めてだ
先程手の甲に鮮やかにうつっていた痣を思い出し、横になったまま手を上にあげる
「レオ、そこにいますわね?」
私の言葉にちいさな布ずれの音が返答する
「少し、確認したいことがありますわ」
上体を起こしながら口を開くとレオが入り口の布をめくりあげ狭いテントの中に入り込む
「お嬢、もう休んだ方がいいんじゃないか?」
「貴方の方こそ、わたくしは先日までたくさん寝ておりましたので大丈夫ですわ」
「いや、あれは寝てたというか・・・」
そういいながら落とされる視線が腕に向いたことに気がつきフンッと鼻を鳴らす
私のけがは自身の慢心から来たものだ
我が身も守れなかった自分が不甲斐なかっただけ、レオのせいではない
「それで、確認したいことって?」
「レヴィリア様のことですわ」
実は気になっていたのだ、あの時
切り刻まれた腕から滴った水滴は確実に指輪を濡らしたはずなのだ
スザクが助けに来て腕が離された時、レヴィリアがもし現れていたらどんなに心強かっただろうか
動かない腕をレオに曲げてもらい指輪をのぞき込む
あぁ、こんな確認も一人でできないなんて
支えてもらわないと上げる事すらできない腕は、その指先についた赤い指輪を確認するのさえ阻むのだ
指先にぷつりと穴をあけ一滴指輪に垂らす
本来なら現れる彼の姿はなくただジワリと指輪が血を飲み込んだ
「そんな・・・どうして?」
焦る気持ちから声を上げるがレオは何か知っているのかあぁやっぱりとか
そうか、だからかとかぶつぶつと呟く
「何かあるならおっしゃりなさい」
私がそう声を上げた時だった
ヒュンッと目の前を何かが通り過ぎる
僅かに鼻先を掠めたそれはテントに穴をあけていた
「どういうつもりだ」
私をわずかに押しのけるような態勢で入り口を睨むレオに背筋がぞっとする
レオが体を押していなければ何かが私を貫いていたのだ
「それは、こちらのセリフだ、お前らは何をしていた?」
ギラついた鋭い眼光はまるで獣のようなスザクに体が縛られたかのように動かなくなる
私はゆっくりと息を吸って口を開く
きっとここは大切な局面だ
萎縮なんてしている場合ではない
一度自分を落ち着か接よ負けじと強く相手を睨む
「腕が使えないんですもの、従者に世話を焼いてもらうことのどこにおかしな点がありまして?
そんなことより、貴方の方こそ冷静になるべきですわ
わたくしに何かあった場合・・・お分かりですわよね?」
獣人と人間
戦争が無いのはここ100年がいいところだろう
目を細める私にスザクは押し黙る
うすうす感じていたが彼は分かっていないのだ
私が他国の令嬢で国賓であることを
私の扱い一つで多くの命が散る可能性があることを
とはいえ、彼が反応したのはこの指輪だろう
もしこれだけで彼がレヴィリアや魔族にまで行きついているならば、こちらとしても彼には黙っていて欲しいのだ
魔族とは表向き不可侵条約が結ばれているが≪関係を持ってはいけないもの≫という認識が強い
とある有名商家が魔族と関係があるという噂のみでつぶれたと聞く
テントに空いた穴を一瞥する
「あれは、黙っていて差し上げますわ・・・
貴方も、お分かりですわね?」
あくまで取り仕切っているのはわたくし、貴方になんか主導権を渡すものですか
悪役らしく薄く笑い出ていくように促す
スザクは目を少し細めるとフッといつもの眠たそうな目元に戻る
「まぁ、いい・・・兄上に迷惑がかかるのも面倒だ
今回は、見逃してやるよ」
次はないとでも言いたげな口ぶりにフンッと鼻を鳴らす
スザクはそんな私の態度に少し口角を上げると去って行った
なんだかどっと疲れた
「・・・続きはついてからにしますか」
レオの言葉に頷く
少し話の続きも気になったがそれはこんな音の漏れ出てしまうようなテントでするべきではないだろう
◆
ビーステイン王国は大きく分けて三つの地区に分かれている
熱帯雨林に囲まれた自然豊かなリファ地区
山岳地帯で切り立った岩が幾つも吐出しているガライ地区
水に覆われたレイデ地区
多種多様な姿、特製のある獣人たちはそれぞれの住みやすい地域に定住している
ビーステインへと国境を越えると広がる異世界のような景色に目を丸くした
その広大さときたら
私たちが過ごす国々が妙にちっぽけに思えた
「ここ数百年、公的にビーステインに入った人間はいなかったからな」
念のため、とフードに猫耳のようなものがついたローブを渡される
私は猫耳だがアラビアンな二人はウサギのような長く垂れ下がった耳
レオはツンととがった狼のような大きな耳が付いている
なんというか
「これが萌えってやつか」
呟いたレオに私は勢いよく視線を向ける
「それはどういう意味ですの?わたくしの知らない言葉ですわ」
「んぉ・・?まぁ気にすんな・・・こっちの話だ」
なんだか苦笑いされたが、前にレオに聞いた日本という国の文化なのだろう
「これはいよいよ認めざるを得ねぇな」
呟くレオに変に不安感を仰がれながら
私たちはこの広大なビーステインを治める王に会うべく足を進めた




